衝突しても「命を守る」技術──シートベルト・エアバッグ・車体構造の役割 【安全安心のおさらい 第5回】
これまでは、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)やAEB(衝突被害軽減ブレーキ)、ADAS(先進運転支援システム)といった“事故を避けるための技術” = アクティブセーフティ(予防安全)を紹介してきました。しかし、どれほど技術が発達しても、事故をゼロにすることはできません。だからこそ重要になるのが、衝突してしまった後に人を守る技術=パッシブセーフティ(衝突安全)です。
パッシブセーフティというとシートベルトやエアバッグが代表的ですが、実はそれだけではありません。また、当たり前だと思われる装備こそ、実は長年の研究と膨大なデータに基づいた高度な技術の集合体なのです。
シートベルト:もっともシンプルで、もっとも重要な安全装備
シートベルトの役割は、衝突時に乗員が前方に投げ出されるのを防ぐこと。時速50kmでの前面衝突では、条件にもよりますが、乗員に30G前後の減速度(体重の数十倍に相当する力)がかかることがあります。ベルトなしでは、ハンドルやダッシュボードに激突し大きなケガにつながります。
昔からあるシートベルトですが、今は以下のような機能が備わっています:
- プリテンショナー:衝突を検知すると瞬時にベルトを巻き取り、衝突初期に体を確実に固定する
- フォースリミッター:ベルトに一定以上の力がかかった場合に作動。シートベルトによって胸部にかかる力を和らげ、内臓などへのダメージを軽減する
さらに最近では、パッシブセーフティとアクティブセーフティとの連携が進んでいます。AEBが作動する直前にベルトを軽く引き締め、乗員の姿勢を整える予防的作動が可能なシステムなどが採用されつつあります。
追突時の“むち打ち”を抑える工夫
ヘッドレストは「頭を乗せるだけのパーツ」と思われがちですが、実は安全にも大きな役割を担っています。特に追突事故では、この「あたりまえ」のパーツが首や背中へのダメージを大きく左右します。
後方から衝突されると、頭が一気に後ろへ振られ「むち打ち」と呼ばれるケガをすることがあります。これを防ぐため、アクティブヘッドレストという仕組みが生み出されました。追突の衝撃で背中がシートに押しつけられると、その動きに合わせてヘッドレストが前に動き、頭との距離を素早く詰めて支える仕組みです。
頭が大きくのけぞるのを防ぐことで首への負担を軽くできるのが特徴で、ボルボの WHIPS(Whiplash Protection System)やBMWのCrash-Activated Headrestsなどがあります。一方で、近年のクルマでは考え方がさらに進化しています。
欧州における安全基準(Euro NCAP) の「むち打ちリスク評価」が厳しくなったこともあり、メーカー各社はヘッドレストの動きだけに頼らず、シートの構造全体をむち打ちしにくくする方向へシフトしています。具体的には、
- 背もたれが衝撃をうまく吸収できるように工夫する
- 座面の角度や強度を最適化して、体が不自然に後ろへ流れないようにする
- シート全体で頭・首・背中の動きをバランスよく支える
といった設計を取り入れています。最近は「ヘッドレストが動く」といった機構を大きくアピールしないケースが増えましたが“追突された時に首を守る”構造は今でも重要な要素です。座席全体で、より自然に乗員を守る方向へ進化しています。
エアバッグ:シートベルトと“一緒に働く”からこそ強い
エアバッグは衝突安全の象徴的な存在ですが「シートベルトが正しく締まっている」ことが大前提の装備です。シートベルトが身体を正しい位置に保持し、そのうえでエアバッグが広い「面」で顔や胸を受け止めて衝撃を効率よく分散します。
なお、自動車メーカーのカタログなどには、エアバッグの前に“SRS”と書かれています。これは「乗員保護補助装置」を意味し、英語の“Supplemental Restraint System”の略です。エアバッグがあくまでシートベルトを補助する装置であることが、ここからも分かります。
エアバッグは衝突を検知するとおよそ0.03秒で膨らみます。人が瞬きをするよりも速く、まさに「一瞬」で乗員を保護する準備を整えます。現代のクルマに搭載されるエアバッグは、以下のように多様化しています:
- SRSエアバッグ(前席):頭部や胸にかかる衝撃を分散・緩和。運転席側はハンドル(ステアリングホイール)から、助手席側はダッシュボードから展開
