【トヨタ ヤリス 400km試乗】なぜGRスポーツがない? ヤリスに感じた「もう一つの可能性」
トヨタ自動車のBセグメントサブコンパクト『ヤリス』で400kmほどホリデードライブを行う機会があったので、インプレッションをお届けする。
ヤリスの第1世代が登場したのは1999年。高コストが課題となっていたサブコンパクト『スターレット』の置き換えと本格的な欧州戦略車を持つことの一挙両得を狙ったもので、今日の欧州市場におけるトヨタの勢力拡大の原点のようなモデルである。日本では第3世代まで『ヴィッツ』と名乗っていたが、2020年にデビューした現行第4世代で日本でもヤリスにリネーム。同時に欧州モデルとの作り分けに踏み切り、日本・アジア・大洋州向けは全幅1695mmのトールボディ、欧州向けは全幅1750mmの低ルーフとなった。
ロードテスト車は1.5リットル直列3気筒ガソリンの最上位グレード「Z」で変速機はCVT。ドライブルートは東京を起点とした甲信越ミニ周遊で、総走行距離は429.0km。走った道路の比率は市街地3、郊外路5、高速1、山岳路1。常時1名乗車、エアコンAUTO。
最初にヤリスの長所と短所を5つずつ列記してみる。
■長所
1. 車重に対してパワフルな1.5リットルエンジン。
2. ホイールベース中央付近にヒップポイントがあり、車両感覚がつかみやすい。
3. バジェットカーながらそつのないインテリアの質感の作り込みとデザイン。
4. 軽量で敏捷性そのものは高い。
5. 全長が4m以内に収まっており、フェリーに乗る時は航送料金が安くすむ。
■短所
1. 前席優先のパッケージングとはいえ後席、荷室があまりに狭い。
2. 実測燃費は旧型ヴィッツに及ばず。
3. ステアフィールが良くない。オプションの185/55R16タイヤが合っていない印象。
4. ハーシュネスの強い乗り心地。
5. 運転席まわりの小物入れが不足気味。
◆総論
では本題に入っていこう。日本版ヤリスはもともとタウンユースやカーシェアにターゲットを絞ったモデルで、遠乗りは使用目的外のようなもの。最近は軽自動車やサブコンパクトでも高いロングツーリング耐性を持つものが多くなっているが、ヤリスは安・近・短に徹しているという印象であった。良好な側方視界、丸いフォルムにも関わらず車両感覚がつかみやすい等々、タウンユースで重宝する特徴を多く持つ半面、後席や荷室が極小、突っ張り感の強い乗り心地、凡庸な操縦性など長距離は苦手な印象だった。
短距離主体ならこれで何の問題もない。後席や荷室が狭いことなどひと目でわかることで、ユーザーはそれで足りると思って買うわけであるし、操縦性や乗り心地など気になる前に目的地に着いてしまう。トヨタはヤリスのほかに同じBセグメントでより広い後席を持つ『アクア』をラインナップしており、4名乗車を重視するならそちらをどうぞという棲み分けができるので、こういう思い切った仕様にできるのだろう。
ということで、1~2名乗車が主体の短距離ユースなら避ける理由はなく、カーシェアで一発遠乗りするのも特段の問題はない、動的質感やドライビングプレジャーを求めるならおススメしない――ということでレビュー終了でも一向にかまわないわけだが、実はこのワンデードライブを通じてヤリスにもうひとつの可能性をみた。それはライトチューニングベースである。
乗り味は凡庸だが、設計がショボくてそうなっているという感じではなかった。1020kgという車重は国産Bセグメントの中ではスズキ『スイフト』に次いで軽く、実際のドライブでも敏捷性自体は高かった。プラットフォームの基本構造も搭載エンジンをシリンダーの短い3気筒に絞ってストラットタワーのトップを内側に寄せるなど攻めた設計をしており、操縦性や乗り心地が悪くなる要素がない。
同じプラットフォームの欧州ヤリスは2021年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーの大賞を受賞している。彼の地でもアワードは政治が絡むものだが、それでも電気自動車、ライフスタイルを変え得る斬新なコンセプトなどの飛び道具がない普通のクルマの場合、乗り味が悪ければ受賞は無理であるし、ユーザーも買わない。よほど良く作ってあるのだろう。日本版のフロント体感Gの高まりとロール角の深まりがバラバラだったり妙な突き上げがあったりというのは単にヤリスがシティカーということでチューニングのプライオリティが低かったか、表面的なクイックさを作ったほうが顧客にウケると判断したことによるものと考えられる。
