【BYD ドルフィン 新型試乗】300万円を切れば経済誌も納得!?「普及型EV」の先駆けとなるか…南陽一浩

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BYDが満を持して放つ「普及型」コンパクトEV
これまで小さな普及クラスのピュアBEVといえば、日産『サクラ』や三菱『eKクロスEV』といった軽EVのことで、その上になると、日産『リーフ』もしくは『アリア』といったCセグメント以上の車格になっていた。つまり、その中間が存在しなかった。欧州Bセグのハッチバック&スモールSUVを見渡せば、ICE版と車台やボディパネルをまるまる共有する方向で、プジョー『e208』や『e2008』、『DS 3クロスバックE-テンス』も日本市場で発売されているが、いかんせんプレミアム寄りのBEVといえた。

車両価格の発表はまだこれから、9月20日予定とのことだが、先んじて今回、BYDの『ドルフィン』に試乗が叶った。いわゆるハッチバックやスモールカーのグローバルなスタンダード・クラスといえるBセグメントのサイズ感で、BYDが満を持して放つ普及型のコンパクトEVだ。

すでにオーストラリアやタイなど東南アジアや中国などで、約43万台が売れているという。古い言葉ではまさしく、BYDの「世界戦略車」と呼びたくなるが、むしろ21世紀のEVの時代は、車が戦略や商材そのものというより、車が戦略の一部に過ぎないという認識かもしれない。これより先、販売ボリュームを意識するEVメーカーにとって、世界的に広い地域でボリュームゾーンを形成するBセグ・スモールはシノギとして欠かせない鉄火場で、ボルボが年内に『EX30』の市販ローンチを前もって喧伝しているのも、同じ流れだ。

つまりドルフィンを目の前にしていると、ローカル規格の軽EVではない、グローバル規模で展開する非プレミアムの普及型BEVとして、限りなく日本市場では初物に近い選択肢となることが察せられる。

日本では2グレード展開で、バッテリー容量44.9kWhで航続距離400km、モーター出力は70kWとなるスタンダード版と、同58.56kWhで476km、出力は150kWを発揮するロングレンジ版が用意される。今回、横浜を拠点に試乗してきたのは、後者の仕様だ。DC充電出力がそれぞれ65kW、85kWという違いもあるが、今回はまだ公式には街場の急速充電スポット未対応ということで、試せなかった。

◆全高1550mm、右ウインカー、CHAdeMO対応、置き去り検知…日本への本気度
まず全長4290×全幅1770×全高1550mmというボディ外寸は、Bセグとしては少し大きめながら、全高は他国仕様では1570mmのところを、機械式駐車場の少なくない日本の事情に合わせて20mm低められているという。ホイールベースは2700mmだ。SUVというよりはトールスタイルのハッチバックといった風情で、落ち着いたツートンカラーごとデザインは格別に真新しいものではないが、古臭さも感じさせない。聞けば通奏低音となるモチーフはその名の通り、海洋生物らしさ、イルカの躍動感だそうで、ボディサイドの前方に向かう矢印のようなキャラクターラインも、水面を跳ねながら泳ぐイルカをイメージしているのだとか。

親しみやすいデザインはドルフィンが備えるべき3本柱のひとつで、あと2本はコンパクトなEVとしての高い実用性、安心・安全を支える装備や機能の充実、が挙げられる。確かに日本仕様には1550mmへ車高を下げた以外に、実用装備として右ウインカーレバーを採用し、インフォテイメントが日本語の音声認識に、充電口がCHAdeMoにそれぞれ対応した点は順当。さらに誤発進抑制システムをも搭載しているという。アクセルペダルが急激に踏み込まれた時、もしくは前後バンパーのセンサーが至近距離の障害物を検知した際に、アクセルを制御する仕組みだとか。

他にもフロント側のセンサーを利した予防機能として、クロストラフィックアラートならびに衝突回避ブレーキも備わる。またドライバー注意喚起として、ステアリングやペダル操作、時刻といった条件からドライバーの疲れを検知し、9つのレベルで疲労度を表示して警告する機能もある。

日本の社会問題に呼応した機能としてはもうひとつ、幼児置き去り検知が挙げられる。停車後に前席と後席、それぞれをミリ波レーダーで車内モニターし、生体を検出したらライト点滅や警告音で、車外に向かって知らせるという。大きなお世話と感じる向きもあるだろうが、世界的に幼児置き去り事故が起きる要因は、両親のどちらかが「忙し過ぎて忘れた」ことが主流だそうで、この機能に一定の合理性はある。

◆見る者を別世界にちゃんと誘うインテリアデザイン
ともあれ、イルカや海洋生物がデザインモチーフと聞いていた分、痛々しいテーマパークじみたファンシーな内装でないかと、じつは戦々恐々としていた。

