【試乗記】ホンダ・シビック タイプR リミテッドエディション(FF/6MT)

  • ホンダ・シビック タイプR リミテッドエディション(FF/6MT)

    ホンダ・シビック タイプR リミテッドエディション(FF/6MT)

待ったか 小次郎!

ホームコースの鈴鹿サーキットで、ホンダがFF車最速の座を宿敵ルノーから奪還した。その立役者となったのが、「シビック タイプR」のマイナーチェンジと同時に登場した「リミテッドエディション」。聖地・鈴鹿に赴き、進化と速さの秘密を探った。

舞台は鈴鹿サーキット

売られた喧嘩(けんか)は買わなきゃならぬ。とは誰も表立っては口にしないが、そんな雰囲気が漂っていたことは否めない。そう、「ルノー・メガーヌR.S.」とのFF車最速競争のことである。

ホンダは来季限りでのF1からの撤退を発表しているが、グランプリでも因縁の相手であるルノーは、ホンダの聖地ともいうべき鈴鹿サーキットに「メガーヌR.S.トロフィーR」を持ち込み、2019年末に2分25秒454を記録してFF車最速を宣言した。それ以前からニュルブルクリンク北コースを舞台にFF最速競争を繰り広げてきた両車だが、最新のレコードタイムはルノーが保持している(現行型「シビック タイプR」が2017年に記録した7分43秒80を2019年春に7分40秒100で再び更新したのがトロフィーR)。

ご存じのようにトロフィーRはメガーヌR.S.のダイハードモデルで、最大の特徴たる4輪操舵システムばかりか後席まで潔く取り払って軽量化。代わりに補強バーを追加するなど、いささか反則気味のモディファイを施した硬派モデルだが、余勢をかって鈴鹿も制されたことに違いはない。

2020年1月の東京オートサロンでお披露目された改良型シビック タイプRは、当然その雪辱を果たすためのものと思われたが、後の新型コロナウイルスの影響で夏の発売予定がこの10月はじめまで延期された。ただしその間の7月には、タイプRの特別仕様リミテッドエディションが2月に実施された性能評価走行テストにおいてルノーから鈴鹿サーキットFF車最速の座を奪還したと発表されている。2分23秒993のレコードタイムを記録した改良型タイプRの限定モデル、リミテッドエディションの最初の試乗会は、やはり鈴鹿サーキットがふさわしいというものだろう。

大っぴらには言わないけれど、リミテッドエディションはトロフィーRにぎゃふんと言わせるためにサーキット走行に特化したスペシャルモデルだろうと勝手に想像していたから、慎重に走りだす。サーキットでの先導車付き試乗会というものは、だいたいが前に詰まってしまうものだから、まずはドライブモードなどを切り替えて試してみよう、などといささかのんびり構えていたら、いつの間にか前走車と大きく差が開いているではないか。

そうだった。鈴鹿サーキットでの試乗会などしばらく縁がなかったので忘れていたが、ホンダの場合は話が違うのだった。しかも先導車のドライバーはホンダの“トップガン”が務めており、それに続く試乗車のドライバーも腕っこきばかり。慌てて「+Rモード」に切り替えて全開で前を追うものの、リードカーとそれにぴったり追走する前の2台との差はジリジリと開くばかり。

いやはやこれはまいった、と思う間もなくフライングラップ2周の短い試乗時間は終了。クールダウンラップでピットに向かう途中に気づいたのは、まったくスパルタンな感じがしないということ。意外と言ってはいささか失礼ながら、新しいタイプRはパリッパリのサーキットスペシャルというよりは、大人向けのスポーツモデルだった。


細部にこだわった進化

改良の中身を紹介する前に、シビック タイプRのこれまでを簡単におさらいしておこう。タイプRの起源はご存じ初代「NSX」に、1992年に追加された「NSXタイプR」である。続いて1995年には「インテグラ」にもタイプRを設定。1.8リッター4気筒自然吸気で200PSを誇るハイチューンエンジンがスポーツドライバーの人気の的となった。

1997年には初代シビック タイプR(1.6リッター直4で185PS)が登場するが、同タイプRの2代目は英国生産となり、3代目の「セダン タイプR」では再び日本生産に戻されたり……という紆余(うよ)曲折の末に、2010年にはシビックそのものの国内販売が中止されてしまう。その後、欧州仕様の「タイプRユーロ」が何度か限定発売され、2015年にはターボエンジン搭載のタイプRが復活。国内でも限定発売(750台)された。

そして2017年にカタログモデルとして復活したのが、現行FK8型シビック タイプRだ。今回発売された車両はその5代目(ユーロRは勘定せず)のマイナーチェンジ版である。

