【試乗記】マツダ3ファストバック<eスカイアクティブX搭載車> プロトタイプ

  • マツダ3ファストバック<eスカイアクティブX搭載車> プロトタイプ(FF/6AT)/マツダ3ファストバック<eスカイアクティブX搭載車> プロトタイプ(FF/6MT)

    マツダ3ファストバック<eスカイアクティブX搭載車> プロトタイプ(FF/6AT)/マツダ3ファストバック<eスカイアクティブX搭載車> プロトタイプ(FF/6MT)

インテリジェント・ホットハッチ

「ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの長所を併せ持つ」というマツダの新世代エンジン「スカイアクティブX」がバージョンアップ。それで走りはどう変わったのか? 「eスカイアクティブX」と名づけられた新ユニットを搭載する「マツダ3」で確かめた。

価格に見合った価値のために

従来のガソリンエンジンの熱効率と環境性能を大きくジャンプアップさせるブレークスルーテクノロジー、ガソリンHCCI(予混合圧縮着火)。かつては夢の内燃機とさえ呼ばれたそれを、世界で初めて量産レベルで実用化したのがマツダだ。ご存じの通り、マツダ3と「CX-30」に搭載されるスカイアクティブXがそれとなる。

が、それは現状、マツダの屋台骨を支えるほどの人気を得ているわけではない。ディーゼルに逆風が吹く欧州では好調とは聞くも、日本での販売は芳しくなさそうだ。もちろん登場から間もないこともあり、認知が得られていないこともさておき、その認知のための説明が難しいという課題も抱えている。が、何よりスカイアクティブGやスカイアクティブDよりも高い価格に対する明確なベネフィットが伝えられないことが一番の問題だろう。

当初HCCIを開発していた際のマツダの思惑は、GとDの間くらいの価格帯にXを置こうというものだった。が、商品化に向けては24Vマイルドハイブリッド化やコンプレッサーの装着のみならずGPF(ガソリンパティキュレートフィルター)も必携となり、さらには厳密な燃焼管理のためのセンサーの数々、初爆の膨張火炎球を適切にコントロールするためのスパークプラグの採用や、それらを統合管理する膨大なエンジンデータをマネジメントするプログラム作成など、満艦飾化がコストを膨大に押し上げてしまった。

スカイアクティブXが狙ったのはガソリンの滑らかさや高回転フィーリング、そしてディーゼルの低回転トルクや燃費という両者のいいとこ取りだが、なるほどフィーリングには特有の力感はあれど、燃費は期待するほどの伸びがない。すなわちランニングコストでGやDとの差額を埋め合わせることは難しい。

となると、それに代わる納得できるバリューを用意しなければならない。果たして、2020年の冬にバージョンアップを予定しているスカイアクティブXのアップデートは、その姿勢が明確化されたものになっている。

新世代エンジンは制御が決め手

「スピリット1.0から1.1へのアップデート」とマツダが唱える通り、この刷新はハードウエアには一切手が加えられていない。エンジン本体や補機類、吸排気システムなどはそのままで、ソフトウエアのみでさらなる洗練とともに異なる特性を表現している。

そう聞くとまたマツダのご託が始まったのかと思われるかもしれない。が、スカイアクティブXは先述の通り、緻密な燃焼コントロールのために多くのセンサーと制御系、膨大なデータが同期している。もはやそれを走らせるのはコンピューティングの領域とあらば、ソフトウエア次第で今までの内燃機エンジンとは次元の違うキャラクター設定ができるだろうというのが、今回のスピリット1.1の狙いだ。

用意された試乗車は、スピリット1.1の制御プログラムを採用した「eスカイアクティブX」と呼ばれるエンジンを搭載するマツダ3。そのMTとAT、おのおのの1.0と1.1を同じクローズドコースで乗り比べるというプログラムだ。とはいえ当然ながらガンガン飛ばしてもその差は見つけられないということで、マツダの実験部によって入念なパイロン規制が加えられ、加減速やパーシャル領域がしっかり使い分けられるようなレイアウトが施されていた。

スピリット1.0のドライブフィールは、従来のスカイアクティブGやDを搭載するマツダ3の延長線上にある。舵やペダルの操作に対するゲインの立ち上がりは至って穏やか。ユーザーによっては遅いと感じられることもあるというが、個人的にはそれよりも線形的な加減速のコントロール性が確保されていることのほうがありがたい。

