スーパー耐久で進む水素エンジンの開発。水素は今後どのように社会実装されていくのか?
スーパー耐久の2023年の幕開けとなる「第1戦 SUZUKA S耐」では、燃料を液体水素に変更した水素エンジンを搭載するGRカローラのデビューが期待されていた。しかし事前のテスト走行でトラブルが発生し、残念ながら急遽参戦が取りやめとなってしまった。
原因としては水素の制御に関することではなくレースという究極の環境であるからこそのパーツトラブルであり、水素エンジンの開発自体は傍目から見れば順調に進められていると言っていいのではないだろうか。
しかし、水素エンジンの開発はスーパー耐久で競争力のあるレーシングカーを作ることではなく、市販の自動車を含む日本全体、ひいては世界全体のカーボンニュートラルを実現することに向けた実証実験と仲間づくりという位置づけだ。
それでは水素の社会実装は現在どのような段階なのだろうか、そして今後迎える水素社会というのはどのようなものなのだろうか。スーパー耐久第1戦鈴鹿の予選日にTOYOTA GAZOO Racingが行ったラウンドテーブルで語られた内容をお届けしよう。
このラウンドテーブルに登壇したのは、
原因としては水素の制御に関することではなくレースという究極の環境であるからこそのパーツトラブルであり、水素エンジンの開発自体は傍目から見れば順調に進められていると言っていいのではないだろうか。
しかし、水素エンジンの開発はスーパー耐久で競争力のあるレーシングカーを作ることではなく、市販の自動車を含む日本全体、ひいては世界全体のカーボンニュートラルを実現することに向けた実証実験と仲間づくりという位置づけだ。
それでは水素の社会実装は現在どのような段階なのだろうか、そして今後迎える水素社会というのはどのようなものなのだろうか。スーパー耐久第1戦鈴鹿の予選日にTOYOTA GAZOO Racingが行ったラウンドテーブルで語られた内容をお届けしよう。
このラウンドテーブルに登壇したのは、
- 岩谷産業 水素本部 津吉学本部長
- 川崎重工業 水素戦略本部 山本滋副本部長
- GAZOO Racing Companyの高橋智也プレジデント
- トヨタで水素エンジンプロジェクトを統括する伊東直昭主査
- GRパワトレ開発部 小川輝主査
政府が掲げる2030年の水素の商用化と具体的な水素利活用のビジョン
経済産業省は2022年6月に発表した政策の中で、「2030年に向けた政策対応のポイント」として、
その中には、「水素の供給コストを化石燃料と同等程度の水準まで低減させる」ことや、FCVや将来的なFCトラックなどの更なる導入拡大に向け「水素ステーションを戦略的に整備する」ことなどにも触れられている。
実際に水素の製造と運搬を行う川崎重工業の山本副本部長によると、現在川崎重工業として取り組んでいるオーストラリアで褐炭を使った水素の製造と運搬の実証実験は商用化の1/100程度の量だという。では実際に商用化ベースとなるイメージはどのようなものなのだろうか? それは「液化天然ガス(LNG)を想像してほしい」と言う。
今のLNGのタンクを埋めるほどの液体水素を利活用できれば水素の商用化は可能ということだが、そのためには大量に製造し大量に運搬する必要がある。その製造と運搬の際に使用されるエネルギーや二酸化炭素(CO2)の排出も勘案したうえで、オーストラリアからの安定的な供給とCO2対策の想定は進んでいるという。
それでは、実際にそれだけ大量な水素の活用はどのような業界や産業で実用化されていくのだろうか。水素についての事業に80年間も携わる岩谷産業で、水素事業の陣頭指揮を執る津吉本部長は、まずは2030年~40年くらいは「発電」が大量の水素活用の中心となるだろうと言う。その後自動車や船の動力源、さらに鉄鋼業などと広がっていくような想定をしているようだ。だが水素社会によるカーボンニュートラルの実現は2050年くらいになるかもしれないとのこと。
現状、岩谷産業としては水素ステーションを含む水素事業は「まったく儲かっていない」という。ではなぜ水素による事業を推進するのかという問いには、「少しでも水素のことを知っていただきたい」ということ、そして「水素利活用の火を消さない」ことのために、さまざまな取り組みを行いモチベーションを積み上げているという。
- カーボンニュートラル時代を見据え、水素を新たな資源として位置付け、社会実装を加速
- 長期的に安価な水素・アンモニアを安定的かつ大量に供給するため、海外からの安価な水素活用、国内の資源を活用した水素製造基盤を確立
- 需要サイド(発電、運輸、産業、民生部門)における水素利用を拡大
その中には、「水素の供給コストを化石燃料と同等程度の水準まで低減させる」ことや、FCVや将来的なFCトラックなどの更なる導入拡大に向け「水素ステーションを戦略的に整備する」ことなどにも触れられている。
