新型 クラウン は「2つのトラウマ」を乗り越えたのか…ベンツへの挑戦【千葉匠の独断デザイン】
◆クラウン史に残る2つのトラウマ
1955年に始まったトヨタ『クラウン』の歴史には、デザイン視点で2つのトラウマがある。ひとつは「クジラ・クラウン」と揶揄された4代目(1971~74年)だ。前後を絞り込んだ紡錘形フォルムは空力を考えてのこと。ボディと一体感のあるカラードバンパーを含めて時代を先取りする野心的なデザインだったが、もっとわかりやすく豪華な日産『セドリック』に販売台数で逆転されてしまった。
そして20年後の9代目(1991~95年)。ここで「マジェスタ」が新登場したが、第2のトラウマとなったのはロイヤルのほうだ。マジェスタよりCピラーを寝かせたシルエットはスポーティな反面、オーナーが座る後席がルーミーに見えない。全体に丸みを帯びたフォルムだから、ボディが小さく感じる。3ナンバー・サイズになったとはいえ、『マークII』がすでに5ナンバー枠一杯にまで成長していた時期だ。弟分との車格差は充分とは言えない。さらに、歴代クラウンの慣例に反してリヤのライセンスプレートをバンパーに吊り下げたことも、販売苦戦の一因とされた。
9代目は登場から2年を経ずして大幅なマイナーチェンジを敢行。さすがにCピラーの傾斜はそのままだったが、リヤフェンダーを角張らせて後ろ姿をワイドに見せつつ、リヤのライセンスプレートはコンビランプの間に割り込むカタチに戻された。
筆者は当時、このマイナーチェンジの投資効果に疑問を抱いたものだ。どうせやるなら、Cピラーを立てなくてはダメだろう。ちょっと角張らせたり、ライセンスプレートの位置を変えたぐらいでは、違いがわかりにくい。ところが販売成績はここから上昇する。クラウンを買うお客さんの「クラウンらしさ」へのコダワリは、微差をしっかり見定めるほど大きかったのである。
だからこそ、昨年の東京モーターショーで新型クラウンのコンセプトモデルを見たときには驚いた。時代を先取りするデザインという意味では4代目の「クジラ」にはまだ及ばないと思うが、ボディサイドは紡錘形カーブだ。そして、クラウン初の6ライト・キャビンを採用してまでCピラーを強く寝かせたスポーティなシルエットには、9代目のトラウマが蘇る。丸く削り落としたリヤコーナーも同じ。トヨタのデザイナーは歴史に残るトラウマを忘れたのだろうか?
◆メルセデスと戦うクラウンになった
東京モーターショーから8か月、ようやく新型クラウンに試乗する日がやってきた。シートは手触りの柔らかさを残しつつ、運転姿勢をしっかり保つ硬さを内に秘めている。従来のクラウンとは、何かが違う。
そして驚いた。あいにくのウエット路面だったが、クラウンらしくNVHを抑えていながら、下りのワインディングでも自信を持ってアクセルを踏める。ドライブモードでSPORTを選べば、ハイブリッドでもアクセルオンでクラウンらしからぬ力強いサウンドを聞かせてくれたりもする。走りながら、印象を総括した。「メルセデスと戦うクラウンになったんだね」。
開発陣がプレミアムの世界基準を目指したことを体感すれば、デザインに対する見方も変わってくる。前後を絞り込んだ紡錘形のボディサイドは、自動車の立体造形において世界のスタンダード。空気抵抗を削減するためにCピラーを寝かせるのも昨今のセダンの趨勢で、それと後席ヘッドクリアランスを両立させようと思えば6ライトになって当然だ。
4代目ですでに「ほぼ5ナンバー枠一杯」のサイズになっていたクラウンは、5代目から8代目(87~91年)まで全長4.7m、全幅1.7mの枠との鬩ぎ合いを繰り返した。いわゆる「ジャパニーズ・フルサイズ」として、そしてマークIIとの車格差を明確にするためにも、枠を最大限に使わねばならない。真上から俯瞰したカタチは角張った長方形になる。8代目の3リットル車は1745mmのワイドボディが与えられたが、標準ボディの腰から下を拡幅したものなので、これも俯瞰すれば長方形だった。
5ナンバー枠のそんな呪縛から解放され、全長4800mm×全幅1750mmのゆとりを活かしたのが9代目だった。今にして思えば控え目とはいえボディサイドは紡錘形にカーブし、四隅も丸い。サイドウインドウもカドを丸め、ルーフからCピラーが滑らかに結ばれていた(そのぶんCピラーの傾斜が強く見えた)。
丸くして小さく見えたことが9代目初期型の敗因だった。だから後期型はリヤフェンダーを角張らせる大手術を行い、そして成功した。
◆クラウンを変えるチャレンジ