- SRSサイドエアバッグ:側面衝突時に乗員の胸部などへの衝撃を緩和。フロントシートの背もたれから展開
- SRSカーテンエアバッグ:サイドウィンドウのほぼ全面をカバーし、主に乗員の頭部にかかる衝撃を緩和する。横転時には一定時間膨らんだままの状態を保つことで、乗員が車外へ放出されることを防止する。左右の天井下部から展開
- SRSセンターエアバッグ(前席):前席の乗員同士が接触することによる衝撃を低減。運転席のシートバックから展開
- SRSニーエアバッグ(前席):乗員の脚部を保護するとともに、身体の前方への移動を抑制。運転席側はステアリングホイールの下側、助手席側はグローブボックスの下側から展開
シートベルト内蔵型のエアバッグも登場しています。衝突時にベルトが膨らむことで胸部への圧力を広い面で分散し、乗員へのダメージを軽減する仕組みです。フォード・エクスプローラーやメルセデス・ベンツ・Sクラスなどで採用され、特に後席の安全を高める技術として注目されています。
さらに最新のエアバッグは、コンピューターがベルトの着用状況や前席の前後位置、体格センサーからの情報などを総合的に判断し、展開の強さやタイミングを自動調整するようになってきています。「開けば良い」という時代から「どう開くか」までを制御することで最適な乗員保護をめざす装備へと進化しています。
最近では乗員だけでなく、車外の人を守る技術へと発展しています。スバルは歩行者や自転車との衝突時に衝撃を緩和させる目的で、クルマの外側に膨らむエアバッグを市販車に搭載しています。「歩行者保護エアバッグ」は衝突を検知するとボンネット後端を持ち上げ、フロントウィンドウ下部を覆うエアバッグを展開するシステムです。最新モデルでは、自転車の運転者にも配慮した「サイクリスト対応」に進化しています。
衝突時に車体が“つぶれる”理由:クラッシャブルゾーンの考え方
事故映像で、車の前後が大きくつぶれているのに乗員空間(キャビン)は比較的無事……という様子を見たことがあるのではないでしょうか。これは、衝撃を吸収するために“あえてつぶれる”ように設計されているからなのです。
前後の「クラッシャブルゾーン」が衝撃を吸収し、キャビンは強固な骨格によって乗員が生存できる空間を維持するように考えられています。衝突安全が注目され始めた1990〜2000年代には各メーカーが衝突に強いボディを開発し、独自の名称で強く打ち出していました。
- トヨタ:GOA(Global Outstanding Assessment = トヨタ独自の安全性能評価基準の名称)
- 日産:ゾーンボディ
- ホンダ:G-CON(G-FORCE CONTROL TECHNOLOGY)
近年はプラットフォーム(車体骨格)全体の強度向上によって、こうした独自名称をアピールすることは減りました。とはいえ、「つぶれる部分」と「つぶれない部分」を分けて設計する思想は今も変わりません。
シート・エアバッグ・車体:進化し続ける安全
こうしたパッシブセーフティの進化には、膨大なクラッシュテストデータが欠かせません。研究開発における衝突試験では、ダミー人形に内蔵された多くのセンサーが衝突時の力のかかり方を詳細に記録します。その結果をもとに、エアバッグの膨らむタイミングやクルマの構造が改良され続けています。
最近はカーテンエアバッグの採用やプリテンショナー付きシートベルトの搭載で、後席のパッシブセーフティレベルも前席に近づいています。また、チャイルドシートは“子どもにとってのシートベルト”と言える存在。簡単に正しい位置で固定するための世界共通規格“ISOFIX”が普及し、取り付けミスが減るように進化しています。
まとめ:事故を避ける技術と、事故が起きても守る技術。その両輪が「安心」をつくる
パッシブセーフティは、シートベルト、エアバッグ、車体構造、ヘッドレストなど、一部には「当たり前」に見える装備が連携して成り立っています。アクティブセーフティが事故を“減らす”技術なら、パッシブセーフティは事故が起きても“命を守る”ための技術なのです。
誕生からおよそ150年。クルマは今でも新しい技術を取り入れて進化を続けています。でも、どれだけ技術が進んでも、基本はシートベルトを正しく締めること。安全は、日々の小さな心がけと技術の進化が一緒に育てていくものです。
(文:石川 徹 写真と図版:Volvo, Mercedes-Benz, SUBARU)
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