素性がいいのだったら、その素性を引き出すに足るセッティングをユーザーサイドが行えばいい。ダウンサスや強化マウントラバーを入れたりせずとも、ショックアブソーバーをカヤバなどが出している純正形状ストリートモデルに交換するだけで操縦フィール、乗り心地の滑らかさとも大幅に向上すると思う。トヨタはGRブランドからヤリス用にボディ補強用のメンバーブレースを出しており、それを装着すればねじれ剛性をさらに上げられるだろう。
現在、国産A~Bセグメントはほどほどの出力で足を楽しむ低価格のスポーツハッチ、とりわけMTモデルが枯渇している。日産自動車の『マーチ NISMO S』、スズキ『スイフトスポーツ』などが続々と終売になってしまっている今、ライトチューンのヤリスはそれを埋める駒のひとつになり得るのではないか。
◆操縦性、乗り心地
項目別にもう少し細かくみていこう。直前で述べたようにヤリスのプラットフォームGA-Bはゼロベースで練り上げた基本設計を持っている。コロナ禍前にヤリスのプロトタイプが公開されたときにドライブ前は車重の軽さも手伝ってさぞや素晴らしい動的質感なのだろうと内心期待していた。そんな期待との落差も手伝って、遠乗りでは終始肩透かし感がつきまとった。
速度レンジの低い市街地走行では特段悪いとは感じない。ゴトゴト道でも別に固いというフィールではないし、突き上げ感もほどほどに抑え込まれている。ホイールの上下動のスピードが遅い領域ではショックアブゾーバーのダンピングは十分だ。郊外に出て車速が上がるとハーシュネス(ゴワゴワ感、ガタガタ感)が急に大きくなり、快適性が落ちる。段差での突き上げも大きめ。左右輪にバラバラに大きな力が入るような不整路面ではステアリングへのキックバックの質も急激に悪化した。
市街地では操縦性が問題になることはもちろんないが、幹線ながらワインディングロードである国道20号線の高尾(東京)~勝沼(山梨)区間、あるいは八ヶ岳山麓のような山岳路では様相が変わってくる。前段で述べたように車重が軽いので敏捷性自体は高いのだが、ステアリングの反力や体が感じる横Gとクルマの動きの相関性に乏しく、コーナリング時は体感的に予測された走行ラインと実際の軌跡のズレが大きくなる傾向があったのはいただけない。たとえで言えばドライビングシミュレータでクルマをステアリング操作でうまく操れないような感覚である。筆者は5年ほど前に旧型アクア後期型の長距離インプレッションをお届けしているが、そのアクアのほうがよほど素直で、かつファンな操縦特性だった。
ドライブフィールの要因は複合的なものなので”これが原因”と明確に特定できるものではないが、ひとつ考えられるのはショックアブソーバーのスペック。ゆっくり揺られる市街地ではそこそこに良いがピストン速度の速い領域では減衰が甘くなるという感じで、もう少し高容量のものが欲しくなる。乗りながら違うショックアブソーバーならもっといいのではないかとライトチューニングを思い浮かべたゆえんである。
ちなみにロードテスト車はオプションの185/55R16タイヤを履いていたが、ホイールとタイヤの重量の合算値は標準の185/60R15より重いが、それをしっかり履きこなしているという感じではなかった。標準タイヤであればもう少し好フィールだった可能性はある。
◆動力性能・燃費
タウンユース専科という性格の濃いヤリスの中で、最高出力88kW(120ps)、最大トルク145Nm(14.8kgm)を発揮する「M15A-FKS」型1.5リットル直噴3気筒DOHC自然吸気エンジンは唯一オーバースペックな要素。最高出力132psのホンダ「L15B」がディスコンに向かう中、大衆車用1.5リットル自然吸気としては最強級のユニットだ。0-100km/h加速は試乗ルートに合法的に計測できる箇所がなかったためわからなかったが、体感的にはCVTでも10秒は切れるだろうという印象だった。
