群馬県富岡市長に訊くデマンド型乗合タクシー「愛タク」の意義
郊外や地方でクルマを持たない人が利用するモビリティをどうするかは、少子高齢化社会に進むなか全国的な課題になっています。今年新たに群馬県富岡市で始まったデマンド型の乗合タクシー「愛タク」は、その解決策の一つとして期待されています。この「愛タク」について、実施エリアの首長である富岡市長にお話を伺うことができました。
移動弱者を減らす地方都市のモビリティ「愛タク」
2021年1月4日に富岡市役所前の広場で出発式が開かれ、運行開始した「愛タク」は、少子高齢化社会が進む地方都市で、移動弱者を減らす地方都市のモビリティの一つのあり方として注目されています。
「愛タク」の出発式でお披露目された「愛タク」。
富岡市には、世界文化遺産「富岡製糸場」や日本三奇勝「妙義山」など、観光資源も豊富で、中心街は店舗なども多く、市内を自由に移動できれば生活に困ることはないと思われます。とはいえ、中心街からクルマで数十分も走れば、自然豊かな景色が広がり、マイカーやタクシーなどクルマがないと生活が不便な、関東近郊の地方都市でしばしば見られる環境となっています。
「愛タク」は6台のミニバンタイプの乗合タクシーを、アプリや電話経由の予約に応じて最適な配車をするというデマンド型のサービスです。停留所は市内全域に301か所(開始時の数)設定され、さらに増やす予定になっています。この停留所間をICTを活用した配車システムが、最適な乗合状況やルートを決めて運行します。
料金は、利用しやすい「ワンコイン」という市長の発案から、市民と障がい者、市内に通勤通学する人も含め100円と格安に設定され、日常のモビリティとして活用してもらうことを想定しています。観光客など市外の人も500円で利用でき、未就学児は無料。運行時間は年末年始を除く毎日8時~17時までとなっており、夕方以降のタクシー営業を圧迫しないような配慮がされています。
富岡のまちを走る「愛タク」。ミニバンタイプで利用客は5人まで相乗りできる。
左:「愛タク」の予約をするアプリ画面。市内のほぼ全域を網羅する停留所。
中:利用するには乗車と降車をする停留所を選択。
右:あとは予約を入れるだけ。
インパクトのある「ワンコイン」料金が「愛タク」成功の一要因
サービス開始から1か月ほど経過した時点で、富岡市の榎本義法市長にお話を伺うことができました。「愛タク」サービス誕生の経緯や、スタートしての感想などを訊いてみました。
これまでの取材で感じていたのは、市民が「愛タク」に愛着を持っていること。これは市長も同感だそうで、「市内で走っている姿を頻繁に見かける」と市民から声をかけられることもあり、タクシーの車体デザインが、親しみやすく好評とのこと。
開始前は、どの程度利用してもらえるのか市長も心配していたとのことですが、それは杞憂で、現在では平日は全6台がほとんど常時稼働している状況で、午前中では予約が取りにくいほどの人気です。
当初は土日休日の稼働を2台と少なく設定にしていたのですが、3月からは4台まで増強。さらに全体の台数を増やすといった話までは至っていないそうですが、「とりあえずスタートは成功。認知度も上がり、さらに利用は増えるのではないか」と、榎本市長も手応えを感じています。
「愛タク」導入以前、定時運行する乗合バスの利用率はあまりよくなく、利用客が乗っていない空の状態で走っていることもしばしばあったといいます。一部の地域でデマンド型の運行もあったのですが、活用されているといえる状況にはならなかったそう。
今はマイカーを持っていたとしても、高齢になり免許を返納したあとの移動手段に不安を感じる市民から「公共交通の空白地帯をなくしてほしい」という要望は多くあったそう。ほかには、コンサートホールなど文化施設にイベント時に向かいたいという要望もあったそうです。
グランドゴルフを楽しむために仲間と出かけたり、温浴施設に行ったりという使い方もあるようです。確かに、こういった自由度の高いシーンで「愛タク」は使いやすいですね。
市内の公共交通問題は、榎本市長の就任前からあり、当初は、市の環状線上に来てもらい、そこから移動する案もありましたが、ICTを活用したシステムの方が市民に利用しやすいのではないかと考えて、ICTを使ったデマンド運行タイプを選んだとのことです。「愛タク」で使っているMONET Technologiesなどのプロポーザルを経て決定に至りました。
料金は、「インパクトが必要なことと住民の使い勝手を考えて、ワンコイン」(市内在住者100円、市外の方は500円)。釣り銭をやりとりする不便さを考え、お得感のある定額設定にして、利用率を上げたいという狙いがありました。
実は以前のサービスも最低料金は100円でしたが、距離に応じて上がっていく料金システムでした。定額であれば、遠い目的地でも安心して乗っていられます。
費用面の懸念は、「経費はありますが、外出をうながして健康維持をしてもらうメリットを考えています。医療や介護費用を抑える効果を期待し、こちらで最終的な収支バランスをとっていけると考えています」との見解でした。ショッピングや行楽など移動が増えれば、お店や施設などの利用も増えて経済も回ります。コロナ禍が収束したら、まずは多くの人に動いてもらうことが重要です。
アプリの使用率向上は課題の一つ
