出光興産が飛騨高山と館山でEVカーシェアを展開!石油会社がEVを推進するワケは?

岐阜県の飛騨高山エリアと千葉県の館山エリアで、おもしろいEV(電気自動車)の取り組みが行われています。超小型モビリティと呼ばれる軽自動車よりひと回り小さな車輌が、観光地での手軽な移動手段として提供されているのです。注目は、その運営会社が出光興産株式会社であること。

石油を売っている会社が、EVを使った新しいモビリティの普及に乗り出しているのです。「燃料を使わないEVが普及するのは困るのでは?」と思い、出光興産にお話を伺ったところ、新しいカーライフの在り方を模索する意欲的な取り組みであることがわかりました。

実証実験ではなく地域のモビリティとして

出光興産で取材に応じてくれたのは、Next事業室 福地竹虎さんと、販売部ビジネスデザインセンター 朝日洋充さん。2018年にオートシェアプロジェクトを立ち上げ、2019年には飛騨高山エリアで、2020年に館山エリアでのサービス提供をスタートしています。

使われている車輌は、株式会社タジマEVの「ジャイアン」という車種。軽自動車よりふたまわりほど小さく、乗車定員は2名、最高速度は時速45キロです。航続距離は満充電で140キロ、エアコンを使いながらでも100キロほど。

  • 満充電で140キロ走行できる、タジマEVのジャイアン

    満充電で140キロ走行できる、タジマEVのジャイアン

館山エリアに展開している車輌のうちの1台では、非接触充電の実証実験も行われています。借りるときも返却するときも、充電ケーブルを抜き差しする必要はありません。しかも、電源はカーポートに備えられた太陽光パネルから得ています。災害時にはコンセントを開放できるよう作られているとのことです。

特徴的なのは、斬新なサービス設計。平日には地元の企業の営業車として使ってもらい、休日は観光客向けのカーシェアとして稼働するのです。稼働率を高め、収益性を確保することで、サステナブルなサービスを実現できます。補助金前提の期間限定実証実験ではなく、その地方のモビリティを支えていくサービスに育てようという、強い意志の表れともいえるでしょう。企業会員は毎月一定額を負担するサブスクリプションプランで契約し、好きなように車輌をラッピングできます。ただでさえ目立つ超小型EVに企業の名前が入っていれば、宣伝効果は抜群です。

利用方法もうまく作り込まれています。まず、スマートフォンやパソコンで入会手続きをするのですが、運転免許証の情報やクレジットカード情報を入力するだけなので、10分程度で完了します。会員証などもないので、登録すればすぐに利用できる優れもの。

「観光地に着いて初めてオートシェアを見た人が、その場で登録してすぐに使える仕組みを考えました。会員証の代わりに運転免許証のICチップからデータを読み取り、ユーザー確認しています」(朝日さん)

クルマ好きだからこそ、未来のカーライフについて真剣に考える

福地さん、朝日さんともに大のクルマ好きで、福地さんに至ってはかつてスーパー耐久でレーシングドライバーとしてステアリングを握っていたという経歴の持ち主。そんなおふたりが超小型モビリティにかける想いは、並々ならぬものがあります。

  • 出光興産株式会社の福地竹虎さん(左)と、朝日洋充さん(右)

    出光興産株式会社の福地竹虎さん(左)と、朝日洋充さん(右)

新しいビジネスの背景にあるのは、燃料油の需要減少と、それに伴うサービスステーション(以下、SS)の経営難。特に地方部のSSは、苦しい経営を強いられているとのこと。内燃機関を使う従来の自動車はどんどん低燃費化が進み、EVも普及してくればそれだけ燃料油の需要は減少します。これに応じて、SSの新たな収益基盤を作る必要がありました。そこで取り組んでいるのが、SSのEV対応です。

