【アルピーヌ A110R 新型試乗】レーシングの「R」ではない!600万円高いA110の意義とは?…南陽一浩

  • アルピーヌ A110R
◆600万円高いA110の意義
正直、乗ってみるまで眉唾モノとすら思っていた。軽量ボディにトルク&パワーの丁度いいエンジンがミドに載って、ダイレクトなEDC7速とちゃんとストロークする足まわりと乗り心地。そうした、ほどよく絶好のバランス感こそが、アルピーヌ『A110』というベルリネットの良さで、素に近いモデルほど王道だろうし、心変わりもしないはず。そう高を括っていた。

ゆえに「A110GT」や「A110S」よりざっと600万円近く高価で、カーボンパーツ盛り盛り、それこそメーカー純正チューンドの香り漂う『A110R』は、面白そうだけどいかにも中途半端じゃないの?と感じていたのだ。

もちろんロータス『エミーラ』も新たに4気筒モデルを加えてくるなど、外的要因となる競合や事情があることは重々承知している。でもWRCでもF1でも耐久でも、あらゆる頂点に立ったことのある名門アルピーヌが、渋谷の道玄坂辺りの居酒屋ストリートをバックに車高をペッタリ落とした姿をグローバル発信するなんて、A110Rって一体…と正直、ハラハラして見ていた。

まぁルノー・スポール時代からアルピーヌの場合、東京や大阪のチューニング系サロンにも出展している通り、日本のストリートカルチャーたる「チューニング」に積極的に絡もうという意図は明確にある。ハイブロー側からサブカルに積極的に絡んでいくのは、フランスのお家芸でもある。

とはいえ、ポルシェ『911GT3』や『718ケイマンGT4 RS』と同じ土俵で勝負していないように見えかねない、そんな嫌いもあった。ただしそこは、RはRでもレーシングではなくラディカルのR、そんな由来を聞いて、思い当たる節はある。

サーキットをA110で攻めたいなら、フランス本国では車検対応はスッパリ諦めた純モータースポーツ用として、ラジエーター冷却に不安のなさそうなカップ仕様や「GT4」があるし、ラリー仕様の「R-GT」だってある。あくまでA110Rは、「シャシー・アルピーヌ(ピュア、GT用)」「シャシー・スポール(A110S用)」に続いて登場した、「シャシー・ラディカル」を与えられた車検対応モデルであり、次世代後継モデルはBEV化するA110として究極のロードゴーイング・バージョンなのだ。

しかもローダウンにホイール交換とマフラー交換、さらに派手めのエアロ装着という、チューニングカーとして手を入れるべき定番メニューを、A110Rはきっちりこなしてきた。いってみればA110Rは、メーカーというか作り手側の自作自演的チューンドである点に、核となる成り立ちと可笑しみがある。ところが、その手法たるや、モータースポーツの粋を究めたエンジニアリング・テクノクラート集団による、アスリート志向のメニューなのだ。

◆数々の「R」専用装備の恩恵
外観で見えるところのカーボン・パーツでいえば、スワンネック・ステーに取り付けられたリアウイングはかなり後方寄りに付けられ、同じく後方寄りにストレッチされたカーボン製リアディフューザーと相まって、リア・ダウンフォースはA110Sエアロパッケージ比で35%増し。逆にフロント側のダウンフォースはA110Sエアロパッケージの1/2ほどに抑えられ、少ないドラッグで高速域の伸びを確保しつつ、リアのスタビリティを高める方向だ。

他にも空力面で整流効果を高めるパーツとしては、カナードを配したサイドスカート、ディフレクターを備えつつ後方視界ゼロのリアフード、そしてノーマルのアルミ製より圧倒的に軽くてダンパーの反発だけでヒョイと上がってしまう、エアスクープ付きのボンネットフードが挙げられる。

そしてリア側に空力カバーまで備えたカーボンホイールは、何とA110R専用デザインとして開発された代物だ。製作するデュケーヌ社はエアバスなど航空機用カーボンパーツや、自転車のロードレーサー用、超軽量高性能ホイールであるマヴィックでも知られる。またボンネットフードやリアフードはCARLコンポジット社という、メーカーのデザイン・プロトやモータースポーツ用のFIA認証パーツを手広く請け負う、一体成型カーボンのスペシャリストだったりする。

一方、ダンパー&スプリングにはZFレーシング製の可変減衰力ダンパーが奢られ、20段階の10クリック目がデフォルト値となる。スプリングレートもスタビ径も、それぞれSより10%増しで、リアのスタビだけはとくに+25%固められた。車高はA110Sよりー10mm低く、さらにスプリングストッパーを回すことで最大―20mmのサーキット用ポジションにまで落とせる。

シャシー・アルピーヌのピュアやGTより14~24mm低い訳だが、これらもっともソフトな設定でもA110の車高はたった1250mm。下げ幅は相対的に小さくないし、より低められた重心高がもたらす効果たるや、推して知るべし。ちなみに最終的に、車検認証値の車重は1080kgに仕上がっている。

実際、サイドシルを跨いでドライバーズシートに乗り込む際に、フロアの低さは実感できる。メーターパネルの表示やパドルシフター、ノーマル/スポーツ/(ESPオフの)トラックという、3段階切替のドライビングモードボタンも通常モデルと変化はない。インフォテイメントも後期型モデルと同じ、アンドロイドオートとアップルカープレイ対応だ。ただしシートベルトは6点式ハーネスに置き換えられ、シートはカーボンシェルにパッドを張った超軽量バケットシートに替えられている。リアウインドウはアルミパネルで目隠しされ、ルームミラーは潔く省略されたところは、異様だ。

