カーオブザイヤー選考投票、悩ましい評価軸…安東弘樹連載コラム
今年も「あっという間に」10月。ちょっと前に「明けましておめでとうございます!」「今年中にコロナが収まると良いですね」等と挨拶をしていたと思ったら、2021年は後2か月と少しで終わってしまいます…。
最近は、矢ではなく「光陰弾丸の如し」とさえ感じるのは年齢のせいでしょうか。
そして、秋から冬に掛けて、やってくるのが、カーオブザイヤー(以下COTY)の選考投票です。
コロナ禍で、メーカーやインポーターが新型のクルマを複数台、用意してジャーナリストに試乗の機会を与えてくれる「試乗会」も以前の様には大規模には出来なくなりました。
COTYの選考委員は、各自で広報車を借りて試乗する機会をできる限り得る様な形で対応するしかありません。
しかし本職の仕事が、それなりに多忙で、しかも自分のクルマを自分で運転して移動している私は、中々、メーカーやインポーターの本社まで赴き、広報車を借りる事が出来ません。
その為、以前より回数が減った試乗会には、意地でも?出席し、数少ない機会を無駄にしない様に必死にスケジュールを調整して何とか、COTYにエントリーされるクルマには必ず、乗る様にしています。私と同じような立場の方には優秀なスタッフが数人、いらっしゃって、広報車を借りる作業や返却する作業をしてくれる場合が多い様ですが、私の場合、免許を取得して2-3年でAT限定が付いている若い男性マネージャーが一人、いるだけですので、当然、車関係の作業を頼む事はできません。全てを一人でこなさなければなりませんので、これが大変です。広報車の貸し出し、返却は平日の10時~17時というのが通常なのですが、その時間に仕事を離れられる事は稀で、その作業を頼める人も居ないのです。
フリーランスになって、社員時代より自由な時間は増えましたが、退社して1年半で「コロナ禍」になり、より「二足の草鞋」が大変になっているのも確かです。
しかし、元来のクルマ好きの性分のお陰でクルマを運転している瞬間は常に幸せですので、それが私のモチベーションになっています。
そして、コロナ禍だけではなく、昨年から私を悩ませているのが、クルマを評価する「軸」を何処に置くか、という事なんです。
私がCOTYの選考委員になった2017年、私は初めてのCOTYの総会で、「運転して楽しいクルマ、自分の操作によって自在に反応してくれるクルマを選んでいきたい」とコメントした事を覚えています。今もその考えは根本的には変わっていないのですが、その裏にはMTのクルマが最高!という様なメッセージも隠れており、2019-2020のCOTYまでは毎回、MTモデルの完成度の高いクルマを選んでいたのです。
しかし前回のCOTYには初めてMTモデルが無い、プジョー208 e 208(EV)を選びました。動的、静的質感の高さに驚いたからです。
しかもe 208の方の運転の楽しさが、このクルマを選ばせました。
サイズの割りには決して軽くないボディーを小径ステアリングを駆使して走った時の、ミズスマシの様な軽快な走り味は忘れられません。都内を走っているだけで、景色がいつもと違って見えました。
ガソリン車も同じ様な感覚で運転も楽しく、クルマとしての完成度も高かったのですが、比べると、若干、キビキビ感に欠けると感じました。車重は勿論ガソリン車の方が軽いのですが、エンジン内で爆発が起こりピストンが上下し、軸が回り、その力がドライブシャフトに伝わり、タイヤを動かす、というこれまで100年以上に渡って続いてきた、映像が私の脳裏に浮かんでしまうのです。その点、e 208はアクセルを踏んだ瞬間にモーターが反応、即座に加速し、しかも唐突感は希薄。魔法の絨毯に乗っている様な滑らかな走行感で、エンジンMT車とは全く違う快感です。
BEVは、どうしても環境負荷が少ない事に、その美点を求めてしまう傾向が特に日本に於いては顕著で、その結果、BEVに反対する方々は「実はエコじゃない」「災害に弱い」という論点での主張をされますが、MT好きの私は純粋に「運転が楽しい」と感じました。
元々MTが好きな理由も「自分の操作通りに自在に動いてくれる」という事が大きいので、私の好きなクラッチを踏んでスティックを動かす、という行為はないものの、アクセルペダルの踏み加減で自在に動いてくれるBEVは実は私の感性とマッチするのでしょう。
だからこそ、どの様なクルマを選んで良いか、悩むのです。前回はSUBARUのレヴォーグがCOTYを受賞しましたが、私は「感動」を感じる事が出来ませんでした。
勿論、素晴らしいクルマであることは間違いないのですが、私が好きではないCVTだから感動しなかった、という事ではなく、「新しいモビリティー」という部分を感じられなかったのだと思います。
そう、100年間で初めてのクルマの変革期と言われる昨今、どの様な「クルマ」をイヤーカーに選ぶべきかに悩んだのも初めてです。
「新しいモビリティー」感を欲している自分が去年から、急激に現れました。
その結果、今年はBEV、PHEVを長期間、長距離、乗ってみるという機会を増やしました。
このコラムでもお伝えしましたが、実際に長く触れてみると見えてきた事が多かったのですが、総じて私の期待以上にワクワクとするような感覚を与えてくれました。
