【アルピーヌ A110R 海外試乗】「究極のA110」は過激かつ快適なスペシャルモデルだった…石井昌道

◆スペシャルモデル好きの日本へも熱視線
アルピーヌのオフィシャルホームページなどで使われるプロモーション用の写真やムービーが、すべて日本で撮影されているアルピーヌ『A110R』。渋谷の裏道に佇んでいたり、首都高速を疾走していたりするクールな作品はフランスの撮影クルーによるものだという。

実はワールドプレミアも日本の横浜で行われた。日本人として嬉しい気がするのはもちろんだが、それにしても「なぜ日本で?」という疑問も湧く。アルピーヌにとって日本はフランス、ドイツ、イギリスと並んでトップ4には必ず入る売り上げがありシェアは約10%。重要なマーケットであるのは間違いなく、F1日本GPと連動できるタイミングなども関係している。

またそれ以上に「日本人ってスペシャルモデルが好きでしょう?」というイメージも強くあったそうだ。たしかにポルシェのRSやメルセデスAMGなどの販売比率は高く、アルファロメオ『ジュリア GTA/GTAm』は2000万円以上と高価ながら、世界500台限定のうち日本は84台と最多を売り上げたなどの例がある。

さらに、A110RのRはラディカル=過激という意味であり、横浜のワールドプレミアではトヨタ車や日産車をベースとした過激なドリフトマシンを集結させて、そのなかをA110Rが駆け抜けてくるという演出もあった。スペシャルでラディカルなモデルは、日本のクルマ文化にぴたりと合うということなのだろう。

そもそもA110はライトウエイトスポーツながら、エレガントでデイリーユース性も大切に考えられたモデルでありラディカルとは対極にあったが、ユーザーのモアホットを望む声は少なくない。また、ルノーはアンペアというBEV&ソフトウエアの新会社を始めとして5つに事業を分社化する新戦略に取り組んでおり、アルピーヌもこれまで以上にハイエンドでグローバル展開するブランドになることを目指している。

それに向けて勢いをつける意味合い。そして次期A110はロータスと共同開発のBEVになることを表明していることもあって、過激に振り切ったモデルをエンジン車ラスト(!?)の打ち上げ花火にしたのだろう。

◆「最強」へ、驚異のボディワーク
A110Rのパフォーマンスアップは、軽量化、シャシー強化、エアロダイナミクスの3本柱で構成されている。パワートレーンはA110Sと同様の300PSエンジン+7速DCTながら0−100km/h加速は0.3秒縮めた3.9秒となる。加速タイム短縮は、A110Sに対して34kg軽い1082kgの車両重量によるものだ。

ボンネットを始めカーボンファイバー製パーツが多く採用されているが、なかでも目をひくのがガラスから換装されたリアウィンドウ。これによって後方視界は塞がれ、ルームミラーもない。トピックスとしてはホイールのほうが大きいかもしれない。

カーボンホイールはポルシェ『911ターボS』のオプションやシェルビー・マスタングなど、まだごく一部にしか採用されていない。エアバスの航空機なども手がけるフランスのDUQUEINEがサプライヤーで価格は判明していないが、スズキ『アルト』2台分ぐらいにはなりそうだ。

A110Sのアルミホイールに対して12.5kgの軽量化となる。シートはA110Sと同じくSabelt製だが、シンプルなシングルシェルで5kg軽い。助手席はスライドもしない完全固定式。カーボンシェルに薄いパットを貼っただけだが、座り心地は案外と悪くない。

◆F1チームともコラボの究極セッティング
シャシーはA110Sに対して、前後スプリングレートを10%アップ、スタビライザーはフロント10%、リア25%のレートアップ、ダンパーはモータースポーツなどで用いられるZF製で20段階の減衰力調整式(伸び・縮みは非独立)。車高調整式でもあって公道走行時は対A110Sの10mmダウンを推奨、サーキット走行時は20mmダウンも可能となっている。

A110の特徴の一つであるハイドロリック・コンプレッション・コントロールは付かない。ロールレートはスタンダードなA110が3.3°/G、A110Sが2.7°/Gなのに対してA110Rは2.3°/Gとなっている。タイヤはセミスリックのミシュラン・パイロットスポーツ・カップ2。いまでは他のスポーツモデルに採用されリプレイスもあるカップ2だが、最初にミシュランと共同開発したのはA110だそうだ。

エアロダイナミクスはアルピーヌF1チームとコラボレーションして開発したという。ボンネット、リアウインドー、ディフューザーはA110R用に再設計。新たに追加したのはサイドスカートで、フロアの表面積を広げる効果があり乱流を減らせるという。

後端は空気をコントロールする形状になっていてリアホイールにエアカーテンを造り出す。リアウイング本体はA110Sと同様だが、スワンネックマウントによって、より高く、より後方に配置して効果を高めている。そのおかげでウイングを少し寝かせることができたためドラッグも減るという。

