「つかう」「つくる」「はこぶ」の相乗効果による水素社会の実現へ。トヨタとカワサキがS耐鈴鹿で会見

9月18日、スーパー耐久シリーズ2021第5戦 SUZUKAS耐が行われている鈴鹿サーキットで、水素の活用でカーボンニュートラルなモビリティ社会実現に向けた取り組みについての記者会見が行われ、トヨタ自動車からROOKIE Racingのドライバー、モリゾウこと豊田章男代表取締役社長とGAZOOレーシングカンパニーの佐藤恒治プレジデント、そして川崎重工の橋本康彦代表取締役社長が登壇した。

トヨタ自動車が、カーボンニュートラルの選択肢の一つとして開発し、スーパー耐久というレースを開発現場として参戦している「水素エンジン」を搭載したカローラスポーツ、ORC ROOKIE Corolla H2 concept。この鈴鹿でのレースで3戦目の挑戦となる。

豊田社長「情熱を持った行動により仲間が増えている」

最初の挑戦となった富士24時間レースでは、水素を「つかう」という選択肢を拡げるトライアル、2戦目のオートポリスでは、地産地消、地熱発電によって水素を「つくる」というトライアルが行われてきた。
そして今回の3戦目となる鈴鹿戦では、川崎重工や水素を通じた“仲間”の企業が協力し、オーストラリアで褐炭から作られた水素を「はこぶ」ことをテーマに挑戦している。

その「はこぶ」の中心として活躍する川崎重工は、これまで25年にわたり水素に関する社会実証実験を実施し、自動車のほか、化学や発電などさまざまな分野に水素を供給してきている実績を持つ。そして、水素の大量消費のサプライチェーンの構築を目指したい川崎重工は、水素エンジンカローラの挑戦に共感し、カーボンニュートラルに向けた水素社会実現の達成に向け今回の挑戦に参加している。

  • トヨタ自動車株式会社の豊田章男代表取締役社長と川崎重工株式会社の橋本康彦代表取締役社長が熱い握手を交わす

豊田社長はその仲間の輪が広がっていることについて触れ、「私の後ろのこのボードには、最初はこんなにたくさんの会社はありませんでした。今回新たに(水素を)海外から運ぶにあたり、川崎重工さんはもちろんのことですが、オーストラリアでの水素製造にJ-POWERさん、製造してからの輸送は岩谷産業さんにご協力をいただいています」

「また海外からの輸送に加えて、CJPT(Commercial Japan Partnership Technologies)の小型FCトラックやトヨタ輸送のバイオ燃料トラックで、地上でのカーボンニュートラルな水素輸送にも挑戦しています」と、今回のテーマである「はこぶ」における協力、選択肢の広がりを説明した。

さらに、「給水素関係でいうと、大陽日酸さん、岩谷産業さんに加えて、地元のみえ水素ステーションさんにもご協力をいただきました。このパネルを見ていただいて分かるように、1戦1戦積み重ね、意志ある情熱を持った行動によりこういう仲間作りに広がっていることを、皆さんにも共感していただきたい」と、その思いを語った。

  • 川崎重工株式会社の橋本康彦代表取締役社長

橋本社長「水素社会定着に向けた低コストを実現したい」

続けて、マイクを握った川崎重工の橋本康彦代表取締役社長は、2019年に川崎重工が所有するオートポリスを走行したモリゾウ選手から、コースの安全対策についての指摘をされた際、そのモータースポーツや安全への熱い思いに感銘を受けていたという。
そして、「トヨタ自動車が掲げる『モータースポーツを通して、社会に思いを届けたい』『水素エンジンによるカーボンニュートラルの実現』という思いに共感し、「モータースポーツを通じた安心安全な社会をともに実現していきたい」と、この挑戦に賛同したきっかけを語っている。

今回の鈴鹿戦で使われる水素の一部は、オーストラリアから空輸で運ばれているが、今年度中には川崎重工が製造した世界初の液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」がオーストラリアから日本へ液化水素を運ぶ予定となっている。
さらに今後は、大型の液化水素運搬船や液化水素の基地を整備することで、大量輸送と、水素社会定着に向けた低コストの実現に向けて活動していくという。

橋本社長は「トヨタ自動車をはじめとする『つかう』側と、川崎重工の『つくる』『はこぶ』『ためる』といった研究サイドが、豊田社長のお声がけでつながっていく、こういうことは大変意義があって、水素社会を大きく前に進める原動力となっている。弊社でも、船舶やモーターサイクル、航空機で水素エンジンを実現しようとしていますし、発電用の水素専焼ガスタービンなどにも取り組んでおり、水素社会やカーボンニュートラルの実現を目指していきたい」

「さまざまな分野での企業がヴィジョンを共感してカーボンニュートラルの実現に、情熱をもって具体的に歩み続ける、そして仲間づくりをするということが大変大切だという風に感じております」と、橋本社長のみならず、川崎重工の技術者たちの熱き思いをも込めて語っている。

