【試乗記】マツダ・ロードスター990S(FR/6MT)

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    マツダ・ロードスター990S(FR/6MT)

達観が生んだ傑作

マツダの「ロードスター」「ロードスターRF」に新機軸「キネマティックポスチャーコントロール(KPC)」が搭載された。重量増を一切伴わずにコーナリング能力を高める効果があるとうたわれるが、果たしてその真相は!? 特別仕様車「990S」で試してみた。

「S」のコンセプトを再定義

2021年12月にマイナーチェンジが施されたND型ロードスター、2022年1月の国内販売は1000台を超えたという。数的にみれば2016年、リトラクタブルハードトップのRFが追加されたタイミング以来の大台突破。そのけん引役となったのが、販売の約半数を占めたという特別仕様車990Sだ。

その思わせぶりな数字は車重990kg、すなわち1t切りを示すものだ。が、現行ロードスターは登場当初から990kgのグレード「S」があった。これは単に価格圧縮のために装備を省いたわけではなく、初代ロードスターのダイナミクスに近いところを現代のソリューションで実現しようという狙いも含めて持たされたものだったようだ。マツダ自身、NDロードスターについては初代の志に立ち返る、つまり変わらないために変わるという開発スタンスを強調していた。

が、こういった開発者のこだわりが伝わり切れていなかったのか、Sの販売比率は伸び悩んでいたという。そこでこのコンセプトを再定義すべく企てられたのが990Sということになる。

ベースとなったSに対しての変更点は、順を追っていくと理解がしやすい。まず以前からメーカーオプション設定されていたRAYSの「ZE40 RS」を標準装着としている。名作の「TE37」以降、培ってきた鍛造技術を象徴するホイールとして企画されたこれによってホイールの重量はSの標準仕様に対して一本当たり800g、計3.2kgのバネ下重量軽減を達成した。また、標準ホイールよりも大きなキャリパーが入る設計を生かして、ブレーキも一部グレードにオプション設定されるブレンボ製対向4ピストンキャリパーと15インチディスクを採用。こちらはディスクの重量増をキャリパーのアルミボディーが相殺するかたちで標準ブレーキシステムとの差をほぼゼロとしている。

ラージ商品群にも展開されるKPC

フロア下のブレースやリアのスタビライザーをあえて装着せず、オープンデフで正直に走らせる、そんなSのシャシーとこの軽くなったバネ下との組み合わせをさらに引き立てるべく、コイルバネは若干レートを高め、ダンパーはリバンプ側の減衰を若干緩めて、ピッチ方向の動きを抑えるチューニングを施している。それに合わせて電動パワステは従来より穏やかなフィードバックが感じられるように味つけし直された。いずれも狙いは、軽いけど軽薄ではない、しっとりとした上質さを感じられるようなライドフィールを引き出すことだ。

そしてこの990Sを含めた全グレードに新たに採用されたのがキネマティックポスチャーコントロール=KPCとなる。直訳すれば運動姿勢制御みたいな意になるだろうこれは、減速時に後軸側の浮き上がりを抑えるサスジオメトリーを活用して、コーナリング時に後軸内輪側のブレーキをごくわずかにつまむことでリアを沈み込ませて姿勢を安定させるというものだ。制御が立ち上がるフラグが0.3以上の横Gといえば、感覚的には助手席乗員が頭を揺すられたり身構えたりし始めるくらいのところ、つまり意図的に曲げていく状況での作動となる。

KPCはお察しのとおり、DSCの各輪制動制御を活用するもので、ハードにまつわる重量やコストの増加は一切ない。そのロジックが技術的に確立されたのは2018年のことだが、その後は温度上昇や異常摩耗など性能安定性の検証に1年余りが費やされ、ニュルブルクリンクを徹底的に走り込んだという。その際には純正の仕様だけでなく、アフターマーケットのパッドやディスクなどもテストし、搭載に問題がないことが確認された。コロナ禍などで発生したラグを差し引いても、市販実装にはかくも時間を要するわけだ。

ただし、この開発プロセスはロードスターにしか使えないというわけではない。この後に控えるマツダが言うところのラージ商品群、すなわち縦置きFR系車台のリアサスはKPCのロジックが生きるアンチリフト型ジオメトリーを織り込んで設計されているという。重心が高いSUV系のライドコントロールにもKPCが効果を発揮することは容易に予想できる。

