【BMW M3セダン 新型試乗】「最強のセダン」の称号を与えたい…中村孝仁
510psを日常で味わう
その昔、日本のいわゆる暗黙の了解とかで、日本車のパワーは押しなべて280psに上限キャップが設けられていた時代がある。
しかし今はそんなものはなく、日産『GTRニスモ』などは600psを誇る。考えてみれば、60年代のレースシーンはプロトタイプのマシンですら、例えばフェラーリ『330P4』などは450ps程度だったと、ものの本には書かれている。ということは我々は今、60年代の最強のプロトタイプマシンをも上回るパフォーマンスを日常的に公道で走らせているというわけだが、それを聞いて空恐ろしくなるのは私だけだろうか?
もちろん当時と今とではタイヤの性能は違うし、制御デバイスの有無という決定的な差もあるのだが、それでも体感しているパワーはレーシングマシンのそれを上回るのだ。
そんな驚異的なエンジンをボンネットの下に隠し持ったクルマが今回のBMW『M3セダン』である。最高出力は510ps。さすがにそのパワーを存分に味わおうと思ったら、間違いなく公道は無理。できることならストレートの長いサーキットが良いわけである。
今回は都心での試乗会であっただけに、このクルマの果たして何%の実力を発揮できたか…少なくともパフォーマンスに話を絞ってみると甚だ疑問であるが、実際のオーナーにしても日常的には都会の交通の流れに抗うことなどはできないわけで、そうした意味では今回の試乗はまさにオーナーの日常を反映したものともいえる。
羊の皮をかぶった狼だった従来のM3
M3は私個人にとってはかなり鮮烈な印象を残してくれたモデルだ。それは1985年だったと記憶するが、フランクフルトモーターショーでの試乗会の出来事。当時はモーターショーと試乗会が併設されていた時代で、フランクフルトショーの場合は試乗会場は少し離れたホッケンハイムのグランプリサーキットで行われた。もちろん最大のお目当てはデビューしたばかりの初代M3である。
ところが始まってものの1時間もしないうちに、唯一の試乗車だったM3が無残な姿で帰ってきた。ロールオーバークラッシュをしたようで、ルーフがひしゃげて潰れていた。おかげでそれ以降に申し込みをした人に(私を含め)、試乗のチャンスが回ることはなかったのである。
そのブリスターフェンダーが醸し出すアピアランスといい、初代M3は直接サーキットからやってきたような特別感があった。その後のM3はまさに羊の皮をかぶった狼とでも言おうか。姿かたちはほぼ『3シリーズ』ながら、その中身は別物という特別感があった。
ガソリンエンジン車の高性能ぶりをもろにアピールする
そして最新の第6世代M3。先代までとは異なり、顔つきが普通の3シリーズとは異なる。キドニーグリルが縦長のまるで『iX』あるいは『i4』といったBEVのそれに近いデザインにされている。それだけ先進性をアピールしたいのかもしれないが、これこそコテコテの内燃機関車で、電気のイメージは微塵もない車だ。
それに走り出してみれば、そのエンジンサウンドといい、アクセルペダルに追従する加速感といい、まさにガソリンエンジン車の高性能ぶりをもろにアピールするモデルである。電気自動車の高性能車は確かにその加速感が爆発的であるが、ガソリンエンジン車のようなドラマチックさは感じられない。そこが実は大きな違いだと思っている。
ガソリンエンジン車の場合、その加速感はじわじわと高まりまさにオーケストラの演奏が徐々に頂点に行く感覚に近い。そこへ行くと電気の場合その高揚感がまるでなく、単に凄まじく速い印象に終始する。これも音という、人間の五感を擽る要素がないためだろうか。いずれにせよ、M3の加速感はまさにオーケストラが頂点を迎えるあの高揚感に近いものだ。
「最強のセダン」という称号を与えたい
もう一つこのクルマの大きな特徴としては、その高性能をさらりと出しながら、且つ乗り心地が素晴らしく良いことである。快適性を全く犠牲にしていない。『M2クーペ』は高性能の代償としてそれなりの快適性を失っていたが、M3はそれがないのである。
トランスミッションは8速AT。いわゆるステップATだが、シーケンシャルシフトだったM2よりもそのシフトの速さはこちらが上と感じられた。もちろんパドルを使いこなせば、本当に操る楽しさが味わえる。ハンドリングもシャープさと正確さを兼ね備えたものだという印象が強い。特にワインディングを走ったわけではないが、その正確さと適度なクィックさは肌感で感じ取ることができる。
残念ながら時間の関係もあって多くのデバイスを試してみることはできなかった。しかし、デフォルトで試乗してもこのクルマの良さは十二分に味わうことができたと思っている。日本国内ではそのサイズ感もまさにジャストフィット。「最強のセダン」という称号を与えたい車だ。
■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、さらにドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来44年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業やシニア向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。
その昔、日本のいわゆる暗黙の了解とかで、日本車のパワーは押しなべて280psに上限キャップが設けられていた時代がある。
しかし今はそんなものはなく、日産『GTRニスモ』などは600psを誇る。考えてみれば、60年代のレースシーンはプロトタイプのマシンですら、例えばフェラーリ『330P4』などは450ps程度だったと、ものの本には書かれている。ということは我々は今、60年代の最強のプロトタイプマシンをも上回るパフォーマンスを日常的に公道で走らせているというわけだが、それを聞いて空恐ろしくなるのは私だけだろうか?