実際に水素の製造と運搬を行う川崎重工業の山本副本部長によると、現在川崎重工業として取り組んでいるオーストラリアで褐炭を使った水素の製造と運搬の実証実験は商用化の1/100程度の量だという。では実際に商用化ベースとなるイメージはどのようなものなのだろうか? それは「液化天然ガス(LNG)を想像してほしい」と言う。
今のLNGのタンクを埋めるほどの液体水素を利活用できれば水素の商用化は可能ということだが、そのためには大量に製造し大量に運搬する必要がある。その製造と運搬の際に使用されるエネルギーや二酸化炭素(CO2)の排出も勘案したうえで、オーストラリアからの安定的な供給とCO2対策の想定は進んでいるという。
それでは、実際にそれだけ大量な水素の活用はどのような業界や産業で実用化されていくのだろうか。水素についての事業に80年間も携わる岩谷産業で、水素事業の陣頭指揮を執る津吉本部長は、まずは2030年~40年くらいは「発電」が大量の水素活用の中心となるだろうと言う。その後自動車や船の動力源、さらに鉄鋼業などと広がっていくような想定をしているようだ。だが水素社会によるカーボンニュートラルの実現は2050年くらいになるかもしれないとのこと。
現状、岩谷産業としては水素ステーションを含む水素事業は「まったく儲かっていない」という。ではなぜ水素による事業を推進するのかという問いには、「少しでも水素のことを知っていただきたい」ということ、そして「水素利活用の火を消さない」ことのために、さまざまな取り組みを行いモチベーションを積み上げているという。
水素の安全性は?「危ないことが前提」
しかし、水素というとどうしても危険というイメージがつきまとうのではないだろうか。今回の水素エンジンのGRカローラも水素が漏れ車両の一部に火災が起こっている。だが同時に、センサーが水素漏れを感知し供給を止めたことで大きな燃焼や乗員のケガにつながることはなかった。
そうした水素の安全性について津吉本部長は、「水素は危ない、漏れることを前提に仕事をしている」という。水素も含めて多くのガスを扱う岩谷産業のノウハウを活かし、漏れたら分かる、溜まらないようにするなど、事故に繋がらないように徹底的に管理、対策をすることが大切だという。
川崎重工業の山本副本部長も、今ではガソリンをセルフで給油することが当たり前になったという例とともに、水素の特性をしっかりと理解することで、安全に対する理解が広がっていくことを期待している。
続けてGRカンパニーの高橋プレジデントも水素エンジンの開発にあたり、「どんな燃料でも使い方を間違うと危ないのは同じで、水素を安全に使うために水素の先輩の知見を取り入れているし、正しく使えば安全ということをしっかりと広めていきたい」と語っている。
実際に先日の車両火災も、レースという環境下でのエンジンの振動により配管から水素が漏れたというが、センサーの検知によりその漏れた時間は0.1秒以下。ただしその近くに熱源となる排気管があり発火してしまったという。
検知から水素の供給停止まで実に0.1秒という早業に驚くとともに、レースという極限の状況下でも水素の漏れない配管の開発や、熱源の距離をとることで発火の危険性を下げることなど、新たな課題があぶり出されたことは、決してマイナスなことばかりではなかっただろう。
そうした水素の安全性について津吉本部長は、「水素は危ない、漏れることを前提に仕事をしている」という。水素も含めて多くのガスを扱う岩谷産業のノウハウを活かし、漏れたら分かる、溜まらないようにするなど、事故に繋がらないように徹底的に管理、対策をすることが大切だという。
川崎重工業の山本副本部長も、今ではガソリンをセルフで給油することが当たり前になったという例とともに、水素の特性をしっかりと理解することで、安全に対する理解が広がっていくことを期待している。
続けてGRカンパニーの高橋プレジデントも水素エンジンの開発にあたり、「どんな燃料でも使い方を間違うと危ないのは同じで、水素を安全に使うために水素の先輩の知見を取り入れているし、正しく使えば安全ということをしっかりと広めていきたい」と語っている。
実際に先日の車両火災も、レースという環境下でのエンジンの振動により配管から水素が漏れたというが、センサーの検知によりその漏れた時間は0.1秒以下。ただしその近くに熱源となる排気管があり発火してしまったという。
検知から水素の供給停止まで実に0.1秒という早業に驚くとともに、レースという極限の状況下でも水素の漏れない配管の開発や、熱源の距離をとることで発火の危険性を下げることなど、新たな課題があぶり出されたことは、決してマイナスなことばかりではなかっただろう。
モータースポーツで技術開発をすることのメリットとは?