だが外観と同様、インテリアも総じて落ち着いたグラフィック要素や意匠で、意外なほどシンプルにまとめられていて、ホッとした。ダッシュボード素材は硬い樹脂だが、中央にかけて緩やかに侵食されたようなカーブと、型押しによる細かな反射グラデーションは、砂浜や渚をイメージしたものだとか。デザインテーマや造形で自己満足的に凝っただけではない、見る者を別世界にちゃんと誘うデザインではある。

シートはBセグのコンパクトカーとしては大ぶりで、手元やヒジの当たる範囲の内張りはネオプレーン素材で覆われ、座り心地や感触は悪くない。そもそもウェットスーツ素材でもあるネオプレーンを選んでいること自体、先の砂浜・渚モチーフと韻を踏んでいる。ちなみにロングレンジ版にあってスタンダード版にないインテリア装備としては、サングラスホルダーやスマホのワイヤレス充電、パノラミックガラスルーフなどだ。

スタート/ストップボタンはダッシュボード上、ステアリングの9時位置の向こう側にある。シフトセレクタはダッシュボード中央付近に並ぶ横1列の集中スイッチで、ドライバー側から一番手前に収められ、Nからダウン側がD、アップ側がRという上下トグルで、右側面にPボタンが充てられている。シフト操作自体に難はないが、中央のハザードランプ、回生の強弱、路面状況モード切替、ドライブモード切替まで、すべて同じく上下トグルというのは、慣れかもしれないがそうなるまで少し時間がかかりそうだ。

センターディスプレイがボタンひとつで90度回転して縦長表示になる点は『ATTO3(アット3)』同様。それにしてもBEVらしいのは、リアシートと足元が広いことだ。

◆意外なほど走りのスケール感が大きいことに驚嘆
ドライブモードは、エコ/ノーマル/スポーツの3設定がある。エコでもアクセル踏み込みに対して格別に遅いとは感じないし、逆にスポーツでもやや出足が鋭くなるぐらいで、極端に変化した印象はなかった。ドライバーの余分な踏み込みは華麗にスルーして、リン酸鉄リチウムイオンバッテリーの消費を賢く抑えているであろう、そんな気配も感じる。減速時の回生も最大にして使ってみたものの、BYDは同乗者の頭を揺らさない方向で、かなり回生Gは控えめだ。ワンペダルドライブ好きの人ならフラストレート気味、あるいは街乗りレベルでは走りにスパイスが効いていないように感じるかもしれない。

ただし、アクセル操作に対して目の前のメーターパネル左端に、出力がどのぐらい出ているかkW表示されるのだが、100kWどころか2桁kWで十分に日常域はカバーできることは、あらためて感じさせられた。試乗したロング・レンジ版は最大150kW(約204ps)、つまりスタンダード版の70kW(約95ps)に倍する以上の出力があるが、スポーツモードで多少なり見られる力強さを除けば、全体として長距離ランナーに徹したような制御の賢明さがむしろ印象に残る。

そもそもアット3にもいえたが、ドルフィンのアクセル&ブレーキペダルやステアリングといった操作系に、ことさらクセはない。装着タイヤはブリヂストンのエコピアで、フロント駆動輪もリアも205/55R16という無難なサイズ。310Nmの最大トルクが急にかかるようにゼロ発進しても、多少キュキュッと鳴くだけで、タイヤに無用な負荷をかけないスマート制御が際立つ。

もっと意外だったのは乗り心地で、首都高速ぐらいでは多少ふわふわしているのに、速度域を上げると、逆にどっしりとした直進安定性を発揮し、むしろフラットに落ち着いてくる。ちなみにロングレンジ版のリア・サスペンションは、スタンダード版がトーションビーム式であるのに対し、マルチリンク式採用。上下動の渋さもなく、前輪の舵に対してクイックとまではいわないが、素直に忠実に追従してくれるので、もし装着タイヤがもっとスポーティ銘柄だったなら…という想像をもかき立ててくれる。

つまりドルフィン・ロングレンジ版はスモールカーである分、動的質感の大陸っぽさ、同じプラットフォーム3.0でバッテリー容量も同じく58.56kWhを積むアット3には感じられなかった、走りのスケール感の大きさが際立つのだ。そこが古い言葉で「世界戦略車」といいたくなるところでもある。

◆スタンダード版で300万円を切ることができるか?
アット3が440万円である以上、9月20日発表のドルフィンの車両価格が、それを下回って来ることは確実だ。V2Hにも最初から対応する以上、もはやBYDのBEVは輸入車とはいえ、車であって従来の車でないところがある。太陽光など自己発電手段があって、DC/AC変換もクリアしたオーナーにとっては、生活圏内における二次電池扱いかもしれないし、1kWh辺りのコスパは無慈悲なぐらい安いことは確実だ。

勝手な予想価格レンジとしては、ロングレンジ版が360万円前後、スタンダード版が何とか300万円を切れたら、経済紙あたりが大喜びするインパクトの出るラインではなかろうか。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★
フットワーク:★★★
おすすめ度:★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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