【試乗記】ダイハツ・ミラ トコットG“SA III”(FF/CVT)
- ダイハツ・ミラ トコットG“SA III”(FF/CVT)
身も心もシンプルに
ダイハツから登場した新型軽乗用車「ミラ トコット」。“素の魅力”を大切にしたという、シンプルないでたちが目を引くニューモデルは、軽自動車に本来求められているコンセプトを具現した、好感の持てる一台に仕上がっていた。
女性社員の提言で生まれたクルマ
試乗会場に到着すると、緊張感が高まった。取材をアテンドする担当編集者Hくんは、先日「『ダイハツ・ミラ トコット』に感じた疑問」と題する記事を書いた張本人なのだ。屈強なスタッフに囲まれ、別室に連行される可能性もある。小一時間問いただされることも覚悟していたのだが、幸いなことに案内されたのはお茶とお菓子まで用意してある控室。胸をなでおろす。
もちろん、例の記事はトコットをけなしていたわけではない。男目線の固定した女性観のもとに妙ちきりんな“女性仕様車”が作られ続けてきた歴史を告発しているのだ。トコットは開発陣の深刻な“内部対立” を乗り越えて生みだされた。広報資料には、企画立ち上げに関わった女子社員たちが臆することなく提言した経緯が記されている。彼女たちの主張は、ざっくり言えばアンチ「ミラココア」。実態から離れた女子らしさの強制に反発するという、ごくまっとうな立場を代表している。
<「かわいさ」や「かっこよさ」といった“らしさ”を強調する、いわば「盛る」という発想を転換し、徹底して“素”の魅力にこだわり、シンプルにしていく>というのが彼女たちの一致した方向性だった。しかし、守旧派の抵抗を突き崩すのは簡単ではない。<チーフエンジニアやマネジャーたちの持っている、「女性イコール“かわいい”物好き」という従来の固定観念を覆すのは非常に難しいことでした>と、苦闘の過程が赤裸々に暴かれている。
奮闘努力が実を結び、トコットはシンプルな面と線で構成された飾り気のないフォルムとなった。ゴテゴテしたデコレーションは排され、無駄なディテールを付け加えることもない。骨格のよさを前面に押し出して堂々と勝負する。試乗車のボディーカラーは新色の「セラミックグリーンメタリック」。パッと見では下地塗装色にも見え、気取りのなさが際立った。いい意味で工業製品的である。いかにも女性仕様というルックスではないので、男が乗るのにためらいを感じることはない。
もちろん、例の記事はトコットをけなしていたわけではない。男目線の固定した女性観のもとに妙ちきりんな“女性仕様車”が作られ続けてきた歴史を告発しているのだ。トコットは開発陣の深刻な“内部対立” を乗り越えて生みだされた。広報資料には、企画立ち上げに関わった女子社員たちが臆することなく提言した経緯が記されている。彼女たちの主張は、ざっくり言えばアンチ「ミラココア」。実態から離れた女子らしさの強制に反発するという、ごくまっとうな立場を代表している。
<「かわいさ」や「かっこよさ」といった“らしさ”を強調する、いわば「盛る」という発想を転換し、徹底して“素”の魅力にこだわり、シンプルにしていく>というのが彼女たちの一致した方向性だった。しかし、守旧派の抵抗を突き崩すのは簡単ではない。<チーフエンジニアやマネジャーたちの持っている、「女性イコール“かわいい”物好き」という従来の固定観念を覆すのは非常に難しいことでした>と、苦闘の過程が赤裸々に暴かれている。
奮闘努力が実を結び、トコットはシンプルな面と線で構成された飾り気のないフォルムとなった。ゴテゴテしたデコレーションは排され、無駄なディテールを付け加えることもない。骨格のよさを前面に押し出して堂々と勝負する。試乗車のボディーカラーは新色の「セラミックグリーンメタリック」。パッと見では下地塗装色にも見え、気取りのなさが際立った。いい意味で工業製品的である。いかにも女性仕様というルックスではないので、男が乗るのにためらいを感じることはない。
内外装とも水平基調
スクエアな外観に合わせ、インテリアも水平基調である。内外を垂直と水平のラインで構成したことで、車両感覚がつかみやすいというのがダイハツの主張だ。フロントピラーも立ち気味で視界は良好。後方もよく見えるし、上級グレードにはパノラマモニターやらコーナーセンサーといった便利装備がつくのでバック駐車への備えは盤石である。シートリフターは調整幅が広く、小柄な女性でも適切なポジションをとれそうだ。
セラミックホワイトのインパネガーニッシュは、高級感というより上質感をもたらす。フワフワモコモコではなく、硬質な素っ気なさが好印象だ。ファブリックのシートは座面がブラウンで背もたれがベージュのツートン。汚れが心配な座面に暗い色を配したのは女性の意見の反映だそうで、オシャレを求めながらも実用性を重視している。室内で目に入る色はほぼ白、ベージュ、ブラウン、グレーだけなので、落ち着いた雰囲気の空間になった。
パワートレインは自然吸気エンジンとCVTの組み合わせのみ。駆動方式はFFと4WDが選べる。試乗車はFFだった。広報資料でもカタログでも、エンジンやトランスミッションについては特に触れていない。ユーザーはボンネットの下に収められているものに興味がないということが前提なのだろう。
