ス―パー耐久2021鈴鹿 想定以上に開発が進む水素エンジンカローラ。「次は水素でガソリンを超えたい」
9月19日に鈴鹿サーキットで開催された「スーパー耐久シリーズ2021第5戦SUZUKA S耐」に、トヨタ自動車が開発を進める水素エンジンを搭載したカローラスポーツが参戦し、見事に完走を果たした。水素エンジンにとって3戦目の挑戦となる鈴鹿戦では、どのような開発をして臨み、どのような改善すべき課題を見つけたのか、GAZOOレーシングカンパニーの佐藤恒治プレジデントによる会見が行われた。
富士スピードウェイで開催された24時間レースに初めて投入された水素エンジン。その初戦では水素を「つかう」、第2戦のオートポリスでは「つくる」をテーマに、水素社会の実現に向けた課題をあぶり出し、そしてその課題をともに解決する仲間を募る活動が行われ、自動車業界を超えて大きな話題となった。
そして今回の3戦目では、舞台となる鈴鹿サーキットまで「はこぶ」ということをテーマに、製造の地からラストワンマイルまで水素を届けるために直面するであろう課題を、「実際にやってみる」というシンプルだが前例がないゆえに効果的な方法で、新たな仲間とともに実証的なトライアルが行われた。
この鈴鹿戦で利用する水素の一部は、オーストラリアで製造された水素を空輸し、陸路で鈴鹿サーキットまで運んでいる。その陸路の運搬でも水素やバイオ燃料で動くトラックを利用するという、カーボンニュートラルにこだわったトライアルを行った。
実際に、水素を届けるために必要となってしまう水素との輸送と消費のバランスや、小規模の水素を運ぶことによるコスト面での課題など、多くの実証課題が見つかったという。
水素エンジンの進化が一段階上がった
そうした水素社会の実現に向けた社会実証実験に加え、水素エンジンのパフォーマンス、そしてレーシングカーとしてのカローラスポーツの性能向上についても、大いに前進することとなった。
佐藤プレジデントは、「想定以上のペースでマシンの開発が進んでいます。今回は(ベースとなっているGRヤリスのガソリンエンジンと)出力、トルク特性はほぼ同じレベルに到達しました。トルクカーブも同じ曲線を描き、エンジンの燃焼もきれいな状態で安定しています」と、マシン開発について一段階上がることができたとポジティブな見解を示している。
それは、ドライバーのフィードバックからも実感できることだという。
「初戦の富士24時間では、プレイグ(※プレイグニッション:エンジン本来のスパークプラグによる着火のタイミングよりも早く燃焼室内で着火が発生してしまい、ノッキングを誘発する症状)に関する会話ばかりだったのが、鈴鹿では130Rでの空力向上や、エンジン出力が上がったことによるマシンのピッチングの改善など、よりマシンを速くするためのフィードバックが多くなっています」と、マシンを速くするための会話が多くなっているという。
エンジン出力の向上に関しての具体的な数値として、出力は180kwから200kwに向上、馬力で言えば25馬力ほどアップしているという。対して、出力は上がっているものの、燃費に関しては同水準をキープしており、実質改善しているといってもいいだろう。
ただし佐藤プレジデントが「燃費に関してはモリゾウさんに怒られた」とも語っており、次戦に向けてさらなる出力と燃費のバランスと性能向上に向けて、鈴鹿戦の翌日から早速開発テストが行われる。
また、課題の給水素に関しても改善をしており、「1系統で時間がかかるなら、2系統で充填してはどうか」という発想から、今回は左右2か所からの給水素を行うことで、第1戦で4分30秒かかっていた充填時間を半分にすることができているという。
ただし、水素の特性として速く充填すると熱が発生することや、2系統の充填する圧力や熱を均等にする技術など、引き続きFIAやJAFと連携しながら、実証的な開発が進められている。
次の目標は「水素でガソリンを超える」「『つかう』仲間を増やす」
次戦に向けての目標として佐藤プレジデントは、マシンの出力が上がったことによるピッチングを抑えるサスペンションの改善や、空力、重量バランスの最適化など具体的な改善項目に挙げてくれた。
また給水素における劇的な改善は望めないため「勝つとは言えない」としながらも、「(メディアの)みなさんに水素はガソリンを超えたという記事を書いていただけるように、そこを目指して頑張りたい」と意気込みを語った。
