トヨタ 燃料電池自動車MIRAI 開発責任者に聞く(2/4)

世界初の一般販売燃料電池自動車としての使命

​​​​​​MIRAIとこれからのクルマの未来について熱く語る田中チーフエンジニア。

​「どんなクルマをつくりたいか?」というCEイメージ構想において、車両コンセプトのキーワードにしたのが、“H2 Pioneer for the next Century”です。このキーワードに込めた想いは「自動車の次の100年のために水素エネルギー社会の先駆者となるクルマ」「これまでにない新しい価値を提供できるクルマ」です。

もっと分かりやすく言えば「みんながぜひ乗りたい!と思ってもらえるクルマ」です。世界で初めて一般販売するFCVですから、発売するだけで十分に興味を持ってもらえます。しかし、それだけでは不十分なのです。ましてや「FCVはトップエンドの技術なので…」と言い訳して、お客様に我慢を強いるような我慢クルマであってはならないのはいうまでもありません。

FCVは次世代環境車の本命といわれ最先端の環境車ではありますが、別の見方をすれば、環境車としては“最後発”のクルマです。既に普及段階に入っているHVはもちろん、PHVやEVも3年以上前に市販されているのに対し、​FCVはやっとデビューを果たす。“最後発”なのに、さらに、お客様に我慢を強いるようなことは許されるはずはありません。

プリウスがヒットし、その後、これほどまでにHVが普及したのは、圧倒的な低燃費というクルマの基本的な価値(基本価値)に加えて、デザインや走行性能といったドライバーにとって魅力的な価値(使用価値)を徹底的に磨き上げ、さらには「地球環境に優しい​HVに乗ることがステイタス」というお客様の感性に訴えかける価値(感性価値)まで提供したからこそだと思います。

同様に、FCVはその環境性能が高いのは当然です。しかし、それだけではお客様は魅力を感じたりはしない。やはり、クルマ本来の魅力を徹底的に高めていかなければいけない。誰が見てもカッコいいと思うデザインであり、乗ってみるとガソリンエンジンでは決して味わえない未体験のすごく楽しい走りができる。それが実現できてこそ、みんなが「ぜひ乗りたい」「買いたい」と憧れるクルマになるのです。FCVにも「FUN TO DRIVE」は必須です。

また、多くの人に「乗りたい」と思ってもらえれば、水素ステーションの普及が加速します。「FCVに乗りたいからもっと水素ステーションをつくりましょう」という話になります。まさにそれこそが世界で最初に一般販売するFCVの使命です。そして、その実現には「プリウスを超えるイノベーションが必要だ」と自分自身を追い込みました。

一目で未来モビリティを感じていただける斬新なデザイン

​「空気を取り込む技術」をイメージさせるフロントビュー。
​水の流れを写し取った優美なシェイプ。

パッケージは最初からセダンにこだわりました。昨今はSUVのようなクルマの方がセダンより人気があるのかもしれません。また、燃料電池や高圧水素タンクなどのユニットを収めるにはSUVの方が何かと都合がいいのも事実です。しかし、クルマの基本形はやはりセダンですし、環境車の最初のモデルがSUVというのはやはり違うと考えました。

車両コンセプトで「自動車の次の100年」と謳っていますから、未来を見据えたクルマということで、デザインでも「未来感」などがキーワードになってきます。すると「翔べ」とか「先進的」というキーワードが踊りはじめる。「先進的」は一歩間違うと「奇抜」になってしまいますから要注意です。

もともとFCスタックを収めるにはどうしても全高が高くなってしまうので、全高を低くした伸びやかなラインを出すのは相当難しい。それなら一層のこと「走れ!水素タンク」というテーマで、FCVの特徴である水素タンクをモチーフにしたデザインはどうか?というアイディアも検討段階では出ていました(笑)

2013年の東京モーターショーにFCコンセプトカーを出品しましたが、市販されるMIRAIは、ほぼコンセプトカーのままのデザインに仕上りました。ただし、質感はMIRAIの方がぐっとよくなっています。

デザインテーマは「知恵をカタチに」。言いかえれば機能美の追求です。特徴的なのはフロントビュー。FCVは空気中の酸素を取り入れ、水素と化学反応をさせて発電しますが、フロントの左右のグリルを強調することで「空気を取り入れるテクノロジー」を表現したFCVのアイデンティティを主張するフロントビューになっています。

例えばHVでは、2代目プリウスの開発において空力性能を徹底的に追及した結果生まれたトライアングルシルエットがその後のHVのデファクトスタンダードになっていますが、同様にFCVにおいては、「このフロントグリルの大きな開口部がFCVのキーアイコンとなるかもしれない」、「これをデファクトスタンダードにしていきたい」という想いで開発に取り組みました。

サイドビューは流麗なウォータードロップをイメージした形状で「空気から水へ」というFCVの特徴を表現しました。全高は1,535ミリでゼダンとしては高めですが、前後とドアのピラーやフェンダー、ルーフなどにピアノブラックのガーニッシュ(飾り)を効果的に施し、全高を感じさせない伸びやかな印象になっています。マフラーがないリアビューは安定感がある力強いスタンスとバンパーの下を空気が通り抜けていく軽快感を両立させています。

もちろん内装も最先端に相応しい、「一目でわかる新しい価値」を体現した洗練されたインテリアになっています。また、メーターなどのパネル表示のデザインにもこだわり、先進的なデバイスに囲まれた、未来モビリティを実感できるコックピットとなっています。​

​「空気を取り込む技術」をイメージさせるフロントビュー。
​水の流れを写し取った優美なシェイプ。