今回のダカール、今後のダカール[後編]

  • DPPI/F.Le Floc'h

四輪部門を追うSSV部門のマシン。

パリ・ダカールラリーを振り返れば四輪は当初、市販車をベースとしたマシンが走っていました。やがてWRCのグループBカーがやってきて、高速化と一晩にして新車に戻す物量作戦で様変わりし、ラリー専用マシンがトップ争いをするようになりました。

そして現在、選手たちにとってコストパフォーマンスのよさと高い走破性が魅力の軽量四輪、SSV部門が確立され、新たな時代に入りました。その四輪の今大会のことと今後のダカールラリーについて考えてみました。

四輪はMINIのバギーが2連覇

  • A.S.O/C.Lopez

今年の覇者、ステファン・ペテランセル/エダード・ブランジェ組の走り。

コロナ禍の影響もあり、参加台数が64台と少なかったが49台が完走。15名のドライバーが初参戦でしたが、その多くがオフロードの経験値が高いベテランドライバーだったので、過酷なステージを走り切る選手も多かった。

今回はMINIのバギーとトヨタ・ハイラックスの2強対決に過去WRCを席捲したマシンを製作したPRODRIVEが送り込むハンターがセバスチャン・ローブ選手、ナニ・ロマ選手のドライビングでどこまで追随できるかを注目していました。

やはり二輪同様、ロードブックが直前に渡されることの影響が四輪でも多く出て、序盤からコ・ドライバーのナビゲーション能力が問われるラリーとなりました。途中リタイアを喫したセバスチャン・ローブ選手も「今回のダカールはコ・ドライバーの大会だ」とコメントするほどでした。

大きくミスコースしてタイムロスすることも問題ですが、さらに問題なのが、高速走行時の先にある大きな窪みなどのコーションを伝えるタイミングを間違えると、その場でマシンを壊してリタイアとなってしまいます。コ・ドライバーがナビゲーション情報をしっかり把握してドライバーに伝えていれば、アクセルを踏んでいけますが、情報が危うければリスク回避のため、アクセルを緩めてしまいます。この差も積み重なって大きなタイム差となってきます。

  • A.S.O/C.Lopez

昨年の覇者、カルロス・サインツ/ルーカス・クルツ組の走り。

  • A.S.O./F.Gooden/DPPI

全12ステージ中、6ステージでトップを獲るも惜しくも2位のナサール・アルアティア/マシュー・ボウメル組。

  • DPPI/J.Delfosse

紅海を眺めながら攻めるハイラックス。

  • DPPI/J.Delfoss

果敢にプッシュするヤジード・アルラジ/エダード・ブランジェ組。

  • A.S.O/C.Lopez

サウジアラビア人のヤジード・アルラジ選手にとっては、砂丘も庭。軽々と走る。

トップ争いでかねてより話題になっているのがバギーと4WDの均衡性。4WDにはいくつか規制があります。まずサスペンショントラベル量は、4WDでリジッドアクスルは330mm以内、それ以外は280mm以内の規制がありますが、バギーにはありません。

またタイヤ径ですが、4WDは810mm以内、バギーは940mm以内となっています。そのため岩石路や凸凹の多いダートなど路面からの衝撃に対し、タイヤが大きいほうが比率的に凸凹が小さくなってパンクしにくく、サスペンションストロークが大きければ、ショックをサスペンションで吸収し、ボディに伝えにくくでき、車速を上げていけます。

さらにタイヤ空気圧の加圧減圧について、4WDは選手が車外に降りて調整しなければならないのですが、バギーは車内のスイッチで走行中でも調整することが許可されています。ステージで岩石路と砂丘が交互に続く場合、4WDはその都度、停車してタイヤの空気圧調整をするタイムロスが生じます。

元々1990年代から王者三菱パジェロのライバルとして、過去ル・マン24時間耐久レースで総合2位、スポーツカー世界選手権(現在のWEC)で2度の年間タイトルを獲ったジャン=ルイ・シュレッサー選手が自身の名をつけたバギーで登場。また北米のSCOREシリーズでバハ1000を走るマシンへの門戸を広げたので、2輪駆動車がメーカーワークスの4WDとサハラ砂漠で競えるレギュレーションが出来上がっていきました。そしてそのバランスのまま、2015年にプジョーがバギーでワークス参戦。翌2016年から3連覇します。

2017年にFIAとプジョー、トヨタ、MINI(X-Raid)など関係者が話し合い、メーカーチームは4WDで参戦することが支持され、翌年プジョーはバギーで総合優勝し、4WD化することなくダカールを去ります。

FIAクロスカントリー委員会は、2023年から主要なクロスカントリーラリーのトップカテゴリーは4WDとすることを発表し、MINIも元々4WDのマシンでも参戦していて、今回から参戦しているPRODRIVEのハンターも4WDなので、2023年以降は均衡したマシンの戦いが観られそうです。

ただ、これではMINIがプジョーと同じように、来年もバギーで参戦して、以降参戦しなくなることもあるのではと思います。ですから個人的にはバギーのタイヤ空気圧の加圧減圧を4WD同様、車外で行うようにして、さらにリヤタイヤのサイズを4WDと同じにするだけで均衡すると思います。

