消えたスパイクタイヤ 今はどこへ?

1950年代にスカンジナビアで誕生したというスパイクタイヤ。現在、法規制により日本国内では、ほぼ見かけることがなくなっています。スパイクタイヤは今、存在するのでしょうか? あるとしたら、いったいどこで使用されているの?
スパイクタイヤが消えることとなった経緯などとともに、ブリヂストンタイヤジャパン株式会社北海道カンパニーの土田一隆さん(土田さんの土は、『土』の右上に『てん』です)、中川修次さんにお話を伺いました。

法律の施行から、製造中止・販売中止

――スパイクタイヤの使用が規制されることになった流れを教えてください。

「スパイクタイヤは1962年にヨーロッパから初めて輸入されました。翌1963年には国産品が北海道や東北などの積雪寒冷地を中心に販売されはじめています。その後1970年代に急速に普及し、同時にアスファルトが削られることであがる粉じんによる環境問題も発生しました。これを受けて、平成2年(1990年)7月3日環境省から『スパイクタイヤ粉じんの発生の防止に関する法律』が施行されます。
これにより、当時、国内の大手タイヤメーカーは7社ありましたが、この年の12月末日限り、全社スパイクタイヤの製造を中止、そして、翌1990年3月末日限り、私ども販売会社もスパイクタイヤの販売を中止しています」

――では、その法律によりスパイクタイヤでの走行も全面禁止となったのですか?

「実は、全面禁止というわけでもないのです。
法律上では指定地域というものが各都道府県で定められており、その指定地域内の積雪または凍結の状態にない部分において、スパイクタイヤで走ってはいけない、とされているのです。また、そもそも雪の積もることのないトンネル内や橋の下の道路部分は走っていいことになっています。
ただ実際問題、たとえ雪道であってもアスファルトなどの舗装路面が全く出ていない状態というのはありえませんよね? カリッとアスファルトに乗っかってしまった瞬間に法律違反となってしまうわけですから、現実的には一般道路でスパイクタイヤを使用するというのは不可能だと思います。
また、消防用自動車、救急用自動車等はスパイクタイヤの使用は認められていますが、現在はほとんどスタッドレスタイヤ装着のようですね」

ピンでひっかけばいいものではない……理論と工夫で雪道を制する

――スパイクタイヤから、スタッドレスタイヤに移行していくわけですが、スタッドレスタイヤが滑らないのはどうしてですか?

「雪道で滑るパターンは、大きく分けると2つになります。1つは凍結路(アイスバーン)の状態。もう1つは積雪路(新雪・圧雪・シャーベット状)の状態です。
まず凍結路の場合、路面が凍結しているわけですが、滑る原因は水です。
冷凍庫からカチンコチンの氷を取りだすと、最初は指にくっつきます。それをずっと持っていると、体温で溶けてきて表面が水になってきます。そうするとツルッと滑りますよね。同じことでアイスバーンも凍結状態だと水はないのですが、クルマが走ることにより摩擦で熱が発生しますし、排気熱も出ます。それらの影響で凍結路面が溶けて、タイヤと氷の間に水の層ができるために滑るのです。弊社としては、その水を取り除いて、タイヤと路面をしっかり密着させることで滑らなくなると考えています。タイヤの表面に現れるスポンジ状の無数の穴を作って水を取る、密着する面積が大きくなるようにゴム自体を柔らかくするための工夫をしています」

「そして、新雪の時は、雪がかたまっておらず、積もった雪が深い状態ですよね。この場合は、タイヤの溝の深さがポイントになります。溝で雪をとらえて、柱状に踏み固める。その雪の柱を蹴り出すような感じで、止まったり、走ったり、曲がったりするので、溝がしっかりあることが大事なのです。これについては各社共通で、新品溝の50%の深さのところにプラットホームという見える目安のようなものがついています。これが表面に露出してくると、スタッドレスタイヤとして使用ができなくなります」

株式会社ブリヂストン ウェブサイトより
株式会社ブリヂストン ウェブサイトより

――水と氷の関係プラス溝で滑らないようにするということ。単に雪道をひっかけばいいというわけではないのですね。

「そうですね。アイスバーン・圧雪で一番滑りやすいのは、氷の溶けやすい0℃からマイナス5℃くらいまでの路面状況ですね。逆にマイナス20℃~30℃になれば、滑る原因の水が出てこないので、それほど滑らないということです」

――それでも、坂道等の発進の時は滑って上がりにくくなりますが、発進のコツはありますか?

「空回りをさせないことが一番重要です。一度空転させて路面を磨いてしまうとツルツルになってしまうので。最初の一転がしをゆっくりとする。もし、上手くいかなかったら、まっすぐバックするのではなく、少し左右どちらかにずれて後ろに下がってから発進してみて下さい。路面上は水の多いところ少ないところ、既に磨かれてツルツルなところ等いろいろな状況が混在しているので、少し位置が変わるだけで上がりやすくなります」

生産中止でもまだ存在するスパイクタイヤ?!

――生産、販売が中止になって20年以上が経過しているので国産のスパイクタイヤというのはもうどこにも存在しないのでしょうか。

「私どもが生産・販売をしなくなって以降も販売店さん等で在庫のあったものについては、数年、流通していたようですが、さすがにもうないと思います」

――現在、タイヤのブロックに穴を開けて、ピンを打ちこんで作っているところがあると耳にしたことがありますが、一体どこで使われているのかご存知ですか?

「それはちょっと……わかりかねますね。どこで使用しているのでしょうね」

存在はするにはするが、どこで使われているのかわからないスパイクタイヤ……と、トンチ問答のような結論になってしまいました。

しかし、後日筆者の知人との雑談の中で謎が解けました。

冬に行われる、コース全体が雪で覆われた路面を走るラリー「スノーラリー」で使われていました。競技用としてカスタマイズされているんですね、納得しました。

冬道運転のさらなる安全と快適性を目指して

法律の施行から27年あまり。粉じんによる大気汚染も減少し、スタッドレスタイヤの性能も各タイヤメーカーで年々向上しています。ピンで路面をひっかくという物理的なスパイクタイヤから「滑る」ということを根本から研究して開発されるスタッドレスタイヤへ。滑らない仕組みを理解した上で、より安全、快適な冬道運転を目指したいものです。

(取材・文:わたなべひろみ 編集:ミノシマタカコ+ノオト)

[ガズー編集部]

MORIZO on the Road