【海外試乗記】マツダ3ファストバック<スカイアクティブX搭載車>
- マツダ3ファストバック<スカイアクティブX搭載車>
その先が見たくなる
ガソリンエンジンならではの爽快感と、ディーゼルエンジンの力強さ。その“いいとこ取り”をうたうマツダの「スカイアクティブX」ユニットは、どんな走りを味わわせてくれるのか? 新エンジン搭載の「マツダ3」にドイツで試乗した。
究極の技術が現実に
ドイツ・フランクフルト近郊で行われた国際試乗会で、スカイアクティブXの開発に携わったマツダの技術者たちはこれを「夢の扉を開いたエンジンだ」と言った。もはや夢ではなく現実のものとなったのは、内燃エンジンの目指す究極の到達点と言われてきた圧縮着火技術である。
圧縮着火のメリットは、スパークプラグによる火花点火では不可能な希薄燃焼が可能になることだ。燃焼室内を高温、高圧にすれば、いわば勝手に燃えてくれる。逆に言えば、希薄燃焼を可能とするには圧縮着火が不可欠となる。
希薄燃焼とは、つまり、燃料に対する空気の割合を多くするということだ。少ない燃料で燃焼できれば単純に効率が良いし、空気を絞らなくていいので吸気損失も軽減できる。また、燃焼温度が下がってNOx低減にもつながるという。
そう書くと、かつて1990年代のリーンバーンエンジンは燃焼温度が高く、NOxが増えることが問題で、そのためNOx吸蔵還元触媒などが必要となったのではと思い出す方も、きっといらっしゃるだろう。筆者もその記憶があったのだが、聞けば空気量を中途半端ではなく、それこそ理想空燃比の倍ほどに増やせば燃焼温度が下がり、NOxも減るのだという。その発想はなかったので、とても驚いた。
じゃあ、なんでかつてのリーンバーンエンジンはそうしなかったのかといえば、そんなに薄い混合気を火花点火で燃焼させることができなかったから。だからこそ希薄燃焼を目指したスカイアクティブXには、圧縮着火が不可欠だったのである……ということで、話はようやくつながるわけだ。
圧縮着火のメリットは、スパークプラグによる火花点火では不可能な希薄燃焼が可能になることだ。燃焼室内を高温、高圧にすれば、いわば勝手に燃えてくれる。逆に言えば、希薄燃焼を可能とするには圧縮着火が不可欠となる。
希薄燃焼とは、つまり、燃料に対する空気の割合を多くするということだ。少ない燃料で燃焼できれば単純に効率が良いし、空気を絞らなくていいので吸気損失も軽減できる。また、燃焼温度が下がってNOx低減にもつながるという。
そう書くと、かつて1990年代のリーンバーンエンジンは燃焼温度が高く、NOxが増えることが問題で、そのためNOx吸蔵還元触媒などが必要となったのではと思い出す方も、きっといらっしゃるだろう。筆者もその記憶があったのだが、聞けば空気量を中途半端ではなく、それこそ理想空燃比の倍ほどに増やせば燃焼温度が下がり、NOxも減るのだという。その発想はなかったので、とても驚いた。
じゃあ、なんでかつてのリーンバーンエンジンはそうしなかったのかといえば、そんなに薄い混合気を火花点火で燃焼させることができなかったから。だからこそ希薄燃焼を目指したスカイアクティブXには、圧縮着火が不可欠だったのである……ということで、話はようやくつながるわけだ。
勝因は逆転の発想
しかし圧縮着火は、これまた簡単ではない。燃焼室内を高温・高圧にするには圧縮比を可変にする必要があり、しかも有効な温度域は実に3℃の範囲内と極めて狭い。しかも、圧縮着火領域を外れた時には速やかに火花点火に切り替えなくてはならないからで、これまで筆者が試作車に乗っているダイムラーやフォルクスワーゲンをはじめ、世界中の自動車メーカーが挑んできたHCCI(予混合圧縮自着火)がついぞ実用化に至らなかったのは、そのせいである。
マツダは、それをSPCCI(火花点火制御圧縮着火)と呼ぶ独自技術でクリアした。特徴は、圧縮比の制御を点火プラグによる着火で生成される“膨張火炎球”で行うこと。プラグ周辺にできる膨張火炎球が、着火寸前まで圧縮された混合気を最後のひと押しとばかりに圧縮し、着火へと導くのだ。
これなら制御は点火時期で行えばいいから融通が利きやすい。しかも、圧縮着火が難しい領域ではプラグ着火させればいいので、容易にシームレスな運転が可能になる。そう、圧縮着火なら不要のはずの点火プラグを生かすという逆転の発想が、夢を現実にしたのである。
試乗車は、このスカイアクティブXを搭載した「マツダ3ファストバック」。ギアボックスは6段AT、そして6段MTが用意されていた。
圧縮着火エンジンということで、スカイアクティブXの圧縮比は従来のガソリンエンジンの常識をはるかに超える16.3に設定されている。スカイアクティブGが登場した時の、圧縮14.0という数値にも驚愕(きょうがく)したものだが、そんな常識はずれのエンジンが当然のように安定したアイドリングを刻んで、筆者が乗り込むのを待っている光景には、軽く感動してしまった。前述の通り、筆者はこれまでもHCCIのテストエンジンをいくつも試してきて、この技術には思い入れがあったから、圧縮着火のガソリンエンジンに乗るというのは、自分自身にとっても夢だったのだ。