さらにエンジン排気量と車重規制でも、現状はバギーが有利で、MINIは3リッターディーゼルターボで車重は1,585kg。一方、4WDのハイラックスは5リッターガソリンエンジンで1,850kgと265kgの差があります。

  • A.S.O./E.Vargiolu/DPPI

上位を走る選手たちもスタックする。その横を抜けるセバスチャン・ローブ/ダニエル・エレナ組のハンター。

  • A.S.O./F.Gooden/DPPI

高速で走ってきてから現れる崖のような窪みは、!マークがロードブックに入って知らせているが、コ・ドライバーのコールが遅れるとマシンを壊してしまうリスクが高まる。

  • A.S.O./A.Vincent/DPPI

ナサール・アルアティア選手(左)とカルロス・サインツ選手(右)に抱えられて総合優勝を喜ぶステファン・ペテランセル選手。

そして2022年からアウディが電動プロトタイプSUVでのワークス参戦を発表しています。仕組みとしてはシリーズハイブリッドで、マシンに搭載したTFSIエンジンで発電した電力をバッテリーに蓄電しながらモーター駆動のマシンです。「e-tron」ブランドのプレゼンスを上げながら、今後の電動車開発に活かしていきます。アウディですからもちろんquattro、4WDでの参戦だと思います。

さらに燃料電池マシンで参戦を計画しているチームもあります。これらは2030年から四輪はゼロエミッションマシンに切り替えると主催者が宣言していることから、エンジニアにとっても新たな冒険の扉が開き、技術開発競争が始まっています。

市販車部門はチームランドクルーザー・トヨタオートボデー(TLC)が8連覇を達成しました。前述のハイラックスやMINIなど総合優勝を目指すマシンの高性能化から、ステージの難易度が上がり、市販車部門のマシンでは完走も難しくなってきています。今回も完走したのはTLCの2台のランドクルーザーのみです。

私は過去ランドクルーザー70、プラド、200と市販車部門で参戦してきましたが、市販車の信頼性、耐久性、悪路走破性の実証にはクロスカントリーラリーが最適だと思っています。モータースポーツに興味がない人でも自分の愛車と同じクルマが大砂丘を越えて走っていたら、興味を持たれると思いますし。

市販車部門に参戦するにはFIAのホモロゲーション取得が必要で、これはメーカーしか申請できません。クロスカントリーラリーでは連続する12ヶ月間で1,000台を生産していることが条件です。現状、いすゞD-MAX、MU-X(2,999ccディーゼルターボ/2026年まで)、日産ナバラ・ダブルキャブ(2,488ccディーゼルターボ/2023年まで)、パスファインダー(2,488ccディーゼルターボ/2021年まで)、パトロール(5,569ccガソリン/2023年まで)がホモロゲーション取得しているので、これらのクルマで参戦するチームが現れることに期待しています。

メルセデスやランドローバー、Jeep、フォードそしてプジョー・ランドトレックなど高いオフロード性能を謳う車種もメーカーがユーザーのためにホモロゲーションを取得して参戦できる条件をクリアしてくれることを望みます。

  • A.S.O._F.Gooden_DPPI

市販車部門8連覇を達成したチームランドクルーザー・トヨタオートボデーの三浦昂/ローラン・リシトロイシター組。

新設の軽量四輪とSSVは大賑わい

  • Frédéric Le Floc’h/DPPI

最近人気急上昇のLight weight vehicle(軽量4輪)。

市販車部門の参加台数が減るのと反比例して、年々台数が増えてきているのが軽量四輪とSSV。軽量四輪はグループT3(Lightweight Prototype Cross-Country Vehicles)で最低重量900kgのコンパクトなプロトタイプバギー。エンジンは最大気筒容積が1,050cc以下で、駆動系部品は市販品を使用することが条件です。

SSVはグループT4(Lightweight Series Production Cross-Country Side-by-Side Vehicles)で市販で年間500台の生産実績のあるサイドバイサイドの部門です。最低重量800kg(ターボ車は900kg)で、エンジンは最大気筒容積が1,050cc以下。この部門は四輪と比較すると市販車ですでにオフロードに特化した仕様となっているため、ダカールラリーに四輪で参戦したい選手にとっては予算を抑えて出られるので人気が高まっています。

T1、T2の四輪部門が64台に対し、このT3、T4は61台も参戦するようになりました。小型のT3、T4ですがトップのタイムを四輪部門の順位に当てはめると、総合20位くらいになるので、選手にとってはおもしろい部門でますます人気が出ると思います。

  • Florent Gooden/DPPI

SSV部門で優勝したCAN-AM。

今年のダカールラリーを観て思った今後のこと

  • A.S.O./C.Lopez

これから未来都市がつくられるNEOMのビバーク。ソーラーパネルで発電し、電気を賄う。

四輪、トラック部門は2030年に向けて、環境負荷の低い新たな動力、モビリティになりながら持続可能なオフロードモータースポーツへ主催者、チームが模索しながら進んでいくのだなと思いました。まるで誰も走っていない砂丘に新たな轍をつけるかのように。

