【ダイハツ ミラトコット 4000km試乗】“変種”と思いきや、懐の深いベーシックカーだった[後編]
ダイハツ工業の軽ベーシックカー『ミラトコット』での4000kmツーリング。後編では動力性能&燃費、ユーティリティ、先進安全システム、デザインなどについて触れようと思う。
◆非力だが、非力“感”はない
トコットのパワートレインは0.66リットル3気筒自然吸気+CVT(無段変速機)の1本のみ。エンジンはベース車『ミライース』の高圧縮ユニットと同一ではなく、『ムーヴキャンバス』などトールワゴン系モデルにセットアップされるちょっぴり強力なもの(52ps/6.1kgm)を積んでいる。といっても上乗せぶんは最高出力で3ps、トルクで0.3kgmとわずかなもので、ホンダのエンジンのようにぶん回るわけではない。
実際のドライブでも速さがないことは言うまでもない。エンジンフィールも下から上までのっぺりとした感じで官能性も皆無。必要最低限の仕事をこなすだけ、というユニットなのだが、それでもつまらなく感じられないのは、前編で述べたシャシーチューニングの良さによるところが大きい。
コーナリングや道の荒れた場所でびびってスピードを必要以上に殺さなくてもいいため、加速して車速を元に戻すのに必要なエネルギーが小さくてすむ。非力だが、非力“感”は大して気にならなかった。
◆アルトほどではないが、十分に経済的な燃費性能
燃費はミライースやスズキ『アルト』のような燃費重視のモデルに比べると落ちるものの、絶対値としては十分に経済的と言えるレベルにあった。最も悪かったのは混雑した鹿児島市街地での冷間始動からのチョイ乗りが走行距離の半分を占めた468.4km区間だが、それでも実測値で18.6km/リットルは走った。このくらいがシティライドでの実用燃費の目安となるだろう。
遠乗りでは燃費はもっと伸びる。最も燃費が良かったのはドライブ終盤、三重から東京・板橋までをややのんびり気味に走った区間で26.6km/リットル。最も悪かったのは東京・葛飾から1号線バイパス経由ではなく新東名を最も速い流れにまじってすっ飛ばしながら愛知の岡崎東に至った高速クルーズ区間で22.5km/リットル。
鹿児島の隼人から北九州までの山岳ルートでは456.3kmのうち半分が険路で標高差の大きな峠を幾度となく超えるという厳しさだったにもかかわらず24km/リットル。一方で流れの良い郊外道主体であっても23km/リットル程度にとどまった区間もあったが、少なくとも遠乗りにおける経済性の目安となる20km/リットルラインを切るような気配はまったくなかった。ロングランにおけるワンタンクの航続距離は余裕をみて600kmが目安となろう。
◆N-ONEとは真逆のロングランへのアプローチ
次に居住感とユーティリティについて。前席の居住性については、小柄な人であれば何の問題もないであろう。が、大柄なドライバーにとってはちょっとスペース不足だ。身長170cm弱の筆者の場合でもシートスライドはほぼ後端。身長が高く、かつ足の長いドライバーだと足元はかなりタイトになるだろう。こういうパッケージはトコットだけでなく軽自動車ではよくみられるものではあるが、ユニバーサル性を考えるとスライド量をもうちょっと増やしてほしいところだ。
前後方向のスペースはタイトだが、ドライビングポジションが合う人にとってはドライブのストレスが少ない、とても良い前席だ。シート自体のクオリティは悪くはないものの、素晴らしいという感じでもない。だが、前編で述べたフラット感の高さ、突き上げ感の小ささの恩恵で、シートの高機能さへの依存度が低く、結果として下手なコンパクトをしのぐ疲労の小ささに収まったという感じである。