MT車が広報車として用意されていなかったためCVTでのドライブとなったが、力感は十分。フィーリングは全域フラットという印象で、高回転での詰まり感も小さい。振動もよく抑え込まれており、3気筒のわりにはみっちり回る。車重1000kgに最大トルク145Nmは過剰なくらいで、MTだとさらにパンチ力を味わうことができそうに思えた。
CVTは発進時のエンジンパワー伝達をトルクコンバーターではなくギアで行うことでワイドレンジ化や高応答性を実現したという「ダイレクトシフトCVT」だが、ドライブフィール面に関してはパドルシフトによる疑似ステップの出来を含め、謳い文句ほどの恩恵は感じなかった。
燃費は1.5リットル車の絶対値としては十分に良いが、新エンジンのピーク熱効率40%というハイスペックから抱く期待値には届かなかったという水準。ドライブ距離が短かったので燃費計測は1度のみ。最初に満タンにして出発後、早い段階で燃費が期待していたほどには伸びないことが判明していたので一部を除きエコを意識したドライブに徹しつつ399.5km走行。ふたたび満タンにしたさいの給油量は20.03リットル、給油間の実測燃費は19.9km/リットル(燃費計値20.9km/リットル)というリザルトだった。
燃費はハードウェアのポテンシャルだけでなくドライバーとクルマの相性によっても結構左右されるものだが、筆者の場合、2014年に東京~愛知・豊田市を取材ついでに800km周遊してみた1.3リットル直4ミラーサイクルエンジン搭載の旧型ヴィッツの23km/リットルに大敗。平均燃費、瞬間燃費を観察するに、高速道路や郊外路などアイドリングストップ未装備のハンディが出にくい区間でも全般的にヴィッツを下回っていた。
もっともヴィッツのスコアは非ハイブリッドの旧世代Bセグメント群の中ではその前年に900km試乗を行った先々代スズキ『スイフト』1.2 DJEの24.2km/リットルに次ぐ良さで、静岡の国道1号線バイパス区間では5分間ごとの平均燃費のグラフが30km/リットルに張り付きっぱなしだったほど。ハイパワーエンジンのヤリスが実走燃費でそれに勝つのは元々ハードルが高かったとみることもできる。タウンユースオンリーでは関係ないが、ツーリングカーの資質のひとつである動力性能の高さを加味すればこの燃費は素晴らしいもの。ならばそれに適するように足くらいは変えてやろうじゃないかという気分にさせられたゆえんである。
◆居住性、ユーティリティ
ヤリスの室内はフル4シーターというよりは2+2に近く、1~2名乗車を基本としている。全体的に開放感より囲まれ感を重視するトヨタらしい仕立てが特徴で車内はいささか暗めだった。ウエストラインがドアミラーまわりにかけてかなり下げられており、右側方視界が良いのは美点。
Aピラーは太く、死角がやや大きい印象があるが、ピラーの位置がドライバーのアイポイントに近いためか、左斜め前の視界も悪くない。このあたりは第3世代ヴィッツや第1世代アクアから大きく改善されたポイントだ。運転席からのボンネットの見切りは悪いが、ホイールベース中央付近にヒップポイントがあることの効果か、Uターン時や車庫入れ時のクルマの動きがつかみやすいのも良い点だった。
シートは簡素でウレタンパッドの支持も強くはない。形状は明らかにシティユースを意識したもので、ホールド性の良さより上半身の自由度を優先させた設計。停車時に体をひねって遠くのものを取るような動作をしやすい半面、ホールド性は脇がサイドサポートに引っかかって存外身体の軸線がブレにくかった第1世代アクアをはじめとする旧世代モデルが持っていた美点は失われた。助手席の座面には置いたモノが前に転がり落ちにくいようにするためのリトラクタブルの衝立が装備されており、なかなか便利だった。
後席はエマージェンシーという印象。足下空間はBセグメントではホンダのバッテリー式電気自動車『ホンダe』に次ぐ狭さだった。ドアは開口面積が小さく、開放角度も非常に浅いため乗降性も良くない。もちろん人を乗せられないわけではないが、乗せる機会が多いのであれば『アクア』のほうが無難であろう。
荷室は容積270リットル。バックドアの角度がきついので荷室上部の余裕は小さいが、荷室床の奥行きを測ってみたところ見た目とは裏腹に64cmはあり、旅行用トランクなど平べったいものを横積みする場合の収容力は思ったより高いという印象だった。
◆インフォメーション、先進運転支援システム
