トヨタ アルファード/ヴェルファイア開発者インタビュー(チーフエンジニア編)

全方位で進化した3代目

市場から大きな支持を得た“高級ミニバン”アルファード/ヴェルファイアが、2015年1月、6年8カ月ぶりにフルモデルチェンジを果たした。
今回のモデルチェンジで目指されたのは、「高級セダンに引けを取らない上質な乗り心地と優れた操縦安定性」。そして、「大空間を有するクルマとしての、揺るぎない存在感」。こうした目標は、どんな背景から生まれたのか? その実現のために、どんな工夫が凝らされたのか? 開発責任者に話を聞いた。

「変えなくてもいい」という声もあった

「3代目が大成功するか大失敗するか、世間には両極端な事例があるじゃないですか。徳川時代でいうと、3代目将軍はよかったんですよね。そういうふうになればいいと思っています」

冗談交じりに話す表情は柔らかだが、大変な重圧だったに違いない。わざわざ徳川時代を持ちださなくても、クルマの歴史の中には伝統の継承に失敗したモデルがいくらでもある。

「弊社の収益の中でも屋台骨となる存在ですから、プレッシャーはありました。初代と2代目が成功を収めたということで、そういう評価をいただいている中で3代目は変えなくてもいいんじゃないかという声があったのも事実です。変えて失敗したら困りますからね。マイナーチェンジみたいなものでいいんじゃないか、とも言われました」

しかし、吉岡さんが選んだのは、先代の美質を受け継ぎながら全方位でグレードアップを図るという正面突破の作戦だった。

「VIPの方が好むクルマなのは確かですが、それだけではありません。ファミリーの憧れのクルマでもありますし、独身のヤングの方々もこのクルマに乗りたいと思っています。社内の調査でも、20代独身の男性がExecutive Loungeに乗りたいと言うんですね。自分は後ろには乗らないんですが、他人に対しての思いやりの気持ちなんです。草食系といわれるタイプが増えているといわれますけど、そういう層にもウケている。VIPにも支持され、ファミリー層はそういう人たちを見て自分も使ってみたいと思う。うまくサイクルが回っているわけです。さまざまな人に求められるクルマで、ライフステージというよりライフスタイルのクルマとして使ってもらえるようなものを目指しました」

ライフステージではなくライフスタイル

「ミニバンというのは、結婚して子供ができた世代が生活に便利なこういうクルマを買うということで進化してきたのだと思います。ただ、これからはライフステージを限るのではなく、ライフスタイルのクルマとして使ってもらえるようになると思うんですね。例えば、“マイルドヤンキー”と呼ばれる層は家族や友達と一緒に出かけることが好きで、“ヤンジー”と呼ばれる遊び心を持った熟年層は多趣味で活動的だといわれています。釣りやスキー、ゴルフを楽しむのに、便利でかつステータスのあるクルマを求めている。そういうさまざまなライフスタイルに合わせた使い道がある大空間高級サルーンを作っていこうということで、このクルマを開発したわけです」

ミニバン、ではなく、大空間高級サルーンは、子育て世代だけに向けてのクルマではないわけだ。吉岡さん自身がアルファードのユーザーだったことが、ニューモデルの開発に役立っている。

「若い頃から運転が大好きで、結構とばすほうでした。一番好きだったのは、MR-Sですね。その後Z33のフェアレディZにも乗りました。子供ができたこともあって、初代のアルファードを買ったんです。それからずっと、11年乗り続けていますね」

アルファードのほかに、BMW 3シリーズのツーリングも購入している。2台持ちの生活には、思わぬ展開が待っていた。

「私がアルファードに乗って妻がBMWのはずだったんですが、いつの間にか妻がアルファードを放さなくなりまして。視点が高くて運転しやすいと言うんです。子供を乗せるにしてもスライドドアのほうがずっと楽だということで、取られちゃいました(笑)。妻は後ろからクルマにつかれるのを嫌がって、特に小さいクルマや背の低いクルマだと、後ろに大きなトラックにつかれると怖いわけです。目線の高いアルファードならそれが緩和されます。守られている意識というのがあるんじゃないでしょうか。ガソリンがすごく高かった時、だんなさんは軽自動車で会社に行き、奥さんはアルファードでお子さんをお迎えに行くというケースが多くなりました。その時に、横に来た小さなクルマの奥さんに対して優越感を持てる。そういうステータス的なものもあるみたいです」