軽でロングラン耐性が驚異的なモデルとして印象に残っているのは6年前に東京~鹿児島ツーリングを行ったホンダ『N-ONE』の14インチホイールモデルだが、そちらはハードなシャシーから受けるストレスを2層ウレタンを使ったぜいたくな構造のシートで全部吸収するというやり方でロングランを快適なものにしていた。アプローチとしては両者、ちょうど真逆なのが興味深かった。
◆タウンユース向けならではのパッケージング
後席は長時間乗車を試す機会はなかったが、膝下空間は豊かで、4名乗車でも窮屈さは全然感じられなかった。ベースモデルのミライースに対する大きなアドバンテージは、リアドア開口部の上端が高く、かつ後方までほぼ水平に伸びていること。サイドシルの薄さとあいまって、車内へのアクセス性はスライドドアのトールワゴンと大して変わらないように思われた。腰をかがめるのが大儀なお年寄りを後席に乗せるケースが多い場合は、ミライースより断然ミラトコットが向いているであろう。
だだっ広い後席に対して荷室は狭い。長期旅行用の大型トランクはもちろん1個も積むことができない。これはトコットが本来は中長距離旅向けではなく、もっぱらタウンユースを主眼に作られたことによる。ないものねだりだが、三菱自動車の初代『eKワゴン』のごとく、後席と荷室の配分がもう少し荷室寄りだったら、クルマとしての汎用性が増しただろうにと惜しく感じられた。ちなみに後席のシートバックは一体可倒式であるため、荷室を広げた場合は前席2名乗車に限定される。
車内からのビューはとても良い。窓ガラスの面積が広いわけではないが、ボンネットが角型でフロントエンドを見切れるため、車両感覚は非常につかみやすい。とくに便利だったのは転回時で、障害物ギリギリまで簡単に寄ることができた。フロントウインドウは面積が狭く、ドライブ中の眺めはそれほどパノラミックというわけではないが、Aピラーの角度がかなり立っているため、左右前方の視界は優れていた。
◆脱力系デザインはまるで冷蔵庫?
デザインについて。トコットのデザインテーマは「エフォートレス」であるという。元々は難易度特A級の演奏や演技をまるで何でもないことのように行う超絶技巧を表す芸術用語なのだが、ファッション界では着こなしを頑張りすぎない着流し、自然体のような意味合いで使われているらしい。トコットの場合、従来の女子カーのような可愛さとは一線を画す脱力系デザインとでも言えようか。
新商品発表会で初めてトコットを見たときは「何だこの冷蔵庫みたいなデザインは」などと思ったのだが、クルマのデザインは屋外のいろいろなシーンに置いてみないとわからないもので、ドライブを通じて好感度は劇的に上がった。一見何の工夫もないようなイメージだが、フロントウインドウやバックドアの傾斜のバランスが実に良く、どの角度から見ても景色を邪魔しない。作為的なカワイイ系のデザインではないが、存在は可愛かった。
個人的な感想を言わせてもらうと、せっかくこれだけシンプルに作ったのだから、ディテールに妙な工夫を凝らさなくてもよかったのではないかと思った。一番違和感があったのは丸型のテールランプで、せっかくのクリーンな線と喧嘩してしまい、妙に浮き立っているように見える。女子カーであることを意識してのことだと思うが、こういうところこそ“エフォートレス”にしたほうが余計魅力的に見えるというものだろう。
インテリアデザインは特段の工夫があるわけではないが、今どきのダイハツのリビングカーに共通する造形でそつなくまとめられている。全体的に明るい色調だがダッシュボード上面はブラックアウトされており、晴天時のガラスへの映り込みはごく少ない。ここに考えなしに明るい素材を配するクルマもある中、とても良心的に感じられた。
惜しまれるのは収納スペースの少なさ。助手席にアクリルの化粧板がはめ殺し装着されていたが、そんなもので飾りをつけるよりはそこに収納スペースを余分に作ったほうが、より豊かなチープカーになれる。もっとも、コスト的には収納スペースを作るほうが高いので、価格を考えると致し方ないのかもしれない。
