86を超えるAE86(ハチロク)を作れ!! 第2回
スポーツカーの面白さを追及するために、カスタマイズ専門店と共同でクルマを作り上げる連載企画。ベースとなるのは80年代FRスポーツを代表するトヨタのAE86(ハチロク)。発売から30年以上経っても今も愛されている理由を探しながら「もっといいクルマ」を目指していく。連載2回目の今回の作業は…?!
飽くなき改善。進化を止めないハチロクマイスター
作業に移る前に、ガズー編集部と一緒にクルマづくりを行うスペシャリストに改めてスポットライトを当てよう。
前回に引き続き、作業の舞台になっているAE86専門店、茨城県のコシミズモータースポーツ(KMS)。そこで車両製作の指揮を執るのは、どうしたらハチロクをもっと面白くできるのか?立ち止まることなく考え続けているハチロクマイスター・輿水好則代表だ。「現役のスポーツカー」として存在していた当時から、AE86のレースカー製作やメンテナンス、鈑金作業などを仕事にしてきたという。
ハチロクは現在50代半ばの輿水さんが運転免許を取得した頃にデビューしている。もともとモータースポーツ好きだった輿水青年にとって、レース/ラリー/ジムカーナなどで大活躍していたハチロクはまさに光り輝く存在。(とくにグループAの初代チャンピオンになった『トランピオレビン』は憧れの存在だったそう)そんな輿水青年が購入したのはもちろんハチロク。3ドアトレノのGTVで「操っている感覚」に魅せられたという。すぐにハチロクは仕事でもプライベートでも常に触れている特別な存在に。通勤ですらハチロクなら楽しい時間であり、とくに雨の日はたまらないものだったとか。
今も変わらずスポーツカー、そしてスポーツ走行が好きだという輿水さん。今回の連載を通し、我々に多くの事を伝えてくれるだろう。ハチロクが今回のベース車となった理由も、輿水さんのクルマづくりから見えてくるはずだ。
ボディ剛性の見直しと、職人のこだわり仕上げ
今回の作業はボディ完成編と足まわり製作。輿水さんは「スポーツカーにはボディ剛性が大切だ」と語る。
たしかにどんなに馬力があっても、カッコが良くても、トラックのようにハンドルをたくさん切ってからゆったりと反応するクルマは楽しくない。それなりの楽しさはあるが、マツダ・ロードスターが謳うような「人馬一体」感とはほど遠い。反応が敏感とはまたちょっと違って、「自分の思った分だけ反応する」ことで一体感が感じられてこそ、愛車をコントロールすることができ、小さな動きひとつでも、それが操作に対する達成感になる。
コンパクトなFRレイアウトを持つハチロクが「スポーツカー」として愛されるのは、正にその一体感と達成感が感じられる車体だからだろう。
そこでボディが豆腐のようにグニャグニャしていては、すぐに反応はしてくれないし、忘れた頃に反応の反力(おつり)が来ることもある。というわけでボディの剛性はアップさせたい。
そこで理想的なボディ剛性を得るために、まずはボディ全体に「スポット増し」を施す。クルマのボディはそもそもスポット溶接で組み立てられている。鉄板を重ねて、ピンでその鉄板を挟んで電流を流し、その部分の鉄を溶かしてくっつけているのだ。これを「スポット溶接」と呼び、市販車の大半はそれをある程度の間隔を開けながら施されている。もとからあるそのスポット溶接の間に追加で溶接を施すことを「スポット増し」と呼び、接着箇所が増える事によりボディ剛性を強化する事ができるというものだ。
ボディ補強といえばブレースバーなど、補強用の「すじかい」などを追加することが一般的だが、それは部分的な補強であり、ボディ全体を強くすることは難しい。また、強固に取り付けてもネジで取り付ける補強には隙間があり、その効果を発揮するのにラグが生じたりもする。全体をバランス良く強くするならば、手間はかかるがスポット増しがベスト。それが意のままのハンドリングに近づける近道なのだ。
「でも、これがたくさん打てばいいってわけではないです。やりすぎると扱いにくく、曲がらないクルマになってしまう。これまでたくさんのクルマを作ってきた経験からちょうどいいところを見極めています」(輿水代表)
ここで輿水さん流のこだわりの仕上げが。
なんとすべてのスポット増しの跡を綺麗に処理している。つまりはスポット増ししているとわからないくらいまで、その跡をならして綺麗にしてから塗装するのだという。
