【ホンダ N-ONE 4000km試乗】廉価グレードでも十分すぎる!“プレミアム軽”のダークホース[前編]
N-ONEの第1世代が登場したのは今から11年前の2012年。前年の『N-BOX』に続く新世代軽自動車商品群「Nシリーズ」の第2弾だったが、Nシリーズの開発を指揮した浅木泰昭氏(現在はホンダレーシング常務)は当時「ビジネス上の都合でN-BOXが先行する形となったが、Nシリーズは本来N-ONEを作りたいがために立ち上げたもの」と、強い思い入れを示していた。
シックで可愛らしい外観、ノスタルジックな内装デザイン、多層構造シート等々、開発陣の並々ならぬ熱意が随所ににじみ出たモデルだったが、販売戦線では軽セダンの難しさを散々に味わうこととなった。デビュー当初こそ販売好調だったものの、同じスイングドアモデルながら後席スライド機構を持つ『N-WGN』がデビューすると顧客は一斉にそちらに流れた。モデルライフ後半はオープンカー、商用車派生モデル、OEM(相手先ブランドによる供給)などを除くメインストリームの軽乗用車カテゴリーにおいて、2016年から2019年まで4年連続販売台数ビリ(通年販売モデル)という悲惨な状況に陥った。
ここまで販売が細ると通常は1代限りでモデル廃止になる。が、ホンダは2020年に全面改良に踏み切り、第2世代に切り替わった。第1世代のモデルライフ途中で加わった車高の低い「ローダウン」の外板をほぼ丸ごと流用しつつ、プラットフォームは第2世代Nシリーズ用に丸ごと刷新された。見た目はほとんど変わらず中身は全然違うという、ちょっと珍しい形態のフルモデルチェンジだった。ラインナップは大幅に簡素化され、低価格の「オリジナル」、装備充実の「プレミアム」、プレミアムにターボエンジンを積んだ「プレミアムツアラー」、スポーティな「RS」の4ラインが基本である。
テストドライブを行ったのはシリーズ最安グレード、オリジナルのFWD(前輪駆動)。ツーリングルートは東京~鹿児島の周遊で、往路は山陽、復路は山陰。総走行距離は4031.9km。おおまかな道路種別は市街地2、山岳路、無料自動車専用道路を含む郊外6、高速道路2。本州内では1名乗車、九州内では最大4名乗車。気温は基本的にコールド。エアコン常時AUTO。
まずN-ONEオリジナルの長所と短所を5つずつ列記してみよう。
■長所
1. 第1世代から長足の進歩を遂げた乗り心地と静粛性。
2. 155/65R14タイヤでも十分に敏捷性を発揮するバランスの良いサスチューン。
3. パワフルかつ燃費の良いS07B型自然吸気エンジン。
4. 第1世代前期より落ちるが依然としてかけ心地の良いシート。
5. 前フェンダー両端の盛り上がりにより車両感覚がつかみやすい。
■短所
1. 少量生産という商品企画ではあるが、やはり価格が高い。
2. 後席にシートスライド機構がなくワゴン的使い方には向かない。
3. N-WGNにはあるステアリングコラムのテレスコピック調整がない。
4. 燃料タンクが旧型の35リットルならもっと足が長かったのに。
5. スタイリングの可愛さはローダウンでないほうが断然あった。
◆“プレミアムな軽”ジャンルを確立できるか
乗れば素晴らしい軽グランドツアラーだったが“プレミアムな軽”ジャンルに客がおらず商業的には大失敗に終わった第1世代N-ONE。その第2世代をキープコンセプトで出したのは、再チャレンジで販売を伸ばせると見込んだわけではあるまい。最初から販売台数を月2000台と低く見積もっていることからも明らかだ。それをあえて作ったのは、おそらくN-ONEをやめたくなかったからだ。序文で書いたように、Nシリーズの本来の起点はN-ONEだ。それをどうしても存続させたいという思いを持った勢力が社内にいたのだろう。
ホンダは第2世代N-ONEについて「継承と進化」をうたっている。実際に4000kmドライブを行ってみたところ、たしかにその通りのクルマだった。継承といえば第1世代の途中で追加された低車高ボディ「ローダウン」のアウターパネルをそのまま使ったエクステリアデザインがまず思い浮かぶだろう。が、それ以上に色濃く受け継がれている部分がある。それは「N-ONEを軽のプレミアムカーに仕立てたい」という開発陣の自我の強さだ。
第2世代N-ONEの最大の特徴はトータルバランスだ。自動車工学の進歩の恩恵をことさら強く受けている軽自動車カテゴリーでは、キラリと光る美点を持たせたモデルが本当に増えたが、第2世代N-ONEはそのトレンドと逆で穴がない。居住性、快適性、操縦性、経済性と、全方位にわたって優れている。
パラメーターを細分化してみると、全部がナンバーワンというわけではない。たとえば燃費や低中速域における乗り心地の柔らかさではスズキ『アルト』に負けているし、山岳路におけるドライバーの意図とクルマの動きのズレの小ささでは日産『ルークス』に後れを取る。乗り心地や静粛性では昨年の日本カー・オブ・ザ・イヤーの大賞を受賞した日産『サクラ』/三菱『eKクロスEV』が圧倒的だ。