試乗に向かうには、まず会場内の石畳路を抜けていかなければならない。いきなりの試練である。細かな振動が直接的に伝わってきて、ボディー全体がブルブルと震える。路面状況をストレートに感じられる仕様だ。一般道に出ると、長い坂道を上る。720kgの車重でもパワー不足は隠せない。仕方なくアクセルを踏み込むと、車内はすさまじい騒音に包まれる。ヒュイーンという高周波音が勇ましく響くが、ターボじゃないのだからタービン音ではない。CVTが悲鳴を上げているのだ。
セラミックホワイトのインパネガーニッシュは、高級感というより上質感をもたらす。フワフワモコモコではなく、硬質な素っ気なさが好印象だ。ファブリックのシートは座面がブラウンで背もたれがベージュのツートン。汚れが心配な座面に暗い色を配したのは女性の意見の反映だそうで、オシャレを求めながらも実用性を重視している。室内で目に入る色はほぼ白、ベージュ、ブラウン、グレーだけなので、落ち着いた雰囲気の空間になった。
パワートレインは自然吸気エンジンとCVTの組み合わせのみ。駆動方式はFFと4WDが選べる。試乗車はFFだった。広報資料でもカタログでも、エンジンやトランスミッションについては特に触れていない。ユーザーはボンネットの下に収められているものに興味がないということが前提なのだろう。
試乗に向かうには、まず会場内の石畳路を抜けていかなければならない。いきなりの試練である。細かな振動が直接的に伝わってきて、ボディー全体がブルブルと震える。路面状況をストレートに感じられる仕様だ。一般道に出ると、長い坂道を上る。720kgの車重でもパワー不足は隠せない。仕方なくアクセルを踏み込むと、車内はすさまじい騒音に包まれる。ヒュイーンという高周波音が勇ましく響くが、ターボじゃないのだからタービン音ではない。CVTが悲鳴を上げているのだ。
軽自動車本来のコンセプトを体現
もっとも、低回転でも十分なトルクがあってCVTが効率的に駆動力を伝達してくれるから、実際の生活の中で無駄にエンジンの回転数を上げなければならない機会は少ないはずだ。おとなしく走っていれば、何の不満もなく快適に走れる。低速でもハンドルは恐ろしく軽い。手応えが乏しくて少々心もとないようにも思うが、これも女子チームの要望が生かされた設定ということ。街中を楽に走れることが優先されているのだ。
それは承知の上で、せっかくだからワインディングロードも走ってみた。コーナー手前で強めにブレーキングしてハンドルを切り込むと、ボディーがぐらりと傾くのを感じる。スタビライザーなどというシャレた装備はついていないので、遠心力の影響は素直に表れるのだ。それでもトコットはなかなかの粘りを見せ、不安定な挙動を見せることはなかった。
動力性能には特筆すべき点はないし、振動や騒音に関しては突き詰めた対策がとられたとは言えない。それでも好感を持ったのは、デザインと同様に飾らない素の姿を見せていたからだろう。クルマとしての基本性能は、これで十分なのだ。限られた規格の中で日常の使い勝手を追求し、お財布に優しい価格で提供する。トコットは、軽自動車本来のコンセプトを体現したモデルと言っていい。軽ボンバン時代の潔い割り切りを思い起こさせる。遅いしうるさいし乗り心地もそこそこだけど、何が悪いのか。身分不相応な装いは、むしろ貧乏臭さを露呈させる。
運転席を降りてあらためて眺めると、スッキリとした迷いのない面で構成されている。見えをはって飾り立てるということをしないから、俗っぽい卑しさがない。幾何学的な必然性があり、実用的な美しさがある。素朴な見た目から東欧車を想起してしまうかもしれないが、まったく別物だ。形はシンプルでも、作りは日本のクオリティーである。精度の高い仕上げが製品としての高いレベルを保証している。
それは承知の上で、せっかくだからワインディングロードも走ってみた。コーナー手前で強めにブレーキングしてハンドルを切り込むと、ボディーがぐらりと傾くのを感じる。スタビライザーなどというシャレた装備はついていないので、遠心力の影響は素直に表れるのだ。それでもトコットはなかなかの粘りを見せ、不安定な挙動を見せることはなかった。
動力性能には特筆すべき点はないし、振動や騒音に関しては突き詰めた対策がとられたとは言えない。それでも好感を持ったのは、デザインと同様に飾らない素の姿を見せていたからだろう。クルマとしての基本性能は、これで十分なのだ。限られた規格の中で日常の使い勝手を追求し、お財布に優しい価格で提供する。トコットは、軽自動車本来のコンセプトを体現したモデルと言っていい。軽ボンバン時代の潔い割り切りを思い起こさせる。遅いしうるさいし乗り心地もそこそこだけど、何が悪いのか。身分不相応な装いは、むしろ貧乏臭さを露呈させる。