アメリカのモノリス社やC-ZERO社の天然ガスやメタンから炭素と水素を分けて生成する技術が注目され、カナダではオイルサンド層に残っている原油から水素が取り出せる技術が発表され、今後の水素社会に向けた動きが活発になってきています。

日本では、京都大学が高い耐久性を持ち、低コスト、高性能な水電解の実現に成功しています。さらに旭化成は福島県浪江町で10メガワット級大型アルカリ水電解システムを立ち上げ、「福島水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)にて水素生産を開始し、日立造船はPEM型水電解法の装置を開発し、システムで販売するなど、日本企業も水素生産を加速させています。

四輪は現在のステージ距離ではBEVは走破できる蓄電をできないので、ハイブリッド、シリーズハイブリッドに向かうと思います。2022年からアウディがワークスとしてシリーズハイブリッドで参戦することを発表しました。
ただ今年から電動SUVのモータースポーツ「エクストリームE」がサウジアラビアで4月に開幕し、こちらもカルロス・サインツ選手やセバスチャン・ローブ選手、ジェンソン・バトン選手などレジェンドドライバーが走り、このマシンはBEVでやがて関わってくるかもしれません。たとえばステージをバッテリーが持つ距離で区切り、バッテリーを載せ替えて走るとか。今後主催者はいくつものプランを用意してくると思います。

  • DPPI/J.Delfoss

エクストリームEの参戦車両がNEOMを走る。

  • A.S.O./F.Le Floc'h

二輪部門で過去5度の優勝経験のあるシリル・デュプレ選手と冒険家のマイク・ホーンは、今回はディーゼルエンジンだったが、今後FCVにして参戦を予定している。

開催国のサウジアラビアでは、原油だけでなく環境負荷の低いエネルギー政策を世界に発表し、そしてさまざまな技術を持つ隣国イスラエルとの国交正常化を急いでいるようにも見えます。

今回のダカールラリーで、2030年に向けたヴィジョンは、これから燦々と照りつける太陽光を活用したソーラー発電や、一定に吹く海風を活用した風力発電など、再生可能エネルギーを軸に未来都市がつくられるNEOMで発表されました。

再生可能エネルギーで作るグリーン水素を活用することなどダカールラリーをメディアとして活用し、世界にPRしていくことが可能です。持続性は主催者も開催国もメーカーやスポンサーも社会性はもちろん、ビジネスとして意義があることが重要です。

トラックはFC化が進み、四輪はBEV、ハイブリッド、FCなど電動化が進むと思います。またドイツのフラウンホーファー・生産技術・応用マテリアル研究所(IFAM)が開発した水素化マグネシウムをベースにしたペースト状の水素貯蔵技術が進めば、コンパクトに水素を貯蔵、搭載できるので、二輪やクワッドも水素で走るかもしれません。またF1やMOTO GPで噂されていますが、対向2サイクルエンジンで水素を燃焼して走ることもあるかもしれません。

ただ市販車部門はもっといいクルマ作りの実験の場として、まずはクリーンディーゼルでいろんなメーカーの車種が参戦して参加台数が増え、やがてハイブリッドやBEV、そしてFCVなど水素を活用したクルマになっていくことを望みます。

BMWのFCVコンセプト「i Hydrogen NEXT」を発表し、X5をベースとしたFCVを2022年頃に発表を予定し、ジャガー・ランドローバーはFCVのプロトカーを1年以内に作り、公道テストを予定しています。SUVなので改造範囲の少ない市販車部門は難しいかもしれませんが、FCコンポーネントを活かしたダカールマシンが登場することもあるかもしれません。

パリ・ダカールラリーの創始者、ティエリー・サビーヌさんは、単に過酷なアフリカを走破するモータースポーツを生み出したのではなく、パリダカに参戦するクルマやトラックが通ることで、砂に埋もれていた古道を復元し、サハラ砂漠に暮らす人々への社会貢献事業としても考えてルートを設定していました。

昔はパリダカが終わった翌年のミシュランマップには、パリダカで通った古道が道として記されたほどでした。今後、FCVが多く参戦するようになったら、CO2を排出しないだけでなく、砂丘を走る数百台の参戦マシンの排水管から出る水で、草花が芽吹き、一筋のグリーンロードが生まれたらおもしろいですね。クルマはいつでもだれでもどこへでも行ける楽しい乗り物で、ダカールを通じてこれからの地平線の向こうに、楽しいモビリティの世界があることを期待しています。

  • A.S.O./E.Vargiolu/DPPI

2022年大会はアウディのシリーズハイブリッドマシン参戦で、四輪部門がどのように変化していくか楽しみだ。

文:寺田昌弘

 

ダカールラリー参戦をはじめアフリカ、北米、南米、欧州、アジア、オーストラリアと5大陸、50カ国以上をクルマで走り、クルマのある生活を現場で観てきたコラムニスト。愛車は2台のランドクルーザーに初代ミライを加え、FCEVに乗りながらモビリティーの未来を模索している。自身が日々、モビリティーを体感しながら思ったことを綴るコラム。


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