アウディ e-tronスポーツバック 新型試乗 2.5トン超のEVをどう正当化できるか?…南陽一浩

  • アウディ e-tronスポーツバック
◆2.5トン超のEVをどう正当化できるか?

個人的には今年導入された欧州車で最大の問題作と思う。本邦で御殿場にて試乗する機会を得た。アウディのBEV市販車として『e-tron』シリーズ第2弾となる、『e-tronスポーツバック 55 クワトロ ファーストエディション』だ。

なぜ気になったかといえば、1年前の2019年ロサンゼルス・モーターショー、世界一ゼロエミッション施策が進んでいてVWグループのディーゼルゲート事件の震源地でもあったカリフォルニア州で発表された時から、2.5トン超えの車両重量に引っかかっていたのだ。日本でナンバーの付いた試乗車はじつに2560kgとなる。

航続距離重視でバッテリー容量(e-tronスポーツバックは95kWh)を選ぶと、このぐらい重くなるのはテスラ辺りも同じく。とはいえ、エコやサステナブル、SDGsの喧しい昨今、純EVとはいえ、物量・物理的に2500kg超えという数年前ならロールス・ロイスでしかありえなかった数値で、「エコ先鋒」を、この物質界で自認するのは、いささか象徴的な強欲かモラルハザードじゃないのか、そんな話だ。2.5トン超のEVを一体どう正当化できるか?

そういう小意地の悪い目で、ファーストエディション仕様を眺めると、SUVっぽくないことに気づく。格子状のフロント八角形グリルこそ『Q8』ら最新世代SUVに通じるし、MLB Evoと呼ばれるプラットフォーム自体も共通だが、5ドアハッチバック・サルーンをもち上げた風というか、むしろ『A7スポーツバック』に近い雰囲気がある。ハイエンドSUVによくあるグラマラスさより、パフォーマンスカー風の凛々しさの方が際立つのだ。


◆クリーンなEVとは走行以外の実践でもある

実際、アウディは「エコ免罪符としてのBEV・SUV」と一線を引く布石として、日本市場で「自然電力株式会社」との提携を打ち出してきた。同社は風力発電など再生可能な自然由来の電力を供給し、e-tron取り扱い販売店52店舗でもその電力が推奨で扱われる。そしてe-tronオーナーは、同社と電力契約すると月1000円の料金割引が1年間提供される。脱炭素化はクルマ任せにタンク・トゥ・ホイールだけで実現されるものではなく、ウェル・トゥ・タンクの段階でもエネルギーの源や質にエンハンスをかけ続ける必要があり、要はEVでもクリーンな電気を用いないとCO2オフセットは程遠い。ゆえにe-tronは最終解ではなくファーストステップに過ぎない、という態度だ。

ちなみに日本でのe-tronスポーツバックの充電対応は家庭用の普通AC200Vが標準で3kWで、8kWで用いるにはオプションの充電コードが要る。外出先などで急速充電はCHAdeMOの50kW規格で、ゼロから80%までの充電所要時間は発表値で1時間半。今回は急速充電まで試せなかったが、30分ワンショットで25%強を継ぎ足せたら予定通りといえるのではないか。ともあれ、試乗スタート時のバッテリー残量はほぼ100%だった。

インテリアを観察する。緩やかなジグザグのダッシュボードに、上下2面のタッチディスプレイがドライバー側に僅かに傾けられた構成は、A6以上のアッパー・アウディに共通する造形。だがマットなクローム使いが抑えめである分、穏やかスポーティという、本来なら相反するであろう雰囲気に仕上がっている。2連メーターの中央に、走行に必要な情報が呼び出せるのもアウディの文法通りだし、他モデルを知る人ならすぐ馴染めるインターフェイスだ。

e-tronならではを感じさせるのはシフトセレクタだ。Pポジションに入れるにはバイワイヤのシフトに多い、ボタンひと押しだが、RNDそしてSに入れる動きが異なる。手のひらをレザーのパームレスト上に置き、シルバーのスライダ部分を親指と人差し指で操作するのだが、じつは前後スライドではなく回転軸の往復動作である点が、じつにエルゴノミー的に正しい。些末だが意識の高い気づかいを感じるポイントだ。いずれ静的質感におけるe-tronスポーツバックの第一印象は、EVであるより先にアウディであるという安心感だ。


◆莫大なマスに支えられた静けさと走り

アクセルを踏み込めば無論、ウィーンとかクゥーンといった作動音が多少なりともする。ドアノブ上にOLEDで表示されるヴァーチャルミラーなど新しい仕掛けも少なくないはずだが、走り出すために新奇な体験を克服する必要がない、それがe-tronスポーツバックの優れたところだ。逆に走り出してから、ダッシュボードセンターからメーターパネル内まで、ドライバーを囲むようにあらゆる情報が黒い画面背景の中に映し出される様子は、ちょっとした未来感で、軽いステアリングと指先タッチのイージー・オペレートにも気分がアガる。

しかも重さがあるのに出足から加速は軽く、重い分、乗り心地はしっとりしている。前後2基の電気モーターで制御する電動AWDクワトロは、普段はリヤ駆動寄りで走行抵抗とエネルギー消費を抑える。実際、フルではない程度にアクセルを踏み込むと、リアから押し出される駆動感が強いし、システム全体として408ps・664Nmと、トルクの怪力ぶりは際立つ。

わざと狭い峠にもち込んでみたが、重さはつねに感じさせるものの、手に余るような粗雑な挙動はなかった。ワインディングでも、流す程度ならワンペダルでシンプルに走ることもできるし、回生ブレーキの強中弱が、ステアリング9時・3時位置の裏にあるパドルシフターで切り替えられ、フットブレーキとの併用もしやすい。

だがひとつ難をいうなら、3段階のどこを使っているのか、メーター上で確認しづらい。2連メーター左側の9~7時位置辺りのチャージ領域で、選択されている回生の強さが、ごくごく小さいドットで動いて示されはするが、きわめて見づらく、せめて針表示ならと思う。というのも速度域や、ドライブモードを含む走らせ方が変わると、回生の強弱は減速G体感だけでは相対的過ぎて分かりづらい。

裏を返せば、それだけe-tronスポーツバックの走りが、破綻なく均質的に静かであるがゆえでもある。暴力的な加速もできなくはないが、筋肉を見せびらかすのが楽しいタイプではない。そこがe-tronスポーツバックが動的質感の上でも、SUV以上にサルーンに近いと感じさせる部分でもある。

市街地から郊外、ワインディングまで色々と試すような走り方を小1時間ほどして、電費はそれでも3.1km/kWh、バッテリー残量は87.5%ほど残っていた。アウディによればバッテリー容量は正味86.5kWhと、システム用の10kWh弱以外は駆動に充てられるようなので、論理的には同じ走り方で270km近くはもつ。想像しているよりアシは長く、タフだとも思う。

矛盾しそうな要素は数々抱えつつも、想像のナナメ上をいく正当化ぶりに力業を感じずにいられない。それがe-tronスポーツバックとのファーストミートだった。


南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。
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