◆クルーズコントロールが欲しい
安全システム「スマートアシスト3」はデンソー製の小型ステレオカメラを使った監視システムで、対車両、対歩行者両対応の衝突軽減ブレーキを備えるほか、ウィンカーを出さずに車線を外れそうになったときに警報を出したり、前のクルマが発進するとそれを電子音で教えてくれたりと、結構親切。さらにハイ/ロービーム自動切換えまでつく。軽自動車ではホンダ『N-BOX』がステアリング介入まで行う高度なシステムを装備している例があるが、スマートアシスト3でも軽用としては十分に高機能な部類だ。
ネガティブなのはクルーズコントロールが装備されないこと。ただ、筆者個人は前車追従タイプであってもあまりクルーズコントロールを使わないので気にならなかった。それよりルームミラーに防眩プリズムくらいは装備してほしい。近年、明るいフロントビームを装備した大型車が増えており、なかには本当にロービームなのかと疑わしくなるような上向き光軸のトラックもいたりする。もちろん視線を外せばいいのだろうが、長旅ではそういうクルマと延々ランデブーというシーンも珍しくないので、実用性を考えればぜひ。
音響システムは16cm4スピーカーと、軽ベーシックとしては結構大きなものを装備している。決して静かなクルマではないが、スピーカーサイズのゆとりでそこそこいい感じにBGMを楽しみながらドライブすることができるだろう。
ただ、オーディオユニットの組み合わせはちょっと悩ましいところ。テストドライブした「G」グレードには全周カメラが標準で付いているが、それを機能させるための純正カーナビは一番安いものでも11万5000円もする。カメラを機能させるだけならナビ機能なしのオーディオディスプレイユニットが5万8000円で用意されているので、スマホナビを使って安くすませるならこれであろうが、そもそもスマホ画面にカメラ映像をミラーリングできればそれが一番簡素なはず。そんな顧客目線の先進性を出せれば若年層の顧客にシンパシーを感じてもらえるのではないか…などと思ったりした。
◆ユーザー像は女子だけではない
トコットはベースモデルのミライースの内外装を可愛くしただけの変種ではなかった。基本性格はあくまでシティコミューターで、上質感や絶対性能に期待をするようなクルマでは毛頭ない。が、長距離を運転技量にかかわらず安心して、しかも最小限の疲労で走れるという点だけは本物。最小限の出費でオーナーの冒険心にいくらでも応えてくれる、旅好きには最高の安グルマだった。
ダイハツ車のなかでもこういう動的特性を持っているのはトコットだけで、トヨタとの共同企画によるAセグメント普通車『ブーン』とて、トコットの足元にも及ばない。自動車メーカーはよく、ユーザーのクルマ離れへの危機感から、高性能車やカッコいいクルマを作ろうとする。が、そんなクルマに興味を示すのは、もともとある程度クルマが好きだというユーザーだ。カーライフの入門車両である軽自動車やAセグメントミニカークラスを楽しいものにすることのほうがよっぽど大事なことだ。
2018年、筆者は21車種で400km以上、うち10車種で3000km以上のロングランテストドライブを行った。そのなかでトコットはルノー『トゥインゴGT』と並び、1年で最も感銘を覚えたクルマだった。長旅を終えて返却する頃には変な愛着すらわいたほどだ。FWDの最高グレードでも120万円台という価格でエントリーユーザーにクルマで移動することの楽しさを濃密に提供できるポテンシャルを持つモデルを作りおおせたダイハツに敬意を表したい。
ダイハツはトコットを発売した当初、宣伝から何から、女子カーであることを押しに押していた。だが、トコットに合うと思われるユーザー像は女子だけではない。クルマの車体価格や維持費は最小限に抑え、浮いたお金で余分に旅をしたいと考えるミニマリズム志向のユーザーにはジャストマッチ。簡素なクルマが自分のわがままをいくらでもきいてくれることに喜びを覚えるようなベーシックカーフェチにも格好の選択肢だ。意外かもしれないが、欧州ミニカー好きにも刺さるだろう。