そして、水素に関する次戦岡山でのテーマについて聞かれた佐藤プレジデントは、「『つかう』が増えないと、『つくる』と『はこぶ』が不安定なままになってしまいます。そのため、『つかう』仲間を増やしていきたいと思います。また、『つくる』『はこぶ』に必要となる『ためる』ことに関しても工夫していかないと、低コストなエネルギーにならないということも課題だと思います」と、課題と展望を語った。
鈴鹿戦では、ピットアウト後すぐにピットに戻ってくるという場面が見られたが、水素エンジンに由来するトラブルではなく、マシンの配線のトラブルとのことで、修復しコースに復帰、最後にはモリゾウ選手が見事にチェッカーフラッグを受けている。
「ST-4クラスにじわーっと離されるくらいのタイム」といった性能が、次戦どこまで改善されて来るのか期待したい。
そしてこの鈴鹿戦では、水素エンジンカローラが参戦するST-Qクラスが、賞典はないものの、表彰台に登壇することとなり、ルーキーレーシングのドライバーたちも、表彰台下で見守るチームスタッフも、華やかな笑顔を見せていた。
研究開発のマシン、クラスとはいえ、レースに参戦するからには勝ちたいのは当たり前。まだまだ課題も多く、純粋にレースの順位で言えば、同レベルのクラスのマシンを上回ることは難しい。
しかし、水素を「つかう」という面では先頭を駆け抜けているトヨタ自動車の業界を超えた壮大なチャレンジ、その先にある水素社会の実現というゴールに向けてますます加速していくことは間違いないだろう。
モータースポーツをサスティナブルなものにしていく
また、GAZOOレーシングカンパニーの4年間を振り返って、事業面、今後の継続性についての質問に対して、佐藤プレジデントは次のように熱を込めて語っている。
「GRの役割は時代とともにどんどん変わってきていると思いますが、GRブランドホルダーのモリゾウさんが持っているヴィジョンや哲学を形にしていったものがGRブランドだと思います」
「青臭いことを言いますが、私たちはクルマが好きなんですね。スポーツカーやモータースポーツも大好きで守りたいんですよ。でもそれらが置かれている環境はサスティナブルなものではありません。努力しなければ守れないものなんです」
「ただよく考えてみると、モータースポーツっていいクルマや人材を作る畑のようなものなんですよね。いろんな挑戦ができるからクルマも鍛えられて人材も育つ。だからモータースポーツを起点にしてクルマを作れば、もっといいクルマができるはずなんです。これはGRカンパニーがトヨタ自動車に貢献、還元すべき一番大事な要素だと思っています。もちろん事業性も求められますが、GRカンパニーがトヨタ自動車に存在している一番の意義は、モータースポーツとスポーツカーをサスティナブルなものにしていくということなんですよね。
「実験できる場とそこにかかわる多く仲間を守っていく、モリゾウさんがよく言う550万人の中にはモータースポーツ関係者もいるわけで、その方たちとともにこの世界を守りたい。ですので、トヨタがどうなりたいとかGRをこう育てようという意識はあまりなくて、むしろGRが存在することでモータースポーツ業界に少しでもいい効果をもたらせるのであれば、それが結果としてこの環境をサスティナブルに守ることになる、という考え方をしています」
「事業面でも、事業基盤となる主力モデルが揃ってきていますし、GRスポーツというグレード展開の事業を拡大していきたい。そうした中でGRブランドとしての事業性を上げながら、それを担保にしてサスティナブルなモータースポーツ環境に貢献していく、そういう事業モデルを想定しています」
事業性だけを求めれば無謀ともとられるモータースポーツという場での水素エンジンの開発。しかし大きな時代の変革の中で、モリゾウこと豊田章男代表取締役社長のヴィジョンと、こうした存在意義の上に成り立つGRがあるからこそ、そもそも開発に取り組むことが可能となり、その純粋ともいえる想いに賛同する多くの人や企業が仲間となり、大きなうねりとなっていく。
自動車業界にとどまらず、「水素を活用する社会」という新たなレガシーが生まれるのも、そう遠い未来ではないと感じさせてくれた。
(文・写真:GAZOO編集部 山崎 写真:折原弘之、トヨタ自動車)
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