もちろん当時と今とではタイヤの性能は違うし、制御デバイスの有無という決定的な差もあるのだが、それでも体感しているパワーはレーシングマシンのそれを上回るのだ。
そんな驚異的なエンジンをボンネットの下に隠し持ったクルマが今回のBMW『M3セダン』である。最高出力は510ps。さすがにそのパワーを存分に味わおうと思ったら、間違いなく公道は無理。できることならストレートの長いサーキットが良いわけである。
今回は都心での試乗会であっただけに、このクルマの果たして何%の実力を発揮できたか…少なくともパフォーマンスに話を絞ってみると甚だ疑問であるが、実際のオーナーにしても日常的には都会の交通の流れに抗うことなどはできないわけで、そうした意味では今回の試乗はまさにオーナーの日常を反映したものともいえる。
羊の皮をかぶった狼だった従来のM3
M3は私個人にとってはかなり鮮烈な印象を残してくれたモデルだ。それは1985年だったと記憶するが、フランクフルトモーターショーでの試乗会の出来事。当時はモーターショーと試乗会が併設されていた時代で、フランクフルトショーの場合は試乗会場は少し離れたホッケンハイムのグランプリサーキットで行われた。もちろん最大のお目当てはデビューしたばかりの初代M3である。
ところが始まってものの1時間もしないうちに、唯一の試乗車だったM3が無残な姿で帰ってきた。ロールオーバークラッシュをしたようで、ルーフがひしゃげて潰れていた。おかげでそれ以降に申し込みをした人に(私を含め)、試乗のチャンスが回ることはなかったのである。
そのブリスターフェンダーが醸し出すアピアランスといい、初代M3は直接サーキットからやってきたような特別感があった。その後のM3はまさに羊の皮をかぶった狼とでも言おうか。姿かたちはほぼ『3シリーズ』ながら、その中身は別物という特別感があった。
ガソリンエンジン車の高性能ぶりをもろにアピールする
そして最新の第6世代M3。先代までとは異なり、顔つきが普通の3シリーズとは異なる。キドニーグリルが縦長のまるで『iX』あるいは『i4』といったBEVのそれに近いデザインにされている。それだけ先進性をアピールしたいのかもしれないが、これこそコテコテの内燃機関車で、電気のイメージは微塵もない車だ。
それに走り出してみれば、そのエンジンサウンドといい、アクセルペダルに追従する加速感といい、まさにガソリンエンジン車の高性能ぶりをもろにアピールするモデルである。電気自動車の高性能車は確かにその加速感が爆発的であるが、ガソリンエンジン車のようなドラマチックさは感じられない。そこが実は大きな違いだと思っている。
ガソリンエンジン車の場合、その加速感はじわじわと高まりまさにオーケストラの演奏が徐々に頂点に行く感覚に近い。そこへ行くと電気の場合その高揚感がまるでなく、単に凄まじく速い印象に終始する。これも音という、人間の五感を擽る要素がないためだろうか。いずれにせよ、M3の加速感はまさにオーケストラが頂点を迎えるあの高揚感に近いものだ。
「最強のセダン」という称号を与えたい
もう一つこのクルマの大きな特徴としては、その高性能をさらりと出しながら、且つ乗り心地が素晴らしく良いことである。快適性を全く犠牲にしていない。『M2クーペ』は高性能の代償としてそれなりの快適性を失っていたが、M3はそれがないのである。
トランスミッションは8速AT。いわゆるステップATだが、シーケンシャルシフトだったM2よりもそのシフトの速さはこちらが上と感じられた。もちろんパドルを使いこなせば、本当に操る楽しさが味わえる。ハンドリングもシャープさと正確さを兼ね備えたものだという印象が強い。特にワインディングを走ったわけではないが、その正確さと適度なクィックさは肌感で感じ取ることができる。
残念ながら時間の関係もあって多くのデバイスを試してみることはできなかった。しかし、デフォルトで試乗してもこのクルマの良さは十二分に味わうことができたと思っている。日本国内ではそのサイズ感もまさにジャストフィット。「最強のセダン」という称号を与えたい車だ。
■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、さらにドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来44年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業やシニア向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。
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