【スズキ スペーシア 3600km試乗】寸法競争だけが勝負の決め手ではない[前編]

  • スズキ スペーシアカスタム HYBRID XSターボのフロントビュー。ノーマル系がポップな雰囲気であるのに対し、カスタムは大型メッキグリルや細目のヘッドランプなど守旧的なミニバンデザイン。
スズキの軽自動車『スペーシア』で3600kmほどツーリングする機会があった。2021年末の一部改良の前のモデルであるが、差分に言及しつつインプレッションをお届けしたい。

スペーシアは全高1785mmというハイルーフを持つ、いわゆる軽スーパーハイトワゴンと呼ばれるモデル。このクラスのパイオニアであるダイハツ『タント』に後れること5年の2008年に『パレット』というモデルを出して対抗しようとしたが惨敗。2013年のフルモデルチェンジで『スペーシア』と改名したがそれもタントの後塵を拝した。

パレットから数えて第3世代となる現行モデルに切り替わったのは2017年のことだったが、そこでついにブレイク。昨年はカテゴリートップのホンダ『N-BOX』に次ぐ販売2位であった。現代の自動車ビジネスではウケなかったらさっさと引っ込めるのが常道となっているが、その中で粘りの末に成功を果たした稀有な事例となっている。

スペーシアにはファミリーユースのノーマル型、デコレーション重視の『スペーシアカスタム』、アウトドア志向のデザインを持つ『スペーシアギア』の3系統があるが、今回テストドライブしたのはスペーシアカスタム。グレードは過給エンジンを搭載するトップグレード「XSターボ」のFWD(前輪駆動)。ドライブルートは東京~鹿児島周遊で総走行距離は3618.3km。ロングラン時は1名乗車、九州内では1~4名乗車。エアコンAUTO。

最初にスペーシアカスタムの長所と短所を5つずつ列記してみよう。

■長所
1. 大変素直でドライブを楽しく感じさせるハンドリング特性。
2. 必要十分な動力性能とエンジンを回しすぎないCVTチューン。
3. パラレルハイブリッドの特性に合わせた運転をすれば燃費がいい。
4. 鬼のように豊富な室内の収納。
5. 本革巻きステアリングはじめ手の触れるところが結構エルゴノミクス性高し。

■短所
1. 乗り心地の揺すられ感、突き上げ感がライバルに比べて大きめ。
2. ロードノイズ、風切り音がやや大きい。
3. 雑に運転すると燃費の落ち幅がやや大きい。
4. 視界自体は良好だが室内が少々暗い。
5. 兄貴分の『ソリオ』と異なりシートは短・中距離用。

ミリ単位での寸法競争だけが勝負を分けるのではない
では論評に入って行こう。スペーシアカスタムはロングランからシティユースまで何でもそつなくこなす、大変フレンドリーなクルマだった。モデルとしてのキャラクターはトールワゴンでありながら乗用車として非常に高い完成度を示した兄貴分の『ソリオ』に似ており、安心感のある操縦性、トールモデルとしては体がブレにくいシート、豊富な収納に代表される使いやすさなどはまさに兄貴譲りだった。前席を中心に収納が豊富なうえにそれが使いやすく、ロングドライブから雑用で市街地を走り回る時まで車内の整理整頓が容易といった、実用面の作り込みに並々ならぬ力が注がれているのも印象的だった。

異なるのはロングランへの適性で、ソリオほど疲れ知らずで走れるわけではない。が、ロングランにまるっきり向いていないわけではない。眼精疲労や頸椎、腰椎への負担など休憩を挟んでも蓄積していくようなタイプの疲れは少なく、こまめに休憩を取って適宜血流を活性化させれば東京~鹿児島のような極端なロングランでも思ったより行けるという感があった。もちろん市街地では特段の不満があろうはずもなかった。

スーパーハイトワゴンは日本市場において、普通車も含め最も販売台数が多い激戦区。筆者はホンダ『N-BOX』、ダイハツ『タント』、日産『ルークス』/三菱自動車『eKクロス スペース』、そしてスペーシアカスタムと、ダイハツ『ウェイク』を除いた現行スーパーハイトワゴン4モデルでロングランを行っている。

その経験から確信を持って言えるのは、スーパーハイトワゴンは基本的に「どれを買ってもいい」ということだ。こんな実用車など何に乗っても同じという捨て鉢な意味ではない。スーパーハイトワゴンは短距離、低速な移動が多い日本のユーザーのライフスタイルの最大公約数のようなところがある。生活にマッチするのは消費者だけでなく、開発者も同じだったりする。それだけにスーパーハイトワゴンにはそれぞれ「このクルマは自分にとってこうあってほしいな」というエンジニア自身の願望や生きたアイデアが盛り込まれている。差別化のための差別化、自己顕示欲的な仕様策定ではなく、生活をより良くするための工夫で競っているから、これほどまでに独自性の高いカテゴリーに成長したのだと言える。

