【試乗記】三菱エクリプス クロスP(4WD)
“四駆の三菱”の集大成
悲運のディーゼルにかわって登場
このクルマはミドルクラスのアウトランダーより全長が短く、主力のガソリンエンジンも新開発のダウンサイジングユニットだったし、三菱自身もハヤリに乗じて(?)、これをコンパクトSUVと称した。しかし、実際のところプラットフォームはホイールベースも含めてアウトランダーと共通で、上屋設計はさらに凝ったものだった。短い全長はあくまで“スポーツテイスト”の表現であり、1.5リッターターボも性能的には2〜2.4リッター自然吸気エンジンの正統後継機種である。たしかにアウトランダーより全長は短かったが、安普請なわけではなかったのだ。
ところが、市場では「トヨタC-HR」や「ホンダ・ヴェゼル」といったコンパクトSUVと比較されて“割高”と思われてしまった。スパッと断ち切ったヒップライン(好事家風にいうとコーダトロンカ?)も「小さく見える」とか「荷室がせまい」と、これまた割高感を助長してしまった……と担当者は説明する。
もうひとつのポイントは、パワートレインラインナップの再構築である。ガソリンモデルは継続だが、発売間もないディーゼルモデルを引っ込めたかわりに、開発当初は予定がなかったプラグインハイブリッド(PHEV)が設定された。
日本ではわずか1年半という短命に終わったディーゼルユニットは、開発の真っ最中に欧米でディーゼル不正問題が発覚。ほとんど完成していたのに、急きょ排ガス処理システムの再開発(NOx吸蔵触媒→尿素SCR)を余儀なくされた。しかも、計画から1年以上遅れて発売にこぎ着けたはいいものの、そのメイン市場になると期待していた欧州では、すでにディーゼル離れが顕著。そうこうしているうちに、ルノー・日産とのアライアンス戦略でも電動化に大きくカジが切られて、あえなく……と、エクリプス クロスのディーゼルは悲劇のモデルといってもいい。
小さなボディーに電動4WDを搭載するために
ただし、このクルマはアウトランダーより前後オーバーハングが短くてエンジンルームもせまい。そのままだとパワートレインの臓物(具体的には冷却系や排気系、リアモーター周辺機器など)がハミ出してしまう。リアオーバーハングを大幅に伸ばした裏には、デザインや積載性だけでなく、電動パワートレインをおさめるためという理由もあった。
三菱のPHEVシステムをおさらいしておくと、2.4リッターエンジンが直接的に駆動介入する「パラレル走行モード」となるのは、高速での追い越し加速のような限定的なケースのみ。バッテリー残量がたっぷりあるうちは電気のみの「EV走行モード」で、あとはエンジンが発電に徹する「シリーズ走行モード」として作動することが大半である。
このPHEVは前後にモーターを持つ電気4WDであるが、そのモーター性能はフロントが82PS/137N・m、リアが95PS/195N・m。前輪の駆動にはときにエンジンも介入するので単純比較はできないが、前後の最終減速比(前:9.663、後ろ:7.065)に差をつけて駆動力をほぼ均衡させている点は、ほかにあまり例がない。たとえば、電動4WDでは本格派の部類に属する「トヨタRAV4 PHV」でも、モーター出力はフロントが182PS/270N・mでリアが54PS/121N・mと、明確にフロント優勢である。
デイリーユースはEV感覚
4つあるドライブモードのなかでも、標準の「ノーマル(エコ)」を筆頭に「スノー」や「グラベル」はオーソドックスな安定志向で、いかに振り回そうとしても、一貫して安心感のあるアンダーステアを維持する。メーター内のトルク配分表示を見るかぎり、おおよそ6:4くらいというわずかにフロント優勢の配分を基本に、細かく制御しているようだ。
PHEVなので、バッテリー残量が十分ある状態で上品なアクセル操作をするかぎりは、完全な電気自動車(EV)として走る。満充電でのEV航続距離は57.3km(WLTCモード)で、急速充電にも対応。うまく使えば“日常はほぼEV”として運用することも可能だ。三菱社内にも自社製PHEV愛好家が多いが、「本当にガソリンを入れるのを忘れてしまって、いざ遠出しようと思ったらガソリンが入っていなくて焦る」という経験は、彼らにとっての“PHEVあるある”らしい。