ヤリスにはアナログメーターとデジタルメーターがあり、ロードテスト車のZは二眼デジタルメーター。配置は左タコメーター、右スピードメーター。サイズは小ぶりだがコントラストは強めで視認性は良好だった。メーター間には4.2インチのマルチインフォメーションディスプレイが備わり、燃費グラフや平均燃費、平均車速、車両制御、ADAS(先進運転支援システム)などの情報を機動的に表示させることができる。瞬間燃費計に数値が目盛られていないことを除けばその表示の仕方も分かりやすく、ユーザビリティは優れていると言えた。
センタークラスタにはカーナビが装備されていたが、これは標準のディスプレイオーディオにカーナビ機能をオプション装備したもの。ナビキットはベーシックなものが6万6000円、高機能なものが11万円と安価だが、それを買わずともスマホのAndroidAuto、アップルCarPlayとリンケージさせてナビ画面を出すことができる。このディスプレイオーディオ標準装備はヤリスの素晴らしい点のひとつだ。
ただしCD、SDカードなどのスロットはなく、従来のように挿入型メディアで音楽などを楽しむことはできない。ストリーミング主体の新世代マルチメディアという印象だった。オーディオサウンドのほうは特筆すべき部分はないが、適当に音楽を車内に流して気分をリラックスさせる程度の用途では特に不満のないレベルはクリアしていた。
ADASの機能は前車追従クルーズコントロール、車線維持、他社近接警報など標準的な機能をサポートしている。それらを操作するステアリングスイッチは非常にシンプルで、ファンクション割り付けも適切。これなら不慣れな人でも操作に迷うことはないだろうという感じであった。危険回避の機能は充実しており、昼夜間対人、昼間対自転車のほか、対向車との右直事故回避、慌てて右折した先の横断歩道に人がいた場合の緊急ブレーキまで実装されている。
機能自体のパフォーマンスだが、前車追従クルーズコントロールは車間維持に伴う速度調節は良好で、大きなストレスを感じることはなかった。若干不安定なのは車線維持で、ステアリングのホールドに逆らって微妙に左右にゆらごうとする傾向があった。本末転倒だが維持を切ったほうが本来の直進安定性の良さをバックに気分よく運転できるという感があった。
◆まとめ
1~2名乗車の短距離主体ユースやカーシェア利用であれば別に何の問題もないであろう日本版ヤリスだが、何となく高そうに感じられたポテンシャルを生かさず下駄グルマというポジショニングに甘んじさせるのはちょっともったいなく思われた。実際、ジムカーナや国内ラリーなどモータースポーツのシーンでは結構使われているのだが、そういうディープなユーザー層とクルマに関心がなく単に必要だから買うというユーザーの間がだだっ広く空いてしまっているというのが現状だ。
一般道、高速道路とも制限速度が世界でブッチギリに低い日本では、ハイパワーカーを持っていたとしてもそのパワーを合法的に使えるシーンなど滅多にない。そんな日本で走りを楽しむには本来、FWDでパワーウェイトレシオ8kg/ps台前半のヤリスくらいで上等。値段が同じならエンジンパワーより足にその予算を割く選択をしたほうがずっと楽しいというものだ。
トヨタはGRスポーツというちょっとしたボディ補強、サスペンション見直しを施した特別なラインナップを持っているが、アクアGRスポーツはあるのにヤリスにはない。本来ならより軽量で低価格、望めば6速MTも選べるヤリスにこそ足の良いモデルを用意したほうがいいのではないかと思うのだが、ない以上は自分で仕立てるしかない。
足まわりの変更というと強化スプリングが真っ先に思い浮かぶ人も多かろうが、ガチガチに攻め立てるわけではないのだからバネレートはノーマルで十分。動的質感に効く大物部品のショックアブソーバー、さらに質感を上げるならGRブランドで売られている後付けのボディ補強用ブレースをかます。中間グレードの「G」がベースならオプションの185/60R15+アルミホイールをつけても車両価格200万円以内で収まる。少ない出費で気持ち良い走りを楽しみたいという若者にぴったりだと思うのだが。