そういう真剣みがあるから、4モデルはそれぞれ良い個性が出ている。価格が高く、そのぶんシャシー性能や装飾性に余裕を持たせているルークス/eKワゴンは街乗りだけでなく遠乗りしないともったいないクルマに、N-BOXは最も白物的でクルマがユーザーのライフスタイルを縛ることなく何にでも使えるオールラウンダーに、タントは低いステップをつけるなど高齢者の乗りやすさにプライオリティを置いた徹底的短距離志向。

スペーシアはさしずめ、カジュアルライフをデザインや機能性で表現することで、何となくユーザーのライフスタイルをちょっぴりアクティブなほうに仕向けるようなクルマと言えるだろう。主眼はあくまで日常ユースだが、ちょっぴり遠乗りしても面白いかもと思わせるようなポップなキャラクターを持っている。スーパーハイトワゴンと言えば何はともあれ広さとシートアレンジが大事と作る側も考えがちだが、ライバルの中で最も室内長が短いスペーシアがこれだけ人気を博することができたのを見ると、ミリ単位での寸法競争だけが勝負を分けるのではないのだなとあらためて思った次第だった。

では、要素別に細かく見ていこう。

低いボテンシャルを使い切ったハンドリング
スペーシアはダイハツのタントと同様、基本的に背の低い軽セダンと共通のプラットフォームで作られており、ストラットタワーのトップの位置は低い。シャシーのポテンシャルに限界があるので走りもそれなりだろうと思っていたが、実際に乗ってみるとその低いボテンシャルをしっかり使い切り、とても素直で楽しいハンドリングを実現していた。

重心の高いスーパーハイトワゴンなのでコーナリングスピードはもちろん遅いが、味付けは確かだ。コーナーでステアリングを切り足していくと、切った量に合わせて逆方向にロール角が大きくなっていくという感じである。また、切り足すにつれて適切に重みが増していく手ごたえの味付けもなかなかの出来栄えだった。

コーナー手前で減速して前輪に重さをかけてやって…などとわざわざ走りを組み立てたりせずとも、この素直なロール特性のおかげでワインディングロードも不安なくミズスマシ感覚で走れる。また、サスペンションストロークが小さいわりにコーナリング中にギャップを踏んでもそれを思いのほかスムーズにいなし、アッパーボディが変に左右に揺さぶられない。

限られたポテンシャルの範囲内でシャシーのチューニングを徹底的に磨いているという点は普通車のソリオと同じ。そのためか、ハンドリングのテイストは両者、とても似ている。違いが出るのは操縦安定性で、ソリオは制限速度120km/hの新東名を速い流れに乗って走らせても燃費は犠牲になるもののピッタリ安定していたのに対し、ソリオはこの速度レンジではやや不安定になる。あくまで山岳路やバイパス、普通の高速など100km/hまでのクルマと考えていい。が、軽自動車なのだからそれでいいと思う。

乗り心地、静粛性は…
望外にナチュラルで楽しい操縦性の代償に、というわけではないだろうが、乗り心地は少々固い感触。突き上げ感は大きめで、ハーシュネス(ゴトゴト・ザラザラ感)もいささか強い。試乗車のターボモデルは165/55R15という扁平率の低いタイヤを履いている。このサイズは軽のターボモデルではごく一般的なものだが、このタイヤでダンピングの効いた乗り心地を作るのは結構大変なことで、ゴチンゴチンとしたフィールになりやすい。14インチ、65タイヤを履く自然吸気ならもう少しマイルドな特性になろう。

ここを抜本的に改良しようとするとサスペンションのストロークを伸ばさなければならなくなり、価格が上がってしまう。お値段手ごろを身上とするスズキ車がそうなっては元も子もない。サスペンションレイアウトそのものがフリクションが強めに出るようなものでないのなら、たとえばもう少しショックアブゾーバーの油圧を積極的に使うようなセッティングにするなどして滑らかさが出せれば、スペーシアカスタムの商品力はさらに上がるのではないかと思われた。

静粛性はエンジンノイズについてはよく抑えられている。ロードノイズも路面状態が良好な時は不満はない。が、老朽化で舗装面がザラザラになった区間などではガーッというタイプの音が少々耳障りに感じられる。ホワイトノイズのうち高周波部分が少し弱くなれば音量自体は同じでももっと静かに感じるはず…タイヤ交換の時に静粛性の高いモデルを選ぶなどしても軽減できるかもしれない。

