【スーパー耐久第2戦富士】“人財育成プログラム”から生まれたレーシングチーム!? TEAM ZEROONEが目指すメーカーの垣根を超えた育成への熱い想い
その中でも特にユニークなチームが、「日産メカニックチャレンジ」という自動車メーカーと自動車大学校の “人財育成プログラム”をサポートすべく発足したという『TEAM ZEROONE』だ。
既存のレーシングチームが販売店や学生メカニックを受け入れることは複数のチームで行われているが、こうした最初から育成することを目的とするチームというのは、非常に珍しい。
では、実際にどのようなチーム体制のもと、育成プログラムが行われているのだろうか。TEAM ZEROONEの代表も務める株式会社ゼロワンの田中篤司代表取締役社長やチームゼネラルアドバイザーを務める柳田真孝選手、そして実際に参加している販売店と学生のメカニックの方にもお話を伺ったのでお届けしよう。
TEAM ZEROONEは人財育成のために生まれたチーム
まず、TEAM ZEROONEとはどのようなチームなのか、そしてどのようなことを伝えているのか概要をお話しいただいた。
「TEAM ZEROONEは『日産メカニックチャレンジ』のスーパー耐久での活動を担うチームです。『日産メカニックチャレンジ』は“モータースポーツは人を育てる”というコンセプトのもと、私も約10年間にわたり携わっているプロジェクトです。
活動していく中で、モータースポーツには人を育てるためのいろいろな要素があるということが分かりました。その活動をさらに拡大したいという想いを共にする日産自動車や日産自動車大学校と連携して、スーパー耐久でより多くの学生や販売店のメカニックが関われるようにするために、ゼロワンというレース運営と育成プログラムを行う会社を作り、『日産メカニックチャレンジ』の一翼を担う役割として立ち上がったのが2022年の1月です。
学校での授業も大切ですが、レースの現場に来るといろんなことが起きますよね。そこで独特の緊張感や達成感、プロの技などを目の当たりにするので、そうしたリアルな体験が彼らのスイッチを入れてくれていると思います。
毎回朝礼でも話をするのですが、『君たちはもうただの研修ではないですよ。チームの一員なんだから、これでいいやとかこれよく分からないといったことは許されないよ』と。自分自身の責任として、分からないことは聞く、やれることは全部やる、そういうことを徹底しましょうと常に言っています。
モータースポーツは後でやろうとかミスや失敗が一切許されない、そういうことをリアルに体験することができる、本当にいい勉強の場だと思います」
「今回参加している学生は34人です。6グループに分かれて、2グループはピット、2グループはホスピタリティテント、2グループはピットビル2階のクリスタルルームとローテ―ションしています。
ピットでのメカニックとしての作業はもちろん、ホスピタリティでのお客様対応も経験してもらっています。
レースはものすごくたくさんの方に支えられて成り立っていて、そうした支えてくれている方が応援に来てくれたらおもてなしするというのは当たり前のことだよね、ということも教えています。
マシンのステッカーの貼ってある意味やスポンサービジネスを理解してもらうということも狙いにあります」
今年のTEAM ZEROONEは、昨年から引き続きST-3クラスの25号車のフェアレディZに加え、ST-Zクラスに新型Nissan Zを加え2台体制になり50人近くの大所帯のチームとなった。だが規模は拡大したものの、チームの一体感はより強まっているという。
それはプログラム参加者一人一人にしっかりと責任を持って取り組んでもらうことももちろんだが、ドライバーやチームのメカニックたちも、チームの目的は人財育成だということをしっかり理解しているからだろう。
実際に、自分達で作業したほうが早いことでも、指導するという役割に対してしっかりと協力してくれているという。
人を育てることと支えてくれる存在への熱い想いと感謝
そして、この活動の根底には、田中社長が日産自動車大学校で、「人を育てるというところに、自分のスイッチが入った」という熱い想いがある。それはどのようなことなのだろうか。
「学校って何かを教える場であると思っている方が多いと思うんですが、本当は学生たちの潜在意識をどこまで掘り起こすかが仕事だと思っています。
学生たちっていろんな潜在能力を持っていて、どこまで発揮しているかが違います。学校でいろんなことに取り組む中で目をキラキラさせて、潜在意識がぐーっと上がってきたところを見るたびに、すごくやりがいを感じたんですよね。
そのこととモータースポーツが重なって、モータースポーツで潜在能力を引き出すという活動をやりたいと思うようになったんです」
ただ、先にも触れたように、レース活動は支えてくれている方々の存在無くしては成り立たない。そのことを教える田中社長だからこそ、支えてもらっている方々への感謝を深く感じている。
それは「日産メカニックチャレンジ」を行う日産と日産自動車大学校はもちろん、チームのメインスポンサーでもあるオリエンタルバイオにも、言葉だけでなく現地のサーキットでのおもてなしを見ても、しっかりと感謝を届けているように感じられた。
