【試乗記】2020ワークスチューニンググループ合同試乗会(後編:無限/NISMO編)
どうぞ走りを楽しんで
目指したのは“本気のダウンフォース”
こうした熱い思いを胸に無限が合同試乗会に持ち込んだのは、長い時間をかけて開発したカーボン製のエアロパーツ群。まだ正式発表前の段階ではあるが、実走可能な状態にまでなったこともあり、今回これをお披露目してくれたのだという。
その中でも注目すべきは、「カーボンエアロボンネット」だ。このパーツはダウンフォース狙いの本格派。フロントグリルから取り込んだ空気を積極的にボンネット上部から排出することでダウンフォースを生み出し、ミドシップであるS660の操舵応答性を向上させるのだという。S660のボンネット下には小物を入れるボックスが装着されているが、サーキット走行などの際はこれを外し、専用のダクトを付けることで空力効果が得られるようになる。
カーボン製のリアウイングは、このエアロボンネットとフロントエアロバンパーによって増えたダウンフォースをバランスさせるために用意されたもの。またエンジンフードもダクトの配置をレイアウトし直して、フレッシュエアが取り込めるようになっている。もちろん、それぞれのパーツだけでも機能するようにつくられてはいるが、エンジニア氏によるとトータルでバランスさせることが一番望ましいとのことだった。
狭いサーキットを自由に駆け回れる
S660が素晴らしいのは、今回のようなミニサーキット(ツインリンクもてぎの北ショートコース)が広く感じられることだ。セオリー通りにアウト・イン・アウトのラインを取っても大きな自由度があり、安心して“失敗”することができる。もてあまさないパワーを全開で絞り出して、夢中になってコースを攻められる。
何周も走っているうちに、もっとパワーが欲しくなり、車高バランスを変えてニュートラルステアをつくり出してみたい! という欲求が盛り上がっていく。マニアなことを言えば、そのためにはVSA(ビークル・スタビリティー・コントロール)の介入をキャンセルする必要があるのだが、ともあれそうした欲求を起こさせるほど、その走りは楽しく、「モータースポーツの間口を広げたい」という無限のコンセプトが、しかと感じられた。
ストリート向けのチューニングにもかかわらず……
タイヤがストリート志向だったことから、スリット入りローターの初期バイトにはやや唐突なところがある。サスペンションもノーマルのままだから、切り込んでいくとグリップが足りなくなる場面もある。しかし、ペダルタッチはかっちりと頼もしく、リリース側のコントロール性も高いため、基本的にターンインは軽快。そしてリアサスをほどよく伸ばしながら、安全に向きを変えようとしてくれる。
マニュアルシフトを操って、アクセルを踏み込む。「デュアルヘキサゴン」と銘打たれたエンド形状の派手なエキゾーストシステムは、その見た目とは裏腹に、音量は正直控えめ。しかしストレート構造を採ることで排気効率は高まっており、1.5リッターターボは爽やかに吹け上がる。またこのエキゾーストは結構軽めにつくられているとのことで、それも運動性能のよさに効いているのかもしれない。
この走りは“素材のよさ”があればこそ
それだというのに、無限がいまだにサスキットを用意していないのは、運転支援・予防安全システム「Honda SENSING」が理由のようだ。いたずらに車高を下げてしまうと、ACCやその他もろもろの機能が誤作動を起こす可能性もあるため、開発には慎重を期しているようである。ならば、車高は変えずにスタビライザーでロール剛性を上げてみたらどうだろう?
ともあれ、今回試乗したシビック ハッチバックは往年の「SiR」を思い起こさせた。確かにタイプRはホンダスピリットの象徴であり、クラスで一番の称号を得るためにつくり上げられたアスリートだ。その情熱ほとばしる、殺気立つほどのすごさを手にすることは、オーナーにとってのひとつの楽しみだとは思う。しかし、シビック ハッチバックにも確かな魅力がある。それはタイプRの現実味のなさに対して、リアリティーとも表現できるもので、派手なウイングを持たないことが象徴するように、日常的で、それでいて走らせれば十分な楽しさを感じられる。
爆発的な人気にはならないかもしれないが、こうしたシビック ハッチバックのチューニングパーツ、チューニングメニューも増えていってほしいと思える無限の試乗であった。
骨太なチューニングメニューこそNISMOの本領
ニッサン!(ドン、ドン!!)
