日本のモノづくりの原点に迫る。トヨタ産業技術記念館(前編)
愛知県名古屋市栄生(さこう)に、広大な敷地を有する赤レンガづくりの博物館があります。トヨタ産業技術記念館です。トヨタグループ発祥の地に立つこの博物館は、単にトヨタグループという一企業の歴史や技術を物語る場所というのではなく、日本の産業技術の幕開けともいうべき時代の証拠を多く擁しています。トヨタ産業技術記念館広報グループの阪本 敦さんの案内のもと、前編では記念館全体と繊維機械館の様子を、後編では自動車館についてご紹介します。
豊田自動織機やトヨタ自動車が産声を上げた地に
トヨタ産業技術記念館は、トヨタ自動車の創業者・豊田喜一郎の生誕100周年の誕生日である1994年の6月11日にオープンしました。赤レンガづくりの建物は1911年にトヨタグループ創始者・豊田佐吉が自動織機の研究開発のために創設した試験工場でしたが、1958年には閉鎖され、遊休工場となっていました。しかし、1980年代の後半に、大正時代の赤レンガづくりの建造物がこれだけの規模で残っているというのは珍しく、産業遺産としての価値があると再評価されたのです。そこで、当時、トヨタ自動車の会長であった豊田英二がトヨタグループ全体の企業博物館としてはどうかと発案、およそ6年をかけて企画を立上げ、改築を施し、オープンに至ったそうです。
- 「動力の庭」と呼ばれる中庭。建設当時のままの赤レンガづくりの壁がそのまま残る。樹の後ろに見える煙突状のものは原綿をほぐす時などに出る綿ほこりを取り除いた空気を排出するための「塵突」
また、この場所は、トヨタグループの出発点とも言える旧豊田紡織本社工場の跡地であるとともに、トヨタ自動車の発祥の地でもあります。1926年に豊田自動織機製作所、1937年にはトヨタ自動車工業の創立総会が行われた場所なのです。
- 現在の「トヨタグループ館」2階にある、トヨタ自動車工業の創立総会が行われたとされる部屋(通常、非公開)
ドーム球場が収まるほどの広大な敷地に近代日本の産業技術史を
約41,600㎡もの広大な敷地に位置する館内は、主に大きく繊維機械館と自動車館とに分けられ、近代日本の基幹産業であった繊維機械と自動車の技術史をしっかり残そうという意図のもと、さまざまな展示物がところ狭しと並んでいます。他に、1914年に自家発電のために設置されていた蒸気機関と同時代、同メーカーのものの動態展示や、子どもたちが繊維機械や自動車に使われている原理やしくみを遊びながら学べるテクノランド、モノづくりに関する資料の充実した図書室などが設置されています。
- 実際に発電機を回転させる様子が見られる
- テクノランドでは子どもたちが遊びながら学ぶことができる
敷地内には、1925年に建てられた旧豊田紡織本社事務棟を建設当時の状態に修復したトヨタグループ館もあります。
未完の環状織機がモノづくりへの気構えを示す
年間46万人もの来場者があるというこの博物館(2017年実績)。そのうち2割は海外からの観光客だそう。有料の音声ガイドの貸出もありますが、日本語、英語、中国語(簡体字)、韓国語の4ヶ国語に対応の音声ガイドアプリをお手持ちのスマートフォンに無料でダウンロードすることもできます。
広々としたエントランスロビーに入ると、ひと際目を引くのが大きな「環状織機」です。
これは豊田佐吉の発明品で、実は商品としては未完のもの。ぐるりと円状に並んだたて糸に対して、よこ糸が回転円運動によって入り、円筒状の布を織りあげるという発想によって研究されたものの、商品として完成することはできなかったそうです。しかし、なぜそのような未完のものが博物館の顔ともいうべきエントランスロビーに展示されているのでしょうか。
- 環状織機の上部にある筒状のものがこの織機で織り上げられた布。広げるとおよそ5mもの大型の布を織ることができる
それには「新たな発明というのは先人たちの失敗の上に成り立っている、失敗を恐れずに常にチャレンジしていくことが大切である」というメッセージが込められているとのこと。この博物館のモットーである「研究と創造の精神」と「モノづくり」の大切さを次世代に伝えたいという思いの象徴でもあります。
繊維機械館・戦前の日本を支えた繊維機械の変遷をひもとく
トヨタ産業技術記念館の展示室の前半は繊維機械館です。
戦前の日本の発展を大きく支える主産業であった繊維産業の初期の道具から最新機械までを大正時代の柱や梁そのままの工場内に展示しています。
- 繊維機械館の初めに展示されるG型自動織機の第1号機。機械遺産としても認定されている。よこ糸のシャットルが自動交換され、たて糸が切れたら即座に運転が停止されるという仕組みが盛り込まれ、不良品を後工程に渡さず工場生産性を飛躍的に上げる画期的な発明品だった
- 大正時代に建てられた工場の柱や梁がそのままに
道具を操り手作業で行われていた糸を紡ぐ(紡)、布を織る(織)という作業が機械により自動化されていく過程、水力から蒸気、電気へと変化していく動力の変遷などを、実際に機械を動かして、あるいは展示ソフィアやオペレーターの実演により、わかりやすく見せています。
- 展示ソフィアやオペレーターによるさまざまな実演が行われる
技術の進歩の様子がわかるのはもちろん、日本の近代の歴史の流れがよくわかります。
- G型自動織機の組み立てラインを再現。チェーンコンベアを引いての流れ作業は、人員や在庫の管理が効率よくできる。現在のクルマの組立ラインの原型
繊維機械館の出口付近には、最新式の織機が並びます。
水を使用してよこ糸を通す、ウォータージェット織機は、エアーバック用の合成繊維の布を織ることにも使用されています。よこ糸を圧縮した空気で飛ばすエアージェット織機はパソコン制御により、カラー写真を織物として再現できるまでの精度を持ち、柄物の衣服やネクタイ、自動車用のシートの生地も織ることができます。
- 水の力で1分間に1,000本のよこ糸を通すウォータージェット織機
- 織物の技術が自動車の部品へと応用されている
これらの技術やモノづくりに対する姿勢が、その後の自動車生産の源流へと繋がっていきます。
後半では自動車館を詳しくご紹介します。
(取材・文・写真:わたなべひろみ 編集:ミノシマタカコ+ノオト)
<取材協力>
▼トヨタ産業技術記念館
URL:http://www.tcmit.org/
[ガズー編集部]
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