なお、オリエンタルバイオは、「raffinee」ブランドの健康食品などを販売する企業であるが、スポーツ選手へのサポートや若手育成にも積極的に取り組んでいる企業で、「日産メカニックチャレンジ」も応援したいという申し出があり、このようなパートナーシップが生まれたそうだ。
メーカーの垣根を越えた人材育成を
お話の最後に、今後の展望や目標について伺った。
「昨年立ち上げたチームですし、レースは何年か毎に大きく変わっていくので、10年後にどのようなチームになりたいといったことを言うのは難しいかなと思っています。
ただ、学生はたくさん参加してもらっていますが、今後はより販売店のメカニックにも参加してもらえるように、この人財育成プログラムをまずは3年間、そして5年はしっかりと取り組みたいと思っています。
プログラムの内容も、ピット作業でいえばレース中にタイヤ交換を担当したり、もっとレースに深く関わることができたらと思っています。
また、自動車業界の人財育成は日産だけの問題ではないと思ってます。スーパー耐久はチームやメーカーの垣根を越えてコミュニケ―ションができるので、他チームのいいところはメカニック達に伝えたり、プログラムに取り入れていきたいと思います。そして連携できるところは連携して一緒に盛り上げていきたいと思います」
ドライバーの経験を活かしチーム全体を改善 柳田真孝チームゼネラルアドバイザー
この富士24時間レースではEドライバーとしても登録されている柳田真孝選手は、今シーズンからチームゼネラルアドバイザーとしてTEAM ZEROONEに参加している。これまでの経験を活かし、ドライバーからの目線としてドライバー達だけではなくチームに対してのアドバイスをするなど、チーム全体に対して監督に近いような視点で意見をさせてもらっているという。
では、柳田選手から見たTEAM ZEROONEとはどのようなチームなのだろうか。
「通常のレーシングチームとは違って、販売店や学生のメカニックがいることですごく大所帯ですよね。育成プログラムに参加しているみなさんは普段レースに関わっていないわけですが、極限の状態でマシンを走らせたり、ドライバーがコントロールしたり、レースメカニックが細かいところまで神経を使ってマシンを送り出す、最後まで走ることができるマシンを造っているということを感じてもらえるような活動になるといいかなと思っています」
昨年できたチームのため、まだしっかり完走することで一つ一つチームの土台を積み上げている段階だというが、柳田選手もこのチームに対して熱い想いを抱いている。
クルマ愛と“Z愛”をチームに投入
「もちろん勝利を目指してはいますが、まずは完走して経験を積み重ねていくことがチームの目標です。いくら速くても完走しないと次につながらないし、完走すれば何が足りなかったのか振り返ることができると思っているので、参加しているみんなにレースでしか味わえない経験をしてもらえればいいなと思います。
今年の開幕戦の鈴鹿では、26号車がうまく表彰台に乗ることができた時、表彰台の前に集まった学生のみんながすごく楽しんでいる姿を見て、僕はこのチームに関われてすごく良かったなと純粋に思ったんです。今までそういう想いを抱くことはなかったので、素直に喜んでいる姿を見て、僕も久々にうれしい気持ちになりましたね。
そしてここで経験したことをいろいろなカタチで持ち帰ってもらってこのプログラムの目指すところが広がっていけば、もっとクルマの素晴らしさだったり面白さを分かってもらえるんじゃないかなと思います。それが僕のこのチームでやりたいことなんです」
もちろんプログラムのサーキットでの経験は大切なことではあるのだが、レースは目の前の作業だけではなく事前準備が大切だということも伝えているという。
「特に24時間レースは本当にいろんなドラマがあって完走するだけでもすごく感動できるんです。でもスタートからゴールまでが一つのレースとして考えられがちなんですけど、ここに来るまでに前回のレースが終わってからもそうなんですけど、この年に1回のレースのために1年だったりすごい長い時間をかけて準備してきているので、そのレースだけじゃなくて準備期間がいかに重要なのかということも伝えていきたいですね。
それは、一般のクルマの整備でも同じだと思いますので、ぜひ生かして欲しいですね」
今年から投入した26号車の新型Nissan Zについて、開幕戦はぶっつけ本番のような状況ではあったというが、同じクラスのライバル車よりもストレートスピードが速くクルマのポテンシャルを感じられたという。
最後に今後の改善点やフェアレディZという存在についてお話いただいた。
「コーナリング性能はまだ改善できると思いますので、ドライバーはこのマシンの走らせ方、チームはいいセットアップを見つけられるようにお互い歩み寄っていけば、もう一段二段速くしていけるんじゃないかなと思います。
僕はずっとフェアレディZでレースもしてきましたし、歴代のフェアレディZにも乗ってきて、公私ともに「Z愛」を全面的に出していきたいと思います。このプロジェクトに参加したのはZが使われていることも理由の一つですから」
やはり“Zの柳田”のアイデンティティは十分に受け継がれているようだ。
おもてなしの心とリーダー力を磨く