2列目で60%を開発

リヤにダブルウィッシュボーンサスペンションを採用したことにより、堂々たる体格であるにもかかわらず寸法との戦いは軽自動車並みに厳しいものだった。荷室下の掘り込み収納まで確保し、スペースはさらに狭まる。それでも、フラットフロアは譲れない。吉岡さんは11年のユーザー経験から、この美点をなくすことはできないと考えた。

「フラットフロアがあることで、いろいろな用途が生まれます。リビングとして使われる方もいますし、後ろにオートバイとかサーフボードとかいろいろなものを積めます。いざとなったら、寝転がることだってできる。これは、アルファードの大きなアドバンテージなんですね。他社さんを見ると、マルチリンク系のサスペンションを使った場合、フロアを上に持ち上げるか、2段フロアにするかという選択です。欧州車も、フロアは2段です。新しいアルファード/ヴェルファイアでも、フラットフロアにはこだわりましたね」

今回のモデルから、最上級グレードのExecutive Loungeが加えられた。飛行機のビジネスクラス以上の快適性を目指しており、VIP仕様の特等席となる。このシートでの乗り心地のよさを追求するのも、重要な課題だった。

「今までのクルマは、どちらかというと運転席で評価をしていました。今回は、60%ぐらいを後席、つまり2列目で開発しています。2列目が良くなると1列目も良くなりますね。例えば、2列目の微小振動を少なくすると、1列目にもそれが波及するんです」

乗り心地をよくするためには、剛性を確保することが重要だ。しかし、大型のミニバンには構造上の弱点がある。

「スライドドアのあるワンボックスは、Bピラーの後ろが薄くなってしまいます。そこが柔らかいので、リヤの入力を拾ってクルマがマッチ箱のように変形してしまう。魚のコイが泳いでいるみたいな感じで、後ろが揺れるんです。せいぜい1mm程度ですが、Bピラーから後ろが走っている時にフラフラ揺れています。とはいえ、パネルを厚くすることは構造上できませんから、ハイテン材で剛性を上げたり、スポット増し打ちをしたり、構造接着剤を使ったりしています。Bピラーの後ろの揺れを抑えることで2列目の乗り心地が向上し、運転席でもその恩恵を感じることができます」

自動運転も、レーシング走行も

アルファード/ヴェルファイアの開発が本格的にスタートしたのは2010年の半ばで、吉岡さんはそれまで制御開発部に在籍していた。

「今回採用しているインテリジェントパーキングアシスト2や、全車速追従型のオートクルーズコントロールを開発していました。そこで作ったものを、このクルマの中に入れたわけです。今までのシステムでは、駐車するスペースの横にクルマを止めて設定をする必要がありました。その間に後ろからクルマが来てクラクションを鳴らされるなんてことになっていたわけですけど、今回はクルマが駐車スペースを自動検知して、ドライバーは選んでOKボタンを押すだけです」

昔は車庫入れの上手な男はモテるといわれていたが、これからはクルマが勝手に駐車してくれることになる。

「人間が駐車するよりも早くて正確で、線に沿ってきれいに止められます。これからは、そういうクルマを持っていることがモテる理由になっていくのかもしれません(笑)」

2列目が快適で、走るときも止まるときもクルマがドライバーの代わりをしてくれる。新しいアルファード/ヴェルファイアは、将来の自動運転に向けての第一歩となるのだろうか。

「運転手のいないクルマを目指してはいるつもりはないんです。全車速対応のオートクルーズを導入することで、高速道路で長距離を運転するときは非常に運転負荷が軽減される。極超低速では駐車支援ということがあって、そこではボタンひとつで操作できる。ドライバーの運転負荷を軽減することが目的ですが、確かに、この延長線上には自動運転の世界があるのかもしれません」

とはいえ、吉岡さんはもともとMR-Sで山道を駆けまわっていた人である。自らは2列目ではなく、運転席でドライビングを楽しみたい。

「リヤをダブルウィッシュボーンにしたことは、スポーツ走行にもメリットがあるはずです。レーシング走行のようなことも少しずつチャレンジをしていって、車高の高いクルマがスポーツカーのような走行もできるということを見せていきたいですね」

デザインで世に示した“存在感”を、その走りでも実現してくれることになりそうだ。

プロフィール

製品企画本部 ZH主査
吉岡憲一

1992年入社。カローラ、カムリなどのグローバルモデルの現地調達部品開発、6代目カムリの製品企画を経て、制御開発部で自動駐車システムや全車速追従型オートクルーズを手がける。2010年から主査としてアルファード/ヴェルファイアの開発を担当した。

[ガズー編集部]