量産車の責任 [プリウスPHV 田中義和 開発責任者](2/2)

プリウスのポテンシャルを最大限に引き出す

1997年に初代プリウスが発売された時、世の中には「モーターで走るこのクルマは充電しないといけないのでは?」という誤解がずいぶんありました。この誤解を払拭し、逆に「充電しなくても走れる」ということがこのクルマのメリットとして認知され、浸透した結果、プリウスは爆発的にヒットし、トヨタとしても新記録となる年間35万台の販売台数を達成、HVの代名詞として世界的に認知され、確固たる地位を築くことになりました。

そして、プリウスPHVの登場により、そこに新しく「充電できる」という価値(メリット)が加わります。「充電しなくてもいい」が売り(セールス上のメリット)だったのに、今度は「充電できる」ことが売りになるというと、ちょっと変な感じかもしれません。ここでいう「充電できる」とは、いいかえれば「ガソリンの代替エネルギーが使える」ということです。電気は太陽光や風力発電といったCO2を排出しない新エネルギーをはじめ、さまざまなエネルギーから作ることができます。そして充電した電力を使ってのEV走行ではCO2を排出しない。これによって大幅なCO2削減に貢献できます。こうしたメリットが理解され、評価されるようになったことは、時代の大きな変化であり、それだけ社会が成熟した結果だと思います。

もともとプリウスにはEV走行性能が備わっていました。そこに、「外部から充電できる」という価値を加えることで、そのEV走行可能距離を26.4kmまで大幅に伸ばし、EV走行最高速度を100km/hまでにしたのがプリウスPHVです。国土交通省から出されているインタビュー調査では、1日あたりのクルマの走行距離が20km以内のユーザーが過半数を占めています。そしてプリウスPHVは最大速度100km/hまでEV走行が可能ですから、通勤や買い物などの日常の移動ならほとんどの領域をEVとして走れます。そして長距離の移動や高速道路を走る場合も新型プリウスをしのぐ31.6km/L(JC08モード・Sグレード)という低燃費で思う存分に走行できます。

つまり、プリウスPHVはプリウスの進化の延長線上にあり、プリウスのEVとしてのポテンシャルを最大限に引き出し、より高い環境性能を実現したクルマです。この点が現在、他メーカーで開発しているPHVとの大きな違いとなっています。

MUSTから解放し、FUNに変える

プリウスPHVはプリウスが進化したクルマですから、当然ながら「充電しなくても走れる」という売りはDNAとして継承しています。それは「電池の残量を気にしないで安心して走れる」「どこで充電しようかと充電スポットをつねに気にする必要はない」と言い換えれば、わかり易いと思います。そして、外部から充電したエネルギーは全部使い切ることができる。これは実際にプリウスPHVに乗っていただくとよくわかりますが、ものすごいメリットです。そして使い切れるわけですからエネルギー消費の点でもロスが少なくなります。

つまりプリウスPHVは、EVが生来に抱えている「充電しなくてはいけない」「充電スポットを気にしていないといけない」というMUSTからドライバーを解放したEVという見方もできます。現在、EVの側でもこのMUSTを軽減するために、小型の発電用エンジンを搭載したり、HV機能を付加したPHVの開発が行われています。しかし、もともとなかったところに新しいモノ(エンジン+HVシステム)が加わるのですから価格も高くなりますし、車重が増えるのでエネルギー消費効率が悪くなります。

EVをベースに開発されたPHVは、「充電の不安を解消する」というネガティブなアプローチなのに対して、プリウスPHVはプリウスのEVとしてのポテンシャルを最大限に引き出すというポジティブなアプローチによってできたPHVです。ここにHVをベースに開発されたPHVとEVをベースに開発されたPHVの大きな違いがあります。

さらにプリウスPHVでは「充電しなくてはいけない」というMUSTから解放されただけにとどまらず、1歩進んで、充電することがFUN(楽しみ)になります。なぜなら、充電したらしただけ、燃費がよくなり、地球にも家計にも優しくなるからです。実際に、2009年に発売した限定リースモデルを豊田市のモニター25世帯に無償貸与(ガソリン代や電気代は各戸の自己負担)して使ってもらったところ、みなさんとてもこまめに充電されていました。中には3ヶ月間のモニター期間中、3000キロの走行でトータル燃費は250km/Lだったという人もいました。つまりほとんどガソリンを使うことなく走行されていたということです。こまめに充電された理由をモニターの皆さんにお聞きしたところ「EV走行は静かでとてもスムーズで気持ちいいから、できるだけEVで走りたかった」「充電すること自体が楽しい。充電すると得した気分になる」「充電することでクルマを育てているような感覚がある」というような答えが返ってきました。