これは、コロナ禍で一時的に途絶えてしまっているけれど、SUPER GTでグランドスタンド最前列から聞こえる、日産応援団のかけ声と太鼓の音である。何が言いたいかというと、日産のファンは熱い。そしてその熱さをつくり出しているのは、「やっちゃえ」でおなじみの日産本社ではなく、このニスモだと筆者は思う。
合同試乗会に参加した4社で比べてみても、ニスモは熱い。TRDも、無限も、STIもどれもみな個性的だけれど、現代的な空気を読んだライト志向。その間口を広げるために、走りの楽しさをすべての人にと、さまざまな理由はあれど、いい意味でカジュアルだ。
対してニスモのチューニングは、昭和の香りがするほどストレートである。なにせ今回彼らが持ち込んだのは、ニスモの体育会系パーツを全部盛りで組み込んだノートNISMO Sと、マーチNISMO Sだったのだから。だってノートに、オーリンズの車高調ですよ?
ところで、前回ニスモは、この試乗会にリフレッシュプログラムを施した「R35 GT-R」を持ち込んでいた。それと比べると、今年はずいぶんクルマがかわいくなったように思えるのだが、この2台を題材に選んだ真意はどこにあったのか? 開発陣に聞いたところ、現行ラインナップの中でもこの2台はチューニングして走らせるオーナーが特に多いからだという。そこには日産のみならず、自動車全体で数少なくなったマニュアルシフトの存在も大きいのではないか? と開発陣は分析していた。
エンジンが、フットワークが気持ちいい
軽い車体に、ほどよく引き締められた足まわり。エンジンにも手が加えられており、ドライカーボン製のサクションパイプとφ60mmのスロットルチャンバーを組み合わせた吸気系と、専用ECMからなる「スポーツリセッティング(TYPE-3)」が、φ78×78.4mmとほぼスクエアなボア×ストローク比のそれを気持ちよく吹け上がらせる。ちなみにマフラーはチタン製(!)。エンジンをマニュアルシフトで回し切ると、今や失われかけている自然吸気(NA)エンジンのよさがよみがえる。
決してパワフルではないけれど、レスポンシブ。気分は高まり、ブレーキングポイントは奥へ、奥へと詰まっていく。1.5wayの機械式LSDは利き方がマイルドだが、マーチのパワーを考えるとちょうどいい。きちんと向きを変えてがっつりアクセルを踏み込めば、かわいいトルクステアを出しながらも、出口に向かって真っすぐ突き進もうとしてくれる。可能な限りロスを削り取ろうとする走行はスポーツであると同時に知的なゲームであり、脳みそにもいい汗をかくことができた。
このマーチNISMO Sに対してノートNISMO Sは、少しだけフットワークが鈍重に感じられた。その車重は1080kgと、マーチと70kgほどしか変わらない。対してパワーは24PS高いから、パワーウェイトレシオはこちらのほうが有利なのだが、そこは基本的なディメンションの違い、具体的に言うと、重心の高さとホイールベースの長さが影響しているのではないかと思う。
ユーザーをはぐくみ、ユーザーに愛されるブランド
よって今回のようなツイスティーなコースだと、マーチのほうが楽しさは上だ。しかしもう少し広いコースになれば、ノートの安定性とトルクフルなエンジン特性が生きてくると思う。特にビギナーは、安心してサーキット走行が楽しめるはずだ。そして腕を上げたら、車高やアライメントを変更し、ステアバランスを変えていけばいい。
それにしても、マーチやノートにオーリンズの車高調とチタンマフラーというのは本当に驚く。ただ、チューニングというのは、本来そういうもの。他人が何を言おうが、自分のお宝を仕上げるのに理由はいらない。
聞けば、NISMO印のマーチやノートは長く乗り続けられる場合が多く、ユーザーがコツコツとクルマを仕上げていくから、デビューから年数を経てもこうしたパーツの需要があるのだという。また普段は「フェアレディZ」やGT-Rに乗っているが、サーキットを思い切り走るときはマーチやノートで! という使い方のオーナーもいるようだ。
なにより素晴らしいのは、ニスモやニスモパフォーマンスセンターが、走行会を開いてこうしたユーザーを地道に育てていることである。速くて高くてカッコいいスポーツカーに乗るのもいいが、小さなクルマでたくさん楽しむのは、それと同じくらい価値のあることだろう。
(文=山田弘樹/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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