プリウスPHV開発責任者に環境性能への想いを聞いた 豊島 浩二

2012年1月、プリウスPHVを発売しました。このクルマは、電池切れの不安を抱くことなくEV走行を楽しめ、ハイブリッド車同様どこまでも自由に走り、充電管理されている状態でEV走行距離内で使い続ければ無限大の燃費を実現します。
燃費性能だけでなくエネルギーにも柔軟で、災害時にはその使い方によって多くの地域社会に貢献する可能性も秘めています。2013年9月には一部改良を施し、次世代環境車に相応しい内外装に意匠変更したうえで全グレードの価格を見直すなど、一段と魅力を高めました。
次世代環境車の本命ともいえるPHVの世界初の量産型となるプリウスPHV。このクルマの設計・開発の責任者として、2011年より現場の指揮を執り続けている製品企画本部チーフエンジニアの豊島浩二が、プリウスPHVの環境性能を中心にクルマづくりを通じた社会への貢献についてその想いを語ります。

プロフィール
プリウスPHV 開発責任者 豊島 浩二
所属:    製品企画本部 ZF チーフエンジニア
略歴:大阪府出身。1985年トヨタ自動車に入社し、ボデー設計部に配属。カローラの設計室で17年間ボデー設計に携わる。2001年にレクサスLSの製品企画室に異動し、LS460とLS600hを担当。その後、チーフエンジニアとして欧州向け商用車を担当し、2010年にはBREV開発室でEVの企画を開始。2011年11月、次世代環境車全般を取りまとめる部署「ZF」において、3代目プリウス、プリウスPHVのチーフエンジニアに就任、現在に至る。

大切なことは地域と時代に根付けるクルマの開発

環境の世紀ともいわれる21世紀において、環境対応をどのように捉え、開発に取り組んでいますか。

レクサスLSを担当していた当時は、LSのような高級で大きなクルマこそ環境にやさしくなければ、これからの社会に受け入れてもらえないのではないか、という想いで開発に当たっていました。どうしてもこうしたクルマは、高級車の象徴である『余裕の動力性能』が求められるため、環境性能を突き詰めていくのはむつかしいカテゴリーのクルマです。もちろん新時代の高級車に相応しい低燃費を最新のハイブリッドシステムで実現しながら、植物由来原料を用いたエコプラスチックやケナフを積極的に採用するなど環境性能の向上に努めましたが、当時はまだエコとエゴの両立までには至っていませんでした。

その後、EVの企画開発に携わった頃から環境の意識が自分の中で大きく変わっていきました。
EVはゼロエミッションということから、自身の生活を見つめ直したり、環境への配慮とは何か、社会に本当に必要なもの、良いものは何だろうと自問自答を繰り返しました。
そもそも電気は無尽蔵ではなく、また地域によって電気を作り出すエネルギーは火力であったり水力であったり様々です。発電方法が違えばCO2発生量も異なります。EVが普及するためには、まず電気をつくることがエコでなければいけない。太陽光や風力、地熱など、カーボンニュートラルな電気を作り出せるようにしてからでないとEVはやさしいといえないのではないか。EVがいいのかPHVがいいのか、それともガソリン車が本当にいいのかをいろんなケースでシミュレートし、比較し続け、トータルに見れば、結局PHVのCO2発生量が少ないのではないかということに気づきました。

それに環境のことを考えるということは、省エネやCO2排出量を抑制するということに限った話ではありません。石油をはじめとした化石燃料は有限である一方、新興国の経済発展、生活レベルの向上によって、今後も需要の拡大が続くと考えられています。そういった社会背景を考慮すると、CO2削減とともに燃料の多様化というものが一層重要になります。PHVはガソリンに限らずバイオエネルギーにも対応し、EV走行もできます。エネルギーに柔軟なPHVはいろんな可能性を秘めています。

そもそも将来的にすべてのクルマがEVになった場合、絶対的な電気量が全然足りなくなります。以前に試算したデータでは、原子力発電1基で賄えるEVの台数は約100~200万台程度です。現在、日本の車保有台数は約7,000万台(商用車等含む)ですから全部を電気でまかなうのはむつかしいことです。

環境は、その時代時代、その土地土地のいろんな条件によって異なってきます。世界の各地に適したエコカーをタイムリーに供給すること、「適時・適地・適車」の考えを基本に、EVの弱点を克服したPHVこそがHVに次ぐ次世代エコカーの柱であり、現在、最も環境に貢献できるクルマだと考えています。