が、トータルバランスで見ると第2世代N-ONEは恐ろしいくらいにレベルが高い。おそらく軽自動車ナンバーワンだ。路面状況では開通したばかりの自動車専用道路のような良路から荒れ放題の山岳路まで、速度レンジでは市街路の低速域から新東名追い越し車線の超高速域まで、こういうところは苦手なのだなと思うようなシチュエーションがほとんどないのだ。軽自動車のディメンションで手に余るような深いアンジュレーション(路面のうねり)が連続するようなところでもない限り、静かで乗り心地が良く、安心感に満ちたドライブが約束される。クルマ作りのアプローチとしてはまさしくプレミアムセグメントのそれだ。
もちろんその性能はタダで手に入れたわけではない。お値段はADAS(先進運転支援システム)「ホンダセンシング」が標準装備化されたことを考慮してもなお第1世代から大幅に跳ね上がった。今回テストドライブしたオリジナルの価格は160万円と、自然吸気の軽セダンとしてはかなり高価だが、これでも第2世代N-ONEの中では特別に安く仕立てられたもの。旧型の同等グレードでは標準装備であったアルミホイールや革巻きハンドルは落とされ、上位グレードに採用されているシートヒーターや遮音前面ガラスも省かれている。ターボの「プレミアムツアラー」の189万円、走りのグレード「RS」の200万円はスライドドアやシートアレンジ機構などを持つスーパーハイトワゴンのN-BOXカスタムと並ぶ価格だ。
スイングドアの軽セダンでこの価格帯というのは販売面では最初から勝負を投げたようなものだが、プレミアム軽が欲しいというユーザーにとってはこれ以上ジャストマッチするクルマはないと言ってもいいくらいの商品になった。自我の強さに裏打ちされた“やりきった感”、成功の方程式からあえて距離を置く反主流派志向は、いにしえのホンダらしさを感じさせるものがある。
近年ではバッテリー式電気自動車『Honda e』もそういうホンダDNAを濃厚に感じさせられるクルマだったが、電動部分が性能不足であったことやあまりに高価格だったことで存在感を示すことができなかった。N-ONEはそれよりはずっと手軽にホンダの自我を味わうことができる。ホンダファンにとってはダークホース的に魅力的なモデルであると言えよう。
ひとつ個人的な思いを述べると、ここまでやるのならいっそ旧式立体駐車場の車高制限のことなど気にせず、ぽっこりと屋根が膨らんだ魅力的なスタイリングのハイルーフボディを継承してもよかったのではないかと思う。それこそが本当の源流なのだから。
◆廉価グレードでも十分すぎる走行性能、快適性
では、項目別にもう少し深堀りしてみよう。前段で述べたようにテストドライブ車のオリジナルはシリーズの中では特別安く仕立てられた廉価グレードだが、走り、快適性に関してはこのオリジナルで十分すぎるほどに素晴らしいと感じられる水準に達していた。乗り味は滑らか至極で静粛性は高く、第1世代の弱点であった揺すられ感、突き上げ感の強さは見事に解消されていた。一方でロードホールディングは秀逸で、コーナリング中に路面の不整部分があっても車体の姿勢の乱れは最小限に抑えられていた。
サスペンションは前ストラット、後トーションビームというコンベンショナルな形式だが、ボンネット高の低いモデルを作らないことを前提にストラットタワーのトップを高く取り、サスペンションストロークを稼いでいるのが特徴だ。前後サスペンションにはそれぞれスタビライザーが装備される。このパッケージは重心の高いN-BOX、トールワゴンのN-WGNカスタムターボと共通のもの。第1世代は廉価版がスタビライザーなし、ターボモデルと上級グレード「プレミアム」が前サスのみスタビライザー装備だったので、仕様的には大幅向上といったところである。最低地上高は135mmとNシリーズの中では最も低く、強化スプリング仕様であることがうかがえる。
いくらプラットフォームが新世代になったといってもローダウンサスであることを考えるとN-BOXやN-WGNに比べて固さを感じさせられるのではないかというのがドライブ前の予想であったが、あにはからんや、Nシリーズの中で最もフラットかつ当たりの柔らかい、素晴らしい乗り心地だった。
乗り心地の良さと一口に言ってもいろいろなタイプがある。たとえばスズキ・アルトの場合は無理に車体の揺動を止めず、長周期でゆったり揺らしてやることで体へのGのかかりを弱めるような乗り心地だった。第2世代N-ONEはその反対で、ショックアブゾーバーのダンピングはきっちり利いている。そのままだと揺すられ感の強さにつながってしまうが、サスペンションの可動部やショックアブゾーバーのフリクション低減を相当頑張ったとみえて、微小な入力からしっかりサスペンションが動いているという感触があった。