PHEVに急速充電が必要かどうかは賛否が分かれるところで、トヨタRAV4 PHVにはその用意はない。「出先で充電不要なのがメリットのPHEVが、困った人のための急速充電インフラを占有する」という行為には異論もある。ただ、アウトランダーPHEVも2012年の発売当初は急速充電はオプション扱いだったが、いつしか標準装備となり、エクリプス クロスは最初から全車標準である。すなわち、これがリアルな市場の声なのだろう。
スポーツカーもかくやの“曲がりたがり”
自慢の前後トルク配分と、フロントブレーキ制御による左右前輪トルクベクタリング(ブレーキAYC)によって、ターンインから、まるで見えない糸に引っ張られるかのように素早くヨーが発生し、そこからはアクセル操作だけで面白いようにグリングリンと曲がりまくる。自分が進むべき方向が決まったら、そこに向けてアクセルを踏み込むだけで、ときにお尻を振り出しながら、見据えた一点に向けて、まるでワープするかように一直線に加速する。
こうした走りの片りんはアウトランダーのPHEVでも感じられたのだが、まるで自分の意志を持った生き物であるかのようなエクリプス クロスの曲がりっぷりは、ほとんど別物だ。さぞかし4WD制御も極端な味つけで……と思ったら、そうではない。
今回の開発は、アウトランダーのPHEVをそのままエクリプス クロスに搭載するところからスタートしたというが、その時点では開発陣が全会一致で「曲がりすぎ!」と断じるほどだったとか。短いオーバーハングや高剛性フロントセクションといったエクリプス特有のディテールの影響で、トルク配分制御の効果が顕著に出すぎたのだという。というわけで、なんと意外なことに、エクリプス クロスの4WD制御そのものはアウトランダーより“安定志向=曲がりにくい”しつけになっている。
……と、これだけ曲がりのよさを強調すると、まるでスポーツカーのような乗り心地を想像する向きもあるかもしれないが、実際は真逆である。エクリプス クロスPHEVのフットワークは、いにしえのフランス車か、ちょっと以前の「トヨタ・クラウン」もかくや……と錯覚するほどに、ふわりと柔らかい。そして今どきのクルマとしては異例なほど、前後左右の姿勢変化も大きい。
この走りを味わえるのも今が最後か?
というわけで、エクリプス クロスPHEVは、荷重移動では前傾から後傾への姿勢変化も明確で、山坂道をその気で走っていると、同乗者がいたら驚きそうなほど深くロールする。ただ、ダンピングの調律はなかなか見事で、姿勢変化量こそ多いが、その動きにはしっとりとした潤いがある。そして姿勢変化が大きいぶんだけ、ステアリングやシートから伝わる“タイヤが食ってる感”が濃厚なのだ。これほど接地感が豊かなクルマはそうない。古さを感じるのも事実だが、同時に文句なしの美味でもある。
それにしても、この感覚、どこかで……と考えたら、中高年オヤジの私は1996年にAYC(アクティブヨーコントロール)を引っさげて登場した「ランエボIV」に思い至った。なるほど、エクリプス クロスPHEVは、三菱がずっと目指してきた走りの完全なる延長線上にある。これが三菱伝統の味なのだろう。
この2021年秋の国内発売が予想される新型アウトランダーは、ついにプラットフォームがアライアンス共通のそれに刷新される。つまり、エクリプス クロスは長きにわたったGSプラットフォームの最終進化版にして完成形である。いろいろな問題から、日本における三菱のブランドイメージは、ハッキリいってあまり高いとはいえない。しかし、少なくとも、このクルマのデキだけは、ちょっとしたものだ。
(文=佐野弘宗/写真=山本佳吾/編集=堀田剛資)
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