【フェラーリ ポルトフィーノ 海外試乗】12気筒2シーターを買わずとも、モダンフェラーリを味わえる…西川淳
『カリフォルニア』のデビューから十年。後継モデルの車名もまた、海の存在を感じさせる地名に由来するものとなった。“カリフォルニア”がアメリカ人の夢を実現する場所ならば、“ポルトフィーノ”はイタリア人が最も憧れるセレブ御用達の夢のリゾート。跳ね馬の車名としての似つかわしさでは、ある意味、カリフォルニアを上回っている。
フェラーリ初のフロントV8エンジンのGTで、2+2の4シーター、さらにはリトラクタブルハードトップ(RHT)モデル、というのがカリフォルニアの基本コンセプトだった。それまでの跳ね馬にはなかったキャラクターの持ち主で、それゆえ人気を博した。他ブランド、特にドイツ勢の高性能GTからの乗り換えも増えた。マラネッロ入門機という役割を十分に果たしたのだ。事実、カリフォルニアシリーズのオーナーの、実に6割が新規顧客だったという。
後継モデルの開発にあたり、そんなカリフォルニアの基本コンセプトを継承すること以外は、まったくの白紙からスタートしたとマラネッロはいう。パワートレーンの構成こそ、カリフォルニアのビッグマイナーチェンジ版=『カリフォルニアT』用と同じ形式、つまりはF154型3.9リットル直噴V8ツインターボ+7速DCTとしたが、それにしたって、エンジン、ミッションともに大幅な改良が施されており、フルモデルチェンジにふさわしい内容だと言っていい。ちなみに、パワートレインチェンジはフルモデルチェンジと同時ではなく、マイナーチェンジ時に行なうのが最近のマラネッロの常だ。
ジャパンプレミアされた4日後、筆者はイタリア半島の付け根、かかとのあたりにいた。バーリの近郊で開催される『ポルトフィーノ』の国際試乗会に出席するためだ。
海に近いリゾートホテルの玄関を背景に、10台ほどのポルトフィーノが待機している。新色「ロッソ・ポルトフィーノ」(赤メタリック)のほかに、ホワイト&ブラックのバイカラー、そしてグレーメタリックがあった。個人的にはシルバー系を選んだほうが格好いいと思う。コントラストを出し易い色味を使えば、ダイナミックでメリハリの効いたボディサイドのデザインがいっそうよく映えて見えるからだ。それに、毎日使えそうなGTで、しかもフェラーリなのだから、派手な色味にしてしまうと、かえって乗りづらくなってしまいそう。地味色で大人っぽくみせた方が似合う。
などと妄想しながらクルマに近寄ると、「貴方のクルマはその赤よ」と指差された。もちろん赤だって大歓迎ですよ。なんといってもフェラーリといえば赤、なんですし。しかもこの新色、メタリックがものすごく細かく、日向と日陰でまるで違う発色をみせる。日向では明るく輝く赤。日陰ではしっとりとしたダークレッドに見えた。
ポルトフィーノはデビュー直後から跳ね馬好きを中心に、「格好いい」という評判が大いに立っていた。最大の要因は、美しくなったクーペスタイルにあったんじゃないか。これまで、RHTを採用するモデルでリアセクションが格好いいクルマは皆無だったと思う。ルーフ版の小さなミドシップ系ではさほど問題にならないが、ルーフ版の大きいFR系では、必然、収納部分が盛り上がってトランクまわりが不格好になるからだ。カリフォルニアもそんな気配があった。ポルトフィーノは見事に克服している。真横から見ると、完璧なロングノーズ&ショートデッキのクーペスタイルになっているのだ。
軽いドアを開け、乗り込んだ。伝統的なT型フォルムを踏襲したダッシュボードは、最近の跳ね馬トレンドに沿った言語でデザインされている。ステアリングホイールは、まったくのニューデザイン。エンジンスタートボタンを押す。
ポルトフィーノ用のF154型V8ユニットは、内容的にみて『GTC4ルッソT』用に最も近い。馬力がマイナス10cvであるというくらいで、他のスペックはほぼ同じ。けれども、ターボチャージャーに向かうエキゾーストマニホールドにワンピース鋳造品を採用するなど、軽量化やレスポンス向上を意図した改良が沢山見受けられる。
エンジンの目覚めはルッソTよりも元気だ。とはいえ最近の高性能モデルの常で、イッパツ目の嘶きこそ盛大ながら、すぐにボリュームは絞られて、すとんと落ちついた音になる。スーパーカーにも最低限の社会性は必要だ。ポルトフィーノのように、毎日乗りたくなる跳ね馬なら、尚さらに。
