スズキ X-90は型破りなスタイル&悪路の走りは本物のSUV・・・語り継がれる希少車
スズキが質実剛健なメーカーであることに異論を挟む余地はないだろう。しかし、時には実用性など無視した突然変異のようなクルマを発売することがあるから侮れない。X-90もその1台だ。正式な呼び名は「エックス・ナインティ」だが、一般的には「エックス・きゅうじゅう」と呼ばれることが多い。
市販モデルのデビューは1995年10月。しかし2年前となる1993年秋の東京モーターショーなどにコンセプトカーとして出展され、それなりの反響があった。だから市販化されたのだ。
車体は全長3710mmとコンパクト。小型SUVながら3ボックスボディの2シーターというなんとも型破りなパッケージングだ。スズキハ「見る楽しさ、乗る楽しさ、運転する楽しさを追求」と説明していた。
なにより話題となったのは、とにもかくにも見た目のインパクトだ。フラットなボンネットとトランクに対してキャビンだけがボコッと盛り上がったシルエットは、まるで円盤型UFOの断面図のようだ。
この時代はいくらバブルを背景(デビューした95年はすでにバブル崩壊後だが商品企画は93年のモーターショーに向けてバブルのさなかに行われていたはずだ)に各社が自由なクルマ作りをしていたといっても、ここまで奇抜なパッケージングは異例だ。
「質実剛健なクルマ作りが得意だけど、時には思いきり遊びたかった」というスズキの声が聞こえてくるようでもある。
脱着可能なガラスによるTバールーフ(中央の柱を残して屋根を外しオープンにできる)も、スズキとしては極めて珍しい。
そしてこのX-90には、スタイルやパッケージングと同様にまったくもってスズキらしくないことがある。実用性が極めて低いことだ。
そもそも2シーターで人が乗れない。そのうえ後席がないということは、2人が乗ると室内でちょっと手荷物を置くような場所にも困る。もちろんトランクだって備えているから日常生活には困らないが、SUVながらスキーやキャンプなど荷物がかさばりがちなレジャーを楽しむユーザーとの相性も良くないのだ。
国産車ではちょっと思いつかないし、輸入車でも思いつかない。X-90はそこまでアバンギャルドなSUVなのだ。
そんなクルマにどんな意味があるというか?
ついそんな疑問を感じる気持ちはわかるが、それは愚問だ。
「楽しければそれでいい。」それがすべてなのだから。
真面目さが特徴のスズキだって、ときにはそんな息抜きのようなクルマが作りたくなるのだろう。
いっぽうで、見た目とは裏腹なのが悪路走破性。令和の今ならば、こういったスポーティなSUVを作るのであれば乗用車用のプラットフォームを使ったモノコック構造とするに違いない。そのほうがオンロードの走行安定性も快適性も稼げるからだ。
しかし、X-90はそうしなかった。ラダーフレームを用いた構造で、オフロードでの走破性も高いのだ。SUVとして本気なのである。
見た目と実用性は遊んでいるけれど、悪路の走りは本物。そう言い換えてもいいだろう。
エンジンは排気量1600㏄の4気筒自然吸気で100ps。それを縦置きとし、副変速機を持つパートタイム式の強靭な4WDシステムと組み合わせてラダーフレームに積んでいるのだ。とにかくメカは本格派である。
トランスミッションは5速MTと4速ATが選択できた。
実を言うとシャシーやパワートレインといったメカニズムは当時の「エスクード」の3ドアショートボディモデルと共通。フロントがストラット、リヤはトレーリング式リジットアクスルとしたサスペンションもエスクードに準じている。つまりX-90は、エスクードのメカニズムに独自のボディを組み合わせたモデルと言っていい。
メカニズムで異なる部分は、最低地上高を40mmダウンさせたこと。また、ギヤ比を変更して高速走行時のエンジン回転数を下げることで高速巡行中の静粛性を高めていたことである。そのあたりは生粋のオフローダーではなく「シティ派」として手が加えられていたのだ。
とはいえ、世の中がX-90を見る目はそう甘くなかった。こういう実用性を気にしない遊び心だけで作られたクルマはよほどのお洒落な人もしくはシャレのわかる人じゃないと購入までたどり着かないのだが、残念ながらそんな人はそう多くはなかったのだ(今はもっと減ってしまっただろうけれど)。
日本における販売台数はわずか約1300台。発売から3年ほどで生産は終了した。メイン市場だった北米でもヒットとはいかず、グローバルで約1万6000台の販売に留まったそうだ。いや「これだけブッ飛んだクルマが1万6000台も売れた」というべきかもしれないが。
しかし、それほど多く売れるモデルではないということはスズキだって最初からわかりきっていたはず。エスクードとメカニズムを共用することで、開発費用を抑えつつなんとか市販にこぎつけたのだ。
スズキというメーカーの遊び心を世の中にアピールするという意味では、X-90はしっかりその目的を果たしたといっていいのではないだろうか。ちなみに「X-90」という名称は開発コードネームからとられたものだという。
ちなみにこの時代、X-90のほかにもモーターショーのコンセプトカーのようなデザイン(というかコンセプトカーをルーツとする)SUVが市販されている。「いすゞ・ビークロス」だ。発売は1997年4月とX-90より少し後だが、コンセプトモデルはX-90と同じく1993年の東京モーターショーに出展されている。
メカニズムは同社のSUV「ビックホーン」のショートモデルがベース。ラダーフレームの本格的なオフローダーだ。そこへ宇宙船を思わせる個性的なデザインのボディを組み合わせたモデルである。これも、いすゞの遊び心に他ならない。
話をスズキに戻すと、同社はときどき「質実剛健」という枠に収まらないクルマを出す。X-90だけでなく、軽自動車ながらFRレイアウトを採用した2シーターオープンスポーツカー「カプチーノ」だってそうだ。
また、1985年の東京モーターショーに展示した「R/S1」という小型のミッドシップスポーツカーも、単なるコンセプトカーで終わらせず市販化に向けて開発を水面下で進めていたという(途中でプロジェクト中止となってしまったのが悔やまれる)。
スズキというメーカーは、質実剛健だけを追い求めているように見えて実はクルマ好きを楽しませることでも侮れないのだ。
(文:工藤貴宏 写真:スズキ、いすゞ)
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