モータースポーツ観戦のハードル …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム

​​​私は以前から、このコラムで日本に於けるモータースポーツが何故、メジャー観戦スポーツにならないか、という話を何度かしてきました。

これまで、決定的且つ本質的な理由に触れていなかった!と痛感する出来事が、先日ありましたので、反省の意味も込めまして、今回のテーマとさせて頂きます。

結論から申し上げますと…

チケットが高価過ぎる!!

私は2年前まで毎週、日曜日の生放送の番組を担当しており、前日も打ち合わせ等が有った為、20年間、モータースポーツを観る機会がありませんでした。ここ2年で、これまでの「うっ憤」を晴らすかの様に、様々なカテゴリーのレースを観ましたが、開催場所が鈴鹿サーキットと、東京からは遠い事もあり、息子が月曜日には学校も有るので、去年はF1の観戦を断念しました。

しかし、今回は3連休の真ん中が決勝で、翌月曜日が祝日、更に私自身も奇跡的に仕事が土日両日共に無さそうでしたので、いよいよ生まれて初めてのF1観戦が叶う!と思い、チケットを購入する為、鼻歌交じりでPCに向かいました。

鈴鹿サーキットのサイトから、インターネットで、チケット購入しようと、クリックを続けていった私は、ある場所、そうチケットの種類と価格が書いて有るページに差し掛かった瞬間、アナウンサーという仕事も忘れ「ゲっ!マジか!!」と叫んでしまいました…。何度も、0の数を数え直しました。

このサイトをご覧になっている方は、恐らく、とっくに御存知かもしれませんが、F1のチケットというのは凄い値段なんですね。当日、休める事が決まったのが、直前であった為、あまりチケットの種類も選べず、息子が「出来るだけコースに近い所が良い!」と事情も知らず懇願する為、ホームストレート前、グランドスタンドの席を取るしかありませんでした。

駐車場込み、私と息子の2人で…

¥80,900

東京から鈴鹿までの交通費、宿泊費などを考えたら…、購入決定のクリックをする時、マウスを持つ手が、文字通り震えました。30cm四方のプラスチックの2つの椅子に座る権利が、8万円超…。

幸い?次男はモータースポーツに全く興味が無い為、妻と一緒に留守番です。チケットを購入する前までは、家族全員で行けなくて残念、等と思っていましたが、購入の際には内心「良かった…」と安堵している自分がいました。4人だったら…、計算もしたくありません。ちなみに、他には57万円!の個室の席や、それ以上の価格のチケットも…。

こんな高額なチケットを買って観戦する人が毎年、何万人もいるんだと思うと、その“局地的”人気に驚くと共に、やはり、元々モータースポーツに興味の無い人が、そのきっかけとして、最もメジャーなモータースポーツ、F1を観てみようと、そのチケットにアプローチした時、その価格に驚き、二度と、その門を叩こうとしないであろう事も容易に想像出来ました。

以前、知人から「レースなんて金持ちの道楽だろ」と揶揄された事が有ります。その時はF1観戦に掛かる費用を知らなかった事もあり、「色々なレースが有るし、他のコンサート等と大して変わらないのに、分かってないな」等と内心で反論しましたが、今、その知人に面と向かって同じ事を言われたら、反論出来ないかもしれません。

野球やサッカー、他のスポーツと比べて、席によっての価格格差も半端ではありませんし…。インターネット上も、やはり「高い!」という意見が多いですが、逆に「F1の場合は5日間の通しチケットで他のレースも観られるのだから、むしろ安い」という意見も有りました。

しかし、殆どのモータースポーツのチケットが、通しチケットになっている事が、むしろ諸悪の根源?では、と私は思っています。多くのレースのチケットが、2、3日の通しチケットで、フリー走行、前座のレース、予選、そして決勝を全て観る、というのが前提で販売されています。

しかもサーキットというのは決して駅前に有る訳では無く(鈴鹿は珍しく駅からも近いそうですが)、交通の便が悪い地方に所在しており、当然、交通費や宿泊代も掛かります。週末、金曜日から日曜日まで休める人が、どれだけ、いるでしょうか?余程、好きな人ならば、仕事を休んで、高価なチケットを購入して観戦するでしょう。

唯、これからは“裾野”を広げなくてはならないんです。一部のマニアだけに受け入れられるコンテンツは、やがて、確実に衰退していきます。

そこで、心からの提案ですが、チケットを一日単位で販売する訳にはいかないのでしょうか?私の仕事場の周りにも、普段はモータースポーツには興味が無いがF1だけは、観戦する、という者が何人か居ます。唯、その殆どが、決勝の日曜日だけしか鈴鹿に行けない者ばかりです。なんと、勿体無い!彼らが予約した椅子には、金曜のフリー走行の時も土曜日の公式予選の時も誰も座らないんです!その予選だけ観たい、いや、その日しか観られない人も数多く存在すると思います。

実際に、私も二年前までは「土曜日だけ、白熱の予選を観戦した後、帰社すれば、夜の打ち合わせには間に合うのに!」と何度地団太を踏んだ事か!流石に決勝まで含めたチケット代を予選だけを観る為には払えません。予選日だけのチケットが何故買えないのか、不思議でなりませんでした。

もし、バラ売りになった場合、勿論、金曜日、土曜日、日曜日と徐々に価格が上がっていく設定になるでしょう。その方が、色々な意味で公平ですし、販売する側から見ても効率的なのではないか、と思うのは、間違いなのでしょうか?とにかく、日本のモータースポーツは、今、様々な意味で岐路に有ります。

今は、SUPER GT等、モータースポーツファンに受け入れられている人気のレースも有ります。でも、やはり野球やサッカー等と比べたら、まだまだマイナースポーツと言わざるを得ません。このまま、一部のファンに受け入れられている事だけで満足するのか、本当のメジャースポーツになるか、それを分かつのは、新規のファンをどれだけ増やすか、に掛かっているのだと思います。

通しチケットはモータースポーツファンにとっては当たり前かもしれませんが、何かの、きっかけで初めてレースを観てみよう、と思った人が、チケットを購入する時、決勝だけのチケットは買えず、家族揃って観に行けない日も含めた通しチケットに数万円を払わないと、レース、そのものを観られないと知った時、どの様な判断になるかは、想像に難くありません。

そして、その後は、二度と、モータースポーツに興味を持つ事は無くなる様な気がしてなりません…。どのようにして、価格や販売方法が決まっているのか、色々と調べたのですが、分かりませんでした。

今日のコラムは誰にぶつけたら良いか分からないまま書いているので、少し無責任で申し訳ないのですが、万が一、その“決めている”方が読んでいらっしゃったら、切に、お願いします。それぞれのカテゴリーのシリーズ終盤になる、これからの時期、正直、皆、凍えながら、狭い冷たい椅子に座って観戦する事になります。

他のエンターテインメントと比べて高額な割には過酷な状況で楽しまなければならないのがモータースポーツです。これまでのファンは、それでも、熱い気持ちで観戦、応援するでしょう。

でも、“普通の”お客さんが、コストパフォーマンスも含めて「あー、レース観戦って、快適で楽しかった!」と満足してくれる様なエンターテインメントになっているか、改めて、再考する必要が有るのではないでしょうか。

F1の法外な額のチケット購入の為に震える手でクリックをした後に、しみじみ思った安東でした。

安東 弘樹

[ガズ―編集部]

MORIZO on the Road