これらの変更点や追加点を際立たせるために、ECUのスロットル開閉制御を若干ハイレスポンスの方向にチューニングしたというが、クラッチのリンケージや発進、極低速時のコントロール性をみる限り、早開き的ないびつさはまったく感じられない。パッと乗ってスッとつなげられ、路面をつかむように右足で駆動力を伝えられるのは相変わらずだ。

ニュルのタイムが10秒違う

990Sの走りはタウンライドのような速度域から、ベースとなったSも含む他グレードと一線を画している。ともあれ効いているのはバネ下の軽さ、そしてその利をしっかり引き出すサスのチューニングだろう、そのおかげで転がりの精度感や追従性が際立っていて、いい意味で車重をまるで感じさせない、しっとりと上質なライド感をまとっていた。

その印象は速度域が上がり、負荷が高まっていっても変わらない。クローズドコースのような路面環境なら差は現れないだろうが、凹凸などを伴ってその表情が刻々と変わる普通の山坂道では990Sのしなやかさが美点として際立ってくる。そこに重ね味として効いてくるのがくだんのKPCだ。

その有無はDSCのオンオフで確認できるが、特に分かりやすいのはダイアゴナルロールが発生しやすい下りコーナーの挙動で、リア側が優しく沈み込んで上屋の据わりが良くなっていることが体感できた。以前のSは微細な入力が逐一挙動に反映されるぶん、ダイアゴナル状態では上屋のテール側が伸びすぎて、肩からコーナーに突入していくような動きをも楽しみに受け止める気持ちが求められたが、990Sではその癖が嫌みなく抑えられている。これがドライバーに心理的な安心をもたらしてくれることは想像に難くない。

ちなみに前述のニュルでのテスト時には、開発担当者のノルドシュライフェのラップタイムが、その有無によって10秒前後変わったという。もちろんクルマとコースに自分を適応させることが仕事のレーシングドライバーならば、その差を限りなくゼロに縮めるだろうが、普通のドライバーが運転を楽しむぶんには、その安心感がタイムにも転化されるということになる。

こんな時代にありがとう

登場から7年、ロードスターはコツコツと進化を重ねてきたこともあって、各グレードがそれぞれ選ぶ理由のあるものとなっている。車体の剛性に合わせてLSDも配される「Sパッケージ」以上のグレードならば、990Sよりはひと回り鋭いハンドリングが楽しめるし、求道的なところからは一線を引いてオープンエアドライブを生活に取り入れたいならリトラクタブルハードトップのRFも有力な選択肢だ。搭載される2リッターエンジンも当初はガサツでネムかったが、2018年に大きく手が入れられて以降はマスの小さな1.5リッターにほど近い軽快なフィーリングを得ている。

それでも990Sのキャラクターは、他グレードからはちょっと抜けたところにいるとしても過言ではない。誤解を恐れずに言えば、並剛性・並グリップ・オープンデフという並尽くしなソリューションをどこまで磨き上げ、こだわり尽くせるのかに心血を注いだ稀有(けう)なリソースの使い方をしたクルマだ。なぜそういうことができるのかといえば、それはもう初代から30年余りの歴史がなせる達観としか言いようがない。

1.5リッターユニットを3ペダルできっかり使い切りながらそれを走らせる楽しみは、クルマ趣味の始点にも、終点にもなり得ると思った。ここから運転を究めるにも、これを通してキャリアを振り返るにも最適だ。釣り趣味には「へらぶなに始まりへらぶなに終わる」という格言があると聞くが、990Sはまさにそれがピタリと当てはまる。BEVだオートノマスだとかまびすしいご時世に、マツダはよくこんな狭く尊いクルマをつくったものだと思う。

(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)

テスト車のデータ

マツダ・ロードスター990S

ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3915×1735×1235mm
ホイールベース:2310mm
車重:990kg
駆動方式:FR
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:132PS(97kW)/7000rpm
最大トルク:152N・m(15.5kgf・m)/4500rpm
タイヤ:(前)195/50R16 84V/(後)195/50R16 84V(ヨコハマ・アドバンスポーツV105)
燃費:16.8km/リッター(WLTCモード)
価格:289万3000円/テスト車=289万3000円
オプション装備:--

テスト車の年式:2021年型
テスト車の走行距離:1630km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

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