「EVはオイルフリーではあるけれど、メンテナンスフリーではありません。タイヤやバッテリーなどの消耗品を交換したり、定期的にメンテナンスしたりしなければなりません。SSは単なる燃料売り場ではなく、EVを含めたクルマの町医者のような立場に進化させたいと思っています。EVのメンテナンスができるよう、SS従業員の低電圧取扱者の資格取得を支援しています」(福地さん)

飛騨高山や館山を選んだ背景にも、SSの存在がありました。やる気があり、車輌のメンテナンスを任せられるSSがあるエリアを選んだのです。EV化に加えて、自動車を所有する人の減少という課題もあります。カーライフの在り方が大きく変化していくことに対して、クルマ好きなおふたりには特別な思いがあるようでした。

「もっとカーライフを楽しんでもらいたい、所有が難しければシェアリングサービスでもいい、もっとクルマに触れてもらいたいと考えています」(朝日さん)

館山でオートシェアを実体験、小さくてキビキビ走る感覚が楽しい

出光興産でお話をうかがった翌日、筆者は館山駅に出向きました。実際にオートシェアを利用してみるためです。オートシェアのカーポートは、電車で来た観光客が手軽に利用できるよう、館山駅周辺に配置されています。また、先に紹介したとおり平日は企業会員が使っていますが、一般会員が利用できる車輌が1台だけ用意されているので、そちらを利用しました。

オートシェアのWebサイトにログインすると、利用可能な車輌を検索、その場で予約できます。利用予約は15分単位、料金は15分350円。割安になる3時間パック、6時間パックの料金設定もありますが、もっとも安いプランが自動的に適用されるので難しいことを考える必要はありません。

運転席側の後部に設置されているICカード読み取り機に運転免許証をかざすと、ドアのロックが解除されます。車内のキーボックスからキーを抜き取り、乗り込みました。

  • カードリーダーに運転免許証をかざすと、ドアロックが解除される

    カードリーダーに運転免許証をかざすと、ドアロックが解除される

全長2545ミリ、全幅1290ミリ、全高1570ミリのボディはコンパクトですが、車内はさほど窮屈ではありません。座席が比較的しっかりした造りになっていることと、シフトセレクターやサイドブレーキがセンターコンソールにまとめられているデザインのおかげでしょうか。ダッシュボードにスマートフォンホルダーがあり、電源も用意されているのは助かりました。

  • シフトセレクターがダイヤル式だったりウインカーレバーが左側だったりするが、走り出せばすぐに慣れる

    シフトセレクターがダイヤル式だったりウインカーレバーが左側だったりするが、走り出せばすぐに慣れる

サイドブレーキを解除し、ダイヤル式のセレクターをRにして、バックでカーポートを出ます。道路に出たら、セレクターをDに変更して、いざ出発。アクセルをぐっと踏み込むと、予想より鋭い加速を見せました。わずか590キロというボディの軽さもあり、原付のような軽快感がある気持ちいい出足です。

シェードを収納してサンルーフから日を浴びながら、館山の海沿いをしばらく走らせると、なかなかの気持ちよさで。最高速度は時速45キロで、アクセルをいくら踏み込んでもそれ以上は出ないようになっています。少しマニアックな感想を付け加えるなら、RR(リヤエンジン・後輪駆動)でフロントが軽く、コーナーも意外と楽しく走れました。

  • 超小型EVの軽快なドライブフィールは独特でクセになりそうな楽しさがあった

    超小型EVの軽快なドライブフィールは独特でクセになりそうな楽しさがあった

返却は、貸し出しとは逆の手順。キーボックスにキーを戻して、ドアを閉め、運転免許証をかざして施錠します。利用料金は事前に登録したクレジットカードから自動清算されるので、支払いなどの手間もありません。借りるのも返すのも、とても手軽。観光で一時的に使うだけにとどまらず、地域の経済活動をも支えるその仕組みに、環境負荷の低い超小型モビリティの可能性の大きさを感じる取り組みでした。

(取材・文・写真:重森大 編集:木谷宗義+ノオト)

<関連リンク>
出光興産オートシェア
https://auto-share.jp/

[ガズー編集部]

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