運転席を降りてあらためて眺めると、スッキリとした迷いのない面で構成されている。見えをはって飾り立てるということをしないから、俗っぽい卑しさがない。幾何学的な必然性があり、実用的な美しさがある。素朴な見た目から東欧車を想起してしまうかもしれないが、まったく別物だ。形はシンプルでも、作りは日本のクオリティーである。精度の高い仕上げが製品としての高いレベルを保証している。
残念すぎるセットオプション
- 内外装を飾る「アナザースタイルパッケージ」には、写真の「スイートスタイル」のほか、メッキやシルバーでボディーを飾った「エレガントスタイル」、ブラックのアクセントが目を引く「クールスタイル」が用意されている。
Hくんがヘッドライトの形状を見て、「これはかつてのコンセプトカー『バスケット』と同じです!」と指摘した。仕事の報・連・相はすぐに忘れるが、コンセプトカーのディテールはしつこく記憶しているのがHくんである。調べてみると、2009年の東京モーターショーに出品されたバスケットのヘッドライトは、トコットのものとほとんど同じ形だ。さらに、水平基調でスクエアなデザインもそっくり。ごていねいに、ボディーカラーまでセラミックグリーンメタリックに似ている。
バスケットは4シーターオープンで、2シーターのピックアップトラックとして使うこともできる。農業女子を意識していたらしい。「ハイゼット」にもオシャレ仕様が作られているぐらいだから、こういったコンセプトが受け入れられる可能性はある。ぜひともトコットをベースにして派生モデルを作ってほしい。
試乗車は2台用意されていた。気が進まないが、最後にもう1台のことを書かねばならない。トコットには「アナザースタイルパッケージ」というセットオプションの設定がある。「スイートスタイル」「エレガントスタイル」「クールスタイル」の3種類で、それぞれパールホワイト、シルバー、ブラックを基調にしたアクセサリーで飾られている。試乗したのは「ジューシーピンクメタリック」のスイートスタイル。コテコテの“女性仕様車”ではないか。
ボディー下部のラインやドアミラー、ドアハンドルなどがパールホワイト塗装になっており、これがスイートということなのだろう。これだけのことだが、ベース車両の素の美しさが完全に破壊されている。試乗車はキャンバス地調のデザインフィルムトップも加えられていたのだが、これがさらに無残な結果を招いていた。カタログの説明書きには「女の子っぽい可愛(かわい)らしさ」とある。女子らしさの強制に反発するところから始まったのがトコットだったはずなのに、これでは逆戻りだ。
アクセサリーカタログを見ると、ミッキーやプーさんをあしらったシートカバーやフロアマットが紹介されていた。そういう需要があるのは事実なのだろう。しかし、かわいいものが好きなユーザーはほかのモデルを選ぶこともできるのだ。何もシンプルを旨とするトコットが引き受ける必要はない。ダイハツの女子社員チームが自分たちの欲しいクルマを模索して生まれたモデルなのに、方向性がブレたのはとても残念だ。でも、下を向くのはやめよう。オジサンたちとの戦いは始まったばかりなのだ。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
バスケットは4シーターオープンで、2シーターのピックアップトラックとして使うこともできる。農業女子を意識していたらしい。「ハイゼット」にもオシャレ仕様が作られているぐらいだから、こういったコンセプトが受け入れられる可能性はある。ぜひともトコットをベースにして派生モデルを作ってほしい。
試乗車は2台用意されていた。気が進まないが、最後にもう1台のことを書かねばならない。トコットには「アナザースタイルパッケージ」というセットオプションの設定がある。「スイートスタイル」「エレガントスタイル」「クールスタイル」の3種類で、それぞれパールホワイト、シルバー、ブラックを基調にしたアクセサリーで飾られている。試乗したのは「ジューシーピンクメタリック」のスイートスタイル。コテコテの“女性仕様車”ではないか。
ボディー下部のラインやドアミラー、ドアハンドルなどがパールホワイト塗装になっており、これがスイートということなのだろう。これだけのことだが、ベース車両の素の美しさが完全に破壊されている。試乗車はキャンバス地調のデザインフィルムトップも加えられていたのだが、これがさらに無残な結果を招いていた。カタログの説明書きには「女の子っぽい可愛(かわい)らしさ」とある。女子らしさの強制に反発するところから始まったのがトコットだったはずなのに、これでは逆戻りだ。
アクセサリーカタログを見ると、ミッキーやプーさんをあしらったシートカバーやフロアマットが紹介されていた。そういう需要があるのは事実なのだろう。しかし、かわいいものが好きなユーザーはほかのモデルを選ぶこともできるのだ。何もシンプルを旨とするトコットが引き受ける必要はない。ダイハツの女子社員チームが自分たちの欲しいクルマを模索して生まれたモデルなのに、方向性がブレたのはとても残念だ。でも、下を向くのはやめよう。オジサンたちとの戦いは始まったばかりなのだ。
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