  • GAZOOレーシングカンパニーの佐藤恒治プレジデント

佐藤プレジデント「GRカンパニーがルーキーレーシングと一緒にクルマを作る意味を実感」

初の走行となった富士での24時間レースでは、完走を果たしたものの満身創痍であったが、この3戦目に向けては、“順調に”大きな性能の進化を果たしていきているようだ。
水素エンジンカローラで使用しているエンジンは量産のGRヤリスのガソリンエンジンがベースだが、1戦目ではその出力は10%ほど低くなっており、トルクが出ない状況だった。しかし今回持ち込まれてきたエンジンは、トルク特性も含めてGRヤリスと同じ性能を実現してきた。
それはドライバーのフィードバックからも感じられ、マシンの弱点を補う走りから、よりマシンを速くするための会話が多くなってきて、フェーズが変わってきたことを実感しているという。

2つ目のポイントである給水素について、鈴鹿戦に向けて給水素システムそのもの、車両側の構造も大きく変更し、二重系統で水素を入れていくことで倍のスピード、半分の時間で充填することができるようになっているという。
またこの二重系統にトライすることで、例えば水素ステーションで複数の水素充填を同時に行う際に、全体の圧力をどのように調整すべきなのかといった、リアルな水素社会をイメージしたときに給水素がもっている課題や、どれくらいの速さで充填できれば普及に向かうのかといった、今までにない新しいデータの取得へも意欲をみせた。

3つ目として、水素エンジンやマシンのテレメトリシステムについて、将来の車両のコネクティッド技術に寄与する新しい発見がないかということを検証する新な挑戦を始めているという。

そして、この水素エンジンカローラの挑戦により、クルマの開発に対しての意識も変化してきているようだ。

「わずか3戦の間でここまでの開発が進んでいるということは、モータースポーツという環境が納期をきめてくれているということ、その納期に向かってアジャイルに仕事が進む、モータースポーツを起点としているからこそ進んでいるスピード感なのではないかと感じています」

「そして、これがGRカンパニーがルーキーレーシングと一緒に仕事をしてくことの意味なんだなと感じています。プロドライバーはクルマ全体のバランスを取りながら改善を適切に加えていく。対して、メーカー目線では機能軸で進んでいきますので、パワートレインはパワトレ、シャシーはシャシーとなりがちです。当然その領域の専門家でありますから、要素技術の改善についてはメーカー目線のソリューションを提供していく必要があります」

「ただ、もっといいクルマに仕上げようとしたときに、クルマ全体を俯瞰してスピーディーにそのクルマのバランスを変えながら性能をアジャイルに変えていくということにおいては、レーシングチーム、レーシングドライバーの持っている技能、技量というのがものすごく大きく開発に貢献いただけるということを実感している。水素カローラの進化のスピードがその意味を語っているのかなという風に思います」

実際に、需要があってたくさん製造したとしても、運ぶ方法が確立されていないければ、供給が成り立たない。また、製造のリソーズを柔軟にたくさん確保しておくこと、そしてそれを運ぶ方法を多方面で確保することで、たくさんの需要に応えることができる。このサプライチェーンを確立し、コストを下げることができれば水素社会の実現に近づくわけだが、今回の挑戦でその実現に向けた大きな一歩が踏み出されたといえるだろう。
そして、それがレースという場を通じて発信することで、より多くのエンジニアたちの魂に火をつけ、開発のスピードが上がっていく効果があるのかもしれない。

今回行われている、オーストラリアでの水素製造、輸送、国内でのトラックでの運搬、レースでの給水素技術の改善などを実際に経験したことで新たな課題が生まれ、その課題の解決で新たな仲間の輪が広がっていく。今回は水素というエネルギーが主役ではあるが、水素に限らず業界の垣根を超えたカーボンニュートラルに向けた選択肢が、今後も広がっていくには十分なきっかけとなることは間違いない。

  • トヨタ自動車の豊田章男代表取締役社長

今日より明日がいいと思える社会に

その後行われた質疑応答における、豊田社長の熱き思いが溢れ出る回答もいくつか紹介しておきたい。

BEVという世界のトレンドではなく、あえて新しい内燃機関に挑戦する意味はと問われ、「あたかも株主総会のような質問で、議長としてお答えさせていただきます」とおどける場面も。

「技術の選択肢を狭めないでいただきたいと再三申し上げています。変化する、正解が見えない世の中で技術の選択肢を広げていくためにはコストがかかります。投資家などの要望で企業の収益性を高めるには、有望と思われる技術にリソース集中しがちな状況となることもあります。ただ、今回水素エンジンでレースに出たことで、仲間が増え大きなうねりを生むことができたんじゃないかと思います」

「経営者としては流行りの技術にシフトしますというほうが楽です。でも新たな行動を示すことで自動車業界550万人の仕事と雇用を守って行きたいと思っています。また再生可能エネルギーの比率を高めることは容易ではありません。自動車業界のみならず、どの業界でも当事者意識を持っていただいてカーボンニュートラルをみんなで実現していく必要があると思います」と、あえて困難な道を歩んでいることを語っている。

さらに、先日自由民主党の総裁選挙が告示されたことを受け、どのようなリーダーを望むかという質問に対し、「コロナが流行してから、我慢といろんな犠牲の上に立っていて、我々の生活は何一つ変わっていません。正解がわからない世界だということは国民のみなさんもわかっていると思いますので、正解を出して欲しいのではなくて、真面目に働いているいる国民が、今日より明日がきっと良くなると思える国にしていただきたい、これに尽きると思います」と、思いを伝えている。

(文・写真:GAZOO編集部 山崎 写真:HySTRA、川崎重工)