【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#01
あらすじ
五反田にある総合保険調査会社「インスペクション」。自動車保険調査員になった上山ミキと、元敏腕刑事、周藤の凸凹コンビが難事件に挑む。ミキは、10年前に起きた父の失踪事件の真相に辿り着けるのか? 一カ月ごとに事件や謎が解決していく、車×ミステリーの連作短編小説!?
第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」
1st ミキ、仮免調査員になる。
#1
わたしをめぐって、大男2人が対峙している。ただ、事情がなんとも微妙で複雑だ……。
静まり返ったフロアの遠くでは、電話の着信音だけがかすかに響いている。
わたしは松井社長に連れられて、特命係長・周藤のデスクの前に立ちすくんでいた。
「周藤係長、そういうわけでさ、急で悪いんだけど、今日からこの子の面倒みてやってくれるかい。よろしく頼むわ」
チラリとこちらを一瞥してから、あからさまに顔をしかめた中年男がそこにいた。背は高く、きっと180近い。年齢は40を少し越えたくらいだろうか。身体を鍛えているからなのかスタイルがいい。黒い細身のスーツに真っ白いシャツを着こなしていた。
感じは悪いけど、イケてる中年だと認めざるを得ない……。
「ちょっと、社長、だから勘弁して下さいよ。なんの冗談ですか。こんなお嬢さんとどうやって調査をすればいいんですか。自分の手にはおえません」
でも、笑顔でいなす松井社長は押し通すつもりのようだ。二人とも同じくらいの背丈で、153センチのわたしは視界に入っていない。
「だってさ、ちょっと前にアシスタントが欲しいって言っていたじゃない」
周藤が大げさに両手を広げた。
「そりゃ確かに言いましたけど、“使える奴”って、言ったでしょう。適任者が他にいくらでもいるじゃないですか」
「使えるかどうか、試してみてよ。試乗する感じでさ」
周藤には笑えない冗談のようだ。
「車に詳しくて、タフで、張り込みでもなんでも気軽に言いつけられるような小回りの利く奴が欲しいんですよ。よりにもよって、なんでこんなお嬢さんなんですか。トイレだなんだって、そんなことに気を遣っていたら調査の前にこっちが疲れてしまいそうです」
つい拳を握りしめていた。ちょっと女性を見下した発言にイラッとする。言いたいことはわからなくもないけど、なんかイラッとする。
それでも松井社長は想定内の反論とばかりに、一歩も引かない。
「そんなこと言わないで。この子、やる気だけはすごいから。車もそのへんの男より好きみたいだし、保険にも詳しいし、試しに一カ月一緒にやってみて、ダメだったらそこで判断してもらえればいいからさ」
わたしは、社長の援護射撃をうんうんと頷きながら聞いていたが、周藤はこっちのことなど眼中にないようだ。だから、ここだと思って大声を張り上げた。
「はい、わたし、背は低いですけど、やる気だけは男性にだって負けませんから!」
空気がシーンと静まり返った。
刺すような視線を感じて振り向くと、フロアの社員がみんなこっちを見ていた。周藤もこっちを見て唖然としている。松井社長だけが嬉しそうに頷いた。
「いーねー。このやる気、みんな、見習おうぜ」
社長がフロア中に響き渡るように声を張り上げた。
きっと、わたしはいま、会社の注目の的だ。でも、注目されるのは昔から別にいやじゃない。小さいのに歩きやすいぺたんこ靴を履くから、いつも逆に目立つのだ。
もう一度、周藤をじっと見据えてから、深々と腰を折った。
(続く)
登場人物
上山未来・ミキ(27):主人公。
周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。
松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。
上山恵美(53):ミキの母親。
小説:八木圭一
1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。
イラスト:古屋兎丸
1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001
イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW
編集:ノオト
[ガズー編集部]
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