レーシングカーを公道で走らせる“ロマン”。300台限定のフェアレディZ「380RS」
レース用エンジンを積んだクルマを所有し、ナンバープレートを取得して堂々と公道を走る。それは、クルマ好きが抱く夢のひとつではないだろうか。
かつて、モータースポーツが盛んだった国ではレーシングカーで公道を走ることもそう珍しくはなかったという。しかし、公道を走行するための基準が厳しくなった現代では、そう簡単にいくはずもない。
なかにはレーシングマシンを改造し法規に対応させてナンバーを取得している強者もいることにはいるし、自動車メーカーがレース車両をベースに公道走行可能なバージョンとして数千万円のプライスを掲げて販売することもある。とはいえそれらは、一般のレベルで考えると“夢の夢”の話といっていい。
しかし、わずか17年ほど前に、自動車メーカー直系の組織がレース用に開発されたエンジンを搭載した車両を正規にナンバープレート取得可能な「公道走行用」として市販したことがあった。しかも、新車価格539万円。なんとか手が届く範囲に収めたのだから、立派である。
その車は日産フェアレディZ。「Z33型」と呼ばれるタイプに用意された特別なモデルだ。
正式名称は「日産フェアレディZ バージョンNISMO Type 380RS」で、通称「380RS」。
車体や身にまとうエアロパーツ、そしてサスペンションなどはフェアレディZのカスタマイズモデルでありディーラーで購入できるコンプリートカーの「バージョンNISMO」と共通である。
しかし、一般的なバージョンNISMOと異なる部分であり、380RSの神髄といえるのはエンジン。ボンネットフードを開けると、排気量3.8LとフェアレディZの市販モデル(当時は3.5L)とは異なるものが収まっているのだ。
当時の日産車で、排気量が3.8Lというエンジンはなかった(380RS発表時はまだR35型GT-Rが登場していない)。ほかの車両とは異なる、380RS専用のエンジンが搭載されていたのである。
何を隠そう、この380RSの3.8Lエンジンはレースのために開発されたもの。ベースこそ通常のフェアレディZに搭載するVQ35HRエンジンだが、市販車をベースに戦う国内レースの「スーパー耐久シリーズ」で戦闘力を高めるためのパワーアップを目的に排気量を拡大しているのが最大のポイントだ。排気量アップは、ストロークを7mm延長することで対応している。
しかし、エンジンの特徴は単に排気量アップだけではない。組み込む部品も、一般的な市販車と異なる特別仕様だったことだ。たとえばピストンは高強度の専用アルミ鍛造製で、クランクシャフトやコンロッドにも専用の強化材を使用。素材が違うのである。
加えて、カムシャフトのカムプロフィールやバルブリフト量、バルブスプリングなどもレースで使うエンジンと同様の仕様としていのだからまごうことなき“ホンモノ”である。
もちろん、インテークマニホールドやエキゾースト、そして空燃比や点火時期などをストリート仕様へと最適化しているから、純粋なレーシングエンジンとは異なる部分もある。
しかし、レースの魂を持った心臓であることに変わりはない。まさしく“ホンモノ”なのだ。
かつて、日産の前身のひとつであるプリンス自動車は、4気筒を前提に設計されている2代目「スカイライン」の車体に一回り大きな6気筒エンジンを搭載してパワーアップをはかった「スカイラインGT」を制作した。目的は日本グランプリというレースで勝つというためだけに。
また、その次の世代(ハコスカ)では「スカイラインGT」をベースに、レース用として開発したS20 型エンジンを積んだ「スカイラインGT-R」が登場。その後のGT-R伝説の最初の一歩を踏み出したのだ。
フェアレディZに用意された380RSは、そんな先輩たちと同じ「レースに勝つために特別なエンジンを積む」という方程式で作られているのである。
ただ、380RSが先輩たちと大きく異なるのは扱いやすさとツルシの状態での性能だ。初代GT-Rに積まれたS20 エンジンはレースだけを考えた高度なチューニング前提の作りで、ノーマル状態ではそのパフォーマンスを十分に発揮できるわけではなかった。多少の扱いづらさもあったという。
いっぽう380RSは、市販車に積むノーマル状態でも十分にパワフルで、扱いやすさも併せ持つ。350psという出力と397Nm のトルク数値は現在の水準からみればやや控えめだしベース車両との差も37ps、39Nmの性能アップと数字上はそれほど大きなわけではない。
でも、実際に運転すると、数値がいかにまやかしであるかを目の当たりにする。感覚はまったく違うのだ。
とにもかくにもトルクが凄い。レーシングカー用のエンジンといえば高回転のパンチ力が注目されがちだが、実際には立ち上がりで差をつけるためのトルクが重要。この380RSも、低回転からの湧き出すようなトルクでフェアレディZを豪快に走らせるのだ。
スタビリティをオフにすれば、峠道ではちょっとアクセルを踏み込むだけでテールスライドが起こる暴れ馬的な荒々しい乗り味(ノーマルはもっとおしとやか)だが、それもむしろ乗り倒す感覚を堪能できる味付けと感じられた。
ところで、個人的に興味深いのはスタイルだ。
エクステリアは当時市販していた「フェアレディZバージョンNISMO」そのままで、違いといえばリヤに備わる「RS」のエンブレムだけと主張は控えめ。
いっぽう、インテリアはステアリングホイール、シフトレバー、そしてパーキングブレーキレバーなどの1部にレッドがあしらわれてバージョンNISMOとは差別化されているものの、変化はそう大きくはない。
あくまで「大きな違いは見えない部分」を貫いているのが清々しい。そこでのコストアップを避ける理由もあっただろうし、ベース車のバージョンNISMOで十分に空力が作り込まれていたこともまた理由のひとつだろう。
そんな380RSの公道向けモデルとして作られた台数は、わずか300台。その台数は「エンジンがそれだけしか作れない」ことから決められたという。
クルマに興味がない人は「レース用のエンジンを積んだクルマに、どれだけの意味があるの?」というかもしれない。確かに、レースやサーキット走行をするわけでなければ、そこに明確なメリットはないかもしれない。
しかし、そこにはクルマ好きだけが共感できる「ロマン」がある。それだけで十分ではないだろうか。
(文:工藤貴宏 写真:日産自動車)
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