新しい時代が求める“高級”とは? [SAI 加藤亨チーフエンジニア](2/2)

シンプル&モダン(先進的)

プログレ

野口さんの手で実現した“小さな高級車”プログレは2代目アリストや10代目クラウンとプラットフォームを共有しながら、全幅1.7m、全長4.5mととてもコンパクトで5ナンバー枠に収まるクルマでした。それでいて、ホイールベースは当時のマークIIよりも50ミリ長く、室内の居住空間も十分に確保されていました。そして最小回転半径5.1mという、とても小回りが利く扱い易さが魅力でした。その他にもカーテンシールドエアバッグやレーダークルーズコントロールなど、随所に“小さな高級車”を実現するための最新の技術が取り入れられている革新的なセダンでした。
しかし、あまりにも革新的なクルマだったため、野口さんはあえて目に見えるデザインは伝統的な高級感のポイントを押さえたものにするよう、指示を出していました。「こんな新しいクルマのデザインまで新しくしたらお客様が理解できない」。だから、グリルはでかく、皮革やメッキ、さらにはウォールナットの本木目パネルなどの素材を使用し、高級高性能オーディオを備えるなど意匠はとても伝統的な高級感漂う仕上がりになっており、「小さなセルシオ」とも呼ばれるものでした。

それに対して、初代プログレ発売から10年以上も後に私たちが発売するSAIには、もはや伝統的な高級感を醸し出す意匠を採用する必然性はありません。すでに一度、“小さな高級車”は世に出て市民権を獲得しているわけですから、そこに伝統的な手法を使って、新しい価値をなじませる必要はありません。デザインも新しいものでいいわけです。いやむしろ、意匠こそ、新しい時代にあった、新しい高級感を表現する必然性があると考えました。
少し前までは、一般に、軽薄短小なものよりも、重厚で深みのある重厚長大が高級であるといった価値観がありましたが、最近の特に家電製品や家具、建築デザインなどを見ていると、むしろシンプルなもの、あっさりすっきりしているもの、薄くてシャープなものの方が高級であるという風に変わってきています。
新しい時代が求める高級とは、“シンプル&モダン(先進的)”である。これが私たちの出した一つの答えです。これはSAIの外装や内装といった意匠面だけでなく、機能や使い勝手などさまざまな部分にこのシンプル&モダンの考え方は取り入れられています。

「高級にはさまざまな方向性がある」。これはその昔、野口さんが教えてくれたことの一つです。プログレの開発と平行して、センチュリーやセルシオのチーフエンジニアも手がけてきた野口さんいわく「セルシオやクラウンが目指す高級の方向性とセンチュリーの方向性は明らかに違う」。いわれてみれば確かにそうです。野口さんの下でセンチュリーの開発も経験できたことが、私にとって「本当の高級とは?」を考える上でとても役に立ったと感謝しています。

ゼロナイズ(才)とマキシマイズ(彩)

「オシャレなクルマって何だ?」。この難題を解決するヒントは、2005年にトヨタの技術開発における基本ビジョンである、「ゼロナイズとマキシマイズの両立」という発想の中に見出すことができました。「ゼロナイズとマキシマイズの両立」というのは、環境問題や交通事故、交通渋滞などクルマが社会に与えるネガティブな面を最小化していく(ゼロナイズ)と同時に、クルマの楽しさや快適性、そして利便性などポジティブな面を最大化しようとする(マキシマイズ)ビジョンや姿勢を示しています。そしてそれを同時に実現するクルマこそ、新しい時代の求める「オシャレなクルマ」であり、それこそが現代版の“小さな高級車”だと考えました。
そうしてごく自然に、いやむしろ必然的に“ハイブリッド”の採用が決まりました。そしてパッケージも“セダン”と決めました。 それから環境性能や安全性、扱い易さの追究といったゼロナイズの要素を“才”、そして機能と造形美の追究や高級車にふさわしいラグジュアリアスな装備、上質感あふれる走りと静粛性といった要素を“彩”と整理し、才知に満ちた先進性と彩を放つ上質感の両方を兼ね備えたクルマの開発に突き進んでいきました。 石油ではなく再生可能な植物資源(バイオマス)から製造した環境に優しいカーボンニュートラルな素材「エコプラスチック」を内装のさまざまな部分にふんだんに使用したり、ESPOなどエコドライブをサポートするさまざまな機能の採用、さらには、徹底的に操作スイッチを減らし、リモートタッチの採用やステアリングにスイッチ類を集めることによってインパネデザインをシンプル&モダンにするとともに、視認性や操作性などを高める工夫など、完成したSAIにはさまざまな“才”と“彩”を見つけることができます。