免許を取り、初めてクルマを買うという若年ユーザーにとっても、トコットは非常にいい選択になると思う。最初は恐くても、乗り慣れるにしたがって、どんどん遠出を楽しめるようになるだろう。鹿児島のユーザーが「試しにちょっと宮崎まで行ってみようか」とドライブしたとして約300km。「宮崎までのドライブが平気だったから、九重をぐるっと回ってみよう」で500km。バカンスに九州一周で1000km。すべてOK。クルマで旅することの楽しさを最小限の出費で存分に味わえることだろう。
◆直接対決の少ない、なかなか面白いポジション
グレード選択は、運転席の高さ調節機構を持たない廉価版の「L」は除外してよかろう。全周カメラやシートヒーター、柔らかい内張りなどが欲しいという場合は最高グレードの「G」になるが、カメラはバックモニター程度で構わないからツーリング性能さえしっかりしていればいいという場合は中間グレードの「X」でも不満を抱くことはほとんどなさそうに思えた。
ライバルはベーシックカー全般だが、遠乗りが楽という条件をつけると候補はある程度絞られる。日本車で最大のライバルとなるのはモデル末期だがシート設計が秀逸なホンダN-ONE。スタビライザー装備の自然吸気「Standard・LOWDOWN L」にシティブレーキなどからなる「あんしんパッケージ」を装備したものがトコットのGに対して13万円高くらいだ。価格的には『Nワゴン』が競合するが、ロングラン性能ではトコットより落ちる。スズキ車では『アルトラパン』が最大のライバルだが、こちらもNワゴンと同様、長距離旅にはあまり向いていない。
キャラクター的には輸入車のAセグメントも結構ぶつかる。フォルクスワーゲン『ムーブアップ』やルノー『トゥインゴ ゼン』は、ロングツーリング性能的に好敵手だ。が、キャラは被っても価格差は大きい。ムーブアップ2ドアならトコットのGに対して30万円強の上乗せですむが、トゥインゴ ゼンは50万円近く高くなり、しかもAT限定免許では乗れない純MTだ。こうしてライバル比較してみるとミラトコット、案外直接対決の少ない、なかなか面白いポジションにいるモデルである。
(レスポンス 井元康一郎)
◆非力だが、非力“感”はない
トコットのパワートレインは0.66リットル3気筒自然吸気+CVT(無段変速機)の1本のみ。エンジンはベース車『ミライース』の高圧縮ユニットと同一ではなく、『ムーヴキャンバス』などトールワゴン系モデルにセットアップされるちょっぴり強力なもの(52ps/6.1kgm)を積んでいる。といっても上乗せぶんは最高出力で3ps、トルクで0.3kgmとわずかなもので、ホンダのエンジンのようにぶん回るわけではない。
実際のドライブでも速さがないことは言うまでもない。エンジンフィールも下から上までのっぺりとした感じで官能性も皆無。必要最低限の仕事をこなすだけ、というユニットなのだが、それでもつまらなく感じられないのは、前編で述べたシャシーチューニングの良さによるところが大きい。
コーナリングや道の荒れた場所でびびってスピードを必要以上に殺さなくてもいいため、加速して車速を元に戻すのに必要なエネルギーが小さくてすむ。非力だが、非力“感”は大して気にならなかった。
◆アルトほどではないが、十分に経済的な燃費性能
燃費はミライースやスズキ『アルト』のような燃費重視のモデルに比べると落ちるものの、絶対値としては十分に経済的と言えるレベルにあった。最も悪かったのは混雑した鹿児島市街地での冷間始動からのチョイ乗りが走行距離の半分を占めた468.4km区間だが、それでも実測値で18.6km/リットルは走った。このくらいがシティライドでの実用燃費の目安となるだろう。
