「上信ハイヤー」堀口社長に群馬県富岡市のデマンド型乗合タクシー「愛タク」について訊く
郊外や地方でクルマを持たない人が利用するモビリティをどうするかは、少子高齢化社会に進むなか全国的な課題になっています。2021年に新たに群馬県富岡市で始まったデマンド型の乗合タクシー「愛タク」は、その解決策の一つとして期待されています。このバス停を設定したうえで、ICTなどを駆使する「愛タク」を運行する事業者の一つ「上信ハイヤー」でお話を伺いました。
少子高齢化が進む地方都市で重要度を増すモビリティ
現在日本の地方都市の多くは、人口減と高齢化の問題を抱えています。少子高齢化社会では、高齢者を中心に移動弱者が増えてしまうという問題が表面化してきてしまいます。富岡市で2021年1月4日から始まった「愛タク」は、この移動弱者を救う事例になるのではないかと注目されています。
「愛タク」は、MONET Technologiesが提供するICTを使用した運行システムを使用し、6台のミニバンタイプの乗合タクシーを予約に応じて最適な配車をするというデマンド型のサービスです。停留所は富岡市内全域に配置していて、その停留所間を市民はもちろん市内に通勤・通学する人も含め100円という格安料金で移動でき、市外からの観光客なども500円で利用できます。市民の日常のモビリティになることを期待されています。
スマホアプリでは、地図上で乗車と降車する停留所を指定するだけで予約できる簡単操作になっていて、予約したタクシーの動きがわかるようになっています。スマホが使えない高齢者を考慮して、電話でオペレーターを介して予約することも可能になっています。
住民からの評判も高い「愛タク」
サービス開始から1か月ほど経過したところで、上信ハイヤー 代表取締役社長の堀口直行氏に運行事業者としてのお話をうかがいました。「愛タク」の運行はもう一社、日本中央交通と共同で行っています。そちらの様子は次回紹介します。
上信ハイヤーは上信電鉄のタクシー部門だったところから、昭和50年(1975年)に、上信電鉄より事業を継承する形で高崎市にてタクシー事業をはじめた会社になります。上信電鉄の沿線の下仁田、富岡、吉井、高崎にて営業しています。平成6年(1994年)には、富岡市で乗合タクシーの運行も開始し、続けて妙義町と甘楽町でも乗合タクシーを運行しています。
この「愛タク」が開始される以前には、市内停留所を時刻表に従い巡回する乗合タクシーが運行されてました。最近では女性ドライバーの採用にも力を入れていて、国土交通省より「女性ドライバー応援企業」として認定されています。
「愛タク」は、以前の乗合タクシーと比較すると、乗客からの使い勝手に対する評判は良く、好感を持って受け入れられているとのことです。やはりどうしても、午前の早い時間を中心に予約が集中しがちになっていて、この解決が課題としてあるようです。逆に考えると、開始当初からの住民の関心が高いともいえるでしょう。
予約はアプリからよりも電話からの比率が高く、8割程度が電話予約になっているそうで、これを配車センターで1人の「愛タク」専用オペレーターが対応しています。開始して間もないこともあり、使い方を含めて電話での問い合わせも多く、電話がつながりにくい傾向にあるようです。これは、住民がスマホやタブレットに慣れることも含め、アプリの利用を大きく促進させていく必要がありそうです。
現在コロナ禍ということもあり、対面でのプロモーションや講習会を中止しているようなので、今後広く知らせていく機会を作り、アプリの利用率が上がれば、この問題はなくなるのではないかと思われます。
エリアが広がり、ニーズに「面で対応」できる
乗客から好評なのは、やはり市内全域へ100円で移動できる運賃の安さのようです。確かにワンコインで日常の足として気軽に使える金額です。このサービスがあることで、マイカーを手放すことを考える人もいそうです。エリアも市内全域まで広がったので、以前は停留所がなかった地域の住民にも好評だといいます。「以前はあくまでも線だった路線が、面で対応できるというイメージで、かなりきめ細かく対応できています」(堀口氏)とのこと。
また、決められた路線で定時運行していたころは、どうしても一度中心街に出て、さらに別の路線に乗り換える必要があった場所へも、目的地の停留所を指定するだけで直行できるのが、大きなメリットのようです。
サービス導入の工程も意外にスムーズだったといいます。そもそも上信ハイヤーではタクシー配車においてすでにIT化が進んでいたため、ドライバーがタブレットの操作で戸惑う場面はほとんどなかったそう。
細かな点では、目の前を走っている「愛タク」に予約をしないで乗りたいと直接呼び止められたり、予約を忘れてしまった利用者を電話で呼び出しをしたり、といったことがあったそうです。また、進むルートが最短じゃない、直行する場合よりも時間がかかるといった声もあったようですが、サービスの周知や現場対応で解決していける範疇かと思われます。
アプリの利用率をあげることが重要
利用には、アプリでも電話でもシステムに登録が必要になっていますが、こちらは開始当初の約600人から1か月で約1,500人と順調に伸びてきています。電話予約でも、オペレーターが利用者に代わってアプリを操作しているようなものです。オペレーターが使用する画面では、現在の「愛タク」がいる場所が表示され、予約状況が確認できるといったアプリとの表示の違いはありますが、同じシステム上でユーザー登録や配車予約などを代行するオペレーションになっています。
やはり人を介して予約できることは重要なようで、特に高齢者はアプリの操作に不慣れな人が多いため、導入当初はこのような対応が間違いないのでしょう。また、オペレーターは予約状況を把握できるため、空いている時間を考慮した予約をすることができます。徐々に慣れながらアプリに移行してもらうことが、今後のサービス展開なども考えるとポイントになるかと思います。
混む時間帯への対策として早めに予約を入れるなど、もうすでに使いこなしている人たちもいるそう。多い行き先の一番は病院で、そのほかには買物や温浴施設に行く人が多い傾向です。
地域での最低限の移動手段を残すという意義
既存タクシーへの営業面での影響はあるのですが、まずは「愛タク」でタクシーの便利さを知ってもらい、たとえば「愛タク」の時間外や急ぎの利用につながるなど、既存タクシーとのバランスがうまく取れるようにしたいと考えているようです。現在「愛タク」は17時までで、既存タクシーの主な利用は夜の時間帯になっています。このあたりがかぶらないようになっているのです。
ただ、現在コロナ禍によりタクシー業界は大打撃を受けています。このような時期に「愛タク」のような事業が始まったことで、「安定した収益が得られるようになったことは、たいへん助かっています」(堀口氏)とのことでした。主に行政からの補助金で運営されており、乗客の有無に関わらず公共サービスとして稼働できるためです。「愛タク」のドライバーにとっても、コロナ禍での不安定な歩合ではなく固定給で働けることが良いと感じるドライバーもいるようです。
「市民の約1割にあたる4,000~5,000人程度の人が日常的に利用するようになれば、いわゆる交通弱者にも行き渡り、成功したサービスといえるのではないかと思っています。もちろん既存タクシーと共存させるバランスは難しいのですが、社会のためにもなる事業として、社の柱として力を入れて進めていっています」(堀口氏)との言葉が印象的でした。
地域での最低限の移動手段を残すという意義が「愛タク」にはあるようです。現状のサービスはMaaS未満ではありますが、「MaaSにはいつでも対応できるように準備しておきたいと考えています」(堀口氏)と答えてくれました。
[ガズー編集部]
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