ヤリスの第1世代が登場したのは1999年。高コストが課題となっていたサブコンパクト『スターレット』の置き換えと本格的な欧州戦略車を持つことの一挙両得を狙ったもので、今日の欧州市場におけるトヨタの勢力拡大の原点のようなモデルである。日本では第3世代まで『ヴィッツ』と名乗っていたが、2020年にデビューした現行第4世代で日本でもヤリスにリネーム。同時に欧州モデルとの作り分けに踏み切り、日本・アジア・大洋州向けは全幅1695mmのトールボディ、欧州向けは全幅1750mmの低ルーフとなった。
ロードテスト車は1.5リットル直列3気筒ガソリンの最上位グレード「Z」で変速機はCVT。ドライブルートは東京を起点とした甲信越ミニ周遊で、総走行距離は429.0km。走った道路の比率は市街地3、郊外路5、高速1、山岳路1。常時1名乗車、エアコンAUTO。
最初にヤリスの長所と短所を5つずつ列記してみる。
■長所
1. 車重に対してパワフルな1.5リットルエンジン。
2. ホイールベース中央付近にヒップポイントがあり、車両感覚がつかみやすい。
3. バジェットカーながらそつのないインテリアの質感の作り込みとデザイン。
4. 軽量で敏捷性そのものは高い。
5. 全長が4m以内に収まっており、フェリーに乗る時は航送料金が安くすむ。
■短所
1. 前席優先のパッケージングとはいえ後席、荷室があまりに狭い。
2. 実測燃費は旧型ヴィッツに及ばず。
3. ステアフィールが良くない。オプションの185/55R16タイヤが合っていない印象。
4. ハーシュネスの強い乗り心地。
5. 運転席まわりの小物入れが不足気味。
◆総論
では本題に入っていこう。日本版ヤリスはもともとタウンユースやカーシェアにターゲットを絞ったモデルで、遠乗りは使用目的外のようなもの。最近は軽自動車やサブコンパクトでも高いロングツーリング耐性を持つものが多くなっているが、ヤリスは安・近・短に徹しているという印象であった。良好な側方視界、丸いフォルムにも関わらず車両感覚がつかみやすい等々、タウンユースで重宝する特徴を多く持つ半面、後席や荷室が極小、突っ張り感の強い乗り心地、凡庸な操縦性など長距離は苦手な印象だった。
短距離主体ならこれで何の問題もない。後席や荷室が狭いことなどひと目でわかることで、ユーザーはそれで足りると思って買うわけであるし、操縦性や乗り心地など気になる前に目的地に着いてしまう。トヨタはヤリスのほかに同じBセグメントでより広い後席を持つ『アクア』をラインナップしており、4名乗車を重視するならそちらをどうぞという棲み分けができるので、こういう思い切った仕様にできるのだろう。
ということで、1~2名乗車が主体の短距離ユースなら避ける理由はなく、カーシェアで一発遠乗りするのも特段の問題はない、動的質感やドライビングプレジャーを求めるならおススメしない――ということでレビュー終了でも一向にかまわないわけだが、実はこのワンデードライブを通じてヤリスにもうひとつの可能性をみた。それはライトチューニングベースである。
乗り味は凡庸だが、設計がショボくてそうなっているという感じではなかった。1020kgという車重は国産Bセグメントの中ではスズキ『スイフト』に次いで軽く、実際のドライブでも敏捷性自体は高かった。プラットフォームの基本構造も搭載エンジンをシリンダーの短い3気筒に絞ってストラットタワーのトップを内側に寄せるなど攻めた設計をしており、操縦性や乗り心地が悪くなる要素がない。
同じプラットフォームの欧州ヤリスは2021年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーの大賞を受賞している。彼の地でもアワードは政治が絡むものだが、それでも電気自動車、ライフスタイルを変え得る斬新なコンセプトなどの飛び道具がない普通のクルマの場合、乗り味が悪ければ受賞は無理であるし、ユーザーも買わない。よほど良く作ってあるのだろう。日本版のフロント体感Gの高まりとロール角の深まりがバラバラだったり妙な突き上げがあったりというのは単にヤリスがシティカーということでチューニングのプライオリティが低かったか、表面的なクイックさを作ったほうが顧客にウケると判断したことによるものと考えられる。
素性がいいのだったら、その素性を引き出すに足るセッティングをユーザーサイドが行えばいい。ダウンサスや強化マウントラバーを入れたりせずとも、ショックアブソーバーをカヤバなどが出している純正形状ストリートモデルに交換するだけで操縦フィール、乗り心地の滑らかさとも大幅に向上すると思う。トヨタはGRブランドからヤリス用にボディ補強用のメンバーブレースを出しており、それを装着すればねじれ剛性をさらに上げられるだろう。