マイナーチェンジの具体的な内容は決して派手なものではなく、むしろ目立たないが実質的な改良の積み重ねで、ホンダらしい細部へのこだわりが見て取れる。すなわち、フロントグリル上部の開口部を拡大(+13%)するとともにラジエーター冷却フィンのピッチを詰めて(表面積の拡大に寄与)冷却性能を向上。また、フロントバンパー下部のスポイラーを改良してダウンフォースをアップ。ブレーキローターを2ピースのフローティング式に変更することで熱によるディスクの変形を抑制し、安定した制動力確保を実現したという(さらにばね下を約2.5kg軽量化)。

サスペンションではアダプティブダンパーの制御をよりきめ細やかに変更したほか、フロントロアアームのホイール側ボールジョイントのフリクションを低減。さらに前後アームのブッシュを改良するなどして、タイヤの支持剛性を高めたとしている。これらすべてはサーキットのタイムアップを狙ったものというよりも、現実の路上での高速走行時のタフネスや安定性、接地性やコントロール性の向上を目指したものだ。欧州での経験が生かされているといえるかもしれない。

さらに軽いリミテッドエディション

近ごろではやれミニバンメーカーだ、軽自動車メーカーだと揶揄(やゆ)されることもあるホンダの残された数少ないプライドがタイプRである。FF車最速の座を争うルノーが自分たちの庭先で好き放題にしているのを見過ごすわけにはいかないはずだが、トロフィーRのようになりふり構わない軽量化スペシャルで再奪還してもあまり自慢にはならない……というのは私の想像だが、ホンダはもっと大人の態度で反撃した。

サーキットでのラップタイムがすべてではない、公道でのGT性能も同じく大切だとしながら、2分23秒993というタイムで鈴鹿最速の称号を見事に取り返したのだからひと安心だろう。その車両が改良型タイプRと同時に登場した、冒頭のリミテッドエディションである。全世界で約1000台、国内向けには200台という限定モデルだが、例によって早々と販売枠が埋まってしまったという。

リミテッドエディションは、BBSと共同開発したという20インチの鍛造アルミホイールにハイグリップの「ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2」タイヤを装着。鍛造ホイール4本で10kgを削(そ)ぎ落とした上に、ルーフライニングやダッシュボード、リアパネルのインシュレーター等を省略したことで13kg、合計およそ23kgの軽量化を達成したことがスタンダードのタイプRとの相違点である。

もちろん、アダプティブダンパーとEPSも事実上のドライ専用タイヤであるカップ2に合わせてセッティングされているという。ボディーカラーは初代シビック タイプRのものを復刻したサンライトイエローIIのみ。ルーフはブラックに塗り分けられている。

大人もうなずく洗練度

冷却能力が向上しても2リッター4気筒直噴ターボエンジンと6段MTのパワートレインそのものには変更はない。エンジンのスペックは最高出力320PS(235kW)/6500rpm、最大トルク400N・m(40.8kgf・m)/2500-4500rpmと従来通りだが、前輪だけで受け止めるには相変わらず強烈で、ヘアピンやシケインなどタイトコーナーからの立ち上がりではグイッとステアリングが勝手に動こうとする。

トルクステアというほど乱暴な挙動ではないが、どこか懐かしい感じさえする。いまや300PS級はほとんど4WDを選ぶが、かつての高性能FWD車とは暴れる前輪をどうやって抑えるかが肝心だったのである。

ところが今のタイプRは、旋回中でも立ち上がりでも、ヘリカルLSDやAHA(アジャイルハンドリングアシスト=ブレーキによるベクタリング)といったメカニズムが、パワーの浪費を抑えてラインを保つアシストをしてくれる。ステアリングもピーキーではなく、ジワッとリニアに向きを変えてくれるし、S字コーナーなどではタイヤの接地感が十分に伝わり、スロットルコントロールが容易なので自分がうまくなったような気さえする。

すべてにおいて俊敏だがラフな挙動は見せない。腕利きドライバーなら巧妙な姿勢制御なしのもっと鋭利なレスポンスを望むかもしれないが、公道走行を考えると適切な設定ではないかと思う。乗り心地も、改良前のFK8型タイプRに最初に乗った時よりもずっとしなやかで洗練されているようだ。

今のところ遠征は難しいだろうが、ニュルブルクリンクでも王座を奪還できるはずである。これならば、もう少し控えめな外観を持つグレードがあれば大人にもアピールできるのではと思ったら、実は欧州向けにはウイングが小さく(反対に米国などでは派手なほうが人気らしい)、赤の差し色も控えめにした仕様が既にあるのだという。それが現代のタイプRの流儀である。

(文=高平高輝/写真=荒川正幸/編集=櫻井健一)

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