1970年代後半に発売され、その革新的な音楽性で当時のロックファン、Jazzファンの心をがっちり捕らえ大ヒットしたスティーリー・ダン(Steely Dan)の『エイジャ(aja)』というアルバムがあります。1970年代の日本を代表するトップモデルだった山口小夜子さんの写真がレコードのジャケットに採用されたことからも話題になったアルバムです。このスティーリー・ダンはとてもユニークなユニットで、プロデューサーとボーカル兼キーボード、そしてボーカル兼ギターの3人の構成なのですが、曲作りにおいてはさまざまなスタジオ・ミュージシャンがたくさん参加しています。しかも、それはドラムのスティーヴ・ガッドなど各分野で第一線級を張るメジャーな人たちばかりです。つまり、スティーリー・ダンが提示した新しい音楽性に共鳴した超一流のスタジオ・ミュージシャンがそのコンセプトの下に集まってきて、新しいサウンドを奏でる。
よくチーフエンジニアの仕事はオーケストラの指揮者のようなものだといわれますが、私がSAIの開発においていつも意識していたのは、このスティーリー・ダンというユニットであり、『aja』という彼らのアルバムでした。実際に、『aja』に収録されている曲はいずれも革新的で、とても都会的、かつ、お洒落。超一流ミュージシャンの確かな技術に裏付けられた、さりげなく、それでいてテクニカルなプレイ。まさしく、私たちがSAIで目指していたシンプル&モダンなサウンドでした。そして、『aja』は漢字で表記すると『彩(あや)』とも書けます。これはちょっとでき過ぎですね(笑)。

ハイブリッドカーの選択肢を広げる

前述したように初代“小さな高級車”プログレはコンセプトが生まれてそれが量産車としてカタチになって発売されるまで実に8年以上の歳月を費やしました。同様に初代エスティマも初代MR2も紆余曲折を経て、発売されるまでは約8年かかっています。いずれも共通しているのは、一人のチーフエンジニアが情熱をかけてがんばってゴリゴリやって開発してきたということ。つまり、この開発方法ではどうやっても8年はかかるということなのです。裏返せば、トヨタにはそうした新しいクルマをシステムとして生み出す仕組みがなかった。あくまで属人的な情熱と努力でそれを実現してきたのです。
また、当時のNCC委員会には前述のような新しいクルマのアイディアを募り、それを企画する機能は揃っていましたが、今思えば、それをカタチにする機能、企画の出口が備わっていませんでした。だから結果的には属人的な努力がプログレやRAV4といったクルマを生み出してきたわけです。
そうした反省に基づいて2000年代になって導入されたのがNCCとCP(コンセプトプランナー)制度です。簡単に説明すると、以下のような流れで新しいクルマを生み出す仕組みです。
まずはじめに、NCCにおいて新しいコンセプトが選ばれ、お墨付きをもらいます。すると、CP(コンセプトプランナー)がアサインされ、そのコンセプトをブラッシュアップし展開していくプロセスを担当します。その後、その企画をカタチにしていくプロセスに移り、そのためのチーフエンジニアがアサインされ、開発が進められていきます。

SAIの場合は、後にパートナーとなる主任がコンセプトプランナーとして約1年間の研究期間の後、私がチーフエンジニアとして着任。この新しい仕組みのおかげで、2005年3月、私の着任と同時に、正式にプロジェクトがスタートしたSAIは、4年半ほどで発売へとこぎつけることができました。
しかし、実はそれでも1年半ほど当初の予定から遅れています。本来は、団塊の世代の人たちが60歳になる2008年の年初の発売を予定していました。これは、団塊の世代の人たちは、それまでとは異なる全く新しい価値観を数の論理で社会現象に変える力を持っている世代です。そんな彼らにこの新しいクルマをぶつけたいと考えていたのですが、すべての販売チャンネルで取り扱うことに変更されるなど、社内的な事情もあって、大きく発売が遅れることになりました。
その結果、SAIが掲げた「ゼロナイズ&マキシマイズ」の重要性が1年半前よりもさらに高まり、くしくも空前のハイブリッドブームが巻き起こり、優遇税制や補助金の支給という絶好の追い風の中での発売になりました。そして、SAIの位置づけも「大人が満足できる上質さをもったクルマとして、ハイブリッドカーの選択肢を広げる」という側面が強調されることになりました。 繰り返しになりますが、SAIは決して、プリウスに続くハイブリッドカーの新しいラインナップの一つとして開発が始まったクルマではありません。もし、2008年に予定通り、現代版“小さな高級車”としてデビューしていたら、どんな反響があったのだろうか? 開発者としてはとても興味があります(笑)。しかし、一方で「ハイブリッドカーの新しい選択肢」として、前述の団塊世代の人たちだけでなく、幅広い年齢層の多くの人にハンドルを握っていただくことも開発者としては大変うれしいことです。そして、その結果、より多くの人に“才”と“彩”の両方を提供し、満足いただけたらと思っています。

( 文:宮崎秀敏 (株式会社ネクスト・ワン) )

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