現在見えている課題についてもうかがいました。「愛タク」開始後の声として、車椅子利用者など歩行が困難な人から、停留所までの距離をなるべく短くしてほしいという要望が多く寄せられました。これに対し停留所の数は、今後も増やしていく予定になっています。
また、利用者の多くが高齢者ということもあり、アプリの使用率が低く、電話での問い合わせが多い状況にあります。これは開始前から懸念材料だったそうですが、フィーチャーフォン(いわゆるガラケー)からスマホへの買い換えを促進するため3,000円の補助金を支給する施策をこれまで2回実施し、販売店の協力を得てスマホの使い方教室を開催しているとのこと。
現在はコロナ禍で実施できていない、「愛タク」のアプリ使用方法の講習会を開催する必要もあるだろうとのお話でした。今後は少しずつアプリの利用も増えていくのではないでしょうか。
「愛タク」の利用率は高いのですが、さらに運行台数を増やすこと、夜の時間帯まで運行時間を延ばすことは、従来のタクシー営業への影響が大きくなるので、今のところは考えていないそうです。市民の要望でもその意見は少なく、日中のモビリティとして機能していることがわかります。
観光市場での「愛タク」の活用は当面想定していないとのことですが、妙義山への登山口となる「妙義神社」という停留所が「愛タク」で利用できます。上信電鉄の上州富岡駅などから500円で妙義神社まで行けるのは、とても魅力的です。
富岡市には上信電鉄が通っていますが、こちらと連携することは大いにありえるそうで、まずは市民の足代わりからですが、これを観光も含めて考えられるようになれば、連携も模索していきたいとのことでした。
ほかにも、総務省が進める「定住自立圏構想(※)」で、周辺の下仁田町、南牧村、甘楽町と連携する構想をしていますが、現時点でモビリティを連携させる動きはまだないとのお話でした。ただし、このような構想があることから、将来は何らかの動きはあるのかもしれません。MaaSのような使い方に発展できれば、利便性はさらに上がるのではないでしょうか。
※ 地方において大幅な少子高齢化が進むことから、人口が5万人程度以上などの要件を満たしている中心市と、その近隣市町村で交通などを連携し、日常生活に必要な機能を確保して、人口の定住を促進することを目指す総務省が掲げる構想。都市圏への人口流入を防ぐ。富岡市も中心市宣言をしていて、2020年10月時点で定住自立圏は128圏域になっている。
「愛タク」のスタートが成功した要因として、榎本市長は「タクシー運行事業者の上信ハイヤーと日本中央交通の2社に快く協力いただいて、一緒になって進めようとなったことが一番大きかった」と振り返っていました。また、中心街だけ発展するのでなく、市内の全域に移動できることが重要で、「遠くても同じ金額で市内を自由に移動できることが受け入れられたのではないか」と受けとめていました。
「愛タク」があることで、富岡市が暮らしやすいまちとして意識してもらえれば、高齢者の移住先候補として人気がでる可能性も考えられます。将来の夢物語として「未来に無人の自動運転でどこまでできるかは楽しみにしています」とも語っていましたので、富岡市に自動運転の「愛タク」が走るかも知れません。今後、MaaSのような発展があるのか、注意深く見守っていきたいと思います。
「愛タク」利用者の喜びの声
榎本市長のインタビューで市役所を訪れたおり、ちょうど市役所前の停留所で「愛タク」利用者の生の声を伺う機会がありました。
桐生さんは、足が悪く手押しの歩行車を押していましたが、歩行車はドライバーがカーゴルームから出し入れしてもらっていました。開始当初から頻繁に利用していて、「愛タク」のようなサービスがないと移動自体が困難なので、利用しやすくとても気に入っていると話してくれました。スマホはあるのですが、やはり予約は電話でしているそうです。スーパーマーケットへの移動など、2~3日に一度は外出で利用しているとのことでした。お話を伺ったときには上州七日市駅近くの田村医院から市役所までの乗車でした。「この距離を乗っても100円なんだから。本当に万歳です!」と喜ばれていました。
天野さんは、これから愛タクを予約しようと市役所の停留所に訪れたところ。お住まいは七日市周辺。自家用車はあって免許もあるそうですが、息子さんから危ないのでクルマの運転を止められているとのこと。妙義山の麓にある温浴施設に行くのによく利用していると教えてくれました。天野さんも予約は電話。やはり高齢者にはスマホアプリは難しいようです。「愛タク」はとても使いやすく、毎日ではないが時間があれば利用しているとのことでした。自宅から近くの停留所まで、天野さんの徒歩のペースでは10分はかかるため、「停留所がもっと増えるともっと便利になる」と話していました。
お二方とも、日常的な移動手段として喜んで活用している様子が印象的でした。ともすると移動弱者になってしまいがちな高齢者が、「愛タク」のおかげで元気に活動できていることがよくわかりました。
富岡市の地域モビリティとしてスタートに成功した「愛タク」のようなサービスが、全国的に広がっていくことを願ってやみません。今後も、移動弱者を救済するモビリティに注目していきたいと思います。
[ガズー編集部]
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