ちなみに装着タイヤは、前215/40R18、後245/40R18のサイズこそA110Sと同様だが、A110Rではミシュランのパイロットスポーツ・カップ2となる。パーキングから公道に出るまでの徐行域で、僅かな路面の凹凸を確かに拾いはするが、足を固め過ぎたチューンド特有の神経質な縦揺れの振動はない。セミスリックなので十分に温めてから走行すべし、という事前の通達通り、可能な限りのウェービングとブレーキングを繰り返してから、走り出してみた。

◆カートやバイクを操っているような爽快さ・軽快さが際立つ
じつは筆者は普段、前期型の「リネージ」にこっそりと乗っているのだが、同じ感覚でコーナー手前から舵を少し当てると、A110Rは即座にコーナリングの姿勢を整えるも、最初のふたつほどのコーナーは明らかに舵を当てるのが早過ぎて、ステアリングを戻してもう一度切り直すというチグハグなことになってしまった。それで続くコーナーからは、もっと進入速度を上げて奥の方でゆっくり切り始めてみた。するとフロントに僅かなストロークと食いつきを感じた瞬間、エッジにのったカーヴィングのような旋回力が立ち上がって来る。

旋回に入る感覚は当然、既存のA110と似ているが、同じ日に比較で乗ったA110Sと比べても姿勢変化は少ない。というか、抑えられたロール量を使って姿勢を作るまでのプロセスが電光石火の速さである上に、パーシャル・アクセル状態でのスタビリティがすこぶる高い。すると早めにアクセルを開けたくなってくるのだが、トラクションもリアのスタビリティも盤石なので、安心して踏み込めることに気づいてしまった。

それにしても、公式にはトルクや出力特性がA110GTやSと同じままのはずの、340Nm・300psのパワーユニットが、あくまで感触の上の話だが、軽量化の効果もあるだろうが、確実に素早く、軽やかな吹け上がりっぷりを見せる。というのもRのエキゾーストは独自システムで、3Dプリンタで出力して仕上げられたツインテールパイプが出口に組み込まれつつ、従来モデルに備わっていた排気圧切り替えのエキゾーストバルブが取り除かれている。

加えてエンジンやマフラーを覆うフードや遮音材も省かれ、これまでの300ps版のヴァポッ、ヴァポッといった音質よりヌケもいいのだろう、プワワーンという乾き切って透んだ音が耳に届く。トラクションの感覚も、適度にスライドやコントロール性の高さを許容する通常モデルと違い、踏み込んだ分だけ即座に受け止めては、前に強く蹴り出す。危うさよりも、カートやバイクを操っているような爽快さ・軽快さの際立つフィールなのだ。

すると俄然、ペースも上がってくる。走る・止まる・曲がるとはいうが、軽量化&ローダウンの恩恵が、明らかにブレーキング時の姿勢の安定感に繋がっている。A110は元よりリアブレーキ配分が強めの車ながら、過渡特性の素直さに舌を巻く。しかもRのダンパーは伸びが素早いのか、制動時でも旋回時でも路面の細かな不整に対してキチンと追従して、ラインを乱されたり横っ飛びすることもない。チューニングカー然とした外観とは裏腹に、懐が深くてロバスト性の高い足まわりなのだ。

◆限界領域を見ようなどと、ひょんな気を起こしてはならない
いってみればA110Rは、ひとつひとつの要素が気持ちいいものの、乗り手を妖しく誘い込む官能性をウリにするような一台ではない。ただ、「らしく」走らせようとすると「シャシーそのものの速さ」に理性が呑み込まれて、冷静なつもりでついつい踏み込んでいた末に、恐ろしい速度域に達していることに後から驚かされる、そういう感覚だ。

後で乗り比べたA110Sも、基本的な挙動の素直さは似ていたが、動的質感としてシャシー・アルピーヌよりはるかにクイックなはずのシャシー・スポールが、むしろプロセス重視の味わい系に感じられるほどだった。もちろん、それは既存のカタログ・モデルが色褪せたのではなく、シャシーやモデルごとの異なる個性がより際立って、定番から役モノまで、ハマれる深みがより深まったという、歓迎すべき話だ。

最後に、A110Rがつくづくストリート仕様のチューンドとして、よく練られていると唸らされた装備は、フロントグリル内から左右フロントブレーキへ、冷却エアを導く整流ダクトだ。これはR専用に開発されて仕込まれたパーツだが、ストリート・バトルでは軽さに加え、ブレーキの効きをアドバンテージ要素として残しておくことが、リーサル・ウエポンになるという考え方でもある。喩えていえば、不良が隠して持ち歩くバタフライナイフに近いものがある。

サーキットを繰り返し周回して爽やかな汗をかくのが目的なら、ホイールとかではなく、ブレーキにカーボンパーツを入れるオプションもあったはずなのだ。A110Rの限界はどこかにあるはずだが、ゆめゆめ公道でその領域を見ようなどと、ひょんな気を起こしてはならない、そういう危なさを秘めた一台なのだ。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★★
インテリア居住性:★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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  • アルピーヌ A110Rと南陽一浩氏

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