RHTは40km/hまでなら走行中の操作も可能だけれども、走り出す前に開けてみた。開閉に要する時間は従来と変わらず14秒程度だが、とにかく静かに作動し、動きが軽い。新開発のウィンドウディフレクターを設置する。垂直に立ち上がるのではなく、ちょっと前屈みになっていて、横からみるとタルガトップのような空気の流れになる。
実際、前後のサイドウィンドウを上げて走れば、後頭部への風の巻き込みはほとんどない。頭のてっぺんの髪の毛が多少揺れる程度。風を感じたいのであれば、窓とディフレクターを下げればいいだけだ。
パドルシフトで1速を選び、すべてのパーツが繋がっているのを確かめるかのように、ゆっくりと走り出した。カリフォルニアに比べて明らかに身のこなしが軽い。ボディが強くなっているのもありありと分かる。がっちりしているのだ。カリフォルニアTに比べ、車重が80kg軽く、ボディ剛性は50%上がって、さらにパワーアップしたのだから、そう感じるのも当然だろう。けれども、開口部が大きめのオープンカーだというのに、下半身の凝縮感がハンパない。ボディが強いから、アシもちゃんと仕事ができる。つまり、硬めのライドフィールであっても、乗り心地は悪くない。これなら、毎日乗っていい。
ライドモードをステアリング上のロータリースイッチ(これは相変わらず使いづらい)でコンフォートからスポーツへ切り替えても、乗り易いという印象はまるで変わらなかった。エンジンレスポンスや変速がよりダイレクトに素早くなったというのに、車体が何ごともなかったように気持ちよく反応するから、むしろ、クルマとしての完成度の高さがいっそう浮き彫りになった。
加速フィールは、まるで大排気量NAのようだ。ターボラグは極めて短く、かといって急激なトルクの立ち上がりもない。自然に、けれども力強く、回転が上がるに従って、地面を蹴る力が増していく。強大なパワーとトルクを、完全に支配下においているという感覚がドライバーに伝わってくるから、ついつい右足にも力がこもっていく。7000回転以上までしっかり引っ張ってのシフトアップは電光石火で前のめり感をともなっていた。
ルッソTと同様、新しい電制バルブフラップをエグゾーストに追加している。フラップの開閉を細かく制御することで、音の盛り上がりも力と回転に連動させたリニアなものになるという仕掛けだ。以前のようにいきなりどこかの回転数でボリュームアップすることはない。高回転域での澄み切った音は望めないが、かといって、ターボカーに独特の無粋さとも無縁。やや低回転域でこそやや骨太だが、フェラーリらしい官能サウンドだと言っていい。
世界遺産の街、アルベロベッロで休憩したのち、近くのワインディングロードを攻めに繰り出した。走りながら、クーペフォルムに戻す。
すべてがあまりにも調和しているせいだろうか、フルスロットルをくれても“速い”という実感がなかなか沸いてこない。遅い!と思ってしまったほどだが、速度計を見て怯んだ。実際にはかなりのスピードが出ていたのだ。そのあたりの感じさせ方もまた、並のターボカーとは一線を画している。
それでいて不用意にガスを送ると、簡単にオシリが滑った。気温が低く、滑り易い舗装ということもあったが、ポルトフィーノの強大なエンジンパワー&トルクスペックを思い出すことになる。たとえ滑ったとしても、車体の制御は被害の拡大を許さない。ごく自然に修正操作をドライバーに要求したあとは、持ち前の電位制御技術で態勢を立て直す。ひやりとした乗り手であっても、すぐさま気を取り直して、踏み直せる。よくできた現代のFRスポーツカーだと筆者の思う所以だ。
マラネッロ曰く、ポルトフィーノは、あくまでもよくできたGTカーである。カリフォルニアよりもいっそう、毎日遣いにも適している。荷室の使い勝手はよくなったし、+2の後席もわずかに広がったからだ。そして、乗り心地もいい。懸念された直進安定性も十分だった(ルッソTはちょっとニンブルだった)。
けれども、そこはやはり跳ね馬なのだ。たとえ入門機という位置づけであっても、レースフィールドに本拠をおくブランドの矜持として、スポーツカーとしての性能も一流に引き上げてきた。
12気筒のFR2シーターモデルを買わずとも、十分に、モダンフェラーリらしさを味わえるようになったと思った。