遠乗りでは燃費はもっと伸びる。最も燃費が良かったのはドライブ終盤、三重から東京・板橋までをややのんびり気味に走った区間で26.6km/リットル。最も悪かったのは東京・葛飾から1号線バイパス経由ではなく新東名を最も速い流れにまじってすっ飛ばしながら愛知の岡崎東に至った高速クルーズ区間で22.5km/リットル。
鹿児島の隼人から北九州までの山岳ルートでは456.3kmのうち半分が険路で標高差の大きな峠を幾度となく超えるという厳しさだったにもかかわらず24km/リットル。一方で流れの良い郊外道主体であっても23km/リットル程度にとどまった区間もあったが、少なくとも遠乗りにおける経済性の目安となる20km/リットルラインを切るような気配はまったくなかった。ロングランにおけるワンタンクの航続距離は余裕をみて600kmが目安となろう。
◆N-ONEとは真逆のロングランへのアプローチ
次に居住感とユーティリティについて。前席の居住性については、小柄な人であれば何の問題もないであろう。が、大柄なドライバーにとってはちょっとスペース不足だ。身長170cm弱の筆者の場合でもシートスライドはほぼ後端。身長が高く、かつ足の長いドライバーだと足元はかなりタイトになるだろう。こういうパッケージはトコットだけでなく軽自動車ではよくみられるものではあるが、ユニバーサル性を考えるとスライド量をもうちょっと増やしてほしいところだ。
前後方向のスペースはタイトだが、ドライビングポジションが合う人にとってはドライブのストレスが少ない、とても良い前席だ。シート自体のクオリティは悪くはないものの、素晴らしいという感じでもない。だが、前編で述べたフラット感の高さ、突き上げ感の小ささの恩恵で、シートの高機能さへの依存度が低く、結果として下手なコンパクトをしのぐ疲労の小ささに収まったという感じである。
軽でロングラン耐性が驚異的なモデルとして印象に残っているのは6年前に東京~鹿児島ツーリングを行ったホンダ『N-ONE』の14インチホイールモデルだが、そちらはハードなシャシーから受けるストレスを2層ウレタンを使ったぜいたくな構造のシートで全部吸収するというやり方でロングランを快適なものにしていた。アプローチとしては両者、ちょうど真逆なのが興味深かった。
◆タウンユース向けならではのパッケージング
後席は長時間乗車を試す機会はなかったが、膝下空間は豊かで、4名乗車でも窮屈さは全然感じられなかった。ベースモデルのミライースに対する大きなアドバンテージは、リアドア開口部の上端が高く、かつ後方までほぼ水平に伸びていること。サイドシルの薄さとあいまって、車内へのアクセス性はスライドドアのトールワゴンと大して変わらないように思われた。腰をかがめるのが大儀なお年寄りを後席に乗せるケースが多い場合は、ミライースより断然ミラトコットが向いているであろう。
だだっ広い後席に対して荷室は狭い。長期旅行用の大型トランクはもちろん1個も積むことができない。これはトコットが本来は中長距離旅向けではなく、もっぱらタウンユースを主眼に作られたことによる。ないものねだりだが、三菱自動車の初代『eKワゴン』のごとく、後席と荷室の配分がもう少し荷室寄りだったら、クルマとしての汎用性が増しただろうにと惜しく感じられた。ちなみに後席のシートバックは一体可倒式であるため、荷室を広げた場合は前席2名乗車に限定される。
車内からのビューはとても良い。窓ガラスの面積が広いわけではないが、ボンネットが角型でフロントエンドを見切れるため、車両感覚は非常につかみやすい。とくに便利だったのは転回時で、障害物ギリギリまで簡単に寄ることができた。フロントウインドウは面積が狭く、ドライブ中の眺めはそれほどパノラミックというわけではないが、Aピラーの角度がかなり立っているため、左右前方の視界は優れていた。
◆脱力系デザインはまるで冷蔵庫?