一般的にスポット溶接のあとは鉄が熱によって酸化するのでサビやすい。それを防ぐために綺麗に処理して、その後にしっかりと塗料を流し込む。「スポーツカーはカッコよくないと」という美学と、大好きなハチロクに少しでも長生きしてほしいという愛情がなせる職人技だ。ただでさえ手間のかかるスポット増しに、さらに手間をかける。本当にクルマが、ハチロクが好きなんだ…そんな強い想いを感じる。跡が残っていると目立つし、触ったときの感触もザラザラしてよくない。そういったこともあって綺麗に処理するが、輿水さんはにその凄さについて聞いてみるも、
「同業者にスポット増ししてないんですねって言われるとちょっと嬉しいよね」
と、笑顔で返されてしまった。
効果的な軽量化は高い位置からするのがセオリー
ボディ剛性を確保したら、次は軽量化だ。走る・曲がる・止まるの運動性能を向上させるのにもっとも効果的なのは軽量化。しかし、それにも限界がある。そこで用意していた『秘策』が、ドライカーボン製のルーフ、ボンネット、リアゲートといった軽量パーツたちだ。全て今回のハチロクのために製作したスペシャルな逸品だが、単体の重量的なメリットはそれほど大きくない。この場合は削減される重量の「位置」がポイントになる。
クルマのなかでもっとも位置が高い部分を軽くすると、そこに掛かる慣性が減り、結果的により低重心となる。ボディ下面で同じ重量を削減するよりもロール量が減り、切り返しが素早く、動きが鋭くなるのだ。
これはマンガ「頭文字D」で主人公・拓海のハチロクが、コーナリングマシンとしての磨きを掛けるために、エンジン搭載位置をギリギリまで下げ、ボンネットもカーボン化したのと同じなのである(例えが長くてスミマセン)。
その仕上げにも注目。継ぎ目なく美しく貼られたルーフは、その上からクリア塗装が施され、カーボンルーフとボディの継ぎ目を触っても段差がないシームレスな仕上がりとなっている。「いかにも」なカーボンルーフというよりも、自然な仕上がりでさりげなくカーボンであることを主張している。
補強で鍛え、贅肉を落としたアスリートのような車体は、カーボン化されたパーツ3点で約30kgほど軽量化になるという。今回はフロアの防音材であるアンダーコートも撤去し、さらに数十kg軽量化する事により、車両重量900kg台前半での仕上げが視野に入ってきた。86が1,200kgを超える事を考えると、いかに軽いかお判りいただけるだろうか。
見えない部分にこそこだわる、それがクルマを愛するということ
こだわりぬかれたボディに組み合わせられるサブフレーム(サスペンションなど足回りを固定などに使われる補助的なフレーム)などもすべて洗浄され、歪んだりしていないか寸法を計測して確認。さらに取り付けるブッシュ類のリフレッシュも行われる。サブレームやサスペンションアームなどはゴムブッシュを介してボディに接続されるが、このブッシュが古くなると痩せたり、硬化して本来の衝撃吸収能力がなくなったりするとガタが出ててくる。30年選手のハチロクではもちろん全て新品への交換が必要だ。
外からは見えない部分だが、こうした基本的なリフレッシュもすべては楽しく、気持ちよく乗るために必要な整備。そして作業後には全て再塗装が施される。
「このサブフレームの黒色も実はこだわっています。ただの黒じゃなくて、このボヤッとした下回りのパーツらしいぼやけた黒さが欲しいわけ。だから、調色してこのなんとも言えない黒に塗っています。あ、自分でね。もちろんそういう再塗装も自分でやってます」と輿水さん。
無駄に派手な見た目よりも、純正っぽさを残したさりげない仕様を目指す輿水さんの美学として、このサブフレームの黒さも大切な要素。新車のハチロクのようななさりげない、でも美しい仕上げを目指している。
ドライビングを楽しむための重要な要素であるボディ。
輿水さんの考える「理想のスポーツカー」の姿を重ねていった結果、今回紹介した様々なボディワークが施され、輿水さんの情熱と職人技、クルマへの愛が加わった「究極のボディ」が完成した。
現代技術を集結したAE86製作プロジェクト。今後はエンジンのオーバーホールに取り掛かる予定。しかもノーマルを直して乗せるだけではなく、AE92後期のエンジンをベースにハイカム&ハイコンプレッション仕様を製作していくという。何故このエンジン仕様なのか?スポーツカーにおけるエンジンの意味とは?ハチロクマイスター・輿水さんの理想を聞きながら詳しく紹介する予定。お楽しみに!
執筆:加茂 新
[ガズー編集部]
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