新型コペン開発者、藤下修氏に聞く

初代の生産中止から約2年、2014年6月に誕生した2代目コペン。加飾パネルやオーディオクラスターと、ボルトで固定された13の樹脂製外板のうち11カ所を交換可能とする内外装着脱構造「DRESS-FORMATION(ドレス・フォーメーション)」や、新骨格構造「D-Frame(D・フレーム)」を採用した新型は質が高い走行性能とともに大きな話題となった。

 

新型コペンは“ローブ”発売後、「タフ&アグレッシブ」をテーマに内外装をワイルドに仕上げた“エクスプレイ”、初代モデルを思わせる丸いヘッドランプを装着した“セロ”を追加。この10月には“ローブ”から“セロ”に交換できる交換用「DRESSパーツ」の発売を開始するなど次々と話題を提供している。

コペンを通してコミュニティができ、楽しさが生まれる

「開発、生産、販売、そしてお客様とのコミュニケーション、新型コペン開発にあたり私はこの4つについて変えることを提案しました。我々が3つのバリエーションを発表し、世界で初めてDRESSパーツを販売することでコペンを通してコミュニティができる。自分のコペンだけではなく、友だちのコペンがどうなっていくかなど、所有することで生活が楽しくなり、クルマそのものが楽しいなという意識になってもらいたいと考えています」

そう語るのは新型コペンのチーフエンジニアである藤下修氏だ。

藤下氏は1984年、ダイハツに入社。
入社後は実験部に配属されクルマの性能評価を任された。

「最初に担当したのは、軽トラックのハイゼットをベースにしたアセアン向け車両のブレーキ評価でした」

また学生時代に電子工学科で学んだ経験を見込まれ、当時はまだ普及していなかったABS(アンチロック・ブレーキシステム)の開発にも携わった。滋賀県にあるテクニカルセンターや北海道の凍った道路でのABSのテストを繰り返す日々について藤下氏は、「当時は泥臭い現場で、且つ日本中の滑る路面を求めて放浪もどきの生活をするなど、開発者というイメージはなく、どろどろになって働いていました(笑)」と振り返る。

ABS開発のほか、操縦安定性やブレーキの評価など車両運動性能全般の評価。また空調含め車両トータルでの熱マネージメントなどを実験部で担当していた藤下さんに転機が訪れた。

2011年7月、新型コペンのチーフエンジニアに就任。スポーツカーとして、コペンは何を目指すのか

「忘れもしない2011年の時の記念日(6月10日)、会社から話があると呼ばれコペンのチーフエンジニアをやらないかと言われたのです。断ってもいいと言われましたが、いろいろな役員の方から声をかけていただいているなか、断る理由はないと即決したことを憶えています」

新型コペンの開発はすでに始まっており、前任者により数名のメンバーでプロジェクトが組まれていた。2009年の東京モーターショーで発表されたボディ樹脂化による軽量化とターボ付き2気筒エンジンを採用。軽自動車という枠を超える先進的な軽オープン・スポーツカーとすることでダイハツのプレゼンスを示すことが決まっていた。

しかし、根本的なコンセプトが決定しない。2002年に登場した初代コペンはスタイリッシュでファニーなエクステリアや、質感が高いインテリアで多くのファンを得たクルマだ。小気味よい走りは定評があったが、スポーツカーというよりは「スポーティ」なオープンカーだった。

後を受け登場する新型はスポーティ路線を継承するのか、また走りを重視したスポーツカーにするのか。軽オープン・スポーツカーとして、どういうクルマを目指すのかが決まらなかったのだ。

チーフエンジニアに就任した藤下氏はまず新型コペンが目指すスポーツカー像を作ることからまずは取りかかる。
「就任した時点で、新型コペンは誰がなんと言おうとスポーツカーなんだと胸を張って言おうというところから始めました」

ただ、ことは簡単に進まない。
単にスポーツカーとしただけでユーザーが振り向いてくれるのか。
また10年間で5万8000台を販売した初代について、社員それぞれが思うコペン像が違っていたのである。

「新型コペンを開発した約4年半の内、3年間は議論しかやっていなかったのではないでしょうか。いったい何メーター積み上がるんだというくらいの紙資料を作り、議論しては、その資料をシュレッダーへ。私がチーフエンジニアに就任してから3ヵ月後には一度、開発を凍結したほどです」

2012年2月に新型の開発が再開したが、結局、この年はほぼ議論のみで終わったという。

新しいコンセプトは「低慣性イキイキスポーツ」。ただし、「キビキビ」はNG

開発が進まない中、新型コペンのプロジェクトチームは少し沈んでもいた。
そんなメンバーに藤下氏は、まずキープコンセプトを否定。
続いて新型が目指すテーマをはっきりと示した。

それが、ライトウエイトで運動性能に優れた『低慣性イキイキスポーツ』だ。

「沈んでいたメンバーにスポーツカーを開発するのだから楽しくやろうよと。スポーツカーというのは、運転していてクルマって楽しいなと感じることができ、クルマを傍らに置いて自分の生活がより楽しくなる低慣性のクルマなんだとイメージしていることを話しました」