デザインについて。トコットのデザインテーマは「エフォートレス」であるという。元々は難易度特A級の演奏や演技をまるで何でもないことのように行う超絶技巧を表す芸術用語なのだが、ファッション界では着こなしを頑張りすぎない着流し、自然体のような意味合いで使われているらしい。トコットの場合、従来の女子カーのような可愛さとは一線を画す脱力系デザインとでも言えようか。
新商品発表会で初めてトコットを見たときは「何だこの冷蔵庫みたいなデザインは」などと思ったのだが、クルマのデザインは屋外のいろいろなシーンに置いてみないとわからないもので、ドライブを通じて好感度は劇的に上がった。一見何の工夫もないようなイメージだが、フロントウインドウやバックドアの傾斜のバランスが実に良く、どの角度から見ても景色を邪魔しない。作為的なカワイイ系のデザインではないが、存在は可愛かった。
個人的な感想を言わせてもらうと、せっかくこれだけシンプルに作ったのだから、ディテールに妙な工夫を凝らさなくてもよかったのではないかと思った。一番違和感があったのは丸型のテールランプで、せっかくのクリーンな線と喧嘩してしまい、妙に浮き立っているように見える。女子カーであることを意識してのことだと思うが、こういうところこそ“エフォートレス”にしたほうが余計魅力的に見えるというものだろう。
インテリアデザインは特段の工夫があるわけではないが、今どきのダイハツのリビングカーに共通する造形でそつなくまとめられている。全体的に明るい色調だがダッシュボード上面はブラックアウトされており、晴天時のガラスへの映り込みはごく少ない。ここに考えなしに明るい素材を配するクルマもある中、とても良心的に感じられた。
惜しまれるのは収納スペースの少なさ。助手席にアクリルの化粧板がはめ殺し装着されていたが、そんなもので飾りをつけるよりはそこに収納スペースを余分に作ったほうが、より豊かなチープカーになれる。もっとも、コスト的には収納スペースを作るほうが高いので、価格を考えると致し方ないのかもしれない。
◆クルーズコントロールが欲しい
安全システム「スマートアシスト3」はデンソー製の小型ステレオカメラを使った監視システムで、対車両、対歩行者両対応の衝突軽減ブレーキを備えるほか、ウィンカーを出さずに車線を外れそうになったときに警報を出したり、前のクルマが発進するとそれを電子音で教えてくれたりと、結構親切。さらにハイ/ロービーム自動切換えまでつく。軽自動車ではホンダ『N-BOX』がステアリング介入まで行う高度なシステムを装備している例があるが、スマートアシスト3でも軽用としては十分に高機能な部類だ。
ネガティブなのはクルーズコントロールが装備されないこと。ただ、筆者個人は前車追従タイプであってもあまりクルーズコントロールを使わないので気にならなかった。それよりルームミラーに防眩プリズムくらいは装備してほしい。近年、明るいフロントビームを装備した大型車が増えており、なかには本当にロービームなのかと疑わしくなるような上向き光軸のトラックもいたりする。もちろん視線を外せばいいのだろうが、長旅ではそういうクルマと延々ランデブーというシーンも珍しくないので、実用性を考えればぜひ。
音響システムは16cm4スピーカーと、軽ベーシックとしては結構大きなものを装備している。決して静かなクルマではないが、スピーカーサイズのゆとりでそこそこいい感じにBGMを楽しみながらドライブすることができるだろう。
ただ、オーディオユニットの組み合わせはちょっと悩ましいところ。テストドライブした「G」グレードには全周カメラが標準で付いているが、それを機能させるための純正カーナビは一番安いものでも11万5000円もする。カメラを機能させるだけならナビ機能なしのオーディオディスプレイユニットが5万8000円で用意されているので、スマホナビを使って安くすませるならこれであろうが、そもそもスマホ画面にカメラ映像をミラーリングできればそれが一番簡素なはず。そんな顧客目線の先進性を出せれば若年層の顧客にシンパシーを感じてもらえるのではないか…などと思ったりした。