マツダは、それをSPCCI(火花点火制御圧縮着火)と呼ぶ独自技術でクリアした。特徴は、圧縮比の制御を点火プラグによる着火で生成される“膨張火炎球”で行うこと。プラグ周辺にできる膨張火炎球が、着火寸前まで圧縮された混合気を最後のひと押しとばかりに圧縮し、着火へと導くのだ。
これなら制御は点火時期で行えばいいから融通が利きやすい。しかも、圧縮着火が難しい領域ではプラグ着火させればいいので、容易にシームレスな運転が可能になる。そう、圧縮着火なら不要のはずの点火プラグを生かすという逆転の発想が、夢を現実にしたのである。
試乗車は、このスカイアクティブXを搭載した「マツダ3ファストバック」。ギアボックスは6段AT、そして6段MTが用意されていた。
圧縮着火エンジンということで、スカイアクティブXの圧縮比は従来のガソリンエンジンの常識をはるかに超える16.3に設定されている。スカイアクティブGが登場した時の、圧縮14.0という数値にも驚愕(きょうがく)したものだが、そんな常識はずれのエンジンが当然のように安定したアイドリングを刻んで、筆者が乗り込むのを待っている光景には、軽く感動してしまった。前述の通り、筆者はこれまでもHCCIのテストエンジンをいくつも試してきて、この技術には思い入れがあったから、圧縮着火のガソリンエンジンに乗るというのは、自分自身にとっても夢だったのだ。
驚くほど静かで軽やか
MT仕様に乗り込み、いよいよ走りを確かめる。小気味よいタッチのシフトレバーを1速に入れてクラッチをつなぐと、クルマは力強く滑らかに発進した。感触は上々。アクセルのツキが良いし、トルクの出方もリニアで、軽やかに走る。
静粛性の高さにも目を見張った。エンジン音自体は中低音域が強調された独特なものだが、ボリュームは小さい。以前に試した試作車は結構騒々しかった記憶があったので聞いたら、エンジンは完全にカプセル化されているという。これは騒音の抑制はもちろん、実は保温効果もある。朝、通勤して止めておいたクルマに帰りに乗る時、まだ熱が残っていればエンジン本体も触媒も、すぐに最適な領域で稼働できる。
郊外に出てペースを上げると、軽快な吹け上がりにますます気持ちが弾んできた。トルクカーブはフラットだが高回転域に入るほどに回転上昇の勢いは高まって、つい6500rpmのレブリミットまで引っ張りたくなってしまう。
正直、現行のスカイアクティブGはフィーリングが平板で全体にパンチもなく、特に進化したマツダ3のシャシーに対しては、いろいろな意味で物足りなさを抱かせていた。スカイアクティブXはついにそれを払拭(ふっしょく)してくれたと言っていい。
静粛性の高さにも目を見張った。エンジン音自体は中低音域が強調された独特なものだが、ボリュームは小さい。以前に試した試作車は結構騒々しかった記憶があったので聞いたら、エンジンは完全にカプセル化されているという。これは騒音の抑制はもちろん、実は保温効果もある。朝、通勤して止めておいたクルマに帰りに乗る時、まだ熱が残っていればエンジン本体も触媒も、すぐに最適な領域で稼働できる。
郊外に出てペースを上げると、軽快な吹け上がりにますます気持ちが弾んできた。トルクカーブはフラットだが高回転域に入るほどに回転上昇の勢いは高まって、つい6500rpmのレブリミットまで引っ張りたくなってしまう。
正直、現行のスカイアクティブGはフィーリングが平板で全体にパンチもなく、特に進化したマツダ3のシャシーに対しては、いろいろな意味で物足りなさを抱かせていた。スカイアクティブXはついにそれを払拭(ふっしょく)してくれたと言っていい。
もっとパワーが欲しくなる
実はこうした好印象には、エンジン本体だけでなくさまざまな補機類の貢献も大きいようだ。例えば小気味いい発進の際には、実は24V電装系を使ったマイルドハイブリッドシステムのISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)がエンジン回転数を早めに持ち上げてスムーズさを補っているし、変速の際にもISGが今度は逆に発電制御によって回転数を素早く下げさせ、小気味よいシフトアップを可能にしている。また、高負荷域でのアクセルオンの際には、機械式スーパーチャージャーを使った高応答エアサプライがシリンダー内に多くの空気を強制的に送り込み、レスポンスを確保しているという具合だ。
これらは仮になくても成立はするが、マツダはこれらを、マツダ3登場を機にさらに強く主張している“人間中心の走り”を、パワートレインでも具現するためあえて組み合わせた。クルマが意のままに反応し、人とクルマの一体感が高まるようにと、いずれも動作は目立つことなく、縁の下の力持ちに徹している。
