【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#03

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

1st ミキ、仮免調査員になる。
#3

入社後、わたしは保険にかかわる様々な知識を座学で学んだ。同期は4人いた。わたし以外はみな即戦力候補……。実際、インスペクションの業績は好調で積極採用中なのだ。
会社には様々なスペシャリストがいる。例えば、物損事故調査員、通称・アジャスターだ。同期の一人がこの資格を持っていた。
アジャスターは、自動車事故が起こった場合に、日本損害保険協会に加盟する損害保険会社から委嘱を受けて、損傷自動車の修理費などを算出したり、事故原因・状況を調査したりする。いわば、損害調査業務を行う専門家のことだ。
物損事故調査員として弁護士の指示の下、損傷車両に対する損害賠償の示談交渉サービスの補助業務も行う。
アジャスターの資格には、「見習・初級・3級・2級」の4つのランクがある。2級取得までには最短でも7年はかかり、合格率は10%台という難関資格だ。この2級を保持している人が、松井社長を含めて、会社には5人もいる。
わたしも1年以内には「見習」を取得しようと決意した。でも、この「見習アジャスター」でも、合格率は30%弱というから大変だ。
1カ月間の社内研修を経て、わたしは迷うことなく現場の調査員を希望した。社長の秘書や総務のほか、報告書をまとめる部署がある。でも、わたしは現場の最前線でどうしても働きたかった。そこじゃなかったら、この会社に入った意味がないのだ。
すぐに社長が思いついたように「彼しかいないな」と言った。特命係長として遊軍的なポジションで活躍していた周藤の下につくことを提案してくれたのだ。周藤が元刑事の敏腕調査員だと言うことは入社して間もなく耳にしていた。

そして、今日に至る。元刑事から調査、いや、捜査の手ほどきを受けられる。こんなチャンスは滅多にあるものじゃない。
これは運命かもしれない。だから、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。
「わたし、普通免許で運転できる車ならなんでも運転できますから。もちろん、マニュアル車もです。運転には、けっこう自信があるんです。張り込みとかもへっちゃらです」
相好を崩した松井社長が、周藤の肩に軽く手を乗せた。
「じゃあ、そういうことで、よろしく」
周藤の舌打ちが聞こえた。
「社長、俺のせいで、この子がすぐ辞めたって知りませんからね」と言いながら、不貞腐れたようにデスクに戻った。
ブツブツ文句を言っているようだが、よくは聞こえない。
「じゃあ、ちょうどこの席空いているし、使っていいから」
社長はわたしに席を案内すると、踵を返した。
斜め前の席に座る周藤はまだ不貞腐れている様子だ。
周藤は元警視庁の警察官だった。敏腕刑事だったけど、なにかやらかしたとかで免職になって、半年ほど前に、松井社長が引き抜いたというもっぱらの噂だ。一応役職は特命係長。独身だけど、バツがついているらしい。子どもはいるのかいないのか、いろいろ謎に包まれたままだ。会社では一匹狼的な孤高の存在。気性は荒いらしいからプライベートをつっつくのは社内でご法度になっている。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]