トヨタ 86(ハチロク) セールスポイント 2012年2月

日本の自動車産業が成熟して多様化するなか、スポーツカーは次々、生産中止となり、トヨタのスポーツカーの歴史も2007年のMR-S生産終了とともに一時的に途絶えることになります。若者の車離れが指摘される今、夢や憧れを再びクルマに回帰させるためには、クルマの本来の魅力である「運転する楽しさ」を極限まで追求するとともに、環境や時代のニーズにも応えた、新しいスタイルを提案することが大切です。さらに、ユーザーならではの楽しみも広げていく環境づくりや仕掛けなど、新たな付加価値を持たせることがスポーツカーの成否を握る鍵だと思います。

トヨタのFRスポーツの歴史には、ヨタハチ※1や2000GT※2、ハチロク※3といった今でも圧倒的な支持を受け続ける名車があり、復活させて欲しいとのエールもよく耳にします。特にハチロクは発売以来、ユーザーやさまざまなチューナーがチューニングパーツを開発しながら、彼らの手によって名車となった、まさにユーザーが主役である数少ないスポーツカーです。今回の新型スポーツカーに86の名を冠するのは、ハチロクが持っていたスポーツカーとしてのソフトウェアをしっかり継承するという思いを込めています。ハードへのこだわりはもとより、いかにして今の時代にフィットしたスポーツカーの遊び方を提案するか、また、さまざまなチューニングパーツをユーザーとともに開発する仕組みの構築など、ソフトウェアも新たなるバージョンアップを目指しました。

古き良き時代の心を受け継ぎ、最新技術を使って新時代のニーズに応えるスポーツカーをつくり出すために、原点に戻ってクルマづくりのプロセスから変革していきました。「数値ではなく人が感じる楽しさだけを極限まで追求したクルマをつくりたい」「社内の合意を前提にする車両企画は止め、むしろ好き嫌いが生まれるほどの個性化を目指す」

こうした決意のもと、ありとあらゆるパッケージの可能性を検討して辿り着いたのが超低重心の水平対向エンジンの採用です。そして、水平対向エンジンにトヨタの最新技術、次世代D-4Sを組み合わせて高性能と低燃費、中低速レスポンスも格段に向上させ、フロントミッドに搭載する。これは、トヨタFRスポーツの原点であるヨタハチの水平対向エンジン+FRレイアウトの輝かしい復活となるもの。この世界で唯一の水平対向エンジン&次世代D-4S+FRレイアウトによって、スタイルは、極めて低く美しくスポーティになるとともに、車両重心高、ヨー慣性モーメント※4は欧州の名だたるスーパースポーツカーの領域にまで到達しました。

このパッケージから生まれる圧倒的な低重心フォルムは、見る者をハッとさせるデザインの最重要ポイントです。今回このデザインを決めるプロセスも大きく変更しています。開発するスポーツカーに対するつくり手の理想を追求するために、多くの意見や好みを取り入れていては個性的なデザインは生まれないという信念のもと、関係役員の承認を得るデザイン評価制度を適用せず、社内のスポーツカーユーザーを200名ほどを選別し、スポーツカーパネラーとしてお客様に近い感覚のコメントを直接聞きながら少人数でデザインを決めていくスタイルを採用しました。

走りの乗り味においては、スポーツカーとしての回頭性だけを追求するなら、欧州のスポーツカーにあるようなRRの走りの醍醐味も確かに存在します。しかしながら、それはリヤエンジン配置にこだわるあまり、アクセルで車両方向をコントロールする後輪駆動本来の楽しさを味わうのに高いスキルとリスクをドライバーに要求します。その点、86は、まさにユーザーが主役になれる「手の内でコントロールできる直感ハンドリングFR」に仕上がりました。

今回の86開発プロジェクトは、トヨタが今一度スポーツカーに挑戦することで、環境と楽しさの大きな両輪をつくり、将来のスポーツカーファンのみならず、クルマ自体に興味を失ってしまったユーザーの心を捉え、さらには、トヨタのクルマメーカーとして姿勢を広く世界にアピールすることだと考えています。このクルマに込められたトヨタの熱い思いが、世界のクルマ好きの心を熱くすることを願ってやみません。

製品企画本部 チーフエンジニア
多田 哲哉

※1.スポーツ800(1965〜1969年):群を抜く燃費のよさを活かして耐久レースで活躍。世界で唯一の水平対向エンジン搭載のFRスポーツ。
※2.2000GT(1967〜1970年):トヨタのスポーツカーを世界レベルに引き上げた名車。美しく官能的なプロポーションは人々を今なお魅了し続ける。
※3.AE86型カローラレビン/スプリンタートレノ(1983〜1987年):1.6L、FR、フットワークの軽さが魅力。手を加えられる素材ゆえにユーザーやショップが楽しみながら名車に育て上げたクルマ。
※4.車両の旋回方向の回りやすさを示すもの。ヨー慣性モーメントが小さいほど、ステアリングを切ったときのレスポンスがよくなり、コーナリング性能が上がる。