そして、水素の利用拡大には「つかう、つくる、はこぶ」という仲間づくりが不可欠であり、このスーパー耐久では国内で製造する水素を積極的に活用しながら、水素関連企業と大規模な利活用に向けての実証実験に向けたさまざまな協業が行われている。
そしてモビリティ業界でも、昨年川崎重工業、ヤマハ発動機、スズキ、本田技研工業という2輪車を製造するライバルメーカー4社が水素エンジンの共同開発の検討を開始するなど、さまざまな連携の形が見られているのは象徴的なことだろう。
液体水素のメリット、デメリットと気体水素との違い
では実際に気体水素がから液体水素に変わったことで、どのようなメリットとデメリットがあるのだろうか。まず、自動車の燃料として利用するには液体のほうがメリットが多いようだ。
ただし、現時点ではまだ液体水素の制御は難しい面もあり、すでに燃料電池車(FCEV)で実用化が進んでいる気体水素のように、液体水素エンジンの市販化に向けては「技術難易度を見定めている最中」だという。
いずれは、液体水素の制御やセンサーなどの技術開発が進むことで、車両の軽量化や車内空間の確保にもつながっていくことだろう。
市販化に向けては、真夏の渋滞や豪雪地帯などの温度環境や、システムにゴミが入ってくる可能性などいろいろな場面を想定しなくてはならずそのロードマップは描けていないようだ。だがレースという高負荷、高回転、高熱な環境下での制御が進めば、さまざまな状況下での安全に関するテストを進めていくことも可能になるという。
次戦の富士スピードウェイでの24時間レースでは、現状昨年よりもラップタイムは若干劣るが、給水素に関するロスタイムが減ることで、周回数は多くなる想定だという。24時間を完走することで新たなデータの取得と技術的なフィードバックを得ることが期待されている。
- 気体水素は70Mpaという高圧縮された水素を使うために、それほど圧縮率の高くない液体水素のほうが給水素はしやすい。
※参考程度となるが家庭で使用する高圧洗浄機は高いもので9Mpa程度だという。 - 気体水素は圧縮するための「昇圧」が必要となり、連続しての給水素ができない。
※液体水素では、給水素中に気化してしまう水素を減らすため、水素の通り道となるホースなどを冷やす「予冷」が必要となるが、レース中は常に予冷をしておくことで連続しての給水素も可能。 - 給水素のシステムが液体水素のほうが小型で、ピット内とピット前に設置することができるため、給水素する際のタイムロスが少ない。
※気体水素の時は、特別に給水素エリアを設けていたため、そこへの往復の時間がタイムロスとなっていた。 - 気体の高圧縮水素のタンクは軽量化に限界があるが、液体水素のタンクは魔法瓶のようなものでより薄く軽いものの開発が進めば、軽量化が進められる可能性がある。
ただし、現時点ではまだ液体水素の制御は難しい面もあり、すでに燃料電池車(FCEV)で実用化が進んでいる気体水素のように、液体水素エンジンの市販化に向けては「技術難易度を見定めている最中」だという。
- レース中は一周の中でもマシンへのかかる負荷の状況が異なる中、気化してほしいタイミングで適切に気化させることが難しい。
※水素エンジン自体は気体水素と同じ仕様。液体水素を気体水素にしてからエンジンで燃焼させる。 - 水素漏れのセンサーなど安全を確保するための機器をたくさん搭載しているため車両重量が重い。
※現状では小型のプラントを搭載しているような状況で、後席のスペースが埋まってしまっている。 - 車両の重量が重くなるため、衝撃に対応する安全性を確保するために余計に車両重量が重くなっている。
※現状、気体水素の時よりも300kg重くなっているという。
いずれは、液体水素の制御やセンサーなどの技術開発が進むことで、車両の軽量化や車内空間の確保にもつながっていくことだろう。
市販化に向けては、真夏の渋滞や豪雪地帯などの温度環境や、システムにゴミが入ってくる可能性などいろいろな場面を想定しなくてはならずそのロードマップは描けていないようだ。だがレースという高負荷、高回転、高熱な環境下での制御が進めば、さまざまな状況下での安全に関するテストを進めていくことも可能になるという。
次戦の富士スピードウェイでの24時間レースでは、現状昨年よりもラップタイムは若干劣るが、給水素に関するロスタイムが減ることで、周回数は多くなる想定だという。24時間を完走することで新たなデータの取得と技術的なフィードバックを得ることが期待されている。
これまで水素についてスーパー耐久の現場で語られてきたことは、レースに参戦する水素エンジン、マシンがどういうものであるか、そしてレースに使う燃料がどこで製造されどのように運ばれてきたのかということが中心であった。
水素エンジンでの挑戦も3年目を迎え、液体水素という新たな技術の挑戦が始まったことで、語られる内容はより社会実装に向けての実証実験であるという要素が増えてくるかもしれない。
津吉本部長も、トヨタイムズのCMなど地上波で水素への取り組みが放送されることにより、世間一般に水素が知られるようになってきたことを実感しているようだ。
今後も水素の新たな社会実装へのロードマップや、水素仲間の輪で産みだされる技術革新の様子など、スーパー耐久で語られる水素ビジョンをお届けしていきたい。
(文:GAZOO編集部 山崎 写真:堤晋一、GAZOO編集部)
水素エンジンでの挑戦も3年目を迎え、液体水素という新たな技術の挑戦が始まったことで、語られる内容はより社会実装に向けての実証実験であるという要素が増えてくるかもしれない。
津吉本部長も、トヨタイムズのCMなど地上波で水素への取り組みが放送されることにより、世間一般に水素が知られるようになってきたことを実感しているようだ。
今後も水素の新たな社会実装へのロードマップや、水素仲間の輪で産みだされる技術革新の様子など、スーパー耐久で語られる水素ビジョンをお届けしていきたい。
(文:GAZOO編集部 山崎 写真:堤晋一、GAZOO編集部)
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