西川淳|自動車ライター/編集者
産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰して自動車を眺めることを理想とする。高額車、スポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域が得意。中古車事情にも通じる。永遠のスーパーカー少年。自動車における趣味と実用の建設的な分離と両立が最近のテーマ。精密機械工学部出身。
(レスポンス 西川淳)
フェラーリ初のフロントV8エンジンのGTで、2+2の4シーター、さらにはリトラクタブルハードトップ(RHT)モデル、というのがカリフォルニアの基本コンセプトだった。それまでの跳ね馬にはなかったキャラクターの持ち主で、それゆえ人気を博した。他ブランド、特にドイツ勢の高性能GTからの乗り換えも増えた。マラネッロ入門機という役割を十分に果たしたのだ。事実、カリフォルニアシリーズのオーナーの、実に6割が新規顧客だったという。
後継モデルの開発にあたり、そんなカリフォルニアの基本コンセプトを継承すること以外は、まったくの白紙からスタートしたとマラネッロはいう。パワートレーンの構成こそ、カリフォルニアのビッグマイナーチェンジ版=『カリフォルニアT』用と同じ形式、つまりはF154型3.9リットル直噴V8ツインターボ+7速DCTとしたが、それにしたって、エンジン、ミッションともに大幅な改良が施されており、フルモデルチェンジにふさわしい内容だと言っていい。ちなみに、パワートレインチェンジはフルモデルチェンジと同時ではなく、マイナーチェンジ時に行なうのが最近のマラネッロの常だ。
ジャパンプレミアされた4日後、筆者はイタリア半島の付け根、かかとのあたりにいた。バーリの近郊で開催される『ポルトフィーノ』の国際試乗会に出席するためだ。
海に近いリゾートホテルの玄関を背景に、10台ほどのポルトフィーノが待機している。新色「ロッソ・ポルトフィーノ」(赤メタリック)のほかに、ホワイト&ブラックのバイカラー、そしてグレーメタリックがあった。個人的にはシルバー系を選んだほうが格好いいと思う。コントラストを出し易い色味を使えば、ダイナミックでメリハリの効いたボディサイドのデザインがいっそうよく映えて見えるからだ。それに、毎日使えそうなGTで、しかもフェラーリなのだから、派手な色味にしてしまうと、かえって乗りづらくなってしまいそう。地味色で大人っぽくみせた方が似合う。
などと妄想しながらクルマに近寄ると、「貴方のクルマはその赤よ」と指差された。もちろん赤だって大歓迎ですよ。なんといってもフェラーリといえば赤、なんですし。しかもこの新色、メタリックがものすごく細かく、日向と日陰でまるで違う発色をみせる。日向では明るく輝く赤。日陰ではしっとりとしたダークレッドに見えた。
ポルトフィーノはデビュー直後から跳ね馬好きを中心に、「格好いい」という評判が大いに立っていた。最大の要因は、美しくなったクーペスタイルにあったんじゃないか。これまで、RHTを採用するモデルでリアセクションが格好いいクルマは皆無だったと思う。ルーフ版の小さなミドシップ系ではさほど問題にならないが、ルーフ版の大きいFR系では、必然、収納部分が盛り上がってトランクまわりが不格好になるからだ。カリフォルニアもそんな気配があった。ポルトフィーノは見事に克服している。真横から見ると、完璧なロングノーズ&ショートデッキのクーペスタイルになっているのだ。
軽いドアを開け、乗り込んだ。伝統的なT型フォルムを踏襲したダッシュボードは、最近の跳ね馬トレンドに沿った言語でデザインされている。ステアリングホイールは、まったくのニューデザイン。エンジンスタートボタンを押す。
ポルトフィーノ用のF154型V8ユニットは、内容的にみて『GTC4ルッソT』用に最も近い。馬力がマイナス10cvであるというくらいで、他のスペックはほぼ同じ。けれども、ターボチャージャーに向かうエキゾーストマニホールドにワンピース鋳造品を採用するなど、軽量化やレスポンス向上を意図した改良が沢山見受けられる。
エンジンの目覚めはルッソTよりも元気だ。とはいえ最近の高性能モデルの常で、イッパツ目の嘶きこそ盛大ながら、すぐにボリュームは絞られて、すとんと落ちついた音になる。スーパーカーにも最低限の社会性は必要だ。ポルトフィーノのように、毎日乗りたくなる跳ね馬なら、尚さらに。
