日本初!認知症疑いの高齢ドライバーを対象とした「自動車運転外来」とは?
高齢化社会が進むとともに増えている高齢者ドライバー。それにともなって、たびたび問題になるのが、高齢者による交通事故です。
身体の衰えとともに判断力なども落ちてきますが、クルマに代わる移動手段が確保されていない地域では、高齢になったからといって免許の自主返納に応じられない方もいます。
そんな時代の流れを汲んで、高知県高知市にある愛宕病院では、認知症の疑いのある高齢ドライバーを対象にした、日本初の「自動車運転外来」を2017年に誕生させました。
一体どんな治療をして、そしてどんな効果が見込めるのか。医師である朴啓彰(パク・ケチャン)先生と理学療法士である沖田学(おきたまなぶ)さんにお話を伺いました。
自動車運転外来が生まれた背景
リハビリテーションとの連動した治療ができる自動車運転外来。まずは、どんな経緯で設立にいたったのかを教えていただきました。
「きっかけは高知県警の方から『認知症の疑いがある高齢ドライバーを診てくれないか』という相談が寄せられたことでした。当初は専門外来ではなく、一般外来で認知機能検査と脳画像検査のみを実施していましたが、診療をしていく中で運転の不安を訴える方や、認知機能が低いにも関わらず、運転に対する危機感がない方がいました。そのような声を聞き、リハビリテーションで改善や指導ができるのではないか、リハビリテーション部と相談して開設しました」(朴先生)
元々リハビリテーション医学を用いることで、認知機能の改善が見られることがわかっており、時代のニーズも汲み取った結果、専門外来設立に踏み切ったそうです。
多角的な検査とオーダーメイドのリハビリメニュー
自動車運転外来での診療は、一般的な病院と異なり“完治”というものがありません。また、認知症は患部を見ることもできないものです。どのように認知症度合いを検査し、リハビリテーションを行っているのでしょうか?
「多角的な検査を行い、適切なリハビリテーションメニューを組めるようにしています。注意や記憶、視空間認知などの認知機能検査と、手の巧緻性(こうちせい)検査、ドライブシミュレーターによる運転能力特性調査を実施するほか、脳疾患を始めとする脳の機能面を調べるためにMRIを実施します。これらの検査結果から低下している能力を明確にし、認知機能と運動機能に関連したリハビリテーションメニューを組んでいきます」(沖田さん)
人によって機能低下を引き起こす原因は異なるため、当然リハビリテーションメニューも変わります。
「例えば、注意能力が低下した患者様には、『足踏みをしながら、差し出された色に応じて左右どちらかの手を上げる』といったものがあり、ご自宅でも行っていただきます。自宅メニューには『散歩中にすれ違ったクルマのナンバープレートの数を足し合わせる』などもあり、このような認知機能課題や、認知機能に運動機能をあわせたマルチタスク課題を週2回1時間程度、1カ月にわたって計8回取り組んでいただきます」(沖田さん)
課題に取り組むことで、認知機能の回復が見られたと同時に、心理面での変化を覚えた方も多いと言います。
「運転リハビリテーションを受ける前は『運転の能力には問題がない』と言っていた方が、実施後は『記憶が苦手など自分の能力低下がわかった。知らない場所はぎこちなくなる』『標識を見るのに余裕がないことがわかる』といった自己分析ができるようになる方もいます」(沖田さん)
こういった自己分析の変化によって運転に慎重さが生まれ、「知らない場所は運転しないようにする」など運転への姿勢を変える方もいるそうです。
「難しいな」「危ないな」と感じたら
気になるのは、「どんな状態になったら病院に行くべきか」ということ。何か目安になることはあるのでしょうか?
「運転や日常生活で、今までできていたことが難しく感じたり危ないと思うことがあったり、自らが変化を感じたら、適切な医療機関を受診されるといいしょう。また、認知症の進んだ方では自覚できないこともあるため、ご家族など他者からの意見も参考に受診することも重要だと考えています」(朴先生)
愛宕病院で受診する患者様のパターンは、大きく2通りあるそう。
ひとつは、ご自身の運転に不安を覚えた方が、自主的に受診に訪れるパターン。もうひとつは、75歳以上のドライバーが免許更新時や軽微な違反で受ける認知機能検査で、『認知症の恐れあり』と判断されたときだそうです。
「この場合は、警察からの認知症診断の診断書提出命令が必須になるため、受診が義務となります。受診された方のうち、約半数が認知症の診断が境界域のため、リハビリ開始となりました。その結果、免許を自主返納された方や、さまざまな要因から認知症の診断となり、免許取り消しになった方もいました」(朴先生)
自動車運転外来にかかれない方が気をつけるべきこと
最後にこういった専門施設を頼れない方や、ご家族の運転技術に不安が残る方に向けて、アドバイスをいただきました。
「まずは一度、落ち着いた環境で、自らの運転を思い返してください。危険な場面がなかったかを確認し、可能であればご家族など身近な方に運転の印象を聞いて、ご自身の振り返りをしていただきたいと思います。危険を自覚できたなら、雨の日の運転を控える、行きなれた場所に限定して運転をする、といった対処が必要です」(朴先生)
認知機能の低下を予防するには、心地よい速さで1回30分程度、散歩をすることなどが有効だそう。
「散歩をするときは、横を通るクルマのナンバーを足したり、2人ならばしりとりをしながら歩いたりして、体と頭を同時に働かせる運動をするといいですね。また、普段から他者と交流ができる場所に参加するなど、コミュニケーションを積極的に取ることも重要です」(沖田さん)
認知症と運転。劇的な改善は難しくとも、適切な医療機関やリハビリテーションを頼ることで、回復や対処をすることはできそうです。ご家族に気になる方がいる場合は、思い切って本人に相談してみるとよさそうですね。
(取材・文:おおしまりえ 編集:木谷宗義+ノオト)
<関連リンク>
医療法人新松田会 愛宕病院
http://atago-hp.or.jp/
[ガズー編集部]
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