もしもの時に“つながる”--クルマの「緊急通報サービス」とは?【安全安心のおさらい 第4回】
クルマを運転中、事故や急病など突然の「もしも」に遭遇したら…周囲の人や同乗者が携帯電話で通報しなければ、救助が遅れるケースもあります。こうした問題を解決するために生まれたのが、クルマ自身が事故を検知し、自動でオペレーターにつながる緊急通報サービスです。
クルマの安全装備として、これまでアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)や衝突被害軽減ブレーキ(AEB)といった事故を予防する先進運転支援システム(ADAS)を紹介しました。しかし、事故が起きてしまった時は、迅速に救助につなげることも安全における大切な要素です。
今回は、クルマが“緊急時の通信手段”を確保する緊急通報システムを紹介します。
緊急通報システムとは?クルマが自動で救助を要請
緊急通報システムとは、事故などの緊急時に車載通信機(DCM:Data Communication Module)を通じてオペレーターにつながる機能です。事故を検知するとクルマが自動的に通信を開始し、オペレーターが運転者に語りかけるとともに車両の位置や状況を確認。必要に応じて警察や消防へ通報し、迅速な救助要請を行います。また、体調不良やトラブル発生時に運転者が「SOSボタン」などを押すことで、サポートを受けられます。
日本の緊急通報システムの始まり
日本の緊急通報システムのルーツは、1990年代に国が推進した ITS(高度道路交通システム)構想にさかのぼります。道路・通信・自動車をネットワーク化し、事故削減や渋滞緩和を図るプロジェクトで、そのサービスの一つに「緊急時自動通報」がありました。
この構想をもとに、トヨタ、日産、松下通信工業(現パナソニック)、日本電気(NEC)、NTTコミュニケーションズなど6社が中心となり、1999年に40社が参加する株式会社日本緊急通報サービスが誕生。車両からの通報を同社のセンターが受信し、その情報を警察・消防に伝えることで救助要請までの時間短縮をめざしました。
2000年には同社が「HELPNET(ヘルプネット)」のサービスを開始。本格的な緊急通報インフラが動き始めました。こうした取り組みが、現在国産車に広く搭載されている自動通報システムの土台になっています。
クルマがどうやって事故を感知するのか?
緊急通報システムは、車載センサーと通信の連携によって成り立っています。たとえばエアバッグが作動するような強い衝撃を受けた場合、車に搭載されているセンサーがその衝撃を検知してエアバッグ展開の信号を発します。その信号をDCMが受け取ると、自動的にコールセンターへの通信が開始されます。
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救急自動通報システム“D-CALL Net”の仕組み
車両の位置情報(GPSデータ)や衝撃の種類、車体の姿勢データなども送信され、オペレーターが状況を把握します。事故でドライバーの意識が朦朧としていても、単独事故で周囲に人がいない状況でも、クルマが自動で通報してくれる仕組みです。
通信網はスマートフォンと同じLTE(いわゆる4G)回線を利用し、全国の携帯電話基地局を使います。都市部から山間部まで幅広くカバーされ、緊急通報に求められる「つながりやすさ」が確保されています。
オペレーターが対応する重要性
緊急通報システムのもう一つの特徴は、人間 = オペレーターが対応する点です。機械が自動で救助を呼ぶだけでなく、人が声で寄り添う安心感があります。事故や体調不良などで混乱したドライバーに対し、オペレーターが落ち着いた声で対応し、必要な情報を整理してくれます。
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日産の「SOSコール」
単なる通信機能ではなく、「人と人をつなぐ技術」として機能しているのが、この仕組みの強みです。事故の直後に、「意識はありますか?」「同乗者はいますか?」といった語りかけを通じて状況を確認。その内容を消防や警察へ伝えることで、的確な救助が可能になります。
日本における展開と「HELPNET」の役割
日本では、HELPNETが稼働を始めた2000年代初頭から緊急通報システムの実用化が始まりました。現在では、国内自動車メーカーがそれぞれの車載通信ネットワークと、自社の提供するコネクテッドサービス(※)に統合しています。
※DCMを利用してクルマと通信機器などをつなぐ機能で、スマートフォンによるカーナビの目的地設定、ドアのロック/ロック解除やエアコンなどの遠隔操作ができる。
| メーカー | サービス名称 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| トヨタ | ヘルプネット | エアバッグ展開時の自動通報とSOSボタンまたはカーナビ画面上での操作による通報を行う。トヨタのコネクテッドサービス「T-Connect」に統合 |
| ホンダ | Honda Total Care プレミアムの一部 | ボタンを押した場合やエアバッグ作動時に「緊急サポートセンター」のオペレーターが対応。「Honda Total Care」に統合 |
| 日産 | SOSコール | ホンダと同様、エアバッグ展開時の自動通報と手動SOSに対応。「Nissan Connect」に統合 |
| マツダ | マツダエマージェンシーコール | エアバッグの展開や追突の衝撃を検知して自動通報。オペレーターが呼びかけを行い、必要に応じて緊急車両を手配 |
| スバル | SUBARU SOSコール | SOSボタンによるコールセンターとの通信を提供。「MySubaru Connect」に統合 |
| 三菱 | SOSコール | エアバッグ展開時の自動通報と手動SOSに対応。「MITSUBISHI CONNECT」に統合 |
| スズキ | スズキ緊急通報(ヘルプネット®) | エアバッグ展開時の自動通報と手動SOSに対応。「スズキコネクト」に統合 |
なお、SOSボタンやDCMなどのハードウェアが備わっていても、緊急通報サービスを利用するにはメーカーごとのコネクテッドサービス契約が必要です。契約を終了するとSOSボタンや自動通報が使用できなくなる場合があるため、購入時にサービス内容を確認しておくことが大切です。
【結び】ITS構想から続く“つながる安全”の現在地
緊急通報システムは、交通事故の衝撃を検知するセンサー、全国をカバーする通信インフラ、そして状況を受け止めるオペレーターという“人と技術の連携”によって成り立っています。「もしもの時、確実につながる」--事故が起きてしまった後の緊急通報システムと、事故を未然に防ぐADASの普及によって、クルマはもっと安全な乗り物へと進化を続けています。
欧州では義務化されている「eCall」──すべての新型車に搭載される共通システム
欧州では緊急通報システムとして「eCall(イーコール)」が導入されています。2018年以降、EU域内で販売されるすべての新型車に義務化されており、事故発生時の救命率を高めることを目的としています。
大きな衝撃を受けるとクルマが欧州共通の緊急番号「112」へ発信。位置データや発生時刻、進行方向など、救助に必要な最小限の情報を送信することで、救急隊が現場に到着するまでの時間を短縮します。運転者が「SOSボタン」を押す手動通報にも対応しており、急病や危険を感じた際にも利用できます。
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BMWの二輪車に備わるeCallボタン
eCallの導入により、単独事故や人の目が届きにくい場所での事故でも通報が遅れにくくなり、救急隊の到着が50%程度早まる可能性があるとされています。役割は日本の緊急通報システムと似ていますが、欧州では法制度として義務化されている点が大きな違いです。メーカーによって呼び名や使用する通信網、サポートセンターなどが異なる日本とは違い、EU全域で統一された緊急通報インフラが整備されています。
(文:石川 徹 / 写真とイラスト画像:Continental、Adobe Stock、HELPNET、Nissan、BMW)
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