RHTは40km/hまでなら走行中の操作も可能だけれども、走り出す前に開けてみた。開閉に要する時間は従来と変わらず14秒程度だが、とにかく静かに作動し、動きが軽い。新開発のウィンドウディフレクターを設置する。垂直に立ち上がるのではなく、ちょっと前屈みになっていて、横からみるとタルガトップのような空気の流れになる。
実際、前後のサイドウィンドウを上げて走れば、後頭部への風の巻き込みはほとんどない。頭のてっぺんの髪の毛が多少揺れる程度。風を感じたいのであれば、窓とディフレクターを下げればいいだけだ。
パドルシフトで1速を選び、すべてのパーツが繋がっているのを確かめるかのように、ゆっくりと走り出した。カリフォルニアに比べて明らかに身のこなしが軽い。ボディが強くなっているのもありありと分かる。がっちりしているのだ。カリフォルニアTに比べ、車重が80kg軽く、ボディ剛性は50%上がって、さらにパワーアップしたのだから、そう感じるのも当然だろう。けれども、開口部が大きめのオープンカーだというのに、下半身の凝縮感がハンパない。ボディが強いから、アシもちゃんと仕事ができる。つまり、硬めのライドフィールであっても、乗り心地は悪くない。これなら、毎日乗っていい。
ライドモードをステアリング上のロータリースイッチ(これは相変わらず使いづらい)でコンフォートからスポーツへ切り替えても、乗り易いという印象はまるで変わらなかった。エンジンレスポンスや変速がよりダイレクトに素早くなったというのに、車体が何ごともなかったように気持ちよく反応するから、むしろ、クルマとしての完成度の高さがいっそう浮き彫りになった。
加速フィールは、まるで大排気量NAのようだ。ターボラグは極めて短く、かといって急激なトルクの立ち上がりもない。自然に、けれども力強く、回転が上がるに従って、地面を蹴る力が増していく。強大なパワーとトルクを、完全に支配下においているという感覚がドライバーに伝わってくるから、ついつい右足にも力がこもっていく。7000回転以上までしっかり引っ張ってのシフトアップは電光石火で前のめり感をともなっていた。
ルッソTと同様、新しい電制バルブフラップをエグゾーストに追加している。フラップの開閉を細かく制御することで、音の盛り上がりも力と回転に連動させたリニアなものになるという仕掛けだ。以前のようにいきなりどこかの回転数でボリュームアップすることはない。高回転域での澄み切った音は望めないが、かといって、ターボカーに独特の無粋さとも無縁。やや低回転域でこそやや骨太だが、フェラーリらしい官能サウンドだと言っていい。
世界遺産の街、アルベロベッロで休憩したのち、近くのワインディングロードを攻めに繰り出した。走りながら、クーペフォルムに戻す。
すべてがあまりにも調和しているせいだろうか、フルスロットルをくれても“速い”という実感がなかなか沸いてこない。遅い!と思ってしまったほどだが、速度計を見て怯んだ。実際にはかなりのスピードが出ていたのだ。そのあたりの感じさせ方もまた、並のターボカーとは一線を画している。
それでいて不用意にガスを送ると、簡単にオシリが滑った。気温が低く、滑り易い舗装ということもあったが、ポルトフィーノの強大なエンジンパワー&トルクスペックを思い出すことになる。たとえ滑ったとしても、車体の制御は被害の拡大を許さない。ごく自然に修正操作をドライバーに要求したあとは、持ち前の電位制御技術で態勢を立て直す。ひやりとした乗り手であっても、すぐさま気を取り直して、踏み直せる。よくできた現代のFRスポーツカーだと筆者の思う所以だ。
マラネッロ曰く、ポルトフィーノは、あくまでもよくできたGTカーである。カリフォルニアよりもいっそう、毎日遣いにも適している。荷室の使い勝手はよくなったし、+2の後席もわずかに広がったからだ。そして、乗り心地もいい。懸念された直進安定性も十分だった(ルッソTはちょっとニンブルだった)。
けれども、そこはやはり跳ね馬なのだ。たとえ入門機という位置づけであっても、レースフィールドに本拠をおくブランドの矜持として、スポーツカーとしての性能も一流に引き上げてきた。
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