本と出会う空間をクルマでつくり出す 移動本屋 ペンギン文庫

公園や街角、イベント会場など、さまざまな場所でそこにふさわしい本のための空間を展開する小さな本屋さんがあります。クルマで全国各地へ移動し、人と本との新たな出会いをつくり出す移動本屋 ペンギン文庫についてオーナーの山田絹代さんにお話しを伺いました。

移動式でなければ本屋はやらない……こだわりの本空間をクルマとともにつくる

――どのようなきっかけで移動本屋としてペンギン文庫を始められたのですか?

もともと本好きで司書の資格も持っていますが、「本屋を始めよう」と思ったのはペンギン文庫を始める2、3年前、当時は本の世界とはまったく関わりのない仕事をしていました。私の住む仙台市には大型書店と古本屋が何軒かあるくらいで、個人経営で本をセレクトした本屋というのがなかったのです。

やはり本は手に取って見たいですし、そうなると他の地域の本屋に行くしかなくて。もっと気軽に行ける本屋があったらいいなと思っていました。ならば自分が行きたい本屋をつくりたい……と思ったとき、以前、「暮しの手帖」の編集長もされた松浦弥太郎さんがCOW BOOKSという大きなトラックを利用して開いていた移動本屋を見たことがあったのを思い出したのです。

移動本屋なら、ポッと街中に本屋の空間をつくることができるのでは? と思い、そこから移動本屋のつくり方を模索し始めました。

横浜から東京都内にかけて移動本屋として営業しているBOOK TRUCKさんにもお話を聞きに行き、移動本屋のメリット・デメリットを教えてもらいました。

やはり、重い本をたくさん積んで移動しなければならないこと、デリケートな紙ものを野外で扱うこと、天候に左右されることなどのリスクも多いのですが、他にほとんどないため唯一無二の本屋をつくれるのではないかという希望も生まれてきました。そこで早速クルマを探し始めたのです。

――実店舗での営業は考えなかったのですか?

移動本屋であればさまざまな場所に行けますし、本屋のない地域にも本屋を開くことができます。地方都市ならそういう営業スタイルにも可能性があるのではないかと。私がやりたいのは移動本屋。むしろ移動本屋がつくれないのであれば本屋はやらないと思っていました。

トヨタ「クイックデリバリー」一択でクルマ探しを始める

――すぐにクルマ探しに入ったのですね?

はい。メンテナンスのしやすい日本車でかっこいい形のもの……と考えてトヨタのクイックデリバリーに限定して探しました。半年かけてようやく見つけました。

――素敵な内装ですがこちらはどのようにされたのですか?

仙台市で内装業や家具制作を手がけるOGATA inc .(オガタ インク)の尾形欣一さんにお願いしました。クルマで移動本屋をやってみたいと漠然と思い始めた頃から、尾形さんからはクルマの店舗の内装に興味があるからやってみたいと言っていただいていて。

私もこだわりが強いので、1人で営業するにはどういう形にしたらいいか、どんな雰囲気につくりこむかなどじっくり話し合いを重ねて1年ほどかけて内装を仕上げていきました。

クルマの内部の両側に本棚をつくり天井と床に木を貼って、街角にある小さな本屋さんみたいにつくっています。

――本にぎゅーっと囲まれている感じで落ち着きますね。

  • 車内に入るとクルマの中とは思えないほど心地よい本のための空間

それぞれの場所に合わせた本を積みこんで新たな出会いの空間をつくる

――持っていく本はどのように選ぶのですか?

参加するイベントや場所に合わせて選びます。ファミリー層向けだったら暮らしをテーマにしたものであったり、手しごと市なら民藝とか手づくりに関するものだったり。写真や美術、文芸、詩などもイベントの趣旨にのっとって、その都度テーマ性を持ち選書しています。

なにぶん、クルマの店舗なのでだいたい500冊くらいと持っていける冊数が少ないので、厳選して持っていくのが基本です。ペンギン文庫では本との一期一会というか、普段なら手にしないようなジャンルのものをひとまず手にしてもらえるよう案内するというのが一番に心がけている点でもあります。

本を買うことがあまりない人がクルマをたまたま見つけて来てくれるとか、本屋に立ち寄ることが少ない人が「なんだかおもしろそうだね」と覗いてくれるとか、そんなふうに興味をもってくれるような店構えにしていこうと考えています。

――山田さんは仙台市在住ということで、東北地方ゆかりの方の本を取り扱うことは?

東京都内など東北地方から別の地域に行く際は、東北出身や在住の作家さんの作品集、東北にまつわる物語や関連書籍、地方で制作されたリトルプレス、ZINEなども紹介しています。

例えば木工や彫刻の作家さんの作品と作品集を一緒に持っていって、お店に作品を飾りつつ紹介することもあります。東北という場所を大切にしたいという気持ちはありますね。

――本の紹介する上で心をくばっていることはありますか?

「おすすめはありますか」ってよく聞かれるんですが、その方がどういうものを求めているかを一緒に話しながら考えていくことが多いです。どういうものを読んでいるとか、それをどういうふうにとらえたかとか聞きながら、「じゃあ、これはどうですか?」とその人に合った一冊をすすめていますね。

コロナ禍を経てお客さまとの新しい関係をつくっていく

――出店場所はどのようなところが多いのですか?

音楽フェス、芸術祭、手しごと市など、全国さまざまな場所で出店してきました。益子陶器市、TOKYO ART BOOK FAIR、山形ビエンナーレ、GAMA ROCK FESなどです。2015年からスタートして今年で7年目になるのですが、毎週、全国各地のさまざまな場所に動いていっては本屋を開いていました。

ところが、コロナ禍によりほぼすべてのイベントが中止になってしまいました。それまでは思いがけない場所にポッと現れて、知らない人に出会うような本屋を目指していたのです。毎週決まった場所に出店するという営業の仕方はあえてしてきませんでした。

でも、移動そのものに制限がかかって、事情がすっかり変わってしまって。幸い、仙台市内の公園や道路の使用許可がコロナ禍で緩和されたので、公園などで定期的に出店することも始めてみました。

そうすると、親子連れの方などが「前に読んだものが面白かったので、今日は何がおすすめですか?」と、次を楽しみに来てくれるようになってきて、お客さまとの距離感が変わってきたんです。

それが新鮮で、これまでこだわってきたスタイルに新しいやり方をプラスしていけたらいいのかなと思い始めています。今は、「これをやりたい!」と考えるよりも、柔軟に新しいことを受け入れて幅広い考えや、やり方を作っていっているところです。

軽やかに「ペンギン文庫」としてこれからもあちらこちらへ

「ペンギン文庫の名前の由来は?」と尋ねると、「クルマを重厚なイメージで作ったので、覚えにくい名前より語感がよくて単純明快、キャッチーなものがいいかなと思って」と、山田さん。移動本屋としてのこだわりとは打って変わった軽やかさが印象的でした。

しばらくは、仙台市近郊を中心に出店を予定しているというペンギン文庫。夢のように現れる移動本屋を探して、新たな本との出会いを期待してみるのもよいですね。

<取材協力>
移動本屋 ペンギン文庫
Twitter kinuyo.penguin.bunco

(取材・文:わたなべひろみ/写真:移動本屋 ペンギン文庫/編集:奥村みよ+ノオト)

[ガズー編集部]

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