現在、国産A~Bセグメントはほどほどの出力で足を楽しむ低価格のスポーツハッチ、とりわけMTモデルが枯渇している。日産自動車の『マーチ NISMO S』、スズキ『スイフトスポーツ』などが続々と終売になってしまっている今、ライトチューンのヤリスはそれを埋める駒のひとつになり得るのではないか。
◆操縦性、乗り心地
項目別にもう少し細かくみていこう。直前で述べたようにヤリスのプラットフォームGA-Bはゼロベースで練り上げた基本設計を持っている。コロナ禍前にヤリスのプロトタイプが公開されたときにドライブ前は車重の軽さも手伝ってさぞや素晴らしい動的質感なのだろうと内心期待していた。そんな期待との落差も手伝って、遠乗りでは終始肩透かし感がつきまとった。
速度レンジの低い市街地走行では特段悪いとは感じない。ゴトゴト道でも別に固いというフィールではないし、突き上げ感もほどほどに抑え込まれている。ホイールの上下動のスピードが遅い領域ではショックアブゾーバーのダンピングは十分だ。郊外に出て車速が上がるとハーシュネス(ゴワゴワ感、ガタガタ感)が急に大きくなり、快適性が落ちる。段差での突き上げも大きめ。左右輪にバラバラに大きな力が入るような不整路面ではステアリングへのキックバックの質も急激に悪化した。
市街地では操縦性が問題になることはもちろんないが、幹線ながらワインディングロードである国道20号線の高尾(東京)~勝沼(山梨)区間、あるいは八ヶ岳山麓のような山岳路では様相が変わってくる。前段で述べたように車重が軽いので敏捷性自体は高いのだが、ステアリングの反力や体が感じる横Gとクルマの動きの相関性に乏しく、コーナリング時は体感的に予測された走行ラインと実際の軌跡のズレが大きくなる傾向があったのはいただけない。たとえで言えばドライビングシミュレータでクルマをステアリング操作でうまく操れないような感覚である。筆者は5年ほど前に旧型アクア後期型の長距離インプレッションをお届けしているが、そのアクアのほうがよほど素直で、かつファンな操縦特性だった。
ドライブフィールの要因は複合的なものなので”これが原因”と明確に特定できるものではないが、ひとつ考えられるのはショックアブソーバーのスペック。ゆっくり揺られる市街地ではそこそこに良いがピストン速度の速い領域では減衰が甘くなるという感じで、もう少し高容量のものが欲しくなる。乗りながら違うショックアブソーバーならもっといいのではないかとライトチューニングを思い浮かべたゆえんである。
ちなみにロードテスト車はオプションの185/55R16タイヤを履いていたが、ホイールとタイヤの重量の合算値は標準の185/60R15より重いが、それをしっかり履きこなしているという感じではなかった。標準タイヤであればもう少し好フィールだった可能性はある。
◆動力性能・燃費
タウンユース専科という性格の濃いヤリスの中で、最高出力88kW(120ps)、最大トルク145Nm(14.8kgm)を発揮する「M15A-FKS」型1.5リットル直噴3気筒DOHC自然吸気エンジンは唯一オーバースペックな要素。最高出力132psのホンダ「L15B」がディスコンに向かう中、大衆車用1.5リットル自然吸気としては最強級のユニットだ。0-100km/h加速は試乗ルートに合法的に計測できる箇所がなかったためわからなかったが、体感的にはCVTでも10秒は切れるだろうという印象だった。
MT車が広報車として用意されていなかったためCVTでのドライブとなったが、力感は十分。フィーリングは全域フラットという印象で、高回転での詰まり感も小さい。振動もよく抑え込まれており、3気筒のわりにはみっちり回る。車重1000kgに最大トルク145Nmは過剰なくらいで、MTだとさらにパンチ力を味わうことができそうに思えた。
CVTは発進時のエンジンパワー伝達をトルクコンバーターではなくギアで行うことでワイドレンジ化や高応答性を実現したという「ダイレクトシフトCVT」だが、ドライブフィール面に関してはパドルシフトによる疑似ステップの出来を含め、謳い文句ほどの恩恵は感じなかった。
