「チーム三菱ラリーアート」復活 ダカール2連覇の増岡選手が総監督で参戦・・・寺田昌弘連載コラム
「チーム三菱ラリーアート」がクロスカントリーラリーの舞台に帰ってきました。11月21日から26日にタイ~カンボジアで開催されるアジアクロスカントリーラリー2022(以下AXCR)に、ピックアップのトライトンの3台体制で参戦します。今回は三菱自動車が現地チームを技術支援し、総監督は過去ダカールラリーに21回参戦し、2002年、2003年と総合2連覇を達成した増岡浩さん。パリ・ダカールラリー時代から現場でご一緒させていただいた増岡さんに久しぶりに会って、今回の意気込みなどお話しをうかがってきました。
モータースポーツでクルマを鍛え、三菱車を強くした増岡さん
増岡さんと初めて話をしたのは1998年のパリ・ダカールラリー(以降パリダカ)。第20回の記念大会はフランス・ヴェルサイユ宮殿をスタートし、スペインを南下、そして船に乗ってアフリカ大陸へ渡りました。
ヨーロッパではいくつかSS(競技区間)があり、増岡/シュルツ組がナビゲーターのミスでペナルティを受け、私たちより順位が後ろになりました。モロッコへ上陸しSSスタート前に増岡さんのところへ行き「私たちに追いついたらパッシングしてください。すぐ避けますから」と言ったら、増岡さんは笑顔で受けてくださり、30分と経たずに追いつかれ、猛スピードで大きな砂埃とともに消えていきました。
この大会では増岡さんはほぼ最下位から総合4位まで駆け上がりました。
2度目もまたアフリカ、セネガルの首都ダカールで会いました。2001年、私は世界初となるハイブリッドカーによるサハラ砂漠縦断を、日本人で初めてパリダカに参戦した横田紀一郎さんとともにプリウスに乗ってダカールに到着していました。
増岡さんはパリダカでダカールにゴール。総合優勝目前に、ライバルのアンフェアな行為に発奮し、無理に追い越そうとして切り株にマシンがぶつかり、サスペンションを壊してしまいます。
総合2位でゴールし三菱はワンツーフィニッシュを勝ち取り、祝勝会をしているというので招待状もなかったのですが会場へ駆けつけガードマンに「増岡さんに会いたい」とこれだけフランス語を覚えて伝え、会場に入れてもらいました。
ここで会った増岡さんは98年のときとは別人でした。ラリーの状況をスタートから順にインタビューしていくと、このアクシデントのあたりなるにつれ、声は湿り、小さくなっていきました。普通ならライバルのアンフェアな行為を糾弾すると思いますが、増岡さんは自分が抜こうとして切り株にぶつけてしまったことで自分を責めていました。
その潔さ、増岡さんの器の大きさにこちらも、もらい泣きしてしまいました。
3度目は2009年。ダカールラリーが舞台を南米大陸に移し、増岡さんはパジェロからレーシングランサーになり、私は片山右京さんとコンビを組んでランドクルーザープラドで参戦。三菱はV6ディーゼルターボエンジンにカーボンニュートラルのバイオ燃料を混合した軽油で挑戦。初日のSSで増岡さんの乗るレーシングランサーが停まっているのを見て、右京さんと残念だねと言いながら走り過ぎました。その後ろ姿が三菱のラリーを見た最後でした。
その後、日本で菅原義正さんをはじめ、パリダカ時代の先輩と食事をする機会があり、増岡さんとお会いしました。当時、三菱はEV開発へ資本を集中するため、モータースポーツ活動はすべて休止していたので「でしたらEVでパイクスピークとか参戦しながら開発を進めるのはどうですか」とお話ししました。
増岡さんはパリダカ時代、主に市販車改造部門のマシンに乗り、ときにはワークスマシンを凌駕する走りをしながら、そのデータを市販車へフィードバックをしていました。だからEVでも市販車技術をモータースポーツで鍛えてもらえたらと思ってお話したら、本当に2012年から3回、増岡さん自らステアリングを握り、EVでパイクスピークに挑戦しました。
増岡さんが総監督として挑むAXCR2022