安心のためだけではなく、楽しむためのITサポートサービス

こうした楽しみをもっと感じていただくために、今後、市販されるプリウスPHVでは外部充電した電気量をCO2量に換算し、それをエコドライブモニターにビジュアルで表示する機能をつけています。削減できたCO2の量に応じて、森の木が一本ずつ増えていき、動物や花も出現するので、見ていて楽しく、充電すること、EV走行することへのモチベーションが高まります。また、クルマの心臓部とスマートフォンをBluetoothで結び、クルマの情報を、スマートフォンを通じてトヨタスマートセンターに送信してエコ運転度を自己診断したり、他のユーザーとの比較で燃費ランキングなどがわかる「ESPO」や充電情報や燃費についてクルマがつぶやいてきたりするトヨタ車オーナー向けSNS「トヨタフレンド」など先進的なITサポートサービスを全車標準で使えるようにしたのも、この充電する楽しみをより体感していただくためです。

現在発売されているEVにおいてもスマートフォンなどによるITサポートサービスがありますが、それは「充電状況・電池の残量をいつでもどこでも確認できる」「近くの充電スポットが探せる」という、あくまでもセーフティネットの意味合いが強いものとなっています。それに対してプリウスPHVの場合はクルマの新しい楽しみ方を提案する、そして次世代カーならではの先進性を体感していただくことに重きを置いています。この違いにおいてもプリウスPHVの考え方はポジティブだということがおわかりいただけると思います。

前例がない、初モノ尽くしの開発

こうしたお話するとプリウスPHVの開発はプリウスに充電機能を付けただけだから、順風満帆で簡単だったと思われるかもしれません。しかし、当然ながら実際はそんなわけにはいきませんでした。たとえば、単純に充電用に電池を大きくしただけでは車重が増えるだけです。EV性能をいくら高めても、HV走行時の燃費が悪くなって、トータルのエネルギー効率が悪くなっては意味がありません。さまざまな検討と試行錯誤の中で、適正な電池の大きさ、トヨタのハイブリッドシステムの特性を最大限に活かしたPHVのあるべき姿を徹底的に追求し、最終的に導き出した形がプリウスPHVなのです。結果的に車重は新型プリウスより50kg重くなっていますが、それを全く感じさせないレスポンスの良い軽快で爽快感のある走りを実現、HV走行時の燃費も新型プリウスをしのぐものになっています。

一方で、PHVというのは新しい技術ですから、当然ながら前例がない。初モノ尽くしの開発でもありました。開発当初は量産することが前提でなかったから、社内のエンジニアはなかなか優先順位を高くして動いてくれない。ことあるごとに「そんなのできません。前例がありません」という言葉が返ってくる。そんな時、「バカヤロー」と怒鳴り散らしてもエンジニアは動いてくれません。「過去に例がないのだからこそ、お前が決めたらいいんだ。それで俺が納得したら、その瞬間からそれが標準になる。こんな面白いことはないだろう」と説得し、一緒に考えて一つ一つ前に進めていきました。

また、前例がない新しいモノだからこそ、社内のいろいろな人がいろいろなことを言ってくる。そんな時に役員をはじめ、社内のいろいろなところを回っては、説明を行い、また意見を調整するのも私の役割でした。エンジニアが気持ちよく働ける環境を整えること。前例のないことに、のびのびと挑戦してもらう環境を作ることをいつも心がけていました。時には役員からの反対意見に対して、何度も説明を行い説得し、押し切ることもありました。

いま振り返ってみれば、それができたのも「トヨタの社内でPHVのことを誰よりも考え、知っているのは自分だ」という自負があったからだと思います。PHVの開発はクルマ作りのノウハウだけでなく、電気についても相当幅広い知識が必要となります。もちろん最初からそんな知識が私にあったわけはなく、ましてやPHVは私が製品開発の部署に来て最初に手がけたクルマですから、クルマ作りのノウハウすらない全くの門外漢だったのです。だからこそ、逆に必死で勉強し、知識を蓄え、ノウハウを学びました。この6年間は「寝ても覚めてもPHVのことを考えていた」といっても過言ではありません(笑)