新型クラウンのデザイン開発でリーダーを務めた國重健氏(現在の所属は先進技術開発カンパニー・グローバルデザイン企画部)は、もちろん2つのトラウマをご存知だという。とくに9代目については、まだ新人だった頃に「先輩たちがマイナーチェンジのデザインを行っているのを目にした」とのこと。大幅なデザイン変更を強いられた理由も、そこで知ることになった。
それだけに今回、強く傾斜したCピラーを「本当にやってよいのか、迷いはあった」と國重氏と打ち明ける。しかし製品企画サイドの「クラウンを変えたい」という意思を受け止めて「チャレンジしようと考えた」。
ルーフから短いリヤデッキまで滑らかにつなげたシルエットは、むしろセミファストバックだ。セダン=3BOXという伝統的価値観まで、新型クラウンは打破した。ドイツのプレミアムでも、ここまではやっていない。
セミファストバックのセダンと言えば、例えばトヨタ自身の『カムリ』、ホンダの『シビック』や日本未導入の新型『アコード』、さらにはヒュンダイ『ソナタ』やプジョーの新型『508』などがある。プレミアムブランドではないぶん、トレンドを追いやすいクルマたちだ。新型クラウンがその同類に見なされるリスクは否定できないが、それも含めてのチャレンジなのだろう。
その一方、クラウンとセドリックがしのぎを削った過去とは異なり、今の日本の高級セダン市場にクラウンと競合する国産車は事実上いない。ライバルは主としてドイツのプレミアムだ。そのとき相手とは明らかに違うシルエットが逆に武器になるかもしれない。
先代と同じ1800mmに抑えた全幅は世界基準ではないが、日本の道路環境に合うことは試乗で実感した。ざっくり言えば『Cクラス』の全幅と『Eクラス』の居住性を両立しており、これも潜在顧客の心に響きそうだ。この全幅でフロント/リヤのワイド感、4輪の踏ん張り感を表現するのは(=丸くても小さく見えないようにするのは)、デザイナーにとって究極のチャレンジだっただろうけどね。
トラウマを超えて、「メルセデスと戦うクラウン」になった新型。ドイツのプレミアムから需要を奪う可能性は、けっして小さくないと思う。
千葉匠|デザインジャーナリスト
デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
(レスポンス 千葉匠)
1955年に始まったトヨタ『クラウン』の歴史には、デザイン視点で2つのトラウマがある。ひとつは「クジラ・クラウン」と揶揄された4代目(1971~74年)だ。前後を絞り込んだ紡錘形フォルムは空力を考えてのこと。ボディと一体感のあるカラードバンパーを含めて時代を先取りする野心的なデザインだったが、もっとわかりやすく豪華な日産『セドリック』に販売台数で逆転されてしまった。
そして20年後の9代目(1991~95年)。ここで「マジェスタ」が新登場したが、第2のトラウマとなったのはロイヤルのほうだ。マジェスタよりCピラーを寝かせたシルエットはスポーティな反面、オーナーが座る後席がルーミーに見えない。全体に丸みを帯びたフォルムだから、ボディが小さく感じる。3ナンバー・サイズになったとはいえ、『マークII』がすでに5ナンバー枠一杯にまで成長していた時期だ。弟分との車格差は充分とは言えない。さらに、歴代クラウンの慣例に反してリヤのライセンスプレートをバンパーに吊り下げたことも、販売苦戦の一因とされた。
9代目は登場から2年を経ずして大幅なマイナーチェンジを敢行。さすがにCピラーの傾斜はそのままだったが、リヤフェンダーを角張らせて後ろ姿をワイドに見せつつ、リヤのライセンスプレートはコンビランプの間に割り込むカタチに戻された。
筆者は当時、このマイナーチェンジの投資効果に疑問を抱いたものだ。どうせやるなら、Cピラーを立てなくてはダメだろう。ちょっと角張らせたり、ライセンスプレートの位置を変えたぐらいでは、違いがわかりにくい。ところが販売成績はここから上昇する。クラウンを買うお客さんの「クラウンらしさ」へのコダワリは、微差をしっかり見定めるほど大きかったのである。
だからこそ、昨年の東京モーターショーで新型クラウンのコンセプトモデルを見たときには驚いた。時代を先取りするデザインという意味では4代目の「クジラ」にはまだ及ばないと思うが、ボディサイドは紡錘形カーブだ。そして、クラウン初の6ライト・キャビンを採用してまでCピラーを強く寝かせたスポーティなシルエットには、9代目のトラウマが蘇る。丸く削り落としたリヤコーナーも同じ。トヨタのデザイナーは歴史に残るトラウマを忘れたのだろうか?