久しぶりにお会いしたのはオフロードコース。AXCR2022に参戦するトライトンの先行試験車両のメディア向け同乗試乗会がありました。
増岡さんは、「ランサーエボリューションでWRCを、パジェロでダカールラリーを何度も制覇してきた“ラリーの三菱”の伝統をラリーアートのブランドとともに次世代へつなぐために、若手社員と共に行う今回の活動はとても有意義です」と言います。
例えば、「パイクスピークのときは、20代のエンジニアがシステムを担当し、新しいアイデアでマシンを速くすることはもちろん、電動化技術を大幅に向上させてくれました」とのこと。
今回のトライトンのラリーマシン開発でもシステム実験部の若手社員の小出一登さんとともに鍛えてきました。十勝の約1kmテストコースでは2日かけて2人で600周走り、フラットダートが最後には50cmくらいの深い轍になったほどだそうです。タイでも耐久試験を行い、AXCRのSSに多い泥ねい路や渡河など約800kmを走り、防水対策を施しています。私もAXCRはトヨタ・FJクルーザーで2回参戦していますが、ボンネットまで沈むほどの深さの渡河や、まるで田んぼのような泥ねい路で苦労しました。
通常は雨季の8月に開催されますが、今年は11月と乾季なので突然のスコールでルートが突然、川になるようなことはないと思います。しかしカンボジアでは8月に大雨の影響で洪水があり、今もその影響があり予断を許さない状況です。今年のAXCRはイスズ・D-MAX、トヨタ・ハイラックス/タコマ/フォーチュナー/ランドクルーザー300、フォード・ラプター、サンヨン・レクストンスポーツ、ジープ・XLチェロキー、スズキ・ジムニーなどバラエティに富んだマシンがエントリー。三菱車はトライトンとパジェロスポーツがエントリーしています。
トライトンの先行開発車両に同乗試乗すると、クイックに動き、ステアリングに対する応答性がとてもいいのに驚きました。こういったピックアップのサスペンションは、フロントがダブルウィッシュボーン式コイルスプリングで、リヤはリーフスプリングのリジッドアクスル。フロントが曲がり始めてもリヤが一拍遅れて追従してくるのが普通ですが、トライトンはリヤサスペンションの動きがいい。
ライバル車とホイールベースと車重を4ドアタイプで比較してみるとトヨタ・ハイラックスが3,085mm/2,080kg、イスズ・D-MAXが3,125mm/1,890kg(エンジンが1.9リッターで軽量)に対し、トライトンは3,000mm/1,987kgとホイールベースが一番短く、軽量なところがハンドリングのよさに寄与しています。
それにしても小出さんのドライビング技術の高さがすばらしかったので聞いてみたら「ドライビングは三菱に入社してから増岡さんに鍛えていただきました」と。増岡さんはマシン開発だけでなく、社員の運転技術指導にも力を入れています。ダカールラリー王者から教えてもらえるなんて羨ましいかぎりです。
こうして開発ドライバーの小出さんはもちろん、エンジニアも多くの若手社員が関わっています。増岡さんのダカールラリーやパイクスピークでの経験や、若手社員の熱い思いで仕上がったトライトンは、AXCR2022で「チーム三菱ラリーアート」として再び砂塵を巻き上げオフロードに新たな轍をつけます。ここからの三菱のモータースポーツ活動に期待します。
写真:高橋学・三菱自動車・寺田昌弘 文:寺田昌弘
ダカールラリー参戦をはじめアフリカ、北米、南米、欧州、アジア、オーストラリアと5大陸、50カ国以上をクルマで走り、クルマのある生活を現場で観てきたコラムニスト。愛車は2台のランドクルーザーに初代ミライを加え、FCEVに乗りながらモビリティーの未来を模索している。自身が日々、モビリティーを体感しながら思ったことを綴るコラム。
[GAZOO編集部]
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