プラグインハイブリッドシステム

従来型社(2009年度リース時のPHV)との比較

従来型車 プリウスPHV
充電1回当たりの走行距離(km) 23.4 26.4
燃費(JC08モード km/L) 57.0 61.0
リチウムイオンバッテリー 容量(kWh) 5.2 4.4
重量(kg) 160 80
体積(L) 201 87
パックケース材料 鋼材 アルミニウム材

使い勝手の面では、ご自宅で気軽に充電できる点がPHVの最大の特長といえます。一般の家庭電源を使い、AC200Vの普通充電であれば約1.5時間、AC100の場合でも約3.0時間で充電を完了します。また、電池切れの心配がないため急速充電の必要もありません。

また、ワンタッチで充電リッド(充電するための給油口のようなフタ)が開くようにしたり、暗いところでの充電を考慮してLED照明や充電状態を知らせるインジケーターを取り付けています。充電ケーブルは、総重量が1.7kgと26%軽量化され、コントロールユニットも約半分に小型化されています。
​他にも、荷室フロア下の収納スペースを拡大して、充電ケーブルを収納できるようにしたり、室内や荷室の隙間スペースを小物用収納として有効活用するなど、すみずみまで工夫をこらして使い勝手を向上しています。

2013年9月には一部改良を施し、ボデー剛性を高め、振動や騒音を低減したほか、次世代環境車に相応しい内外装に意匠変更し、先進イメージをさらに強調しました。これにはプリウスPHVをご購入いただいたお客様の声が反映されています。
プリウスPHVは、これまで世の中になかったクルマですから、実際にご購入いただいているお客様の中には環境意識の高さとともに、流行に敏感で自ら情報収集を行い判断する“アーリーアダプター”と呼ばれる方も多くいらっしゃいます。こうしたお客様からは、「もっと次世代環境車としての差別化が欲しい」というご要望が多く、そうした声に応えるべく、HVの進化形に相応しい上質さをまといました。

価格については、発売時のエントリー価格を320万円としていましたが、2013年9月の一部改良に伴い285万円からと、よりお求めやすい価格設定としました。さらに、経済産業省のクリーンエネルギー自動車等導入促進対策費補助金が適用されれば255万円から購入でき、一段と魅力を高めたのではないでしょうか(2013年9月時点)。

また、プリウスPHVを楽しくエコに利用していただくために、5つのサービスをパッケージ化した「PHV Drive Support」を全車に標準設定し、プリウスPHVのオーナーの皆様には3年間無料でご提供しています。中でも、スマートフォンを通じて電池残量や充電ステーション設置場所などの情報を提供するサービス「eConnect(イーコネクト)」や、つぶやきをやりとりできる「トヨタフレンド」は、従来のクルマの領域を超えて新たなモビリティ社会を切り拓く可能性も提示しています。

プリウスPHVの環境性能

一充電EV走行距離 ​​26.4km
EV最高速度 100km/h
EV電費 114Wh/km
HV燃費 31.6km/L
PHV燃費 61.0km/L
充電時間 約90分(200V),約180分(100V)

※走行距離、電費、燃費についてはJC08モード

充電を必要としない究極のPHVを目指して

今後のPHVはどのように進化していくのでしょうか。

プリウスPHVのような世の中になかった商品が普及するためのカギは、「社会やお客様と一緒に育てる」という意識・風土づくりが大切だと思っています。一方、インフラに頼るものはなかなか受け入れられにくいという実感もあります。EVの充電スタンドなどがその典型ですが、今は頼らざるを得ない過渡期ではないでしょうか。

もともとHVもPHVもFCVも、根幹にあるコア技術はすべてハイブリッド技術です。将来的な究極の環境車は何かと聞かれると、それは水素を燃料とするFCVが有力だと考えています。しかしながら、「環境車は普及してこそ始めて貢献できる」という考えのもと、当面はHVに次ぐ次世代環境車の柱はPHVだと考えています。
では、PHVとHVの違いは何かと聞かれると、「PHVはHVとEVのいいとこどりをしたクルマ」という言い方とともに、「HVの進化版がPHV」というお話させていただいています。

HVというのは元々充電を必要としないEVとして生まれたクルマであり、PHVも将来的にはインフラに頼らず、充電を必要としないクルマになってこそ究極のPHVだと考えています。しかし、そこに至るまでには、まず誰もが「それだけあれば大丈夫」と思っていただけるくらいまでEVの航続距離を伸ばし、利便性を高める。その次に、充電のわずらわしさからいかに解放させるかが大切と考えています。