理想とする低慣性のスポーツカーをテーマに新型がこだわるポイントは、
(1)接地感・フラット感が高く、インフォメーションが伝わるハンドリング
(2)リニアな操縦性と低慣性による一体感が生み出す乗りやすさ
(3)高い限界に裏づけられた懐の深い操る感覚
(4)どっしり安心の高速直進安定性による信頼感
ドライバーが、この4つを感じられるクルマにすると決めた。

この4つを元に開発を進めることにした藤下氏が開発メンバーに対しNGワードを設定した。

それは機敏なハンドリングなどを示す「キビキビ」という言葉だった。

「D-Frameの開発時に若いスタッフで車両が“キビキビ”動くことを求めるメンバーがいっぱいいました。幅広い世界で楽しいスポーツカーだと体感してもらうためには、安心して運転できる懐が深いクルマにしないといけない。そのために必要なのがこの4つなのだと、二度と“キビキビ”とは言うなと」

やり直しに次ぐやり直し。チャレンジを重ねた、着脱可能な樹脂外板

開発スタッフとは会話を進めることで徐々に意思統一が進んでいったと言うが、開発に関してはさらに困難が続く。

ネックは樹脂を採用した外板だ。

なにより低燃費を求めるユーザーに対し、パワーユニットや排気系の改良とともに世界中のメーカーが軽量化に取り組んでいるのはご存じの通り。
樹脂製のフェンダーやバックドアに採用し軽量化を目指した車両は珍しくないが、外板の多くを樹脂化した車両はダイハツはおろか、世界的にも少ない。ノウハウがまったくなかったのだ。

「新しいことにチャレンジしていかないといけない状況で、私がチーフエンジニアに就く前からボディに樹脂を使うことは決まっていました。しかし、どこまで使うかは決まってないし、できるかどうかわからないなか、みな上手くいくかについては半信半疑でしたね」

開発が凍結している間、開発が遅れていた2気筒エンジンを諦め3気筒エンジンにすることが決まった。また外板に樹脂を使うことを前提にローブとエクスプレイの2タイプを出すことも合わせて決定していた。

フレームに外板の取り付けポイントを決めたうえで、違う意匠のボディを載せる。しかも外板は樹脂で作る。前例がないうえに樹脂の性質上起こる、熱収縮・膨張に対応するには法制限でボディサイズを拡大することができない軽自動車では容易ではなかった。

「樹脂材料の形と厚み、変形度合い、やらないとわからないことだらけではあるものの、試作検討するにしても、どうやっていいかわからない。大勢で知恵を出せば上手くいくものでもないのでほんとうに大変でした。開発時はほとんど寝てないです(苦笑)」

DRESS-FORMATIONを採用した新型コペンだが、着脱可能な樹脂外板を実現したのは図面を変え、型も作り直すなどやり直しにやり直しを重ねた結果だったのだ。

こうして誕生した新型コペンについて、とくに初代ユーザーなど一部では「らしくない」との声があがっている。
そういう声に対し、藤下氏は逃げずに真っ正面から受け止め、新型コペンの開発趣旨を説明し続ける。
その理由は冒頭で述べたが、新型コペンのコンセプトのひとつが、ユーザーとのコミュニケーションを変えることにあるからだ。

「初代コペンを好きだというお客様の思いはしっかりと受け止めないといけない。またお客様とのコミュニケーションを変えるには、お客様のところにいって話を聞くことをやらなければいけないと思っています。初代ユーザーは否定から入る方がほとんどですね。1時間くらい説教を受けることもありますよ(笑)。ただ、スポーツカーとしては中途半端と言われることに対しては、究極の状況を目指して開発したことはハッキリと説明します」

一番危険なのは、どのクルマを買っても全部一緒だとお客様が感じること。クルマを持つ嬉しさを伝えることが不可欠

最初の愛車は1984年にラリーベース用として発表された“シャレード926”だったという藤下氏にとって、開発者としてのこだわりはなにかを最後に聞いてみた。

「国内市場が低迷していると言われる中、一番危険なのはどのクルマを買っても全部一緒だとお客様が感じること。法律や環境問題、衝突安全に対応するため値段や形が一緒になると買いやすいクルマでいいやと思われてしまいますよね。そういう状況の中でどのようにオリジナルを出しプレゼンスを高めるのか。いままでの自動車業界の常識をひとつ飛び越えた、ものづくりをやっていかないといけません。それに挑戦できたのが新型コペンであり、それを続けるためにお客様の元に脚を運び話を聞く。そこで聞いた声を元にどこかにこだわったクルマをお客様に届けるかが一番大切であり、それは使い方を含めたクルマを持つ嬉しさをいかに伝えられるということ。私の考え方とかこだわりはそこにあって、そうでなければ新型コペンは世の中に出ていません」

(文:手束 毅 写真:小林和久/ダイハツ工業)

[ガズー編集部]