「フラットな“滑空”感」シトロエン・CXに乗ってみた

CXは、名車「DS」の後継モデルとして、1974年から1989年にかけて生産されたシトロエンのフラッグシップ。ひと目見てわかるように、当時のシトロエンらしい独特のスタイリング、そしてメカニズムを持つクルマです。

「シトロエン」というと、クルマ好きの方でも「マニアのための乗り物?」と思い、尻込みしてしまう方もいらっしゃるかも知れません。しかし少し手法はユニークですが、クルマのことを考え抜いた結果、シトロエンにとって「これしかない!」という技術を、惜しみなく盛り込んでいるクルマだと思うのです。

筆者も個人的にBXというクルマを所有し乗っていたことがあります。新車価格が日本で250万円~300万円クラスの乗用車ですがとても個性的で、今でももう一度乗りたいと強く思います。そんな私が、そのBXよりも少し早く登場し、もうワンランク上の乗用車として世に出たフラッグシップシトロエン「CX」に試乗する機会に恵まれました。

何にも似ていないフォルム。今見ればそれなりに古風ながら、古風なりに未来を表現しようとしていることはよくわかるデザインだ

静と動の佇まい

まず、ハイドロニューマチックサスペンションを持つが故の独特な佇まいは、一目見たら忘れることはできません。

ハイドロニューマチックサスペンションは、路面の凹凸に応じて、ばねの代わりに、スフィアと呼ばれる球体に入っている油と窒素ガスが緩衝の役目をします。エンジンを切る時は、衝撃を吸収する必要がないため車高が下がり、エンジンをかけるとしっかりと路面の凹凸を吸収できるように車高が上がるようになっているのです。

この様子が、静から動の佇まいへの変異を感じさせます。例えるなら、夜明けとともに、オアシスで脚をまげて休んでいるラクダが、人や荷物を揺らさないようにゆっくりと立ち上がる時の様子でも見ているかのような雰囲気があるのです。

試乗したクルマは、スフィアの交換からまだ時間が浅いためか、エンジン始動時の車高の上がり方がなめらかですし、荒れた路面を乗り上げたときのいなし方も、実にしなやか。あの乗り味は、シトロエンの乗用車らしいところだと感じました。

また、限られたスペースに最大限の居住空間を割いているボディは、一般的なプレスティッジカーとは様子は異なります。パッと見はハッチバックスタイルながら、トランクはしっかりキャビンと区別。さらに広大な荷室も持っています。かなり堂々とした印象の車体ですが、それほど大きくはない合理的な設計で、案外持て余すことはありません。

圧倒的な個性を印象付けるボディの形状と構造。止まっているとき=「静」と、動いているとき=「動」で異なる印象を与えるメカニズム。シトロエンのこだわりは、実に粋で心憎いと感じました。

クルマが語り掛けてくるようなステアリング

このクルマには、セルフセンタリングという機構がついています。自動的にステアリングが元の位置に戻ろうとする仕組みなのですが、実際に運転した感触では、ステアリングが「あくまでもまっすぐな状態を保持しようとする」動きをするのです。例えば、右折しようとして右にハンドルを切ると、その瞬間、まっすぐな状態に素早く戻そうとします。なので、ハンドルを握る手を緩めると、やや戻るタイミングが早すぎることがあるのです。

フランス車にはイエローバルブがよく似合う。試乗した個体には、後付で光量が強いディスチャージタイプのイエローバルブが装着されていた

「なんだか面倒くさい仕組み」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この仕組みのおかげで、相当の高速域でも「レールの上でも走っているのではないか」と思うほど、軽いステアリングで進路を的確に決めることができます。

またフランス車らしい実用的なエンジンと、このクルマが生産された1980年代当時、日本とアメリカくらいが妙に固執していたオートマチックは、いとも簡単に現代の高速道路の右レーンのペースをリード。近代的なクルマが面妖な古めかしいフランス車のために道を譲ってくれるような感覚も覚えます。

そして、高速道路の速度粋でこそ、上でお話ししたガスと油の「ハイドロニューマチックサスペンション」の本領発揮です。まるで雲に乗っているような“滑空”感がすごいのです。フラットで滑らか。レーンチェンジでもあくまでも姿勢を崩さず進むさまは、まるで「矢のごとし」です。

ステアリングは、ドライバーをくぎ付けにするような癖を感じる

高速域でドライバーをストレスから解放する仕組み、という説明を見たことがありますが、実際に運転してみて、むしろ逆。操る自由はクルマにすべて召し上げられていると感じます。代わりに、雲上の乗り心地のまま、目的地まで連れて行ってくれる。どこか幻想的な世界観を感じるのです。

シャープでスタイリッシュなこのクルマの世界観に魅了されるまでに、30分もあれば十分。想定したよりも早く、かなり遠くまでドライブできていることに、驚きとあわせて、「遵法運転を一層心がけなくては」と改めて身が引き締まる思いがしました。

街中では1リットルあたり6キロ、高速道路を走ると10キロを超えるという燃費。スタンドで給油するときには、さすがに時代を感じさせるし、現実に引き戻される

シトロエンの走りは、速さやスポーツ性とはまったく異質のもの。1世代前のDSと同じく、先進性を表現したシトロエンという乗り物であるように感じます。今乗ると、古さは隠せないものの、当時考えられた未来的な世界観は十分に感じることができ、その宇宙を滑空するかのようなフラットな走りに、現実世界から離脱して夢でも見ているような気分になりました。

(中込健太郎+ノオト)

[ガズー編集部]

MORIZO on the Road