BEVに関しては、日本の充電インフラの脆弱さは浮き彫りになりましたが、自宅で充電がしっかり出来れば、意外に不自由は無いという事も分かりました。
それだけに、自動車史上初めて、様々な「種類の」クルマを同じ評価軸で選ぶのが困難になってきたという事です。
特にここ1、2年、日本メーカー、インポーターの「困惑」がストレートに伝わってきます。
大きくEVにシフトしてきた欧州、つい最近まで大排気量の大型ピックアップやSUVが主流だったアメリカでさえ日本より速く電動化が進んでいます。
日本メーカーの対象市場が、すっかり海外に移ってきているのは皆さんも御存知だと思いますが、そんな中、それぞれのメーカーやインポーターは、開発の軸を何処に置けば良いのか、悩んでいるのが、試乗会の現場で開発者と話していても伝わってきます。
元来、日本企業というのは愚直な研究により、様々な物を「カイゼン」するのは得意ですが大規模なイノベーションを生み出したり、それに対応するのが苦手だと言われてきました。しかし、これまでは世界のイノベーションと日本の「カイゼン」のスピードに致命的な差は無く、「カイゼン」によって良いプロダクツを世界に供給出来ていたのだと思います。しかし、ITが世界の殆どの地域に浸透した今、イノベーションのスピードがこれまでとは比べ物にならない程、速くなってしまいました。
多くの日本企業は組織の縦割りや、同調圧力等が、弊害になっていると理解していながら、体質を根本的に変える事が出来ず、様々な局面で変革のスピードに、ついていけなくなってきています。
つい先日、東芝が「世界最高のエネルギー変換効率15.1%を実現したフィルム型ペロブスカイト太陽電池を開発」という情報が飛び込んできましたが、ニュースで知った方も多いのではないでしょうか。これは確かに画期的で、東京23区の「一部の建物」の屋根や壁に、このフィルムを設置すれば、原発2基分の発電が見込まれる、との事ですが、実はこの技術自体は発明、という訳ではなく、今年9月からポーランドのスタートアップ企業が量産を始めています。
東芝の商品の凄い所は、そのエネルギー変換効率が高い事なのですが、ネットニュースの最後の行に「2025年の製品出荷を目指す」と書いてあり、ちょっと驚きました。え?4年後!?と声に出てしまったほどです。その間に「実戦で」鍛えられたポーランドの企業が、そのエネルギー変換効率を超えてしまう可能性だってあるのではないでしょうか。
折角の「カイゼン」によって素晴らしいプロダクツを開発しても実際に商品にするまでのスピードが遅すぎる、と唖然としたのです。
EVそのものや充電器や発電方法、蓄電池等、高い技術は持ち合わせていても、他の弊害によって、世界に取り残されていく様な事にならないで欲しいと切に願います。
COTYの選考の悩みと話が離れたと思っていらっしゃる方も多いと思いますが、何を申し上げたいかといいますと、今回のCOTYにエントリーされるであろうクルマの中にも、「保守的、且つ古典的な」クルマが数多く存在します。
具体的には今は言えませんが、その「古典的な」クルマの中で感動すら覚えたクルマが有ります。しかし、それが、このご時世に、迷いなく、拘りと魂を込めて作ったクルマか、企業として、変革に乗り遅れた結果、仕方なく、古典的なクルマを熟成させる道を選んだのか、では私の判断も変わってくるのです。そんな疑問を開発の当事者であるメーカーの皆さんに、ぶつけてみたのですが、ちょっと変な空気になった後に、「勿論、迷いなく魂を込めて造りました」とお答えいただきましたが、開発者同士、お互いの様子を見ながら、慎重にお答え頂いたのが印象的です。
これまでは、偏った価値観で、クルマだけを味わって、イヤーカーを選んできた私ですが、最近はメーカーやインポーターの企業としての動向や意志が非常に気になってきました。
私も数年前まで、一応、東証一部上場企業に勤めていましたので日本の大企業が抱える最近の悩みは実感として共有する事が出来ます。今後、日本企業に、とにかく必要なのが変革へのスピード感と突出した個人が活躍できる様な土壌づくりでしょう。
その個人というのは、社長でも平社員でも良いんです。
特に日本メーカーのクルマに関しては、製造している社員の皆さんの表情や雰囲気が、これからは私のクルマ選びに影響してくるかもしれません。
勿論、クルマ自体を真剣に吟味するのは当然として、生き生きと希望に満ちている社員が造っているクルマ、絶対にワクワクする様な楽しいクルマに違いありません。
今回のCOTYは「新しいモビリティー」というワクワク感によって、そのクルマに魅了されるのか、運転自体に痺れたクルマを本能で選んでしまうのか、全てのクルマに乗ってみるまでは、自分でもどんな判断をするのか、想像出来ません。
これを「選ぶ楽しみ」と考えるか、「苦しい選択」と捉えるか、そこも熟考して判断したいと思います。
(文:安東 弘樹、写真:日本カーオブザイヤー公式サイト、編集:GAZOO編集部)
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