こういう足のモデルは路面変化に対する車輪の追従性が高く、不整路面においてもグリップのすっぽ抜けが小さいため操縦性も良好になる傾向がある。このクルマの場合もまさにそういう特質を備えており、155/65R14という粗末なサイズのタイヤながらスリッピーな山道をハイペースで走ってもとっ散らかるような動きはほとんど見せなかったし、新東名で最も速い流れに乗って走っても常に4輪がベッタリと路面をホールドしているようなフィールを示した。
同社のモデルでこの足の動きを極めた感があったのはHonda eだが、第2世代N-ONEは軽自動車でありながらそれにちょっと似たフィールを体現していた。これこそが本モデル最大のハイライトと言っていい。ライバル比較で唯一後れを取る相手は日産サクラ/三菱eKクロスEV。とりわけ中低速においてはこの2モデルの乗り心地や静粛性は並みのCセグメントが裸足で逃げ出すレベルというほとんど反則級の良さだ。が、速度レンジが上がるにつれてその差は縮まっていく。サクラ/eKクロスEVでは新東名でのスーパークルーズを試していないので断言はできないが、超高速域では電気モーターvs内燃機関というどうにもならない違いによるパワートレイン由来の静粛性を除くとN-ONEが逆転するかもしれない。
その静粛性だが、電気自動車に比べると当然騒音レベルは高いものの、エンジンルームとの隔壁の遮音、風切り音の抑制や車外騒音の侵入防止、車体を伝って入る振動のいずれもハイレベル。とくにロードノイズのコントロールは優秀で、老朽化で目の粗くなった舗装面を走ってもガーッという不快なノイズの発生は最小限度だった。そんな特性なので、ツーリング時もオーディオのボリュームを過度に上げる必要はない。遮音ガラスを省いたオリジナルでこれだけ静かなのだから、それを持つ上位グレードはどれだけ静かなのかと興味がわくところだった。
◆ホンダセンシングとライティングシステムの良し悪し
ホンダは軽自動車を含む全モデルについてステアリング介入型のフルスペックADAS「ホンダセンシング」の標準装備化を進めている。N-ONEも御多分に漏れず、廉価版のオリジナルを含めて標準装備だ。そのホンダセンシング、2015年にCセグメントステーションワゴン『ジェイド』で試した時は覚束ないことだらけだった。その後、大幅に改善されたかと思えばなぜかそこから一歩後退したりと迷走気味だったが、ここにきて安定的に良いパフォーマンスを出せるようになってきた。
N-ONEのホンダセンシングも作動は良好で、車線認識、車線維持アシスト、前車追従クルーズコントロールとも十分に現代的と言える水準に到達していた。車線維持アシストはわりと強力で、意図的に車線に近づいてみるとしっかり中央に戻すという動きを示した。衝突回避系の機能は危険な状態に陥ってみないと検証できないが、夜間の歩行者検出にも対応しているということなので、それなりに安心感が持てると言える。
第1世代から一歩後退したと感じられたのはヘッドランプの性能だった。これは第2世代が悪いというより、第1世代のディスチャージヘッドランプの性能が良すぎたのだ。筆者は2019年に第1世代の走りのグレード「RS」で800kmドライブを行った。真夜中の国道352号線を福島の秘境桧枝岐に向けて走っていたときに感動したのがヘッドランプの照射能力だった。
ほとんど照明がない真っ暗闇の区間を走っていても、ハイビームにすればはるか彼方までくっきりと照らし出される。光軸付近だけでなく広範囲にわたってムラなく配光されるのも特徴で、ステアリング連動型でもないのにコーナーの奥がしっかり見える。ホンダはライティングシステムについては第3世代『フィット』、前述のジェイドなど、ちょっとは考えて設計しろと疑問符を投げかけたくなるようなモデルが少なくない。そんな中で第1世代N-ONEのライティングは下手をするとトップオブホンダ。よほどのツーリング好きが仕様を考えたのだろうと感心させられたのだった。
第2世代N-ONEも悪いというほどではない。少なくとも現行の第4世代フィットよりは良かった。が、第1世代の素晴らしさには負ける。これは設計ポリシーのせいというより、発行体がプラズマ放電管からLEDに変わった影響が大きいものと思われた。LEDでも素晴らしいライティングシステムはいくらでも存在するが、現在の技術レベルでは良いものを作ろうとすると突然コストが跳ね上がる。その意味では致し方ないという側面もあろうが、ある程度の照度を持つコーナリングランプを装備する、あるいは補助照明のロードランプをオプション設定するといった対策があるとツーリング好きには嬉しく感じられるだろう。
後編ではパワートレイン、居住性&ユーティリティなどについて述べる。
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