それでは実際にこのプログラムに参加している学生はどのように感じているのだろうか。お話を聞いたのは、日産横浜自動車大学校で、4年間で一級整備士を取得する一級自動車工学科(その他に2年間の自動車整備科と上級課程である1年間のモータースポーツ科もある)の3年生という松島さん。
過去にSUPER GTで4回の「日産メカニックチャレンジ」への参加経験があり、スーパー耐久は今回が初めてというが、「SUPER GTで最初にピット作業を体験した時は、チームの絶対に勝ちたいんだという団結感が伝わってきて、次の機会でも参加したいと思いました。スーパー耐久もSUPER GTに負けないくらいの気持ちの熱さをひしひしと感じます」と話してくれた。
今回は、校内での公募により参加した2年生から4年生までの34人の学生が参加しており、松島さんはその中でもリーダーとして、各グループのローテーションの管理も行っているという。
特に「SUPER GTでのプログラムではホスピタリティのお客様対応もさせていただき、お客様と接して、楽しんでいただくためにどうすればいいのか学ぶことができました」という経験を活かし、ホスピタリティでのお客様のご案内をスムーズに行うため、常に目を配っていたのが印象的だ。
今回はリーダーであるため、自身ではピット作業をやる機会はないようだが、「ピット作業をする学生には、緊張感がある中でも自分たちが積極的に動いてチームのためにできることは率先してやって欲しいです。それが勝利につながることもあるかと思いますので、細かいことでも手を抜かずしっかりやってほしいと伝えたいですね」と想いを語ってくれた。
そして、このプログラムに参加しどのようなことを目標にしているのかを伺った。
「僕も先輩方からたくさん指摘してもらったことにはすごく感謝していますし、今度はそれを僕が後輩に伝えて、次回以降の活動をよりよくしていけたらと思います。
そして、いろいろと大変なことも多いですが、担当する作業も含めて楽しむことも大切だと思いますし、このプログラムを上手く回していくためには必要なことではないかと思っています。
自分の課題として、もっとリーダー力をつけたいと思っています。やらされるというよりも率先して自分がやりますと言えるようになりたいですし、卒業してからも自分からプロジェクトとかに参加してメンバーをまとめたり、もちろんクルマを触るのも好きなので、妥協せずより高みを目指してお客様に満足していただけるように、頑張っていきたいと思います」
まさに人財育成プログラムの想いを体現しているような松島さんのしっかりとした話し方に触れ、この育成プログラムの素晴らしさの一端を垣間見ることができた。
命を預かる仕事ということを再認識
また、販売店のメカニックとして参加した秋山さんは今回が初めてとのこと。子供のころからテレビでF1やSUPER GTを見ていたことで、憧れの舞台でもあるレースの現場を、ぜひとも体験したいということで参加したそうだ。
「思っていたよりピリピリしていて、マシンのセッティングもミリ単位で合わせ込んでいくことだったり、トラブルが起こった時の対応力がすごいなと感動しました。
練習走行で少しブレーキにトラブルがあって、チームで相談して直したところも間近で見ることができたので、そういった姿勢は普段の仕事にも活かせるのかなと思います」
今回の主な作業はタイヤの脱着だったり、ホイールをきれいにすることだという。販売店のメカニックは7名が参加していて、2グループに分かれて、両方のマシンをローテーションで担当している。普段とは違った整備を見ることで、こういったやり方があるんだなとか新たな気づきがあったそうだ。
このプログラムに参加して特に印象に残った言葉、そしてご自身の目標も伺ってみた。
「ドライバーの方から、メカニックが整備したマシンに命を預けているので、安心してドライブできるようにしっかり整備してくださいと言われ、それは普段の業務でお客様のクルマを整備することも命を預かることだということを再確認できました。
自分としては今回の経験でチームワークというものを学びたいと思っています。今後キャリアアップをしていくうえで、人をマネージメントしていく仕事に就くことを目標としているので、レース現場でのリーダーシップを参考にさせてもらいたいなと思います」
今回参加した販売店のメカニックのみなさんも同じような想いを持っているという。
最後に田中代表がおっしゃっていたス―パー耐久らしいエピソードを一つお届けしよう。現在TEAM ZEROONEでは、他のチームのピットに訪問して話を聞くという、チームの垣根を越えた育成活動に取り組んでいる。
そのきっかけを作ったのは学生の「可能であれば水素エンジンを見てみたい」という一言だったという。そこでダメもとでROOKIE Racingにお願いをしたところ快諾、しかもその際にモリゾウ選手こと豊田章男社長(当時)が学生達に説明してくれるというサプライズも。
未来のモータースポーツ、クルマ業界を作るのは技術だけでなく、ヒトが重要であることは間違いない。スーパー耐久というレースの現場を通じて潜在能力が開花したメカニックたちが、日本の自動車業界を支える原動力の一つになることを期待したい。
(文、写真 GAZOO編集部山崎)
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