「愛タク」とタクシーは棲み分けではなく“共存”。「あってよかった」とタクシーも思ってもらえるように
全国的に少子高齢化や過疎化が進むなか、地方自治体での市民の移動サポートは、大きな課題。買い物や病院などへ行くための足の確保は、生活を維持する上では必要不可欠です。自治体が定時定路線で運行する場合も多いのですが、蓋を開けてみると“空気を運んでいるだけ”の場合も少なくありません。
そんななかひとつの成功例として話題となっているのが、群馬県富岡市で2021年にスタートしたデマンド型乗合タクシー「愛タク」。交通空白地域解消や高齢者の移動をサポートを主とした事業で、その利便性の高さから2021年12月の時点で年間約4万人が利用するまでに成長。市全域が対象であるとともに、料金が100円というリーズナブルさも活用を後押ししています。
今回は、運行を担う2社(上信ハイヤー・日本中央交通)のうち配車と予約業務も担当する上信ハイヤー株式会社の代表取締役社長・堀口直行氏に話をうかがいました。スタートから1年経ち、「愛タク」の運行事業者を取り巻く環境や意識はどう変化したのでしょうか!?
「愛タク」とタクシー、それぞれが担うべき役割が少しずつ見えてきた
上信ハイヤーは上信電鉄のグループ会社。昭和50年(1975年)から事業を継続し、電鉄の沿線を含む群馬県内の中・西毛から埼玉県北にかけて運行。地域貢献を念頭に新たな輸送サービスにも積極的に参加、平成6年(1994年)より富岡市内で「乗合タクシー」をいち早く導入してきました。また、「愛タク」の前進である定時定路線バスの運行を担うなど市との関わりが深いタクシー会社です。
上信ハイヤーの代表取締役社長・堀口直行氏は、「愛タク」1年目の手応えを「棲み分けでなく“共存”。タクシーの役割とチョイ乗りのお出かけ、タクシーと愛タク、それぞれが担うべき役割が少しずつ見えてきた」と話します。
具体的には、タクシーは冠婚葬祭や急病、時間の制約がある場合など移動手段の最後の砦として。まさに“困ったときのサポート”を。「愛タク」は通院、ショッピングに娯楽をはじめ、“ちょっとそこまで”を後押ししつつ消費につながる手軽なモビリティとして、ともに共存してきたと堀口社長。
と同時に、スタート当初から議論されてきた「愛タク」の“時間”についても言及。運営時間は8時から17時。毎週火曜は通院需要で8時から9時の配車予約が難しいのですが、実はこのさまざまな“時間”が利用者にとって「愛タク」かタクシー(もしくは鉄道)かの明確な分岐点だと言います。
「タクシーや鉄道は到着時刻を読みやすく、“時間を買う”もの。価格にもその分が入っています」と堀口社長。さらに、定時定路線運行の経験もふまえ「愛タク」は「直接目的場所に向かうものではなく、寄り道をしていくもの。100円で市内をどこまでも行けるのは前例がありません。どの公共交通の初乗り運賃よりもリーズナブル。だからこそちょっとの遠回りはご理解いただけたら」と続けます。
これは、見た目も乗り心地もほぼタクシーな「愛タク」ならではのジレンマ。筆者が「愛タク」を利用して感じたのは、乗ってしまうとその心地よさゆえ思わず“100円の愛タク“であることを忘れてしまう……。乗り心地や設備での明確な違いが出せないからこそ利用者に対して「愛タク」の本質を広く周知させるが急務とも言えます。実は、MONET Technologies側からも“時間”の話が出た際に「慣れていただけたら」との言葉が出たほど。
逆に、この明確な違いがあるからこそ共存が可能と言えます。メリットとデメリット、時間と価格を天秤に掛け、優先順位はどちらなのかを考えて活用するのが上手な使い方なのでしょう。
なお、利用者側も自然と混み合う時間などを把握して、曜日を変えたり、ずらして配車予約したりなど変化がこの1年であったといいます。利用者と事業者、ともに協力しあうことが、スムーズな利用と運行につながるのかもしれません。
1年経過で2名体制にアップデート。アプリ予約への利用者移行が今後の課題
アプリと電話での予約が可能な「愛タク」。電話予約は上信ハイヤーが専用ダイヤルを開設し、業務を一手に引き受けています。「愛タク」登録中の約4400人(2021年12月時点)うち、約53.4%がアプリ、46.6%が電話を利用しているのが現状です。
配車センターの予約専用ディスプレイには「愛タク」全車両の予約状況がモニターされ、運行状況も一目瞭然。車両の走行場所も把握しています。電話で人を介して対応するのは、ITに不慣れな高齢者をサポートするため。
とはいえ、実際の電話対応を見学しましたが、予約確定までは少々時間がかかるのが現実。アプリ利用のほうが格段に効率的であることは間違いありません。富岡市によれば今後「スマホ教室」を実施するなど、高齢者のスマホ移行やアプリ利用への施策は積極的に行なう予定とのこと。ICTを使ったデマンド交通は、運用しながらの改善が比較的容易にできるのが特徴のひとつ。今後さらにスムーズな「愛タク」運用を行なうには、なるべくスマホを普及させアプリ予約に導くことが重要と感じました。
■同業種の企業間タッグが生む、新たな需要創出とタクシーのこれから
富岡市では「愛タク」に力を入れるとともに、タッグを組むタクシー需要を創出する施策も積極的に展開。取材中、堀口社長が紹介してくれたのが「プレミアム付きタクシー券」(3000円)です。同チケットは、2022年8月31日まで合計4000円分のタクシー乗車が可能なお得チケット。「愛タク」の運行を担う2社(上信ハイヤー・日本中央交通)で利用できます。
富岡市では「愛タク」に力を入れるとともに、タッグを組むタクシー需要を創出する施策も積極的に展開。取材中、堀口社長が紹介してくれたのが「プレミアム付きタクシー券」(3000円)です。同チケットは、2022年8月31日まで合計4000円分のタクシー乗車が可能なお得チケット。「愛タク」の運行を担う2社(上信ハイヤー・日本中央交通)で利用できます。
堀口社長は「今回の合同企画が実現できたのは“愛タク”で2社のつながりができたからこそ。ライバルながら、同じ立場で公平に企画を連携できるのはとてもいいこと」と話します。また「自治体側でタクシーを市民の足としてしっかり認識もらえているのがうれしい。気持ちよく協力ができます」とも。「愛タク」で2社がタッグを組んだことで生まれた新たなタクシーコラボ。民間事業へのサポートもしっかりと行うことで、自治体側も「愛タク」とタクシーの共存を推し進めている印象です。
なお、堀口社長は「愛タク」の市民からの好評を受けて事業者としても「本業のタクシーがあってよかった!と利用者に思ってもらえるよう頑張らなければ!」と逆に士気が上がったと言います。
タクシーと共存しながら、お互いに士気を高めあい進化していく「愛タク」。“時間”に余裕を持ってリーズナブルに「愛タク」で行くのもよし、お勧めのお店をたずねたり、タクシーならではの快適性で移動を楽しむのもよし。どちらか一方に偏るのではなく、うまく使いこなして生活をより便利に! 今回の取材でわかったのは「愛タク」をめぐる自治体と公共交通事業者の模索の日々は、着実に明るいほうへと前進していることでした。
(文/写真:村上俊一)
群馬県富岡市デマンド型乗合タクシー「愛タク」
[GAZOO編集部]
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