しかし、そういう観点では不満もないわけではない。最たるはパワー、トルクの物足りなさ。180ps、224Nmは従来のガソリン2リッターを上回るとはいえ、ドイツの幹線道路では上り勾配のたびにシフトダウンを求められるなど、積極的に走りを楽しんでいる時は良くても、高めのギアでゆったり行きたい時などには余裕が足りない。しかも、これは燃費にも直結してくる。
6段AT仕様なら、やはりアクセル開度こそ大きめとはいえ変速はクルマ任せになるから、ドライバビリティー面の不満は小さくなる。しかし、新しいテクノロジーに触れているという実感もますます薄くなってしまうのだ。もう少しトルクに余裕があるか、あるいは8段くらいのATがあれば……。
これらは仮になくても成立はするが、マツダはこれらを、マツダ3登場を機にさらに強く主張している“人間中心の走り”を、パワートレインでも具現するためあえて組み合わせた。クルマが意のままに反応し、人とクルマの一体感が高まるようにと、いずれも動作は目立つことなく、縁の下の力持ちに徹している。
しかし、そういう観点では不満もないわけではない。最たるはパワー、トルクの物足りなさ。180ps、224Nmは従来のガソリン2リッターを上回るとはいえ、ドイツの幹線道路では上り勾配のたびにシフトダウンを求められるなど、積極的に走りを楽しんでいる時は良くても、高めのギアでゆったり行きたい時などには余裕が足りない。しかも、これは燃費にも直結してくる。
6段AT仕様なら、やはりアクセル開度こそ大きめとはいえ変速はクルマ任せになるから、ドライバビリティー面の不満は小さくなる。しかし、新しいテクノロジーに触れているという実感もますます薄くなってしまうのだ。もう少しトルクに余裕があるか、あるいは8段くらいのATがあれば……。
あとはフィーリングの問題
実際、それは6段MT仕様でも言えることではあり、とても良いガソリンエンジンだとは思う一方、新鮮味には乏しい。特にダウンサイジングターボ、ハイブリッド、EVにe-POWERなどを知る人にとっては、それこそ夢のような感動をもたらすとまでは言えないだろうというのも、また正直な印象なのだ。
そんなわけで、おそらくスカイアクティブXにササるのは、クルマに関して相当マニアックな人か、あるいはしっかり良いモノに触れてきて、ドライバビリティーに一家言ある人だろう。それこそ輸入車ばかり乗り継いできたような人などが、それに当たるのかもしれない。
実際、プレミアム路線をひた走る最近のマツダだけに、おそらくライバルと見据えられているのはその辺りなのだろう。何しろスカイアクティブX搭載車の価格は従来型ガソリン2リッターの、ざっと70万円高。例えば「フォルクスワーゲン・ゴルフTSIハイライン」などと、ほぼ同等なのだ。マツダのブランド力についてはそれぞれの判断にお任せするとして、確かにパワートレインだけでなく、それを含むハードウエアの完成度はマツダ3、十分戦えるレベルにあるというのも本当のところだ。実際、ふとそう思って以来、マツダ3に乗るならスカイアクティブXで、と筆者も思いを改めたところである。
そうは言いつつも、マツダが信じる内燃機関の究極なのだから、技術だけでなく性能でも、フィーリングでも、ほかのどのパワートレインより強い説得力を持つものを、この現実の世界で見せてほしいとも思う。ついに実用化された夢の技術の、さらにその先の進化に前向きに期待したい。
(文=島下泰久/写真=マツダ/編集=関 顕也)
そんなわけで、おそらくスカイアクティブXにササるのは、クルマに関して相当マニアックな人か、あるいはしっかり良いモノに触れてきて、ドライバビリティーに一家言ある人だろう。それこそ輸入車ばかり乗り継いできたような人などが、それに当たるのかもしれない。
実際、プレミアム路線をひた走る最近のマツダだけに、おそらくライバルと見据えられているのはその辺りなのだろう。何しろスカイアクティブX搭載車の価格は従来型ガソリン2リッターの、ざっと70万円高。例えば「フォルクスワーゲン・ゴルフTSIハイライン」などと、ほぼ同等なのだ。マツダのブランド力についてはそれぞれの判断にお任せするとして、確かにパワートレインだけでなく、それを含むハードウエアの完成度はマツダ3、十分戦えるレベルにあるというのも本当のところだ。実際、ふとそう思って以来、マツダ3に乗るならスカイアクティブXで、と筆者も思いを改めたところである。
そうは言いつつも、マツダが信じる内燃機関の究極なのだから、技術だけでなく性能でも、フィーリングでも、ほかのどのパワートレインより強い説得力を持つものを、この現実の世界で見せてほしいとも思う。ついに実用化された夢の技術の、さらにその先の進化に前向きに期待したい。
(文=島下泰久/写真=マツダ/編集=関 顕也)
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