◆メルセデスと戦うクラウンになった
東京モーターショーから8か月、ようやく新型クラウンに試乗する日がやってきた。シートは手触りの柔らかさを残しつつ、運転姿勢をしっかり保つ硬さを内に秘めている。従来のクラウンとは、何かが違う。
そして驚いた。あいにくのウエット路面だったが、クラウンらしくNVHを抑えていながら、下りのワインディングでも自信を持ってアクセルを踏める。ドライブモードでSPORTを選べば、ハイブリッドでもアクセルオンでクラウンらしからぬ力強いサウンドを聞かせてくれたりもする。走りながら、印象を総括した。「メルセデスと戦うクラウンになったんだね」。
開発陣がプレミアムの世界基準を目指したことを体感すれば、デザインに対する見方も変わってくる。前後を絞り込んだ紡錘形のボディサイドは、自動車の立体造形において世界のスタンダード。空気抵抗を削減するためにCピラーを寝かせるのも昨今のセダンの趨勢で、それと後席ヘッドクリアランスを両立させようと思えば6ライトになって当然だ。
4代目ですでに「ほぼ5ナンバー枠一杯」のサイズになっていたクラウンは、5代目から8代目(87~91年)まで全長4.7m、全幅1.7mの枠との鬩ぎ合いを繰り返した。いわゆる「ジャパニーズ・フルサイズ」として、そしてマークIIとの車格差を明確にするためにも、枠を最大限に使わねばならない。真上から俯瞰したカタチは角張った長方形になる。8代目の3リットル車は1745mmのワイドボディが与えられたが、標準ボディの腰から下を拡幅したものなので、これも俯瞰すれば長方形だった。
5ナンバー枠のそんな呪縛から解放され、全長4800mm×全幅1750mmのゆとりを活かしたのが9代目だった。今にして思えば控え目とはいえボディサイドは紡錘形にカーブし、四隅も丸い。サイドウインドウもカドを丸め、ルーフからCピラーが滑らかに結ばれていた(そのぶんCピラーの傾斜が強く見えた)。
丸くして小さく見えたことが9代目初期型の敗因だった。だから後期型はリヤフェンダーを角張らせる大手術を行い、そして成功した。
◆クラウンを変えるチャレンジ
新型クラウンのデザイン開発でリーダーを務めた國重健氏(現在の所属は先進技術開発カンパニー・グローバルデザイン企画部)は、もちろん2つのトラウマをご存知だという。とくに9代目については、まだ新人だった頃に「先輩たちがマイナーチェンジのデザインを行っているのを目にした」とのこと。大幅なデザイン変更を強いられた理由も、そこで知ることになった。
それだけに今回、強く傾斜したCピラーを「本当にやってよいのか、迷いはあった」と國重氏と打ち明ける。しかし製品企画サイドの「クラウンを変えたい」という意思を受け止めて「チャレンジしようと考えた」。
ルーフから短いリヤデッキまで滑らかにつなげたシルエットは、むしろセミファストバックだ。セダン=3BOXという伝統的価値観まで、新型クラウンは打破した。ドイツのプレミアムでも、ここまではやっていない。
セミファストバックのセダンと言えば、例えばトヨタ自身の『カムリ』、ホンダの『シビック』や日本未導入の新型『アコード』、さらにはヒュンダイ『ソナタ』やプジョーの新型『508』などがある。プレミアムブランドではないぶん、トレンドを追いやすいクルマたちだ。新型クラウンがその同類に見なされるリスクは否定できないが、それも含めてのチャレンジなのだろう。
その一方、クラウンとセドリックがしのぎを削った過去とは異なり、今の日本の高級セダン市場にクラウンと競合する国産車は事実上いない。ライバルは主としてドイツのプレミアムだ。そのとき相手とは明らかに違うシルエットが逆に武器になるかもしれない。
先代と同じ1800mmに抑えた全幅は世界基準ではないが、日本の道路環境に合うことは試乗で実感した。ざっくり言えば『Cクラス』の全幅と『Eクラス』の居住性を両立しており、これも潜在顧客の心に響きそうだ。この全幅でフロント/リヤのワイド感、4輪の踏ん張り感を表現するのは(=丸くても小さく見えないようにするのは)、デザイナーにとって究極のチャレンジだっただろうけどね。
トラウマを超えて、「メルセデスと戦うクラウン」になった新型。ドイツのプレミアムから需要を奪う可能性は、けっして小さくないと思う。
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