次世代エコカーの主要素技術が盛り込まれているHVシステム

次世代エコカーに欠かせないのは、モーターやバッテリー、それにアクセルの踏み込みに合わせて電流をコントロールするパワーコントロールユニットなどの各パーツの技術のさらなる進化です。でも、これらの技術はすでにハイブリット車(HV)に使われている技術です。そこでトヨタは、次世代エコカーに役立つHV技術を、将来のコア技術と位置付けて開発を進めています。

純粋に電気だけで走るEVは、​排気ガスを出さず、家庭で充電もできます。しかも、電気は様々な一次エネルギーから作り出すことができ、供給も安定しているので、将来的には不安なく使えるクルマになると思われます。しかし、フル充電での航続距離が短く、電池切れの不安もあるので、トヨタは、EVは近距離用として普及するのが望ましいと考えています。

電池切れの心配がなく、HVとEVのいいとこどりをしたクルマがPHVです。PHVは、HVによってガソリン使用量が半減するうえ、最初の26.4km(JC08モード 一充電走行距離)がEVとして走ることができ、さらに燃料消費を24%抑えることができます。あわせると74%の削減効果です。そのため、EVの弱点を克服したPHVが、HVに次ぐ次世代エコカーの柱と考えています。​​​

水素を燃料とする方式が一般的なFCVは、従来車とほぼ同等の利便性を持っています。EVの弱点である燃料補給(水素充填)の時間もわずか3分と従来車と遜色ありません。課題は、コストと小型・軽量化、そして供給体制にあり、それさえ整えば次世代エコカーの主役に置き換わる可能性を秘めています。

クルマづくりを通じて社会に貢献することはトヨタ創業の理念です。平時の燃費の良さ、環境性能の高さはもちろん、災害時にはガソリンでも電気でも走行でき、電源車として避難場所の電力供給に役立つPHVは、新たなモビリティ社会と豊かな地域社会に向けて様々な地域の皆さんとともに歩んでいく、そんなクルマになっていくのではないでしょうか。​

コラム ― PHVだからこそできること、災害に強く活躍するクルマ ―

プリウスPHVは2012年10月より、家庭用と同じAC100Vのコンセントを外部給電として利用できるシステムをオプション設定しています。2011年3月に起きた東日本大震災の際、外部給電を搭載したエスティマHVが、当時真っ暗な避難所に明かりを灯すなど活躍したことを受け、新たに設定したものです。
私は今、クルマから電力を供給できるこのシステムが、今後、災害時などにおいて非常に有効であるということを広く伝える活動に力を入れています。

たとえば、2012年11月に、防災訓練プログラム「いのちの体験教室@学校」の一環として、神奈川県の高校にプリウスPHVを持ち込み、外部給電を活用したデモンストレーションを実施しました。私も講師として学生の皆さんに、発電・給電・充電ができるプリウスPHVの特性と、非常時の電源確保ツールとしての使い方を解説し、実際に体験していただきました。
震災などで被災した際、避難場所である学校などに外部給電を備えたPHVがあれば、みんなが避難生活を送ることができます。バッテリーの容量が減ると自動的にエンジンが始動して発電し、1,500Wの最大出力で使い続けた場合、ガソリン満タン状態から3日間程度の電力を確保することができます。そして外部給電が付いていないクルマが周りにあれば、そういったクルマのガソリンをPHVに給油することで電力が確保され、その地区はずっと避難生活が送ることができます。
(単純に計算すると、外部給電付のPHVが約75万台あれば原子力発電1基≒火力発電1基分の発電が可能になります)

神奈川県 立花学園高等学校で行われた「プリウスPHV」による電源活用デモンストレーションの様子

さらに2013年9月の防災の日に、宮城県警と一緒にPHVパトカーを電源として信号機を点灯させる防災訓練を行いました。
かねてより、被災した地域から災害時の困り事として、「信号機の停電による交通網の混乱が原因で警察官の人手が足らなかった」という話を聞いていました。そこで信号機メーカーに問い合わせ、プリウスPHVの充電口と信号機の制御盤にある電源口を専用コードでつなぐことができないか検証を重ねていたちょうどその頃、宮城県警よりお問い合わせいただき実現にいたりました。
現在、宮城県内には3,000以上の信号機が設置されていますが、停電時に自動的に作動するリチウムイオン蓄電池が整備されている場所は一部に過ぎません。停電時に迅速に対応できる態勢づくりの一環として、外部給電システムを備えたPHVがいざという時にお役に立てれば嬉しい限りです。

プリウスPHVを信号機にセットし、奥の信号機が点灯している様子

[ガズ―編集部]