燃費は1.5リットル車の絶対値としては十分に良いが、新エンジンのピーク熱効率40%というハイスペックから抱く期待値には届かなかったという水準。ドライブ距離が短かったので燃費計測は1度のみ。最初に満タンにして出発後、早い段階で燃費が期待していたほどには伸びないことが判明していたので一部を除きエコを意識したドライブに徹しつつ399.5km走行。ふたたび満タンにしたさいの給油量は20.03リットル、給油間の実測燃費は19.9km/リットル(燃費計値20.9km/リットル)というリザルトだった。
燃費はハードウェアのポテンシャルだけでなくドライバーとクルマの相性によっても結構左右されるものだが、筆者の場合、2014年に東京~愛知・豊田市を取材ついでに800km周遊してみた1.3リットル直4ミラーサイクルエンジン搭載の旧型ヴィッツの23km/リットルに大敗。平均燃費、瞬間燃費を観察するに、高速道路や郊外路などアイドリングストップ未装備のハンディが出にくい区間でも全般的にヴィッツを下回っていた。
もっともヴィッツのスコアは非ハイブリッドの旧世代Bセグメント群の中ではその前年に900km試乗を行った先々代スズキ『スイフト』1.2 DJEの24.2km/リットルに次ぐ良さで、静岡の国道1号線バイパス区間では5分間ごとの平均燃費のグラフが30km/リットルに張り付きっぱなしだったほど。ハイパワーエンジンのヤリスが実走燃費でそれに勝つのは元々ハードルが高かったとみることもできる。タウンユースオンリーでは関係ないが、ツーリングカーの資質のひとつである動力性能の高さを加味すればこの燃費は素晴らしいもの。ならばそれに適するように足くらいは変えてやろうじゃないかという気分にさせられたゆえんである。
◆居住性、ユーティリティ
ヤリスの室内はフル4シーターというよりは2+2に近く、1~2名乗車を基本としている。全体的に開放感より囲まれ感を重視するトヨタらしい仕立てが特徴で車内はいささか暗めだった。ウエストラインがドアミラーまわりにかけてかなり下げられており、右側方視界が良いのは美点。
Aピラーは太く、死角がやや大きい印象があるが、ピラーの位置がドライバーのアイポイントに近いためか、左斜め前の視界も悪くない。このあたりは第3世代ヴィッツや第1世代アクアから大きく改善されたポイントだ。運転席からのボンネットの見切りは悪いが、ホイールベース中央付近にヒップポイントがあることの効果か、Uターン時や車庫入れ時のクルマの動きがつかみやすいのも良い点だった。
シートは簡素でウレタンパッドの支持も強くはない。形状は明らかにシティユースを意識したもので、ホールド性の良さより上半身の自由度を優先させた設計。停車時に体をひねって遠くのものを取るような動作をしやすい半面、ホールド性は脇がサイドサポートに引っかかって存外身体の軸線がブレにくかった第1世代アクアをはじめとする旧世代モデルが持っていた美点は失われた。助手席の座面には置いたモノが前に転がり落ちにくいようにするためのリトラクタブルの衝立が装備されており、なかなか便利だった。
後席はエマージェンシーという印象。足下空間はBセグメントではホンダのバッテリー式電気自動車『ホンダe』に次ぐ狭さだった。ドアは開口面積が小さく、開放角度も非常に浅いため乗降性も良くない。もちろん人を乗せられないわけではないが、乗せる機会が多いのであれば『アクア』のほうが無難であろう。
荷室は容積270リットル。バックドアの角度がきついので荷室上部の余裕は小さいが、荷室床の奥行きを測ってみたところ見た目とは裏腹に64cmはあり、旅行用トランクなど平べったいものを横積みする場合の収容力は思ったより高いという印象だった。
◆インフォメーション、先進運転支援システム
ヤリスにはアナログメーターとデジタルメーターがあり、ロードテスト車のZは二眼デジタルメーター。配置は左タコメーター、右スピードメーター。サイズは小ぶりだがコントラストは強めで視認性は良好だった。メーター間には4.2インチのマルチインフォメーションディスプレイが備わり、燃費グラフや平均燃費、平均車速、車両制御、ADAS(先進運転支援システム)などの情報を機動的に表示させることができる。瞬間燃費計に数値が目盛られていないことを除けばその表示の仕方も分かりやすく、ユーザビリティは優れていると言えた。
