「ぶつからないクルマ」への挑戦──衝突被害軽減ブレーキが支える安全の未来【安全安心のおさらい 第2回】
信号待ちの列に突っ込みそうになった!——そんなヒヤリとした経験はありませんか? でも最近のクルマは、ドライバーがブレーキを踏み忘れても、自ら危険を察知して止まることができるようになってきました。その仕組みを支えているのが、衝突被害軽減ブレーキ(AEB:Autonomous Emergency Braking)です。
近年、交通事故の死傷者数は減少傾向にありますが、その背景にはこうした「ぶつからないクルマ」づくりの進化があります。前回ご紹介したACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)が車間距離を自動で保つ技術だとすれば、AEBは止まることをサポートする技術です。
衝突被害軽減ブレーキ(AEB)とは?
自動緊急ブレーキとも呼ばれることがあるAEBは、クルマの前方をカメラやレーダーなどのセンサーで常時監視し、車両や歩行者、自転車などに衝突するリスクを検知すると自動的にブレーキを作動させる仕組みです。ドライバーの反応が遅れた場合、まず警告音やディスプレイ表示で注意を促します。それでも操作が行われないときに自動ブレーキが作動し、速度が低ければ衝突を防ぐことができます。スピードが出ていて衝突が避けられなかったとしても、被害の軽減につながります。
この技術は「自動で止まる」システムというよりも、ドライバーの判断や動作の遅れを補う支援機能です。欧州ではすでに新車へのAEB装着が義務化され、日本でも同様の流れが進行中です。AEB性能の評価を行い、「一定の性能を有している」ことを国土交通省がモデルごとに認定する制度があります:
認定の要件:以下の1~3を満たすこと:
- 静止している前方車両に対して50km/hで接近した際に、衝突しない又は衝突時の速度が20km/h以下となること。
- 20km/hで走行する前方車両に対して50km/hで接近した際に、衝突しないこと。
- 1及び2において、衝突被害軽減ブレーキが作動する少なくとも0.8秒前に、運転者に衝突回避操作を促すための警報が作動すること。
システムの仕組みと動作ステップ
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緊急ブレーキ動作段階イメージ
AEBは状況を段階的に判断し、次のように作動します:
- 前方監視:センサー(カメラやミリ波レーダー、LiDAR※など)が前方の対象物を検知。
- 危険予測:制御ユニット(コンピューター)が相対速度や距離を計算し、衝突の可能性を判断。
- 警告:音や表示でドライバーに注意喚起。
- ブレーキアシスト(制動補助):警告を発してもドライバーがブレーキを踏まない、または踏み込みが弱い場合、システムが自動的にブレーキ圧を高めて制動力を補う。
- 自動制動:それでも衝突の危険が続く場合、システムがブレーキを完全に作動させる。
このように、AEBは「いきなりブレーキをかける」装備ではなく、段階的にドライバーを支援していく安全装置です。人間の操作を機械に置き換えるのではなく、必要に応じて補助しながら危険を回避することを目的としています。
※LiDAR: Light Detection And Ranging、つまり「光による検知と測距」を意味する。レーザー光を使用して対象物までの距離や形状を計測する。コストはかかるが、非常に高い精度で把握することができる技術。
メーカーごとのアプローチと特徴
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装着センサーイメージ
AEBの基本構造は共通していますが、採用されるセンサーや制御の考え方はメーカーによって異なります。コストや開発思想の違いが反映されており、方式にも個性があります:
- トヨタ「プリクラッシュセーフティ」:カメラとミリ波レーダーを併用。歩行者や自転車にも対応し、昼夜を問わず安定した検知が可能。(予防安全システム/ADASの「Toyota Safety Sense」に含まれる)
- スバル「プリクラッシュブレーキ」:複数のカメラによって立体的に物体をとらえ、車両や歩行者を人の目のように認識。ミリ波レーダーを使わず、画像解析の精度を高めるアプローチがスバルの特色。(「アイサイト」に含まれる)
- 日産「インテリジェント エマージェンシーブレーキ」:前方監視にはカメラとミリ波レーダーを併用。低速域でも高精度に作動し、街乗りや駐車時の事故防止にも効果的。(「プロパイロット」に含まれる)
- ホンダ「CMS」:衝突軽減ブレーキ(CMS: Collision Mitigation Brake System)と呼び、トヨタや日産と同様に、カメラとミリ波レーダーを併用する。(「Honda SENSING」に含まれる)
- 欧州ブランド:高性能カメラとミリ波レーダーの併用が多い。上級車種ではLiDARを組み合わせるケースもある。
いずれも、目指すのは衝突を完全に防ぐというよりも、一歩早い“危険の察知”です。センサー構成は異なっても、「より確実に、より早く危険を見つけ、大きな被害を避ける」ことを目的に開発されています。
衝突回避をさらに確実に─ステアリング介入型の回避支援
ちなみに、ステアリング操作による回避支援を行うシステムも登場しています。ブレーキだけでは衝突を避けきれないと判断した場合、十分なスペースがあれば回避操舵もサポートします。さらに障害物を避けた後、自車が大きく車線外へ逸脱しないよう、元の走行レーンにスムーズに戻る動作も支援します。
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緊急回避操舵制御イメージ
完全な自動操舵ではなく、ドライバーが回避のためのハンドル操作を始めた際にステアリングの動きを補助して車両姿勢を安定させるものです。スバルの「緊急時プリクラッシュステアリング」やトヨタの「緊急時操舵支援機能」などは、こうした回避から復帰までを制御する仕組みにより緊急時のクルマの動きをできるだけ自然かつ安全に保つよう設計されています。
クルマが“人を守る知能”を身につける
AEBの進化は止まりません。
最近では、交差点での右折時に歩行者や対向車を検知して減速したり、夜間でも歩行者を見逃さない赤外線カメラを使ったタイプも登場したりしています。将来はクルマ同士が情報をやり取りするV2V(車車間通信)や、信号機などと連携するV2I(インフラ通信)により、“見えない場所の危険”まで共有できるようになるでしょう。
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右折時衝突回避警報イメージ
ドライバーは誰でも、疲れていたり、考えごとをしていたりして、注意力が落ちることがあります。年齢を重ねれば、反応速度や判断力の低下は避けられません。
そんな時、クルマがそっと手を差し伸べてくれる―。
それがAEBをはじめとする先進運転支援システム(ADAS)の存在意義です。
自動車が誕生してからおよそ140年。“走る機械”だった存在は、“人を守る知能”へと進化しました。AEBはその象徴であり、誰もが安心してハンドルを握れる未来への架け橋です。今では、AEBを含めたADASの機能レベルは車種選びの重要な要素となりました。
走りの良さやデザインだけでなく、どれだけ自分や家族を守れるクルマか―。
その視点も、これからのクルマ選びに欠かせない基準のひとつではないでしょうか?衝突を「避ける」時代から、未然に「防ぐ」時代へ。AEBは、技術が人を支えることで生まれる新しい安心のかたちを提示しているのです。
(文:石川 徹 写真・イラスト:Mercedes-Benz、ダイハツ工業、トヨタ自動車)
クルマの安心、便利機能
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