◆ユーザー像は女子だけではない
トコットはベースモデルのミライースの内外装を可愛くしただけの変種ではなかった。基本性格はあくまでシティコミューターで、上質感や絶対性能に期待をするようなクルマでは毛頭ない。が、長距離を運転技量にかかわらず安心して、しかも最小限の疲労で走れるという点だけは本物。最小限の出費でオーナーの冒険心にいくらでも応えてくれる、旅好きには最高の安グルマだった。
ダイハツ車のなかでもこういう動的特性を持っているのはトコットだけで、トヨタとの共同企画によるAセグメント普通車『ブーン』とて、トコットの足元にも及ばない。自動車メーカーはよく、ユーザーのクルマ離れへの危機感から、高性能車やカッコいいクルマを作ろうとする。が、そんなクルマに興味を示すのは、もともとある程度クルマが好きだというユーザーだ。カーライフの入門車両である軽自動車やAセグメントミニカークラスを楽しいものにすることのほうがよっぽど大事なことだ。
2018年、筆者は21車種で400km以上、うち10車種で3000km以上のロングランテストドライブを行った。そのなかでトコットはルノー『トゥインゴGT』と並び、1年で最も感銘を覚えたクルマだった。長旅を終えて返却する頃には変な愛着すらわいたほどだ。FWDの最高グレードでも120万円台という価格でエントリーユーザーにクルマで移動することの楽しさを濃密に提供できるポテンシャルを持つモデルを作りおおせたダイハツに敬意を表したい。
ダイハツはトコットを発売した当初、宣伝から何から、女子カーであることを押しに押していた。だが、トコットに合うと思われるユーザー像は女子だけではない。クルマの車体価格や維持費は最小限に抑え、浮いたお金で余分に旅をしたいと考えるミニマリズム志向のユーザーにはジャストマッチ。簡素なクルマが自分のわがままをいくらでもきいてくれることに喜びを覚えるようなベーシックカーフェチにも格好の選択肢だ。意外かもしれないが、欧州ミニカー好きにも刺さるだろう。
免許を取り、初めてクルマを買うという若年ユーザーにとっても、トコットは非常にいい選択になると思う。最初は恐くても、乗り慣れるにしたがって、どんどん遠出を楽しめるようになるだろう。鹿児島のユーザーが「試しにちょっと宮崎まで行ってみようか」とドライブしたとして約300km。「宮崎までのドライブが平気だったから、九重をぐるっと回ってみよう」で500km。バカンスに九州一周で1000km。すべてOK。クルマで旅することの楽しさを最小限の出費で存分に味わえることだろう。
◆直接対決の少ない、なかなか面白いポジション
グレード選択は、運転席の高さ調節機構を持たない廉価版の「L」は除外してよかろう。全周カメラやシートヒーター、柔らかい内張りなどが欲しいという場合は最高グレードの「G」になるが、カメラはバックモニター程度で構わないからツーリング性能さえしっかりしていればいいという場合は中間グレードの「X」でも不満を抱くことはほとんどなさそうに思えた。
ライバルはベーシックカー全般だが、遠乗りが楽という条件をつけると候補はある程度絞られる。日本車で最大のライバルとなるのはモデル末期だがシート設計が秀逸なホンダN-ONE。スタビライザー装備の自然吸気「Standard・LOWDOWN L」にシティブレーキなどからなる「あんしんパッケージ」を装備したものがトコットのGに対して13万円高くらいだ。価格的には『Nワゴン』が競合するが、ロングラン性能ではトコットより落ちる。スズキ車では『アルトラパン』が最大のライバルだが、こちらもNワゴンと同様、長距離旅にはあまり向いていない。
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