センタークラスタにはカーナビが装備されていたが、これは標準のディスプレイオーディオにカーナビ機能をオプション装備したもの。ナビキットはベーシックなものが6万6000円、高機能なものが11万円と安価だが、それを買わずともスマホのAndroidAuto、アップルCarPlayとリンケージさせてナビ画面を出すことができる。このディスプレイオーディオ標準装備はヤリスの素晴らしい点のひとつだ。
ただしCD、SDカードなどのスロットはなく、従来のように挿入型メディアで音楽などを楽しむことはできない。ストリーミング主体の新世代マルチメディアという印象だった。オーディオサウンドのほうは特筆すべき部分はないが、適当に音楽を車内に流して気分をリラックスさせる程度の用途では特に不満のないレベルはクリアしていた。
ADASの機能は前車追従クルーズコントロール、車線維持、他社近接警報など標準的な機能をサポートしている。それらを操作するステアリングスイッチは非常にシンプルで、ファンクション割り付けも適切。これなら不慣れな人でも操作に迷うことはないだろうという感じであった。危険回避の機能は充実しており、昼夜間対人、昼間対自転車のほか、対向車との右直事故回避、慌てて右折した先の横断歩道に人がいた場合の緊急ブレーキまで実装されている。
機能自体のパフォーマンスだが、前車追従クルーズコントロールは車間維持に伴う速度調節は良好で、大きなストレスを感じることはなかった。若干不安定なのは車線維持で、ステアリングのホールドに逆らって微妙に左右にゆらごうとする傾向があった。本末転倒だが維持を切ったほうが本来の直進安定性の良さをバックに気分よく運転できるという感があった。
◆まとめ
1~2名乗車の短距離主体ユースやカーシェア利用であれば別に何の問題もないであろう日本版ヤリスだが、何となく高そうに感じられたポテンシャルを生かさず下駄グルマというポジショニングに甘んじさせるのはちょっともったいなく思われた。実際、ジムカーナや国内ラリーなどモータースポーツのシーンでは結構使われているのだが、そういうディープなユーザー層とクルマに関心がなく単に必要だから買うというユーザーの間がだだっ広く空いてしまっているというのが現状だ。
一般道、高速道路とも制限速度が世界でブッチギリに低い日本では、ハイパワーカーを持っていたとしてもそのパワーを合法的に使えるシーンなど滅多にない。そんな日本で走りを楽しむには本来、FWDでパワーウェイトレシオ8kg/ps台前半のヤリスくらいで上等。値段が同じならエンジンパワーより足にその予算を割く選択をしたほうがずっと楽しいというものだ。
トヨタはGRスポーツというちょっとしたボディ補強、サスペンション見直しを施した特別なラインナップを持っているが、アクアGRスポーツはあるのにヤリスにはない。本来ならより軽量で低価格、望めば6速MTも選べるヤリスにこそ足の良いモデルを用意したほうがいいのではないかと思うのだが、ない以上は自分で仕立てるしかない。
足まわりの変更というと強化スプリングが真っ先に思い浮かぶ人も多かろうが、ガチガチに攻め立てるわけではないのだからバネレートはノーマルで十分。動的質感に効く大物部品のショックアブソーバー、さらに質感を上げるならGRブランドで売られている後付けのボディ補強用ブレースをかます。中間グレードの「G」がベースならオプションの185/60R15+アルミホイールをつけても車両価格200万円以内で収まる。少ない出費で気持ち良い走りを楽しみたいという若者にぴったりだと思うのだが。
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2024.11.21
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2024.11.21
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2024.11.21
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2024.11.21
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