エアロダイナミクスのコンセプトは最適なダウンフォースを得るとともにドラッグ低減を図るというもので、フロントバンパーのエアインテークにはシールドと呼ばれるパーツを取り付けて一部を塞ぐことでドラッグを低減。それと同時に取り込む空気の流速を高め、スクープやダクトを新設してブレーキへ風を導いて冷却性能を約20%向上させている。

カーボンホイールはカバーを付けた2ピースタイプとなっているが、フロントはブレーキ冷却を考慮して開放した形、リアは空力重視でなるべく塞いだ形と前後で異なるのもユニークだ。

ダウンフォースはスタンダードなA110に対して、フロント+30kg、リア+110kg。A110Sはフロント+60kg、リア+81kgで前後合わせるとほぼ同一だが、A110Rのほうがリア寄りになっている。また、ドラッグはA110Sは+5%だが、A110Rは+0%、つまりA110と同様にまで下げられた。前後バランスが変化したのは、シャシー・セッティングとの兼ね合いで最適を探った結果だという。

◆超軽量&過激スペックでも安心感のある走り
A110Rの国際試乗会はスペインのハラマ・サーキットと周辺の一般道で行われた。いきなりサーキットの全開走行から開始。ラディカルというからには、さぞガチガチでサーキットに特化した特性なのかと想像していたが、ステアリングを左右に切り替えしてみたり、強い加速・減速をしてみると、もちろんロールやピッチングは少ないものの、サスペンションは変に突っ張ることがなく、しなやかにストロークする。タイヤのグリップが限界に近づいていく感覚もクリアに伝わってきて、これならばイケると自信を持ってドライビングすることができた。

A110やA110Sでも十二分に軽さを感じることができるが、A110Rは加速時の迫力が増していることで軽量化の恩恵を実感。とはいえ、ヒラヒラと舞うようなライトウエイトスポーツらしさとはちょっと違う。コーナーではどっしりと落ち着いていて、路面に貼り付いている感覚があるからだ。

とくに高速コーナーではリアが安定していて次元の違うコーナリングスピードで駆け抜けていく。リアが安定しているというと、アンダーステア気味になりそうなものだが、あいかわらずA110らしい俊敏さがあり、タイトコーナーでも素早くノーズをインに向かせることが可能だ。エアロダイナミクスとシャシーのバランスを念入りに磨いてきたことをうかがわせる。

サーキットでの限界性能が相当に高まっているのは間違いないが、ラップタイム向上だけを重視しているのではなく、コントロール性が抜群でドライバーを楽しませてくれるのがA110Rのサーキットでの第一印象だ。全開走行はわずか3LAPだったので、もっと走り込んでいけばまた違った一面も見受けられるかもしれないが、ラディカルだからといって臆することはないのは確かだ。

◆A110Sを超える快適性を街乗りでも実現
一般道を走るのも、ハードな乗り心地に臆する必要はなかった。A110Sが登場したときには、スタンダードなA110に比べると路面によっては硬さが明確で、自分は我慢できるけど助手席に乗せる人に悪いな、ぐらいには感じていた。路面によって、というのはリアのスタビライザーが突っ張っている感覚が強く、左右でうねりのある路面などで乗員が揺さぶられるからだ。

A110Rの全体のレートアップはそれほどではないものの、リアスタビライザーはさらに+25%なので、大きく揺さぶられることもあるのでは? と心配していたが、記憶にあるA110Sよりも快適なぐらいだった。その要因として考えられるのは、カーボンホイールが超軽量なのでバネ下の動きがスムーズ、かつ剛性バランスにも優れているから良好なフィーリングになっているということだ。ダンパーもしっとりとした感触があって質の高さを感じる。シャシーは大幅にパフォーマンスアップしているだけではなく、動的質感でもハイレベルだった。

◆最後のエンジン車となる現行A110
車両価格は1500万円からと高価だが、初期の日本向け18台(+フェルナンド・アロンソ仕様1台)は申し込みが大きく上回って受注停止。次の受注開始時期は未定となっているが、アルピーヌ・ジャポンは2023年後半生産の日本割り当て分を増やすべく鋭意交渉中だという。即完の可能性は高いので狙うのであればホームページ等で小まめに情報をチェックするべきだろう。

BEVとなる次期A110は2026年登場予定。規制等が許される限り現行のエンジン車を併売するという可能性も残されてはいるが、いずれにしても絶滅の瞬間はそう遠くないはずだ。

■5つ星評価
パッケージング:★★★
インテリア/居住性:★★★
パワーソース:★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★

石井昌道|モータージャーナリスト
自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストに。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイクレースなどモータースポーツへの参戦も豊富。ドライビングテクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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