違いはフィーリングに表れる

マツダがダイナミクス構築のために研究したというW124系のメルセデス・ベンツ(ミディアムクラス)は、まさにドライバーの意思に柔らかくしなやかに同調する、そこにありがたみがある。今現在、筆者がマツダ3の白眉だと思う1.5リッターガソリンモデルはそれに肉薄する感触を備えていて、特にブレーキのコントロール性などはほれぼれするが、このスカイアクティブXもバイワイヤーブレーキを見事に調律していて、初出の技術ながらも生煮え感はほとんど感じられない。そういうところは見事だと思う。が、それを“対価化”できないというジレンマに陥っているわけだ。

1.1はこの個性を無にしないギリギリのところまで快活さを高めている。アクセルペダルの操作量や速度からドライバーの求める加速性能を判定し、それに合わせて燃焼環境を応答させる。言葉で書けば簡単ながら、スカイアクティブXの場合、そのプロセスは複雑で制御項目も多い。それゆえアップデートの有効性が高いというわけだが、この1.1では排ガス再循環の精度を高めてフレッシュエアを多く受け入れるようにしたことやコンプレッサーの稼働域と制御を最適化したことで、パワー&トルクの向上を伴うレスポンスの改善が達成できたという。

1.0と1.1、その違いは出力特性に変速マネジメントを合わせ込んだATの側でより簡単かつ顕著に感じられる。マツダは具体的な効能として、ETCレーンからの再加速や高速合流時の応答性を挙げるが、確かにそういう場面を模したドライブでは、1.1はシフトダウンを要さず低回転域から力強くレスポンスしていることがわかる。特に実効性の高い2000rpm前後のトルクの厚みははっきりと体感できる違いとなるだろう。さらに、そこから3500rpm前後の力感も大きく変わったようにうかがえる。加えて、ATではほぼ差を感じなかった高回転域も、MTで引っ張ってみれば最後のひと伸びのフィーリングの違いは確認できた。ただしパワーは数値的には若干の向上をみているが、速い遅い的な差異は感じられない。ごく低回転域の雑みやパワーのつながりなどの質感向上と共に、応答の気持ちよさや日常域の扱いやすさにフォーカスした改良といえるだろう。

性格としては「スポーティー」

この出力特性に歩を並べるかたちで、どうやら「G-ベクタリングコントロール」もリプログラミングされたのだろう。コーナーはアプローチからのアクセルオンでも駆動のかかりのよさに合わせるように頭の入りがよく、踏ん張りどころでもアクセルを抜けばじわっとリアが抜けて回頭するような挙動をみせてくれた。

開発途中ということもあって関係者は言葉を濁すが、1.1では出力特性、フットワークとも明確にスポーティーな側へと変貌を遂げることになるだろう。それこそがスカイアクティブXの新たな付加価値ということになる。フロントフェンダーに新たに設けられるこれみよがしのエンブレムは、マツダにとっては本意ではないことは容易に想像できるし、個人的にはレスオプションを用意しておいてほしいくらいだ。300PS級のFFホットハッチが加飾過多でまさしく目を血走らせるなか、環境性能とドライビングの気持ちよさの折り合いをつけた知的なホットハッチとして、マツダ3の新たな精神性をアピールするというのはありだと思う。

2020年11月23日に施行される特定改造等の許可制度は、ADAS(先進運転支援システム)の機能追加や各種性能の向上などに伴うソフトウエアアップデートを実現するものだが、マツダはその制度を用いてスカイアクティブXの既納ユーザーにこの1.1のアップデートサービス提供を検討しているという。ナンバリングが示すように、さながらスマホのOSの様相だが、走行機能に関わるソフトゆえ、どこぞのように安易なモバイルアップデートは考えていないという見識は正しいと思う。面倒くさいというユーザーもいるかもしれないが、黒くなったディーラーでおいしくなったコーヒーでも飲みながら再起動をゆっくり待つというのも新しいクルマとの向き合い方なのかもしれない。

(文=渡辺敏史/写真=マツダ/編集=関 顕也)

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