ついに車線逸脱防止のためのステアリング制御も
最近の軽自動車の先進装備の充実ぶりは目を見張るものがあり、前車追従型のアダプティブクルーズコントロールを装備するクルマが大増殖中だ。スペーシアカスタムもそれを装備しており、高速道路や自動車専用道をのんびりクルーズするときには重宝した。速度調節はものすごく上手というわけではないが、前の車の速度の揺れを敏感に拾ってイライラさせられるような下手さもなく、見越し能力はそこそこよいものがあった。

筆者がテストドライブしたときはステアリング制御を一切持たなかったが、昨年末の改良で車線逸脱防止のためのステアリング制御が入った。これはダイハツ・タントにも装備されているもので、車線維持はしてくれないものの、はみ出しそうになると自動的にステアリングを復帰方向に軽く切って警告を促すというもの。これがあると万が一のはみ出しに気づきやすくなるので、初心者や運転経験が浅いユーザーにとっても安心感はずいぶん高まることだろう。

ヘッドランプは単純な上下切り替え式で、バルブはLED。LEDは作り方によっては照度が不足しているように感じられたりムラが気になったりするものだが、スペーシアカスタムの場合は照射特性は結構よく作られており、エクセレントというわけではないものの夜間走行で特段の不満を抱くようなことはなかった。

後編では動力性能、燃費、ユーティリティなどについて触れる。

  • スズキ スペーシアカスタム HYBRID XSターボのフロントビュー。ノーマル系がポップな雰囲気であるのに対し、カスタムは大型メッキグリルや細目のヘッドランプなど守旧的なミニバンデザイン。
  • スズキ スペーシアカスタム HYBRID XSターボのリアビュー。鹿児島・錦江湾をバックに。
  • スズキ スペーシアカスタム HYBRID XSターボのサイドビュー。アルミアタッシュケースのようなデザインは大当たりした。
  • 前後ドア開放の図。後ドアの開口幅は少し狭いが、そのぶん前ドアの余裕が大きいという印象。
  • 個人的にはノーマル系の柔らかな顔つきが好みだが、押し出し感がよくデザインされており、人気が出たのもわかるという印象。
  • 背面。上部の絞り込みがほとんどないスクエアフォルムであることがわかる。
  • ヘッドランプの照射能力はわりと良いほうだった。
  • バックドア上のエンブレム。能力はごく小規模ではあるが一応ハイブリッドだ。
  • 前席はドアが広く乗り込みやすい。
  • コクピットビュー。低コストながらよくデザインされている感。物入れなど可動部が多いわりにきしみ音などは少なかった。
  • メーターパネル。おまけ程度ではあるがタコメーターも装備。
  • スピードメーターの視認性は悪くないが、普段はヘッドアップディスプレイのほうを見ていた。
  • Aピラーはこのクラス標準の2本式。
  • スペック的にはスーパーハイトワゴンの中で最も狭い後席だが、これでも足元空間はFセグメントリムジン並みに広く、もう十分という印象。
  • 後席を少し前にスライドさせると分厚い海外旅行用トランクを荷室に積むことができ、そこからバックドアに押し付けるように後席を下げると安定させられる。便利だ。
  • 165/55R15タイヤ&15インチアルミホイール。乗り心地は結構固く感じられる。
  • 山陰道は全通しておらず、現在延伸工事が行われている。高規格幹線道路ができると一般国道の交通量が激減するので旅人には嬉しい。
  • 日本海側の山陰道を行く。瀬戸内の山陽道とは風土がまったく異なる。
  • 砂をテーマとした仁摩サンドミュージアムにて記念撮影。仁摩生まれの世界的建築家、高松伸氏のデザイン。
  • 石見銀山の銀の積み出し港であった温泉津温泉の薬師湯で一休み。超高濃度な温泉だが激熱なので要注意である。
  • 古来から薬湯として知られたという薬師湯。言い伝えによれば1300年前、タヌキが湯に漬かっているのを旅の僧侶が見かけたのが開湯のきっかけだったとか。
  • 軽自動車は狭い街路も楽々。自動車工学が進化した今、少人数旅行にはうってつけのギアだ。
  • 石見銀山世界遺産センター入り口にて記念撮影。
  • 島根最西部、持石海岸にて記念撮影。
  • 西日がかかる日本海。山陰は至る所が夕日の絶景スポットだ。
  • 山口・惣郷にて。線路は山陰本線。この付近には鉄道写真ファンの間で有名な惣郷川橋梁がある。
  • ソリオと比べると落ちるが、ロングドライブにも結構耐えるという印象だった。
  • 薩摩半島南部の喜入にて、桜島をバックに記念撮影。
  • 薩摩半島南部の火口湖、池田湖にて。背後のピークは開聞岳。
  • 軽快なドライブフィールはスペーシアの持ち味。気軽に遠出しようという気にさせられそうなクルマだった。

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