量産車としてのこだわりと責任感

先ほどもお話したように、開発当初からプリウスPHVに量産計画があったわけではありません。しかし、私には「環境車を開発する以上、量産されて普及しなければ意味がない」という強い思いがありました。いくら環境性能の高いクルマを開発しても、それが量産され広く世の中に普及しなければ、結果的にCO2削減に貢献できません。その価値を発揮することができないのです。

2009年に限定発売したモデルはすでに高いEV走行性能を持ち、電池切れの心配をすることなく安心して使える次世代カーとして、ユーザーからも好評価をいただいていました。社内には「このまま量産して、早く発売したらいいじゃないか」という意見も多くありました。
しかし、好評価の一方で、「荷室が狭い」「暗い場所での充電が不自由だ。もっと使い勝手をよくして欲しい」という意見もいただいていました。そして、何よりも価格が高かった。こうした意見を反映して、社内、そして販売店の誰もが「売りたい」と思うようなクルマ、消費者の皆さんが喜んで「ぜひ買いたい」と思えるクルマにすること、これが2009年からの2年間に取り組んできたことです。

しかし、それは車両企画を根本から見直すことでもありました。この度、市販するプリウスPHVでは「手の届く価格」「圧倒的な燃費・環境性能」「量産車に相応しい高い商品性、使い勝手」「次世代に相応しい先進のつながる機能(スマートフォンとの協調)」という4つのポイントを実現するために、開発途中で何度も設計変更を繰り返し、ぎりぎりまでこだわりをもって仕上げています。その結果、新型プリウスとほとんど変わらない居住性、収納を確保し、使い勝手はそのままに、高い環境性能と走りの楽しさ、さらには充電するという新しいクルマの楽しみを付加したクルマとなりました。それでいて、価格は最小限のアップに抑えることができたと思っています。

また一方で量産車だからこその責任というものもあります。たとえばプリウスPHVには急速充電機能はありません。なぜなら、急速充電機能は電池切れの心配があるEVのためのセーフティネットであって、充電した電力を使い切っても大丈夫なプリウスPHVにはそもそも必要ない機能です。家庭用電源からAC200Vなら約1.5時間、AC100Vなら約3時間で満充電が可能です。そもそも、そんな不要な機能をつけるために販売価格がアップするなんてありえません。しかし、それ以上に問題なのはプリウスPHVに不要な急速充電機能をつけることで、世の中の電力インフラに多大な影響を与えてしまうという危惧があることです。

なぜなら、もしプリウスPHVに急速充電機能がついていたとしたら、きっとお客様は本来必要ないとわかっていても、ついつい急速充電をしたくなります。しかし、急速充電はびっくりするくらい大量の電力を短時間に使います。それがもし全国各地で一斉に行われたとしたら、どうなるでしょうか?ものすごい電力消費のピークを作ってしまいます。それがいかに大変なことかはみなさんよくご存知かと思います。

プリウスPHVが月産数百台程度のクルマであれば問題はありませんが、年間、世界中で6万台以上、国内でも3万5千~4万台の販売を見込んでいる量産車である以上、その危険性が考えられるのです。不必要な機能をつけることによって社会に迷惑をかけるわけにはいきません。ですからプリウスPHVには急速充電機能をつけてはいけないのです。

同様に、今後、普及した後、中古車となった場合はどうなるのか?電池の交換の必要はないのか?中古車としての品質保証はどう考えるのか?など、量産車を開発するということは普及によってもたらされる影響力が大きいだけに、さまざまなことに配慮し、大所高所から、普通のクルマ以上に十分な検討を重ねなくてはいけません。ですから、いまは自分の開発したクルマが市販される喜びを噛みしめるとともに、その責任をひしひしと感じています。

また、冒頭でお話したように、プリウスPHVの本当の魅力や素晴らしさは実際に乗って使ってみないとわかりません。しかし、実際に乗っていただければ「なるほど、そういうことか!」と理解いただき、「すごい!」と驚いていただけるはずです。プリウスがHV普及に貢献したように、プリウスPHVも次世代環境車の先駆けとなり、多くのお客様に乗っていただくことで、次世代環境車の主流になることを期待しています。

( 文:宮崎秀敏 (株式会社ネクスト・ワン) )

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